純文学の書評

【江戸川乱歩】『押絵と旅する男』のあらすじ・内容解説・感想

『湖畔亭(こはんてい)事件』『鏡地獄』と並び、レンズが登場する小説です。

今回は、『押絵と旅する男』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『押絵と旅する男』の作品概要

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著者江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)
発表年1929年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ幻想

『押絵と旅する男』は、1929年に雑誌『新青年』(6月号)で発表された江戸川乱歩の短編小説です。押絵の中の少女に恋をした男の身の上が語られます。

乱歩が魚津で蜃気楼を見た経験が元になって、執筆された作品です。一度完成させたものの、気に入らなかった乱歩は、書き上げた原稿をトイレに捨ててしまいました。現在読めるのは、その後に書き直された『押絵と旅する男』です。

著者:江戸川乱歩について

  • 推理小説を得意とした作家
  • 実際に、探偵をしていたことがある
  • 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した

江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表し、デビューしました。

その後、乱歩は西洋の推理小説とは違うスタイルを確立します。「新青年」からは、夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。

『押絵と旅する男』のあらすじ

主人公の私は、富山県に蜃気楼を見に行った後、帰りの電車で不思議な男と出会います。その男は、窓に立てかけてあった額を、おもむろに風呂敷にしまい始めました。

その奇妙な様子に興味を持った私は、男に接近します。すると、男は再び風呂敷を開いて額を見せます。それは、精巧な押絵(布で作ったパーツを紙に貼った絵)でした。

さらに、双眼鏡でその絵を覗くと、押絵の老人と娘がまるで生きているかのように見えるのです。男は、彼らの身の上を話し始めるのでした。

登場人物紹介

語り手。富山県で蜃気楼を見た後、電車の中で奇妙な男と出会う。

私と同じ車両に乗り合わせた男。不思議な押絵を私に見せ、押絵について話し始める。

『押絵と旅する男』の内容

この先、江戸川乱歩『押絵と旅する男』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

二次元へのガチ恋

不思議な男

富山県の魚津で蜃気楼を見たは、夕方の6時ごろに上野行の列車に乗りました。2時間くらい立ちっぱなしで蜃気楼を見ていた私は、普段とは違う気持ちでいました。列車には、私の他に乗客は1人しかいませんでした。

その乗客は、ふいに窓に立てかけていた額を風呂敷に包み始めました。黒い背広を着たそのの顔は整っていて、一見40歳前後に見えました。しかし、よく見ると顔はしわだらけで、60歳くらいにも見えます。私は、それを不気味に感じました。

 

男と視線が合ってしまった私は、男の向かいの席に腰を掛けます。すると、男は風呂敷にしまった額を取り出して私に見せました。それを見た私は驚きます。

額の正体は押絵でしたが、色鮮やかに、実に精巧にできていたからです。絵の中には、その男とそっくりな老人と、美しく若い娘がいました。男は、私に双眼鏡を渡し、それで押絵を見るよう言います。

すると、双眼鏡の中では老人と娘は生きているように見えました。そして、男はこの押絵の「身の上」を語り始めました。

押絵の中

明治28年4月の東京。男の兄は毎日のようにどこかへ出かけるようになり、ご飯もろくに食べないで家の人とも口を利くことが無くなりました。不思議に思った男が跡をつけると、兄は浅草十二階(高層建造物)に上って、双眼鏡で何かを見ていました。

男が、兄に何をしているのかと聞きます。すると、兄は1か月前に双眼鏡に一瞬映った娘に一目惚れしてしまい、それからずっとその娘を捜しているのだと言いました。

 

浅草十二階から出た2人は、手分けして娘を捜します。男は兄とはぐれてしまいましたが、そのころ兄はからくり屋で覗きからくり(のぞき穴がある箱の中で、絵が入れ替わる見世物)を見ていました。そして、「私たちが探していた娘はこの中にいる」と言いました。

何かを思いついた兄は、男に「双眼鏡を逆にして、私を覗いてくれ」と頼みました。男が双眼鏡を逆さにして兄を覗くと、兄は見る見るうちに小さくなって、闇の中に消えてしまいました。

男は、兄は娘に焦がれるあまり、レンズの不思議な力を借りて小さくなって、絵の中に入り込んだのだと悟ります。男は、からくり屋からその絵を買い取りました。

別れ

その後、男と両親は故郷の富山に引っ越します。そして今、男は変わった東京を兄に見せようと、上野行の電車に乗っているのだと言います。男は、永遠に年を取らない娘に対して、年を重ねて老人になってしまった兄のことを嘆きました。

しばらく電車に揺られたのち、男は先に降りてしまいます。その後ろ姿は、押絵の中の老人そのままでした。

『押絵と旅する男』の解説

崩壊するレンズの魔力

蜃気楼と浅草十二階は、響き合っていると考えられます。冒頭で、蜃気楼は「真黒な巨大な三角形が、塔のように積み重なって行ったり」と描写されました。

浅草十二階は、10階までがレンガ、11階と12階が木造の塔です。このことから、両者は重なると言えます。

また、蜃気楼について、「不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那、この世の視野の外にある、別の世界の一隅を、ふと隙見したのであったかも知れない」と述べられているように、レンズには別世界を見せる力があることが提示されています。

つまり、このことから浅草十二階とレンズもリンクしている事が分かります。

 

しかし、そのレンズの魔力は長続きしません。雲状のもやである蜃気楼はいつかは崩れますし、押絵になった男の兄は、年を取るので完全に二次元の住人になったわけではありません。浅草のランドマークであった十二階も、関東大震災をきっかけに倒壊しました。

関東大震災が起きた時、乱歩はちょうど関西にいました。震災から3年後、東京に戻ってきたときには、すでに浅草十二階は無くなっていました。震災時に関西にいて、その被害をダイレクトに受けていない乱歩は、十二階が無くなった実感がなかったと考えられます。

レンズの魔力が聞かなくなる過程が描かれた『押絵と旅する男』は、乱歩が十二階のない浅草を受け入れるために書かれたのかもしれません。

押絵の場面について

男の兄が恋をしたのは、覗きからくりの中の娘です。それは、「八百屋お七」の覗きからくりでした。「八百屋お七」は、江戸時代前期の八百屋の娘です。お七は恋人に会いたい一心で放火事件を起こし、火刑に処されてしまいました。

井原西鶴に取り上げられ、様々な芸能に取り入れられています。「八百屋お七」も、覗きからくりの定番になりました。男女恋愛を描いた作品は他にもありますが、なぜ『押絵と旅する男』には「八百屋お七」が登場したのでしょうか?

それには、場所が関係しています。お七の浮世絵は、放火した後にはしごに上っているシーンが描かれたものが多いです。そのお七と、浅草十二階という展望台に上って、一目惚れした娘を捜す男の兄の姿がリンクするのです。

・丹羽 みさと「雲を凌ぐー押絵と旅する男」と浅草十二階」(大衆文化 2008年3月)

・片岡あい「江戸川乱歩「押絵と旅する男」論―閉じ込められた隙間―」(あいち国文 2012年9月)

『押絵と旅する男』の感想

二次元への恋

二次元だと知っていて、二次元の世界の人に恋をするのと、二次元の人であることを知らずに恋をするのは、ダメージの受け方が全く違うと思います。前者の場合は、多少割り切れると思いますが、後者のショックは計り知れません。

男の兄は、完全に押絵の娘を実在する人間だと思っていたのに加え、娘のことを考えてご飯もろくに食べられなくなるほどの盲目ぶりだったので、娘が絵だと知ったときは想像を絶する落胆を感じたのではないかと思いました。

しかし、相手が二次元だからと諦めず、突破口を見出そうとする兄の執念には驚きました。「恋は盲目」とは、まさにこのことを言うのだと思いました。

最後に

今回は、『押絵と旅する男』のあらすじと内容解説、感想をご紹介しました。青空文庫にあるので、ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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