1人の刺青男への穏やかな愛が語られる『4U(ヨンユー)』。
今回は、山田詠美『4U(ヨンユー)』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『4U(ヨンユー)』の作品概要
著者 | 山田詠美(やまだ えいみ) |
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発表年 | 1997年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 慈愛 |
『4U(ヨンユー)』は、1997年8月に幻冬舎より刊行された山田詠美の短編小説です。主人公を含む3人の女性が、男性に関するそれぞれの価値観の違いを話すのと並行して、主人公の恋人への愛が語られます。
著者:山田詠美について
- 1959年東京生まれ
- 『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞受賞
- 『ジェシーの背骨』が芥川賞候補になる
- 数々の作家に影響を与えている
山田詠美は、1959年生まれ東京都出身の小説家です。『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で第97回直木賞受賞しました。また『ジェシーの背骨』は、受賞こそ逃したものの第95回芥川賞候補になりました。
多くの作家に影響を与えており、『コンビニ人間』『しろいろの街の、その骨の体温の』で知られる村田沙耶香は、「人生で一番読み返した本は、山田詠美『風葬の教室』」と語っています。
『4U(ヨンユー)』のあらすじ
桐子は、西麻布のカフェレストランで働いているマルと同棲中です。刺青だらけの近寄りがたい風貌をしているマルですが、実はキノコのために遠出をしたり少し抜けている部分があったりします。桐子はそんなマルのギャップに惚れこんでいました。
しかし、友人たちは鈍いマルを笑いものにします。それでも、桐子はマルに対してあたたかな視線を送るのでした。
登場人物紹介
桐子(きりこ)
26歳。マルと同棲中。友美や純子と男について会話する。
マル
西麻布のカフェレストランで料理を作っている。
友美(ともみ)
桐子の友人。恋人は毎回外国人で、最近アメリカ人と交際を始めた。
純子(じゅんこ)
桐子の友人。現在はフリー。
『4U(ヨンユー)』の内容
この先、山田詠美『4U(ヨンユー)』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
女による女のための男談義
馬鹿なマル
桐子・純子・友美は、西麻布のカフェ・クウィックで雑談をしています。
桐子の恋人はこのカフェで料理を作っているマルという男で、ベニテングタケを食べに長野県まで行っているため今日は休みです。それを聞いた純子と友美は、「馬鹿じゃないの?」と笑いました。
そして、桐子は「マルって、いつも、きりを置いてどっか出掛けちゃうじゃない。浮気とか、疑わないの?してるよ、たぶん、あいつ」と言われてしまいます。
しかし、マルの背中に真新しい爪の跡が付いているのに気づいてしまった桐子には、そんなことは分かり切っているのでした。それでも、桐子はマルと別れるつもりはこれっぽちもありません。
残り湯はスープ
そんなとき、マルが急ぎ足で店に入って来ました。人手が足りないため急きょ出勤になったのです。そして、マルは桐子にお土産の包みを渡して去って行きました。その包みには下手な字で “4U” とあります。
「FOR YOUのことじゃない?」「まさか、フォーユーの綴り知らなかったんじゃないでしょうね」純子と友美は好き勝手に言って笑いました。
包みの中身は善光寺のキーホルダーです。またも純子と友美は、「ださーい」と笑います。桐子は恥ずかしくなりましたが、次第におかしくなってきました。そして、だからマルが浸かった残り湯がスープに思えて来るのだと思うのでした。
『4U(ヨンユー)』の解説
拙さと愛おしさ
※本ページで参考にしているのは、山田詠美『4U』(幻冬舎 2000年8月)です。
刺青だらけで一見強面のマルは、いじられキャラとして作品に登場します。
たとえば、ベニテングダケを食べに彼女の桐子を置いて長野まで行ってしまったマルを、友美と純子は「死んでんじゃなーい?今頃、マルの奴。いやしいから食べ過ぎてるよ」と小馬鹿にしています。
また、桐子に長野土産として善光寺のキーホルダーを買ってきたマルは、「ださーい」「ペアだったりして」と好き放題に言われてしまっています。
「別に、私たちは、あんたの男を笑い物にしてる訳じゃないんだよ。ただ、笑ってるだけなんだよ」(p.11)
「マルの幽霊って恐そうだね。ぼおっと、タトゥだけが浮かんでたりしてさ」
「きりちゃーん。おれのエアマックス返してくれよーとか言ってね」
結局、マルは笑い物にされるたまなのだ。(p.25)
そして、“4U(ヨンユー)” はそんなマルの性質を存分に表している単語です。下手な字で書かれた“4U(ヨンユー)” はスマートさの欠片もなくて、野暮ったくて、たどたどしくて、だけど愛おしい。
だからこそ、本作において“4U” は本来の意味である “FOR YOU” ではなく “ヨンユー” と読むのがミソです。本文だけではなく、タイトルにも「ヨンユー」とルビが振られていることからも、それは明らかです。
『4U(ヨンユー)』の感想
桐子の想い
『4U(ヨンユー)』は、桐子のマルに対する穏やかな「好き」であふれています。彼女よりキノコを優先したって、浮気してたって、口下手だって、桐子はマルが浸かったバスタブの残り湯がスープに思えるくらい、マルを愛しています。
しかし、仕様がないじゃないか、と彼女は思う。私は、彼が好きで好きでたまらないのだから。(p.10)
しかし、マルに出会って以来、彼女には、彼以外の男が、男に見えない。(p.12)
誰が何と言おうと、この男は良いわ、と彼女は、仕方がないような気分を味わう。(p.18)
だから、バスタブの残り湯がスープに思えて来るんだよ。(p.30)
桐子がこうもマルを愛する理由に、堅気に見えない刺青やそれを引き立てるクロムハーツの格好よさと、ベニテングタケのために長野県まで行ってしまうところのギャップ等々が挙げられています。
またそれだけではなく、「隙だらけのマルを庇いたくなる」という発言に表れているように、マルへの庇護欲も理由の1つに挙げられると思います。
どこか抜けているマルは、いじられキャラでその分気安さを備えています。そして、桐子が「大丈夫だよ、私が守ってあげる」と思わず言ってしまいそうになる困った表情をときおりするのです。
物語が終わった時点では、桐子のマルを想う気持ちが、マルの浮気の不安や嫉妬などのマイナスな感情をカバーしています。逆に言うと、マイナスな感情が桐子のマルへの慈しみを凌駕したとき、2人の関係は破綻します。
桐子は、女の体に集中すると赤みを帯びる温度計のようなマルの耳が、桐子に対して赤くならなくなったときが潮時だとしています。
そしてマルの引き時は、桐子がマルが浸かったバスタブの残り湯をスープと思わなくなったときだと思います。鈍感なマルがそのことに気づくかどうかは別として。
最後に
今回は、山田詠美『4U(ヨンユー)』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!