純文学の書評

【太宰治】『満願』のあらすじ・内容解説・感想

『満願』は、わずか1500字の超短編小説です。ほんの数分で読めてしまう作品ですが、読後は爽やかな気持ちになる作品です。

今回は、太宰治『満願』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『満願』の作品概要

著者太宰治(だざい おさむ)
発表年1938年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ解放

『満願』は、1938年に雑誌『文筆』で発表された太宰治の短編小説です。原稿用紙数枚の非常に短い作品です。夏の伊豆を舞台に、主人公が見た女性の清廉さが描かれます。人間の本能が、爽やかに表現されている小説です。Kindleでは無料¥0で読むことができます。

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この小説には、太宰の代表作である『人間失格』や『走れメロス』を含む計11篇が収録されています。

著者:太宰治について

  • 自殺を3度失敗
  • 青森の大地主の家に生まれた
  • マルキシズムの運動に参加するも挫折した

坂口安吾、伊藤整と同じ「無頼(ぶらい)派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。太宰については、以下の記事をご参照ください。

太宰のことがまるわかり!太宰治のプロフィール・作風をご紹介皆さんは、太宰治という作家にどのようなイメージを持つでしょうか?『人間失格』や自殺のインパクトが強いため、なんとなく暗いと考える人が多い...

『満願』のあらすじ

主人公の私は、酔っ払ってケガをし、近くの町医者に駆け込んだことをきっかけに、その医者と仲良くなります。そして毎朝、新聞を読みに医者の元へ行くようになりました。そこで、私は薬を取りに来る女性を見かけます。

登場人物紹介

主人公。けがの手当てをしてもらったことがきっかけで医者と仲良くなり、新聞を読むために医者の家を訪ねるようになる。

医者

32歳。ある夜、主人公を手当てしたことがきっかけで、主人公と仲良くなる。西郷隆盛に似ている。

女のひと

ある小学校の先生の奥さん。よく医者のもとに薬を取りに来る。

『満願』の内容

この先、太宰治『満願』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

3年越しの願いが叶う話

医者との出会い

4年前の夏の夜、主人公のは自転車をこいでいました。しかし、酔っていたため、私は転んでけがをしてしまいます。急いで町医者のもとに行くと、同じく酒に酔った医者が出てきました。私と医者は、思わず顔を見合わせて笑いました。

若い女のひと

その日から、私は医者の家に足しげく通うようになります。医者の家では新聞を5紙取っていたので、それを読むためでした。毎朝、散歩のついでに寄って、縁側に腰かけて医者の奥さんが出してくれる麦茶を飲みながら、私は新聞をめくります。

縁側から4m位離れたところを小川が流れていて、そこに沿って自転車を走らせる牛乳配達の青年が、毎朝「おはようございます」と私にあいさつしました。

 

その時、若い女のひとが薬を取りに来ました。ワンピースに下駄をはいた清潔な感じのひとです。医者は、その女のひとに「奥さま、もうすこしのご辛抱ですよ」と言いました。

お医者の奥さんが、そのわけを説明してくれます。女のひとの夫は、3年前に肺を悪くして、徐々に回復しているのです。そのため、医者は「今が大事」と言って、夫婦生活を禁じたのでした。

 

8月の終わりの朝、ワンピースを着た清潔な女のひとが、飛ぶように歩いているのを私は見ました。女のひとは、白いパラソルをくるくるっと回しました。医者の奥さんは、「今朝、おゆるしが出たのよ」と私に言います。

私は、その姿を美しく感じました。それを見てから数年経ちますが、月日がたつほど、その姿は美しく思われるのです。

『満願』の解説

なぜ夏の暑さが描かれないのか?

この小説は、夏の伊豆が舞台となっています。しかし、夏の暑さは作品では全く触れられていません。結論から言うと、「純潔さを描くのに不要だから」です。以下で詳しく見ていきます。

「感想」でも書いたように、『満願』には清涼感や心地よさが描かれています。例えば、主人公と医者が初めて会った夜に飲んだビールや、奥さんが出してくれた麦茶は、夏の暑さを吹き飛ばす爽やかなものとしてイメージできます。

また、医者の家の近くを流れる小川や、毎朝あいさつしてくれる牛乳配達の青年も、主人公の気持ちを晴れ晴れとさせる大事な要素です。さらに、女のひとはワンピースに下駄、白いパラソルなど、夏にぴったりな明るい印象を与えるように書かれています。

 

もしここに、「蒸し暑い」「汗が止まらない」というような描写があったらどうでしょうか?入念に作りこまれた、爽やかな夏のイメージがぶち壊れますよね。

太宰は、飲み物とか風景とかを使って、女のひとの清潔さを最大限にするように仕組みました。そのため、そのイメージの邪魔をする「暑さ」は描かれなかったのです。

三谷 憲正 「太宰治「満願」試論:読解の試み」(京都語文 1997年10月)

『満願』の感想

テーマは何?

医者が何を禁じたか、本文には明記されていませんが、おそらく夫婦生活のことを指しています。本文が短くて情報量が少なく、解釈が難しいですが、「一途な愛の純潔さ」「性が女をよみがえらせること」というのがキーワードかなと思いました。

まずは、「一途な愛の純潔さ」についてです。解説でも触れますが、この小説には清涼感や心地よさが書き込まれています。そして女のひとは、しつこいくらい「清潔」と表されています。

これは、女のひとが貞操を守ったことを、主人公が評価しているからではないでしょうか?太宰は、多くの女性遍歴を持っていることで有名です。もしかしたら、太宰は自分は持てない「清潔さ」に憧れていたのかもしれません。

 

次は、「性が女をよみがえらせること」についてです。医者からの「おゆるし」が出る前の女のひとは、清潔ではありながらも枯れた状態です。そんな女性が、飛ぶように歩いてパラソルをくるくる回している様子は、さぞ可愛らしく見えたと思います。

だからこそ、3年越しに満願成就した女のひとが、主人公には美しく見えたのだと思います。

最後に

今回は、太宰治『満願』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

「太宰は、堕落した生活ばかり書いてるわけじゃないんだ」と思えた小説です。青空文庫でもたった4ページの短い作品なので、ぜひ読んでみて下さい!

青空文庫 太宰治『満願』

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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