純文学のあらすじ

【今村夏子】『ピクニック』のあらすじ・内容解説・感想

『ピクニック』は、可愛らしいタイトルからは想像できないほどゆがんだ物語です。

今回は、『ピクニック』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『ピクニック』の作品概要

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著者 今村夏子(いまむら なつこ)
発表年 2011年
発表形態 書き下ろし
ジャンル 短編小説
テーマ 悪意

『ピクニック』は、2011年に発表された今村夏子による書き下ろしの短編小説です。主人公たちが、同僚の女性と人気タレントの交際を見守る様子や、そこで悪意と悪意が交錯する様子が描かれています。『こちらあみ子』の単行本に収録されています。

著者:今村夏子について

  • 1980年大阪府生まれ
  • 『こちらあみ子』でデビュー
  • 『むらさきのスカートの女』で芥川賞受賞
  • 小川洋子を敬愛している

今村夏子は、1980年生まれ大阪府出身の小説家です。風変わりな少女が主人公の『こちらあみ子』で第26回太宰治賞を受賞し、小説家デビューを果たしました。その後、第161回芥川賞を受賞し、再び注目されています。

作家の小川洋子を尊敬していて、『星の子』の巻末には2018年に文芸雑誌『群像』に掲載された、小川洋子と今村夏子の対談が収録されています。

『ピクニック』のあらすじ

ルミは、女性がローラーシューズを履いて接客をするローラーガーデンという飲食店で働いていました。ある日、ローラーガーデンに七瀬さんという女性がアルバイトとしてやって来ます。七瀬さんは、人気お笑いタレントの春げんきと付き合っていました。

ルミとその同僚は七瀬さんの話を聞くのを楽しみにしており、2人の恋を応援していました。ところが、新人の女の子だけは話の輪に入らず七瀬さんのおかしさを真っ向から攻撃するのでした。

登場人物紹介

ルミ

ローラーガーデンの従業員。七瀬さんの恋を応援している。

七瀬(ななせ)さん

ルミの同僚。お笑いタレントの春げんきと交際している。

新人の女の子

16歳の少女。18歳と偽ってローラーガーデンで働いている。七瀬さんに攻撃的な態度を取る。

春げんき(はる げんき)

33歳の人気絶頂のお笑いタレント。

『ピクニック』の内容

この先、今村夏子『ピクニック』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

ストレートな悪意/ゆがんだ悪意

七瀬さん

ルミは、女の子がローラーシューズを履いて接待するのが売りの「ローラーガーデン」で働いています。あるとき、七瀬さんという女性がローラーガーデンに採用されました。彼女の左のわき腹には、虫さされの跡がありました。

七瀬さんは年齢を明かしませんでしたが、ルミとその母親の間くらいの人でした。ルミが「彼氏いるの?」と聞くと、七瀬さんは有名なお笑いタレントの名を口にしました。そして、七瀬さんは彼とのなれそめを話し始めます。

なれそめ

七瀬さんは、12歳のときに川で運動靴を拾いました。その運動靴には、マジックで「春げんき」と書いてありました。七瀬さんは、何の気なしに拾った運動靴を、また川に流しました。

それから10年経って23歳になった七瀬さんは、深夜ラジオを聴いているときに「春げんき」という名前を耳にします。彼は、養成所を卒業して半年の新人タレントでした。春げんきと自分が同郷だと知った七瀬さんは、運動靴のことを思い出しました。

そして、「アシスタントの春げんきくん。私、小学生のときあなたがなくした靴を近所の川で拾いました」というハガキを送ります。翌週の番組でそれを読み上げた春げんきは、「おれこの子と結婚します!」と言いました。

それあと何度かハガキを送り、5回目のハガキを送った直後に春げんきから七瀬さんのもとに電話がかかってきました。その電話をきっかけに、2人は付き合うようになります。

携帯電話の捜索

結婚を前提に付き合い始めてから14年、春げんきの仕事は順調で、ついに有名番組にレギュラー出演することが決定しました。ルミとその同僚たちは七瀬さんのアパートの201号室に招待され、一緒にその姿を見守ることなりました。

水曜日の午後0時00分、番組が始まってテレビには春げんきが現れました。彼の登場で観客席は湧き、春げんきは投げキスとウインクをしました。これは、恋人である七瀬さんへのサインです。

 

その後の水曜日の番組で、春げんきは「最近一番ショックだった出来事」を聞かれ、帰省したときに携帯電話を川に落としてなくしたことを話しました。

その翌日、七瀬さんはホームセンターで鋤(すき)を買いました。そして、七瀬さんは運動靴を拾ったという川にルミたちと向かいます。

川の中に入った七瀬さんは鋤を振りかざして川底のへどろをかきだします。七瀬さんは、春げんきの携帯電話を探していたのでした。しかし、数日探しても携帯電話は見つかりませんでした。

七瀬さんへの敵意

あるとき、ルミは七瀬さんがローラーガーデンの支配人と休みの相談をしているのを見ました。七瀬さんは、1年前から消えない左わき腹の虫さされを診てもらうために、皮膚科に行こうとしていたのです。

実は、七瀬さんのロッカーには「その虫さされは手術しない限り治らないぞ」という張り紙がしてあったのでした。ルミとその同僚は、新人の女の子を呼び出して問い詰めましたが、女の子は知らないと答えました。

その後、更衣室で話をしていたルミは、七瀬さんがもうすぐ誕生日を迎えることを知ります。七瀬さんは、来週東京(春げんきがいるところ)に行くのだと言います。

梅雨が明けたころ、新人の七瀬さんにたいする態度はますますひどくなっていきました。ルミたちがそのことを問い詰めると、新人は東京にいるはずの七瀬さんが、その日公園のベンチでハトにエサをやっていたのを見たと言いました。

 

そのころから、七瀬さんは急に元気がなくなりました。ルミたちは、「デートの回数が減った」「倦怠期かも?」と口々に言います。

結婚を前提に14年も付き合っているなら、そろそろ入籍しそうだという話になり、ルミたちは好き勝手に七瀬さんの新婚生活を想像してメモに書きました。

翌日、「人気お笑いタレント春げんき結婚」というニュースが流れました。相手は七瀬さんではありませんでした。

「振られた」七瀬さん

春げんきの結婚が発表された日から、七瀬さんはローラーガーデンに出勤しなくなりました。新人は、「七瀬さんには不倫の道もある」「不倫の方が面白い」と言います。ルミたちは「七瀬さんは本気なんだからね」と言いながら、新人の意見をメモしました。

その後、ルミたちはそのメモを持って七瀬さんのアパートの201号室に行きます。ルミたちは声をかけましたが、返事はありません。仕方なく、ルミたちは不倫を推奨するメモをドアと壁の隙間にはさみました。

ところがその日の夜、仲間の1人が「もう1枚の方のメモをはさんできちゃったみたい」と言いました。

「もう1枚の方」とは、以前ルミたちが想像した春げんきと七瀬さんの明るい未来予想図のことです。それからも、七瀬さんが出勤することはありませんでした。

 

ある日、ルミたちは昼間に七瀬さんのアパートに向かいます。201号室からは、水曜日の0時00分に聞いたテーマソングが流れてきました。ルミたちはチャイムを鳴らさず、アパートをあとにしました。

ルミたちは水辺に行ってシートを広げ、昼ご飯を食べ始めます。全員で缶ビールを開け、秋が深まった素晴らしい陽気に乾杯しました。

『ピクニック』の解説

ストレートな悪意/ゆがんだ悪意

この物語は、新人の女の子のストレートな悪意と、ルミたちのゆがんだ悪意で構成されています。新人の女の子は、七瀬さんの春げんきとの交際の話を信じておらず、終始七瀬さんに冷たい態度で接しています。

多分ルミたちも、七瀬さんの話がただの妄想だということには気づいています。しかし、その上で七瀬さんに優しく接して話を聞いていました。それはなぜでしょうか?

 

それは、陰で七瀬さんのことを笑うためだと思われます。作中には一切描かれていませんが、おそらくルミたちは七瀬さんのいないところで七瀬さんをバカにしています。

七瀬さんの味方をして心を開かせ、七瀬さんの作り話をいかにも信じている風に聞く行為を遊びとして楽しんでいたのではないでしょうか。

春げんきの結婚でショックを受けていると同時に、ルミたちに気まずさを感じている七瀬さんに、わざわざ「彼とは順調?」と聞くところなどは本当に意地悪だと思いました。

作中では新人の女の子が悪役として登場しましたが、彼女は直接嫌味を言っている点でまだマシです。ルミたちのように、「わたしたちは味方だからね」と言いながら七瀬さんを笑っている方が何倍もタチが悪いです。

 

最後のシーンで、七瀬さんの部屋に行ったあと、ルミたちは水辺にシートを広げて持ち寄った弁当を開き、にぎやかに宴会を始めました。この場面は、ルミたちのこれまでの行いを象徴する場面です。

ルミたちのメモを見た時点で、七瀬さんは自分に向けられた悪意にはっきり気づいたと思います。ローラーガーデンに行けなくなったのは、春げんきの結婚のことだけでなく、自分が見世物にされていたことへのショックもあったと考えられます。

そうした七瀬さんの悲しみを肴(さかな)にして宴会を楽しむルミたちの姿は、人間の醜さを集約したように見えます。

その醜い姿を、秋の深まった素晴らしい天気と一緒に描写するなんて、誰も思いつきません。この不快な宴会を「ピクニック」と称してタイトルにするのも衝撃です。今村夏子の独特の感性がそうさせたのだと思いました。

ルミたちの味方をする語り手

今村夏子は、情報を読者に提供しないで小説を書く作家だと思います。『こちらあみ子』の解説でも触れましたが、3人称小説の場合、小説内のすべてを知っている語り手が情報を必要な分だけ開示して物語を進めていきます。

しかし、今村夏子の3人称小説は、その情報量が圧倒的に足りていません。『ピクニック』の場合は、語り手がルミたちの味方をしているため、「ルミたちが七瀬さんをバカにしている」という事実が全く書かれていませんでした。

 

なぜ私がルミたちの書かれていない悪事を知ったかというと、小説の中にあらゆる形でヒントが与えられていたからです。

「放っておけば新しい恋人がひょっこり登場してきますよ」新人は知ったようなことを言った。
「これだからお子様は困るな。恋愛ってそんな簡単なもんじゃないんだよ」
「七瀬さんにとっては簡単なことですよ。考えてもみてください。べつにお笑いタレントじゃなくてもいい。歌手でも俳優でも一般人でもいい。自由自在でしょ」

引用したのは、春げんきの結婚報道が出た後のルミたちと新人の会話です。新人の「七瀬さんにとっては~」という発言は、七瀬さんが妄想で恋人を作る癖があることを示唆しています。

その新人の言葉を完全には否定していない時点で、ルミたちがそのことを認めていることがわかります。

 

「春げんきの携帯電話を七瀬さんが探してたんですか?なんでですか?」
「なんでって春げんきにたのまれたからに決まってんじゃん」
「春げんきが七瀬さんにたのんだんですか?」
「そう。春げんきが七瀬さんにたのんだんだよ」
「……」
「どうしたの?」
「どうもしません」
「なんでで笑ってんの?」
「先輩たちが笑ってるからです」
ルミたちはお互いの顔を見た。誰も笑ってなんかいなかった。

引用したのは、ルミたちが新人に七瀬さんの川掃除の理由を説明している場面です。決め手は、最後の新人の言葉です。七瀬さんの話がウソだとわかっているルミたちは、そのおかしさに思わず笑っていたのでした。

このあと、語りは「ルミたちはお互いの顔を見た。誰も笑ってなんかいなかった。」と続きます。しかし、『ピクニック』の語りは信用できません。語り手はルミたちの味方であり、ルミたちにとって都合が悪い情報は出さないからです。

カギになるのは、ルミたち側にも七瀬さん側にも立たない、完全に中立の立場を保っている新人の目です。この物語で一番客観的な目を持っているのは新人なので、読者は新人が言っていることを信じたほうがよさそうです。

 

また、今村夏子は欠陥がある人物を書くことが多く、そういう人は身体や精神になにかしらの特徴を持っています。

『ピクニック』の場合は、七瀬さんの左わき腹の虫さされのがそれにあたります。その記号からも、七瀬さんは欠陥のある人=標的にされた人と判断できます。これらのヒントを元に、ルミたちの悪事を暴きました。

 

『ピクニック』から学べるのは、今村夏子の作品において、語り手は絶対的に信用できる存在ではないということです。

語り手は、ルミたちに側に立って偏った主観的な語りをすることで、読者をだまし、さもルミたちが善良な存在であるかのように見せました。そして、新人が語り手の代わりに客観的な目を持った人物として現れました。

『ピクニック』を読んで、改めて語りの正当性を疑うことが大切なのだと思いました。

『ピクニック』の感想

癖になるもやもや

『ピクニック』というキャッチ―なタイトルに、まんまと騙されました。今村夏子の作品は、意図的にそうしているのか分かりませんが、タイトルが可愛らしかったり装丁がきれいだったりします。

しかし、中身はぶっ飛んでいるので毎回裏切られたような気持ちになります。今村が思うように罠にはまってしまい、上から笑われているような感じがします。こういうギャップがたまらなく好きなので、また彼女の沼にはまってしまいました。

 

今村夏子の作品には、リドルストーリー(明確な答えが出ないまま終わる物語)っぽいところがあります。最初は一緒に走っているのに、最後にぽーんと私だけ突き飛ばされてしまうような、線路が途中で切れてしまったみたいな感じです。

物語がどこに向かうのか、最後まで読んでも分からないのです。そのため、読後はもやっとした気分になります。胸糞悪いとまではいかないけれど、けっこう困惑します。でも、この気持ち悪さが全然嫌じゃなくて癖になります。

『ピクニック』も例にもれず、そうしたたぐいのぷつっと切れる物語でした。ずっととらえどころのない嫌な雰囲気が立ちこめています。

小説に歯切れの良さや明快さを求める人には向いていませんが、イヤミスが好きだったりする人にはかなりおすすめです。

最後に

今回は、今村夏子『ピクニック』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

独特な世界観を持つ作家の小説で、不思議な中毒性があるのでぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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