純文学の書評

【太宰治】『葉桜と魔笛』のあらすじ・内容解説・感想

「葉桜」と「魔笛」という、一見何の関係もないと思われる言葉が並ぶ、不思議なタイトルの小説です。

今回は、太宰治『葉桜と魔笛』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『葉桜と魔笛』の作品概要

著者太宰治(だざい おさむ)
発表年1939年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ貞操

『葉桜と魔笛』は、1939年に文芸雑誌『若草』(6月号)で発表された太宰治の短編小説です。20歳だった老夫人と、死期の近い妹の交流が描かれます。老夫人が、35年前の出来事を語る形式で展開されます。Kindleでは無料¥0で読むことができます。

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著者:太宰治について

  • 自殺を3度失敗
  • 青森の大地主の家に生まれた
  • マルキシズムの運動に参加するも挫折した

坂口安吾、伊藤整と同じ「無頼(ぶらい)派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。太宰については、以下の記事をご参照ください。

太宰のことがまるわかり!太宰治のプロフィール・作風をご紹介皆さんは、太宰治という作家にどのようなイメージを持つでしょうか?『人間失格』や自殺のインパクトが強いため、なんとなく暗いと考える人が多い...

『葉桜と魔笛』のあらすじ

当時20歳の夫人は、余命宣告をされた妹と暮らしています。そんなとき、夫人はタンスの中から妹あてに書かれた手紙を見つけます。妹は、夫人が知らない間によその男性と手紙のやりとりをしていたのでした。

夫人は、それらの手紙を読んでがく然とします。相手の男性は、妹の病気を知った途端に手紙をよこさなくなったのでした。気の毒に思った夫人は、あることを思いつきます。

登場人物紹介

老夫人

語り手。過去を振り返り、妹との起きた出来事を回想する。

老夫人の妹。腎臓結核と言う病気にかかっていた。

『葉桜と魔笛』の内容

この先、太宰治『葉桜と魔笛』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

アオハルの大切さがわかる話

葉桜のころ

老夫人は、葉桜が咲くころになると、35年前の出来事を思い出すのだと言います。夫人はと、中学校の校長をしていた厳格な父と3人暮らしでした。そして、夫人が20歳、夫人の妹が18歳だったころ、妹は病気におかされて余命宣告をされていました。

5月のある日、出先から帰ってきた夫人は、妹に「これ、いつ来たの?」と1通の手紙を渡されます。「さっき、あなたが眠っている間に」と夫人は答えます。しかし、妹は「あたしの知らない人なのよ」と奇妙なことを言い出します。

それを聞いた夫人は、「そんなことあるもんか」と思うのでした。なぜなら、妹とその手紙をよこしたM・Tと言う人物が、ひそかに文通をしていたことを夫人は知っていたからです。

M・T

夫人は、その5~6日前にタンスの中からリボンで結ばれた30通もの手紙の束を見つけました。いけないことと分かりながら、夫人は手紙を読んでしまいました。

始めこそ、夫人はその他愛のない文通を楽しみながら読んでいましたが、最後の1通を読んでショックを受けます。なんと、妹とM・Tという人物の関係は、一線を越えていたのでした。

さらに、M・Tは城下町に住む貧しい歌人でした。そして、妹が病気であると知った途端、妹に別れを告げたのです。夫人は、その切ない苦しみを自分のことのように感じました。そして、M・Tになりすまして妹に手紙を書いたのです。

真相

「姉さん、読んでごらんなさい」と妹は言いました。夫人は、言われるがままに自分が書いた手紙を読み上げます。

そこには、「僕にはあなたを幸せにする自信がなかった。だから、毎日歌を作って送ります。それと、毎日口笛を吹いてお聞かせしましょう。早速、明日の夜6時に軍艦マアチを吹いてあげます」とありました。

読み上げた夫人に、妹は「これ、姉さんが書いたのね」と静かに言いました。そして、妹は「手紙はウソ。あんまり寂しいから、おととしの秋から自分あてに手紙を書いて、自分あてに投函していたの」と告白しました。

 

妹は、恋人を作ることはおろか、男性と話したこともなかったことをひどく後悔していたのです。

そのとき、低くかすかに軍艦マアチが聞こえてきました。時刻を見ると、午後6時です。夫人は、神の存在を感じずにはいられませんでした。それから3日後、妹は息を引き取りました。

『葉桜と魔笛』の解説

二重の意味

『葉桜と魔笛』は、「処女でいるのって、美しいことだよね」というのと、「処女なんかさっさと捨てて、青いうちにたくさん遊ぼうよ」という、全く違う2つの読み方をすることができる小説です。

まず、前者に関して。当時は、親(特に父親)の許しを得ない自由恋愛は、良しとされていなかったため、言いつけを守って男性と交際せずに亡くなった妹は、模範的な少女として受け取られます。

『葉桜と魔笛』は、女子学生が読む雑誌に掲載されたため、表面上は「貞操を守ることの素晴らしさ」が書かれているように読めます。

 

しかし、視点を変えてみると、処女を捨てることを勧めているようにも解釈できるのです。もし、妹がM・Tと交際していたことが本当だったと考えると、妹が夫人に言った「もっと恋愛をしておけばよかった」という言葉が、重い意味を持ち始めます。

つまり、妹がM・Tと関係を持っていた場合、妹は結婚前の女性が男性と遊ぶことを肯定しており、夫人に「もっと青春しなさい」と訴えていると読めます。

夫人は、妹にそれを言われた時に20歳で、結婚したのが24歳です。24歳は、当時としては晩婚です。もしかしたら、妹の言葉に触発された夫人は、この4年間で男性と遊びまくったのかもしれません。

このように、『葉桜と魔笛』は読み方を変えるだけで、全く別のメッセージが浮かび上がってくる面白い小説なのです。

河内重雄「太宰治のディコンストラクション―「葉桜と魔笛」における二つの文脈― 」(文学部紀要 2016年9月)

『葉桜と魔笛』の感想

何が描かれてる?

妹の手紙が自作自演だと知ったとき、言いようのない悲しさを感じました(もちろん、妹が嘘をついた可能性もありますが、ここでは素直に受け取ります)。

それは、妹の行動に対してではなく、妹がそうせざるを得なかった環境に対してです。妹と夫人は、頑固で頭の固い教育者である父親に育てられました。

だからこそ、自由に恋愛をすることも、男性と話すことも許されなかったのです。ここで、過度に貞操を守ることに執着することに、疑問が投げかけられているように感じました。

「姉さん、あたしは今まで一度も、恋人どころかよその男のかたと話してみたこともなかった。あたしの手が、指先が、髪が、可哀そう。死ぬなんて、いやだ。いやだ」という妹の悲痛な叫びが、全てを物語っているように思います。

最後に

今回は、太宰治『葉桜と魔笛』のあらすじと感想をご紹介しました。

葉桜の季節は4月~5月なので、今の時期にぴったりです。ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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