「トカトントン」は、金づちで釘(くぎ)を打つ音を表しています。本作は、この「トカトントン」という幻聴に悩まされ、神経衰弱におちいってしまった男の物語です。
今回は、太宰治『トカトントン』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『トカトントン』の作品概要
著者 | 太宰治(だざい おさむ) |
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発表年 | 1947年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 敗戦の絶望 |
『トカトントン』は、1947年に文芸雑誌『群像』(1月号)で発表された太宰治の短編小説です。
戦後の日本で、1人の男が「トカトントン」という空虚・無気力・無感動を呼び起こさせる幻聴に苦しむ様子が描かれています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。
文庫の場合、文藝春秋の文春文庫に収録されています。『斜陽』『人間失格』『走れメロス』などの代表作から、『満願』『葉桜と魔笛』などのマイナーな作品まで11作品が掲載されています。
鬱々とした作品も明るい作品も入っており、太宰のふり幅の大きさが分かる短編集なので、1冊持っておいて損はないと思います。
著者:太宰治について
- 無頼(ぶらい)派の作家
- 青森の大地主の家に生まれた
- マルキシズムの運動に参加するも挫折
- 自殺を3度失敗
太宰治は、坂口安吾(さかぐち あんご)、伊藤整(いとう せい)と同じ「無頼派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。
青森の地主の家に生まれましたが、農民から搾取した金で生活をすることに罪悪感を覚えます。そして、大学生の時にマルキシズムの運動に参加するも挫折し、最初の自殺を図りました。この自殺を入れて、太宰は人生で3回自殺を失敗しています。
そして、『グッド・バイ』を書きかけたまま、1948年に愛人と入水自殺をして亡くなりました。
『トカトントン』のあらすじ
戦後の日本。「私」は、なにかを始めようとすると、「トカトントン」という音が聞こえてくる現象に頭を悩ませています。
なにかに没頭しようとしたときや、なにかを始めようと前向きな気持ちになったとき、トカトントンが聞こえてきて「私」はまったく無気力になってしまうのです。
「私」はこの苦しみを手紙にしたため、ある作家に送るのでした。
登場人物紹介
私
青森県出身の26歳。終戦までの4年間を軍隊で過ごした。終戦後、青森県の郵便局に勤めるようになった。
花江(はなえ)
20歳前の娘。青森県のとある町に1つしかない、小さな旅館で働いている。
作家
「私」が好きな作家。トカトントンに苦しめられた、「私」の経験が書かれた手紙を受け取る。
『トカトントン』の内容
この先、太宰治『トカトントン』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
敗戦のトラウマ
終戦
私は、昭和20年8月15日の正午に玉音放送を聞きました。玉音放送が終わってから、若い軍人が前に出て、「われわれは最後まで抗戦を続け、最後には皆ひとり残らず自決する」と話しました。
そのとき、私の耳には金槌で釘を打つトカトントンという音が聞こえてきます。その瞬間、私は急にきょとんとなり、白々しい気分になったのでした。
やる気を奪うトカトントン
無条件降伏と同時に私は故郷に帰り、郵便局で働き始めました。私は小説を書いてみようと思い、100枚近く執筆します。
あるとき、風呂に入りながら嬉々として最終章の構成を練っていた私は、ふとトカトントンという音を耳にします。とたんに私の高揚した気分は冷めていき、つまらなくなって書きかけの小説を鼻紙にしてしまいました。
それから、私は小さな旅館の女中(じょちゅう。家庭や旅館などで住み込みで働く女性)に恋をしました。彼女は花江といい、郵便局の窓口に貯金をしに来ます。私は、彼女が高額の金銭を貯金するたびに顔を赤らめるのでした。
そんなある日、花江は私のことを呼び出しました。私は花江にキスしてやりたくなりましたが、そのときまたトカトントンが聞こえてきます。私は空虚な気分になり、「それじゃ、失敬」と言って花江と別れました。
作家の返信
その後も、なにかをしようと意気込むとトカトントンによって遮られることが増え、私は何もできなくなってしまいました。私はこの苦しみをつづった手紙をなんとか書き終え、ある作家に送ります。
私から手紙を受け取ったその作家は、「『身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅ぼし得る者をおそれよ。』このイエスの言に霹靂を感ずることができたら、君の幻聴は止むはずです。」と返信するのでした。
『トカトントン』の解説
敗戦の絶望
「私」は、なにかに心を揺さぶられたり、奮い立とうとしたりするとき、トカトントンによって途端に意欲を失うという病に悩まされています。死のうにも、自殺する気すら失ってしまうという生き地獄です。
この無気力とリンクしているのが、日本が敗戦したという事実です。「私」は、8月15日に玉音放送で日本が負けたことを知ったとき、トカトントンという音を耳にします。
前田氏(※参考)は、「敗戦によるトラウマが、トカトントンという幻聴となって『私』を苦しめた」としています。
敗戦によって国家がつぶれ、アメリカ的なものが流入してくる様子は、当時の人に「信じていたものが簡単に壊れる」という絶望を与えました。
この、心のよりどころとなっていたものを失ったことがトラウマとなり、「私」は戦後トカトントンに苦しめられていたのです。
前田 角藏「太宰治「トカトントン」論 ―戦後のうつの〈闇〉ー」(『近代文学研究』(30)2017年12月)
戦後の心理
敗戦によって、軍国主義から民主主義へと日本の有り様は大きく変わりました。それを「自由」「解放」と前向きにとらえる人もいれば、「占領」「捕虜」とマイナスにとらえる人もいました(※参考)。太宰は後者です。
たとえば、戦後すぐに発表された『パンドラの匣』には「天皇陛下万歳!」という語りがあったり、戦後の日本が舞台の『斜陽』には、旧来の日本的な4人の人物の滅びが描かれていたりします。
『トカトントン』にも、旧来の日本を暗に批判する語りが挿入されています。
あの、遠くから聞えて来た幽かな、金槌の音が、不思議なくらい綺麗に私からミリタリズムの幻影を剥ぎとってくれて、もう再び、あの悲壮らしい厳粛らしい悪夢に酔わされるなんて事は絶対に無くなったようですが、
ミリタリズム(軍国主義。軍事力強化のために国内の統制などを進めること)を、幻影・悲壮・悪夢などのマイナスな言葉で形容しています。国家への献身(けんしん)を美化することへ、反発する姿勢が表れています。
前田 角藏「太宰治「トカトントン」論 ―戦後のうつの〈闇〉ー」(『近代文学研究』(30)2017年12月)
『トカトントン』の感想
手紙は創作か
『トカトントン』は、ある男が太宰を思わせる作家に宛てた手紙と、その作家の返信で構成されています。そして見逃せないのは、「私」の手紙の最後の段落です。
こんな手紙を書く、つまらなさ。それでも、我慢してとにかく、これだけ書きました。そうして、あんまりつまらないから、やけになって、ウソばっかり書いたような気がします。花江さんなんて女もいないし、デモも見たのじゃないんです。その他の事も、たいがいウソのようです。
しかし、トカトントンだけは、ウソでないようです。
「私」はトカトントン以外、書いたことのほとんどがウソ(のよう)だと言っているのです。
ここで、「もしかしたら『私』は、その作家に小説を書いて送ったのではないか」という疑惑が生まれました。つまり、「私」の手紙自体がすべて作品(ウソ)ということです。
江戸川乱歩『人間椅子』もそんな風にしめくくられていましたが、最後の最後で解釈がひっくり返るような仕掛けには、読者を翻弄(ほんろう)しようとする遊び心のようなものが感じられます。
最後に
今回は、太宰治『トカトントン』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
青空文庫にあるので、ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。