純文学の書評

【村田沙耶香】『余命』のあらすじ・内容解説・感想

『余命』は、医療が発達して人間が死ぬことがなくなり、自分で死ぬタイミングと死に方を決める世界が舞台となっています。

今回は、村田沙耶香『余命』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『余命』の作品概要

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著者村田沙耶香(むらた さやか)
発表年2014年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ

『余命』は、2014年に文芸雑誌『すばる』(1月号)で発表された村田沙耶香の短編小説です。寿命で死ぬという概念がなくなった世界で、人が死と向き合う様子が描かれています。『殺人出産』という文庫に収録されています。

著者:村田沙耶香について

  • 日本の小説家、エッセイスト
  • 玉川大学文学部卒業
  • 2003年に『授乳』で群像新人文学賞優秀賞受賞。
  • 人生で一番読み返した本は、山田詠美『風葬の教室』

村田沙耶香は、1979年生まれの小説家、エッセイストです。玉川大学を卒業後、『授乳』でデビューしました。

山田詠美の『風葬の教室』から影響を受けています。ヴォーグな女性を賞する「VOGUE JAPAN Women of the year」に選ばれたこともあります。美しく年を重ねている印象がある女性です。

『余命』のあらすじ

医療技術の発展のおかげで、100年前に「死」がなくなりました。人々は、自分が死にたいときに自由に死を選びます。「私」も死を選んだうちの一人で、さっそく死ぬ準備に取りかかります。

登場人物紹介

死ぬことを決めた女性。土の中で死ぬために、静かな山に向かう。

『余命』の内容

この先、村田沙耶香『余命』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

不死社会

死のない世界

老衰や事故、他殺で命を落としても蘇生できる世の中になり、自ら近づかないと死は永遠に訪れない時代になりました。「そろそろかな」と思ったは、業者に連絡して家のものの処分を始めました。業者の若い青年も、来月彼女と死ぬ予定なのだと言います。

死に向かう

私は夜行列車に乗り、本で紹介されていた静かな山奥に向かいます。私は、「土に還る」という今話題のナチュラルな死を選んだのです。

山道を2時間歩いたところで足を止め、私はスコップで穴を掘ります。その中に横たわって薬を飲み、私は目を閉じます。「来世では『自然な死』が復活しているといいな」と思ったところで、私の意識はふっと途切れました。

『余命』の解説

村田沙耶香の主題

私は村田沙耶香の作品をまだ数冊しか読んだことがないのですが、彼女のテーマは「多様化する社会を描くこと」なのではないかと思いました。

例えば『コンビニ人間』では、主人公が一般的に「人生をかける仕事」とは思われていないコンビニ店員に、大きな価値を見出している様子が描かれています。

また、『タダイマトビラ』では当たり前に存在する「家族」という集団のルーツをさかのぼり、その存在意義を疑問視していました。そして、『余命』では「迎える」はずの死を自ら「迎えに行く」のが普通になった世界が舞台となっています。

 

同性婚を認めるパートナーシップ制度や、自分の死を自分でコーディネートする「終活」という言葉も生まれ、生き方や死に方に対する考え方は、昔に比べてどんどん柔軟に寛容になりました。

こうした変化の激しい時代だからこそ、村田沙耶香の描く世界は全くの架空の物語でなく、「生きているうちにこういう世界になるのかも……」と読者に思わせる力を持っているのだと思います。

『余命』の感想

悲しむ気持ち

いつ死ぬか分からないのも怖いけれど、自分で死ににいくのもそれはそれで怖いなと思いました。

「私」のように薬を飲んで土に還る場合、薬がのどを通る感覚とか、目をつむって意識が遠のくのを待つ時間とか、そういう恐怖に耐えられる強い精神がないと実行できないと思います。

 

この世界の人達は、死を悲しみととらえていません。「私」のもとに来た業者の青年は、「あ、いいですねー、ナチュラル死。俺の姉貴もそれで死んでましたよー」と軽い口調で言いました。

死がファッション感覚になってしまって、そこに何の悲しみも生まれていないことが分かります。「私」が淡々と自分のことを土に埋めることができたのも、死に対しての考え方が軽いからです。

私は、悲しみの中で一番重いのは死だと思っています。そのため、死を悲しみととらえない『余命』の登場人物たちは、血の通っていない人間のようでした。

私が、死に向かう世界に生きてないからそう思うのでしょうか。「私」は、「人間に人間味を求めるなんておかしい」と思っているかもしれません。

不死社会への恐怖

この作品は文庫本で5ぺージ程度の短い作品で、詳細があまり描かれていないので、「私」のことだけでなく、死に向かう価値観が当たり前になっている社会のことを想像してみました。

まず、私は「この考え方のおかげで、人間の幸福度は上がるのでは?」と思いました。死にたい人は死を選ぶため、この世に満足している人だけが生き残るからです。

しかし、死にたいと思っている人は意外と長生きしたりしますし、死ぬ死ぬ詐欺をする人ほど死ぬ覚悟ができなかったりすることもあるので、この仮説は間違っているかもしれないとも思いました。

「死が生を輝かせる」という言葉があるように、死がそばにあるからこそ、「生きていてよかった」「限りある命を大切にしよう」という風に思えるのも事実です。

 

また、アニメやマンガに出てくる悪役やお金持ちは、だいたい不老不死の薬を欲しがります。しかし、結局上手くいかなくてみんな死んでしまいます。

やはり、不死を手にすることは人類のタブーなのだと思います。保険制度は崩壊しそうですし、国が破綻するという困った事態にもなりかねないので、現実的に考えてもやはり足を踏み入れてはいけない領域です。

でも、私たちは確実にそのタブーに近づいています。生と死の境目が、だんだんあいまいになってきている今必要なのは、延命治療と文字通り「治すための治療」の区別なのではないでしょうか。

『余命』を読んで、永遠の命が誰にでも手に入るようになる時代が近づく恐怖を感じました。

最後に

今回は、村田沙耶香『余命』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

村田沙耶香に提唱された新しい価値観から出発して、「今後、どういう世の中になっていくだろう?」と考えるのはとても面白いです。ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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