純文学の書評

【山田詠美】『Sweet Basil』のあらすじと内容解説・感想

幼馴染を男の人と見るようになってしまったものの、恋人には昇格できないことに苦悩する女子高生の物語『Sweet Basil』。

今回は、山田詠美『Sweet Basil』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『Sweet Basil』の作品概要

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著者山田詠美(やまだ えいみ)
発表年1988年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ友達以上、恋人未満

『Sweet Basil』は、1988年4~6月に雑誌『Olive』で発表された山田詠美の短編小説です。

幼馴染にとって男友達の延長でしかない主人公が、男が求めている繊細な女である同級生に嫉妬し、恋をすることで自分が醜くなってしまうことに戸惑う様子が描かれています。

著者:山田詠美について

  • 1959年東京生まれ
  • 『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞受賞
  • 『ジェシーの背骨』が芥川賞候補になる
  • 数々の作家に影響を与えている

山田詠美は、1959年生まれ東京都出身の小説家です。『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で第97回直木賞受賞しました。また『ジェシーの背骨』は、受賞こそ逃したものの第95回芥川賞候補になりました。

多くの作家に影響を与えており、『コンビニ人間』『しろいろの街の、その骨の体温の』で知られる村田沙耶香は、「人生で一番読み返した本は、山田詠美『風葬の教室』」と語っています。

『Sweet Basil』のあらすじ

登場人物紹介

純一の幼馴染。純一に向けられたリエの視線により、純一を幼馴染とは違う別な思いで見始めてしまったことに気づく。

純一

背が高く女の子によくもてるが、照れ屋のため主人公以外の女の子とはあまり話さない。

リエ

純一に恋する少女。一途に純一を見詰め続ける。

『Sweet Basil』の内容

この先、山田詠美『Sweet Basil』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

男女の面倒臭さに向かって努力することを知ってしまった少女

私と純一

には、女の子によくもてる純一という幼馴染がいます。純一は他の男の子と比べて奥手で少し野暮ったいものの、バスケットボールをしていて背が高く、がっしりとした体にピュアな顔で人気を集めていました。

そんな純一は照れ屋のため、幼馴染の私とだけ兄妹のように笑い合います。私が「いいかげん、彼女を作ったっていいじゃない」と言うと、純一は「面倒くせえや」とつぶやきます。そして2人は、お互いの間に男女特有の空気が流れることを一番嫌がっていました。

繊細な女の子、リエ

周囲の女の子たちが純一に黄色い声を上げる中、リエだけはそういう類の女の子とは違う視線を純一に送っています。私は、リエが純一を好きであることに気づきました。

あるとき私はリエとすれ違い、ふんわりと香る甘い匂いをかぎます。そのとき、身体が大人になっている私たちに足りないのは、ナツメグやタイムやスウィートバジルなどのスパイスとしての恋の匂いなのだと思います。

そして私は純一に対する自身の気持ちを自覚し、リエのように恋をする切なさに全力になることや、純一と男友達のように気軽に話せる特権を失うことを恐れ始めます。

さらに言葉ではなく視線を使って思いを伝えるという特有の方法を身につけているリエは、私にとって脅威となりました。

宣戦布告

純一への気持ちを自覚し心が乱れた私は、リエへの接近を試みます。そして「リエの目つき、いやらしいよ。純一に媚を売ってる」と言い放ちました。

私は、友達としての私ではなく、女として純一の関心を引きつける可能性を持っているリエに嫉妬し、彼女を傷つけたかったのでした。

そして、リエは「私、あなたのこと、嫌いだわ」と挑戦的に私を見ました。

恋の芽が結びつく瞬間

リエに話しかけた日から、私は激しく後悔しました。リエに話しかけたことで、私は強くリエを意識するようになり、リエの純一への視線を遮るようになったのです。もう、私は純一と以前のような気楽な幼馴染の関係ではいれなくなってしまいました。

そしてついに、私が一番恐れていたことが起こってしまいます。

私はリエの視線が純一に届かないように、リエの視線に自分の視線をぶつけたり、注意深く純一の気を引いたりしていましたが、純一が物を落として腰をかがめたとき、私のバリアを破ってリエの視線が純一に届いてしまったのです。

純一はリエの甘い視線に刺されて身動きが取れません。そのときの純一は、私が知っている幼馴染の男の子の顔ではなく、恋の切なさに身を浸す者特有の顔をしていました。

 

私は平静を装い、湧いてくる涙をこらえるのに必死です。

教室を移動している時、純一は「ねえ、おまえ、いい匂いするけど、香水つけてる?」と問います。私は首を振り、私からもスパイスの匂いがするのか、もしくは純一がそういう香りの存在に気づいたのだろうか、と思うのでした。

『Sweet Basil』の解説

したたかな少女

主人公は常に強気でリエに挑んでいましたが、リエにも同様のことが言えます。例えば、リエは主人公と純一とすれ違う時「唇を少しだけ噛んで苦しそうな表情を浮かべ」、悔しいという感情を表出させています。

以下に主人公とリエのやり取りを引用し、その強さがどのように表出しているかを見ていきます。赤は主人公の発言を、緑はリエの発言を示しています。下記は、主人公がリエに接近を試みたときのやり取りです。

「なんていう香水なの?教えてよ」
「どうして?」
怯えたような彼女の顔を見て、私は、訳もなく勝ったような気分になった。
(中略)
「ねえ、いいじゃない。なんて香水かぐらい教えてくれたってさ」
「だめよ」
「どうして?」
「秘密なの。すごく私らしい香りだと思うから、誰にも使って欲しくないの」

主人公とリエは「雑誌の話やスターの話で皆で盛り上がる時にだけ、一緒に笑うという、そういう間柄」です。そして主人公は「冗談めかして」何気ない様子で話しかけており、敵意をむき出しにしているわけでもありません。

にもかかわらず、リエはかたくなに香水の種類を主人公に教えようとしません。このシーンから、リエが主人公を意識していて、さらに良くは思っていないことが分かります。そしてリエの強さは、それを隠そうとせず全面に出してしまうところです。

 

「あなた、純一のことどう思う?」
(中略)
「好きなら好きって言ったら」
「あなたには答えたくない」
「どうして?私がいつも純一と一緒にいるから?」
「そんなこと、問題じゃない」
「リエの目つき、いやらしいよ。純一に媚を売ってる」
リエは顔色を変えた。私を見る目が、もう既に泣いている。

「私がいつも純一と一緒にいるから?」という主人公の発言に対して、リエは「そんなこと、問題じゃない」と主人公をライバルとすら思っていないとも読み取れる攻撃的な発言をしています。

主人公は、純一が男友達と代替可能な自身のような存在ではなく、例えばリエのような「決して男が代わりになれないはかなげなもの」である女が好きであることに気づいています。

だからこそ、リエの発言に自身の立場がおびやかされる可能性を感じ取った主人公は、「リエの目つき、いやらしいよ」とリエを傷つけることを言ってしまったと考えられます。

 

「私、あなたのこと、嫌いだわ」
リエは私を正面から見据えて言った。怒りで頬が紅潮していた。(中略)彼女は良い匂いをさせながら、私を挑戦的な様子で見詰めていた。

敵対心を真っ向から相手にぶつける強さを、リエは兼ね備えていることが読み取れます。

リエが純一を見詰める時、私はわざわざ自分の視線を彼女のそれにぶつけた。すると、彼女は弱気に下を向いて唇を嚙みしめるのだった。あの時のように、挑戦するかのように強い光を決して放ったりしないのだった。彼女は弱い子だ。純一の姿が見えるところでは弱くなるのだ。

リエは攻撃的な一面を好きな人に見せないようにするためか、純一の前では弱くなってしまいます。

それでも粘り強いリエは、主人公の迎撃に屈せず純一に甘い視線を送り続けました。そして偶然にもその視線が純一に届いた結果、リエの勝利が匂わせられるのです。

当初主人公が優位と思われる状態で物語は進みましたが、リエの強さが純一に視線を送る行為を続けさせ、最終的に主人公とリエの立場が逆転したのでした。

『Sweet Basil』の感想

微熱を帯びる活字

『Sweet Basil』は、醗酵したようなむっとした甘い香りが立ち込める作品だと思いました。特に、主人公の目を通したリエの描写は湿度が高いです(下線は筆者による)。

リエは、純一を見る時、いつも唇をうっすらと開いていた。瞳は濡れているのに、唇はすっかり乾いてしまっているという感じだった。

素敵な絵を見た時のように、あるいは美しい音楽を聴いた時もように、感覚の一番敏感な部分をぎゅっとつかまれて、立ちつくしている。純一は彼女にとって、そういう存在なのだ。そう思うと、私は衝撃を受ける。人間が人間に対して、そういうふうに感じることがあるなんて、私には信じられない。けれど、現に、リエの瞳に張られた涙は、彼女のまぶたを甘く押し広げているのだ。

私は、想像する。学校に来る前に髪を洗って、鏡の前で耳朶に二滴、胸元に一滴の香りをのせる彼女の姿を。彼女の思いは皮膚を熱くして、その香りを蒸発させるだろう。

上記の描写から、リエが純一を想うばかりに自身から発せされる熱に胸を焦がしていること、その熱が純一を見詰める視線に乗って純一の背中を灼いていることが伝わってきます。

活字自体が発熱していて、読んでいるこちらの体温が上がる文章だと思いました。

最後に

今回は、山田詠美『Sweet Basil』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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