純文学の書評

【太宰治】『饗応夫人』のあらすじと内容解説・感想

おびえながら、客を狂ったようにもてなさずにはいられない夫人が描かれる『饗応夫人』。

今回は、太宰治『饗応夫人』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『饗応夫人』の作品概要

著者太宰治(だざい おさむ)
発表年1948年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ人間固有の尊さ

『饗応夫人』は、1948年に雑誌『光』で発表された太宰治の短編小説です。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:太宰治について

  • 無頼(ぶらい)派の作家
  • 青森の大地主の家に生まれた
  • マルキシズムの運動に参加するも挫折
  • 自殺を3度失敗

太宰治は、坂口安吾(さかぐち あんご)、伊藤整(いとう せい)と同じ「無頼派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。

青森の地主の家に生まれましたが、農民から搾取した金で生活をすることに罪悪感を覚えます。そして、大学生の時にマルキシズムの運動に参加するも挫折し、最初の自殺を図りました。この自殺を入れて、太宰は人生で3回自殺を失敗しています。

そして、『グッド・バイ』を書きかけたまま、1948年に愛人と入水自殺をして亡くなりました。

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『饗応夫人』のあらすじ

登場人物紹介

奥さま

福島県の豪農の生まれ。本郷の大学の先生をしていた夫と暮らしていたが、戦地に駆り出され消息不明となった。饗応癖がある。

ウメちゃん

奥さまの家の女中。4年前、戦争中にこの家で手伝いを始めた。

笹島(ささじま)先生

奥さまの夫の友人。奥さまと偶然再会したことをきっかけに、彼女の家に出入りするようになる。

『饗応夫人』の内容

この先、太宰治『饗応夫人』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

人間固有の尊さ

奥さまの歓待癖

奥さまはもともと接待好きでしたが、お客好きというよりお客におびえているように見えました。玄関のベルが鳴って女中のが取り次ぐと異様に緊張した顔つきをしており、狂ったように接待をした後にはぐったり座って涙ぐむこともある始末です。

夫が戦地で消息不明になってからは、奥さまの度を越した接待は見ていられないほどになりました。

狼の襲来

そんな中、奥さまのご主人の友人である笹島先生と奥さまがマーケットで10年振りに再会します。そのときに奥さまが笹島先生を家に呼んだことをきっかけに、笹島先生が頻繁に家に来るようになりました。

笹島先生は「(戦争で)住むに家無く、最愛の妻子と別居し、家財道具を焼き、衣類を焼き…ああ、実に面白くない。みじめだ。奥さん、あなたなんか、いいほうですよ」と言い、「こんど僕の友人を連れて来ますからね」という言葉通り後日3人の友達を連れてきました。

「おい諸君、なに遠慮の要らない家なんだ、あがり給え、あがり給え、客間はこっちだ、外套は着たままでいいよ」。笹島先生はまるで自分の家かのように振る舞い、奥さまにあれこれ注文をつけます。

笹島先生の呪縛

笹島先生らの来訪はエスカレートし、奥さまの家は笹島先生とその仲間の寮のようになっていきます。そしてもともと体が丈夫でない奥さまは、客に出すものとは対照的な質素な食事や無理な飲酒のせいで血を吐くほど弱ってしまいました。

奥さまは一時的に実家に帰ることを決め、私に留守番を頼みました。奥さまの実家まではお供した方が良いと判断した私は、切符を2枚買って荷造りを完了させます。

そしてお客が来ない間に逃げるように家を出ようとしたとき、看護師らしい若い女を2人連れた笹島先生と玄関で鉢合わせてしまいました。奥さまは泣くような笑うような不思議な声を上げて、こまネズミのようにあわただしく動き始めます。

精神性の高さ

奥さまからお使いに出された私は、財布代わりに渡された奥さまのハンドバックを開いたとき彼女の切符が二つに引き裂かれていることに気づきました。

玄関で笹島先生にった途端に引き裂いたに違いないと思った私は、奥さまの底知れぬ優しさに呆然とするとともに、他の動物と比較したときの人間の貴さをはじめて知らされたような気がします。

そして、私は自分の切符も二つに引き裂き、何かごちそうを買って帰ろうと買い物を続けるのでした。

『饗応夫人』の解説

地位の転覆

大國氏は、太宰作品に鳥の姿や声が登場することに着目しています。そして『饗応夫人』において奥さまは鳥、ウメちゃんは梅、笹島は狼、その他は魚に形容されることに触れました。

奥さまは「鷲の羽音を聞いて飛び立つ一瞬前の小鳥」と形容されています。さらに大國氏はウメちゃんの命名について、奥さまとの調和を思い起こさせるとして「取り合わせが良い『梅に鶯』が忍びこんでいる」としています。

一方で笹島の来訪は「狼たちの来襲」と例えられており、傍若無人に振舞う笹島と従順な奥さまの関係は、か弱い鳥と強い狼という形容に表れています。

 

そのうえで大國氏は、「登場人物たちが動植物として描かれる『饗応夫人』の結末において、唐突に示される『人間』とはどのような響きをもって描かれるのか」という問いを投げています。

これに関して、結末に動植物と人間の対比が差し込まれることにより、自己犠牲という人間にしかない精神が美徳として強調されて奥さまやウメちゃんの地位が上がり、相対的に笹島(狼)の地位が下がるという反覆が起こったと私は考えます。

大國 眞希「太宰治作品に見られる音色の種類」(「太宰治スタディーズ 6」2016年6月)

『饗応夫人』の感想

奥さまの強さ

奥さまは泣きそうな顔で笑ったり、おどおどしたり、小鳥のように緊張したりして弱弱しく描かれています。

このように「いや、と言えない」奥さまとは対照的に、ウメちゃんは笹島らに対して露骨に怒った様子を見せ、さらに下記に示すように心身をすり減らしてまで饗応する奥さまに否定的な考えを持っていました。

「奥さま、なぜあんな者たちと、雑魚寝なんかなさるんです。私、あんな、だらしない事は、きらいです」

「奥さま、ずいぶんおやつれになりましたわね。あんな、お客のつき合いなんか、およしなさいよ」

 

しかし、ウメちゃんの奥さまへの考えが変わる瞬間がありました。

体調を崩した奥さまが里に帰ろうとした際、タイミング悪く笹島に遭遇してしまい例の狂ったような接待が始まります。奥さまのハンドバッグを持ってお使いに出たウメちゃんがバッグの中を見たとき、そこには半分に引き裂かれた切符が入っていました。

奥さまが、玄関で笹島に会った時点で覚悟を決めて切符を引き裂いたことを知ったウメちゃんは、奥さまの優しさや笹島の横暴さを凌駕する精神性の高さに気づきます。そしてその思いに同調したウメちゃんは、同じように自分の切符を引き裂いたのでした。

従順にしか見えなかった奥さまの優しさが徹底されていることが示された場面ですが、それだけでなく奥さまが我が物顔で振舞う笹島から逃げない気丈さを兼ね備えていると思いました。

最後に

今回は、太宰治『饗応夫人』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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