純文学の書評

【谷崎潤一郎】 『卍』のあらすじ・内容解説・感想|名言付き

一度見たらなかなか忘れないタイトルです。タイトル同様、内容も一度読んだら忘れられない壮絶なものになっています。

今回は、谷崎潤一郎『卍』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『卍』の作品概要

著者谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう)
発表年1928年~1930年
発表形態雑誌掲載
ジャンル長編小説
テーマ同性愛、不倫

『卍』は、1928年~1930年」に雑誌『改造』(1928年3月号~1929年4月号・6月号~10月号・12月号、1930年1月号・4月号)で連載された谷崎潤一郎の長編小説です。Kindleでは無料¥0で読むことができます。

昭和初期の大阪を舞台に、2組の男女の交錯する関係が描かれます。1964年から5回にわたって映画化されています。

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上でご紹介した集英社の漫画版は、原作のイメージや舞台となった時代の雰囲気が、崩れることなく表現されているのでおすすめです。

著者:谷崎潤一郎について

  • 耽美派作家
  • 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
  • 大の美食家
  • 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔

反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。

しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。

死んでも踏まれ続けたい。谷崎潤一郎の略歴・作風をご紹介80年の生涯で40回も引っ越しをしたり、奥さんを友達に譲ったり、度が過ぎる美食家だったりと、やることが規格外の谷崎潤一郎。 今回は...

『卍』のあらすじ

大阪で夫の孝太郎と暮らす園子は、暇つぶしに学校に通い始めます。そこで、光子という美女と出会いました。2人は仲を深め、恋仲になります。

孝太郎から何を言われても、園子は動じません。しかしそんなとき、光子が隠していた秘密が次々と暴かれていき、園子はますます光子という沼にはまっていきます。

登場人物紹介

園子(そのこ)

裕福な商家の娘。若くして結婚し、悠々自適な生活を送っている。光子の美しさに魅了される。

孝太郎(こうたろう)

園子の夫。学者肌の有能な弁護士。

光子(みつこ)

船場の毛織物問屋の娘。同じ学校に通う園子と仲良くなる。

綿貫(わたぬき)

華奢で中性的な美青年。ある秘密を抱えている。

『卍』の内容

この先、谷崎潤一郎『卍』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

卍模様の人間関係

園子と光子

昭和初期の大阪。若くして結婚した園子は、お金に困らない悠々自適な生活を送っています。暇つぶしに、以前習っていた日本画を習いに女学校に通い始めました。

学校と言っても、お金を払えば誰でも入れるカルチャースクールのような場所です。夫との仲も良好で、一緒に帰宅したり演劇を観に行ったりと仲良く暮らしています。

 

授業で観音の絵を描いている時に、校長が「その絵は観音に似ていない。他にモデルがいるのか」と園子に尋ねました。その時、園子はその絵が洋画を学ぶ徳光光子に似ていると気づきます。

光子は問屋の未婚の娘で、飛び抜けた美貌の持ち主です。園子は、入学式の時から光子のことが気になっていたので、無意識のうちに絵のモデルにしていたのでした。

校長は、絵が光子に似ていることにしつこく言及してきます。業を煮やした園子は、遂に校長と言い争いになってしまいました。

絵が光子に似ていることは他の生徒にも伝わり、校長と喧嘩したこともあって、「園子と光子は恋人同士だ」という噂が学校中に広まってしまいました。

接近

園子は、実際に話したことのない光子とそのような噂が立ってしまい、困惑します。しかも光子はまだ未婚なので、そのように言われてしまったことに申し訳なさを感じ、光子に謝りたいと思いますが、学校で接近すればまた変な噂を立てられかねません。

そんな時、光子の方から園子に声をかけてきます。光子は、園子に噂が広まってしまったことを謝りました。園子が訳を聞くと、次のように話しました。

光子は大阪で有名な金持ちの息子との縁談がありましたが、市会議員は自分の娘をその金持ちの息子と結婚させたがっていました。

しかし、その息子は光子に夢中で市会議員の娘の勝ち目はありません。そこで市会議員は、校長に光子に関する悪い評判を流させたというのでした。

カップル成立

そんな話をしているうちに、園子と光子は親密な関係になります。そして、「それならいっそのこと、わざと仲良くしてその様子を校長に見せつけよう」という話になりました。2人は奈良に日帰りで旅行に行き、より仲を深めていきます。

そして、園子は事の発端となった観音の絵を光子に見せました。すると、光子は不満そうな顔をして「自分の身体はこんなのじゃないから書き直してほしい」と園子に頼みます。

園子は、「それなら身体を見せて欲しい」と言い、園子は自宅に光子を招いて彼女の裸体を観察しました。園子は、光子の美しい身体に魅了されます。その日から、2人は恋人同士になりました。

奇妙な三角関係

恋人同士になった2人は、華やかな封筒でラブレターを送り合います。同時に、園子は夫の孝太郎を疎ましく感じるようになりました。

孝太郎は、3日に1回は光子が自宅に訪ねてきて、2人で寝室にとじこもっているのを不審に思います。

孝太郎が2人の仲を疑ったことをきっかけに、孝太郎と園子は喧嘩になりました。2人は激しく言い争いますが、次第に園子は開き直るようになり、光子も大胆になっていきます。

孝太郎は、そんな2人の関係を次第に割り切って考えるようになり、容認するようになります。

光子の浮気

そんな時、事件が起こります。夜の9時頃に光子から園子に電話がかかってきて、園子は「料亭で風呂に入っている途中に着物を盗まれたから、衣類を届けて欲しい」と言わうのです。男性といるようなのですが、誰といるのか聞いても光子は答えません。

「直接料亭に届けるのではなく、小間使いのお梅に着物を渡してもいい」と光子は言ったので、園子はまずお梅に事情を聞こうと思いました。お梅によると、光子には交際している男性がいて、料亭で会っていた時に着物を何者かに盗まれてしまったと言います。

そこで、園子に光子と相手の男の分の着物を届けてもらおうとしたのだと言います。園子は光子の図々しさにあきれながらも、着物を届けに行きます。

 

園子は料亭に着くと、綿貫という男に会います。綿貫は、中性的で線の細い美男子でした。綿貫は光子の関係について話し始めます。

光子は、園子と出会う前から綿貫と付き合っていて、結婚も考えていたそうですが、光子の金持ちの息子との縁談のせいで実現不可能になりました。

しかし、そこに園子との噂が立って縁談が無くなりました。光子と綿貫は結ばれるかと思われた矢先、光子は園子の情熱に動かされて、園子に恋をしてしまったのだと言います。

光子と綿貫は、同性と異性の恋愛は別だと考えているので、園子・光子・綿貫の恋愛は可能だとしています。それを聞いた園子は、光子は綿貫との結婚のために利用されたのだと思い、光子を遠ざけるようになりました。

園子と綿貫の契約


光子に愛想を尽かした園子は、再び夫を愛する良い妻になろうとします。そんな時、光子から「綿貫の子を身ごもってしまったので何とかして欲しい」と園子に連絡がありました。あきれた園子が冷たい対応をしていると、光子は急に苦しみだして出血してしまいます。

そんな光子の姿を見た園子は、光子を哀れんで再びよりを戻します。実は、妊娠も出血も園子と元の関係に戻るための芝居でしたが、このとき園子は騙されてしまうのです。園子は夫には光子と縁を切ったと嘘をつき、水面下で再び交際を始めます。

 

仲直りをした後、園子はより光子を愛するようになります。しかし、2人の関係には綿貫の影がちらつきます。園子が綿貫の存在を疎ましく思っていた時、綿貫から呼び出され、ある提案をされます。

それは、お互いに光子を独り占めしようという考えは捨てて、2人で協力して光子を愛し続けようというものでした。

その契約書には、「園子は光子と綿貫の結婚を援助する」ということが記されていました。そしてその約束が反故にならないよう、律儀な綿貫は契約書を作成して、園子に血判を押させました。

綿貫の秘密・孝太郎の怒り

光子は、園子に綿貫との出会いについて詳しく話し始めます。綿貫と光子は、綿貫の身体に子供を作る能力がないことから、光子の両親は結婚を許すはずがないと考えました。加えて、光子には金持ちの息子との縁談があったので、2人の結婚は不可能でした。

そこで光子は校長に匿名で悪い噂を伝え、自ら破談にすることに成功します。しかし園子に心が移ってしまった今、光子は綿貫との結婚を解消したいのだと言います。

園子は、光子に綿貫との契約のことに話します。そして利害が一致した2人は、光子と綿貫の結婚の話を無しにしようと企てました。

 

そんな時、綿貫が園子の夫の元に契約書を持ち込んだことがきっかけで、園子が光子とまだ交際していることが孝太郎にばれてしまいます。孝太郎は、「今回だけは許すが、心を入れ替えるように」と園子に言いますが、園子は光子と別れる気はありません。

そこで、2人は駆け落ちしようという話になります。そうすれば、誰も無理に引き離そうとしようとは思わないだろうと考えたからです。

光子と夫


園子と光子は海辺の宿へ行って、睡眠薬を飲んで昏睡状態に陥り、その状況をお梅を経由して夫に伝えます。園子は光子よりも遅く目を覚ましました。そして、園子は孝太郎が光子の誘惑に負けて関係を結んでいたことを知ります。

孝太郎は、光子と園子の関係を認めざるを得ません。孝太郎は光子の両親と話して、光子を綿貫と別れさせることに成功します。

 

光子は、他人から崇拝されることに快感を感じる人物でした。そのため、自分を熱狂的に愛する園子とその孝太郎を手放したくないと考えます。また光子は、愛が自分にだけ向くようにしたいので、園子と夫が愛し合うことを良しとしません。

2人が愛し合うことを阻止するために、光子は2人に睡眠薬を飲ませるようになりました。2人は、薬の飲みすぎで食事を受け付けないほどの体調不良に陥ります。前後不覚の意識の中、それでも孝太郎と園子は光子を愛し続けます。

そのうち、園子は「自分にだけ薬を飲ませて、自分が寝ている間に夫と親しくしているのではないか」「光子は自分たちを弱らせた上で、全く別の人と結婚してしまうのではないか」と疑うようになります。孝太郎も同様のことを考えます。

 

そんな時、この犯罪めいたことを含む一連の出来事が、お梅によって新聞社にばらされ、報道されてしまいました。もう生きていけないと思った3人は、睡眠薬を飲んで心中をしましたが、光子と孝太郎だけが成功して、園子は生き残ってしまいます。

園子は、光子と孝太郎が手を組んで、自分にだけ薬が効かないような細工をしたのではないか?と疑います。園子はそれでも、亡くなった光子が愛しくてたまらないのでした。

『卍』の解説

谷崎の描く女性

谷崎潤一郎は、幼い頃に母親を亡くしているということもあって、女性に対して一種の幻影のようなものを抱いています。幼い自分を抱きしめてくれたぬくもりや、優しく接してくれた「母親」という存在は、彼の中で女神のような位置付けです。

その影響で、谷崎は女性を崇拝の対象として描く傾向があります。本作では、光子がそれに当たります(後半の園子と夫の光子崇拝に現れています)。

 

また、谷崎の作品には悪女が登場するのが特徴です。しかし悪女と言っても、悪役として描かれるわけではありません。本作でも、人の心を思いのままに操る光子はいわゆる「悪女」ですが、園子、綿貫、夫からすれば、光子は無くてはならない存在です。

支配する側も支配される側もお互いがいないと生きていけない共依存の関係なのです。他人から見れば不幸だけど、当事者からすれば幸せ以外の何物でもないという描き方をするのが、谷崎作品の特徴です。

以上のように、谷崎の作品には女性崇拝という軸を中心に、優しく包み込む聖母のような信仰の対象としての女性像と、翻弄し、服従させる悪役としての女性像が混在しています。

『卍』の感想

他にはない世界

この時代にはあまり馴染みがなかった、同性愛がテーマの小説です。さらにそこに、本来愛し合うべき夫婦が恋敵となって1人の女を取り合うというモチーフが絡んでくるというのが、非常にユニークで独創的です。

また、読んでる方がやるせない気分になるラストに仕上げているのが、谷崎らしいと思います。園子は、この先も光子と夫が手を組んだと疑いながら生きていくでしょう。しかしそうは思いながらも、園子はやはり光子のことを想わずにはいられないのです。

さらに、後半の夢か現か幻か分からないようなカオスも魅力的です。薬漬けにされた園子と夫は、もうろうとした意識の中、何が真実で何が嘘か判別ができず、終始疑心暗鬼になります。そんな中で唯一正しいのは、光子の存在です。

ぼんやりとした極限の状態で、盲目的に光子を崇める園子と夫は異常です。そんな、世間では異端とされる人にフォーカスを当てた、他にはない小説だと思います。

『卍』の名言

……そうかて死んでしもた人恨んだとこで仕方あれしませんし、今でも光子さんのこと考えたら「憎い」「口惜くやしい」思うより恋しいて恋しいて、……

最終章の一文です。『卍』は、生き残った園子がこれまでのいきさつを「先生」という人に話す形式の小説なので、話し言葉で書かれています。コテコテの関西弁も、慣れてくるとスムーズにリズミカルに読めるようになります。

園子が、亡くなった光子について話している場面です。「恋しいて恋しいて」と強調されていて、いかに園子が光子を失って苦しんでいるか、いかに光子のことを愛していたかが分かる一文です。

反対に、孝太郎については特に何も言っていないので、それだけでも園子の中で光子がどれだけ大きな存在だったかが分かります。園子の想いが集約されていると思ったので、この文を選びました。

最後に

今回は、谷崎潤一郎『卍』のあらすじ・内容解説・感想をご紹介しました。

嘘と策略と嫉妬が入り混じる『卍』。後半の妖艶な世界観は、谷崎ならではのものです。「谷崎ワールド」を体験したい人は、ぜひ読んでみて下さい!青空文庫にもあります。

青空文庫 谷崎潤一郎『卍』

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yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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