純文学のあらすじ

【上田岳弘】『ニムロッド』のあらすじと内容解説・感想

『ニムロッド』は、誰かが欲しがることによって、価値が担保されるという性質を持つ仮想通貨を軸に、価値のあり方や生きることについて問うている作品です。

今回は、上田岳弘『ニムロッド』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『ニムロッド』の作品概要

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著者 上田岳弘(うえだ たかひろ)
発表年 2018年
発表形態 雑誌掲載
ジャンル 中編小説
テーマ 人間らしさとは

『ニムロッド』は、2018年に文芸雑誌『群像』(12月号)で発表された上田岳弘の中編小説です。

IT企業で仮想通貨の採掘をする主人公とその恋人、小説を書いている「僕」の先輩の交流を通して、ハイテクな現代の様子がSF風に描かれています。2019年に第160回芥川賞を受賞しました。

著者:上田岳弘について

  • 1979年兵庫県生まれ
  • 『太陽』で小説家デビュー
  • 『私の恋人』で三島由紀夫賞受賞
  • 『ニムロッド』で芥川龍之介賞受賞

上田岳弘は、1979年生まれ兵庫県出身の小説家・経営者です。早稲田大学法学部を卒業後、2013年に『太陽』で第45回新潮新人賞を受賞し、小説家デビューを果たしました。

2015年には『私の恋人』で第28回三島由紀夫賞を受賞し、その後2019年に第162回『ニムロッド』で芥川龍之介賞を受賞しました。

『ニムロッド』のあらすじ

IT企業で働く「僕」は、社長からビットコインの採掘を命じられました。その間、僕は恋人の田久保紀子と一定の距離感を保ちながら交際を続けます。

僕の会社の先輩であるニムロッドは、僕に「駄目な飛行機コレクション」や自身が書いた小説を送っていました。小説には、駄目な飛行機を集める人物を通して、人間の欲望が描かれていました。

登場人物紹介

中本哲史(なかもと さとし)。IT企業に勤めている。社長の思いつきで仮装通貨の発掘を任される。感情に関係なく、左目から涙が出るという癖がある。

田久保紀子(たくぼ のりこ)

「僕」の37歳の彼女。外資系証券会社勤めている。元夫との間にできた、染色体異常の子供を堕ろしたという過去に苦しめられている。

ニムロッド

荷室仁(にむろ ひろし)。ニックネームはニムロッド。「僕」と同じ会社で働く1歳上の先輩で、小説を書いている。

『ニムロッド』の内容

この先、上田岳弘『ニムロッド』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

間違えることは人間にしかできない

ニムロッド

サーバーを管理する会社で働いている「」は、あるとき社長からビットコインを採掘するよう言われました。僕は証券会社で働く田久保紀子に相談しながら、少しずつ発掘によって利益を上げていきます。

そんな僕には、ニムロッドという人物から定期的にNAVERまとめの「駄目な飛行機をコレクション」が送られてきます。内容は、世界中の欠陥がある飛行機に対して、ニムロッドが独自の意見を述べるというものでした。

ニムロッドは荷室仁という僕の先輩です。会社員として働くかたわら小説を書いていましたが、新人賞に3回落選したころにうつ病になってしまいました。その後は東京から名古屋に転勤となり、現在は名古屋で勤務しています。

僕にとってニムロッドは友人のような存在で、僕はニムロッドを慕っていました。僕はビットコインの発掘業務を任されたことをニムロッドに話したり、出張ついでに彼に会いに行ったりしました。

罪悪感

あるとき、僕は田久保紀子と結婚の話をしました。彼女には離婚歴があり、そのきっかけは遺伝子検査で異常が見つかった子供を堕ろしたことでした。その罪悪感に苦しめられている田久保紀子は、飛行機に乗るときに睡眠薬がないと眠れないのだと言います。

田久保紀子は、僕が聞かせたニムロッドの話に興味を持っています。ニムロッドについて聞いたり、「駄目な飛行機をコレクション」のメッセージを読みたいと僕に言ったりしました。

僕には、感情が動いていないにもかかわらず、左目から涙が流れるという癖がありました。「涙が流れるたびにニムロッドに報告している」と僕が言うと、田久保紀子は2人が話しているところに混ざりたいと言うのでした。

駄目な飛行機

僕には、ニムロッドから小説が送られてくるようになりました。その小説の主人公は「ニムロッド」と「ソレルド・ヤッキ・ボー」という人物です。小説の中のニムロッドは、実はビットコインの創設者であり、莫大な資産を持っています。

そのため、ニムロッドは天まで届くような高い塔の屋上に、駄目な飛行機をコレクションしているのでした。商人が定期的にニムロッドのもとを訪れて、駄目な飛行機を見せます。ニムロッドはそれが気に入れば買い取ります。

ある日、ニムロッドはもう買い取れる駄目な飛行機はなくなったと告げられました。それを知ったニムロッドの右目からは、涙が流れました。

「nimrod」

あるとき、左目から涙が流れているのに気づいた僕は、ニムロッドに連絡しました。1人で会社に残って残業していた僕は、プロジェクターにニムロッドの顔を映します。

そして、ニムロッドに会いたがっていた田久保紀子のことを思い出し、僕は田久保紀子にも連絡しました。僕と、プロジェクターの中のニムロッドと、iPhone8に映し出された田久保紀子の3人は、そこで初めて顔を合わせます。

その後、僕の元には田久保紀子から「疲れたので東方洋上に去ります」というメッセージが送られてきました。これは、「駄目な飛行機コレクション」の1つである「航空特攻兵器 桜花」に乗ったパイロットの遺書にあった言葉でした。

それから僕の仕事には仮想通貨の採掘だけではなく、新しい仮想通貨の発行が加わりました。僕は、新しい仮想通貨の最小単位を「nimrod」にしようと思いました。

『ニムロッド』の解説

機械化する人間

『ニムロッド』では、「機械化する人間」が描かれていると思いました。例えば、田久保紀子は染色体の異常がある胎児を堕ろしました。「異常があるから排除する」というのは非常に合理的で、機械的な行為です。

また、彼女は睡眠薬がないと機内で眠ることができません。睡眠は、本来人間にとって自然な行為であるのに、薬の力を借りないと彼女は寝ることができないのです。

このことは、田久保紀子が人間らしさを失いかけた人間であることを表しているのではないでしょうか。同時に、「僕」の目から感情に関係なく機械的に流れる涙も、人間が人間味を失うことを意味しているのではないかと思いました。

ニムロッドと田久保紀子が、僕の仲介でプロジェクターとiPhoneを通じて間接的に会うシーンがありました。このとき、僕から見ればニムロッドも田久保紀子も機械の中に映し出されており、人間でありながらもその存在はデジタル化されています。

 

以上に例として挙げたことは、人間が人間としての性質をそぎ落としていることを示していると考えることができます。

以前、SF系の本で「人間がより高度な文明を築くためには、人間自体をデジタル化しなければならない」という文を読んだことがあります。それを読んだときはあまりピンと来なかったのですが、『ニムロッド』を読んで少し分かったような気がしました。

『ニムロッド』において、僕は無知なキャラです。田久保紀子から「君はほんと、なんも知らないよね」と言われるたびに、僕はiPhone8を使ってWikipediaを開き、知識を吸収します。

 

この行為は、まさに「人間自体がデジタル化」していることを表していると言えると思います。かつては、「亀の甲より年の劫」と言ったように、知識を持っている人はもてはやされました。

しかし、今は検索をすればいつでも・どこでも・誰でもあらゆる情報を手に入れることができます。膨大な情報を引き出すことができるインターネットを使いこなしている現代人は、もはやコンピュータと同化していると言えるのではないでしょうか。

「人間自体をデジタル化する」ということは、このように人間から人間性をそぎ落として、コンピュータと同じようにプログラミングすることなのだと思いました。

 

人間をそのようにプログラミングするのは社会です。以下に、田久保紀子の言葉を引用します。

「世界は、どんどんシステマティックになっていくようね。システムを回すための決まりごとコードがあって、それに適合した生き方をする、というかせざるを得ない。どんな人でも、そのコードを犯さない限りは、多様性ダイバーシティは大事だからと優しく認めてもらえる。それで、そのコードを犯せば、足切りにあって締め出される。」

彼女の言葉を言いかえると、「人間はどんどん個性を無くして単一化している」と言うことができます。確かに多様性は認められているけれど、それは与えられた枠の中に収まる程度の多様性、ということです。

 

また、ニムロッドの小説に登場する「ソレルド・ヤッキ・ボー」も、「人間は、生産性の低い個の状態でいることをやめ、1つに溶け合ってしまった。」と言っています。

抽象的な発言ですが、田久保紀子が言っていることとリンクさせるなら、ソレルド・ヤッキ・ボーも「人間は個性を失った(1つに溶け合ってしまった)」と主張していると言えます。

これは、まさにコンピュータのことを言っているのだと思います。コンピュータに個性はないからです。コンピュータには、決められたことを正確に行うことが求められているため、逆に枠からはみ出ることは良いこととされていません。

私は2人の考えを聞いて、個々の人間が1つのコンピュータを構成する部品になっているところを想像しました。そして、これが「人間自体がデジタル化」している状態なのだと思います。

 

また、「1つに溶け合ってしまった」というのは、過度なグローバル化によって経済や政治、文化や慣習などあらゆるものが1つに集約されている様子を揶揄(やゆ)しているようにも受け取れます。

駄目な飛行機

前項「機械化する人間」では、人間とコンピュータが同期していることが描かれている可能性を指摘しました。ここでは、コンピュータの特徴である「間違えない」という性質と、小説に頻繁に出てくる「駄目な飛行機」を取り上げます。

コンピュータは、計算ミスをしたり、読み間違えをしたりしません。それはコンピュータが優秀なのではなく、単に間違えることを教えられていないからです。コンピュータは、「間違えない」のではなく「間違えることができない」のです。

逆に、「駄目な飛行機」は間違いのかたまりです。「どう考えても実現不可能」と思われるような設計に果敢に挑戦し、やはり失敗してしまったどうしようもない飛行機が、「駄目な飛行機」です。

 

ところが、ニムロッドが書いた小説の登場人物「ニムロッド」はそんな「駄目な飛行機」を収集しています。このことは、現代の効率至上主義への批判と読むことができると思いました。

現代人は間違いや失敗を避け、ミスのない完璧な状態を美徳とします。間違えることをおそれ、ミスを生まないように細心の注意を払い、合理的でないことを徹底的に排除して失敗をつぶそうとします。

そうした人間のありさまは、「間違えることができない」コンピュータに近づこうと必死になっているように見えます。このような「駄目な飛行機」とコンピュータの対比を通しても、『ニムロッド』では「人間のデジタル化」が描かれていると言えます。

 

では、なぜニムロッドは「人間のデジタル化」を批判したのでしょうか。私は、完璧な人間を作ることは人間そのものを否定することにつながるからではないかと思いました。

「ねえ、中本さん、僕は思うんだけど、駄目な飛行機があったからこそ、駄目じゃない飛行機が今あるんだね。でも、もし、駄目な飛行機が造られるまでもなく、駄目じゃない飛行機が造られたのだとしたら、彼らは必要なかったということになるのかな?
ところで今の僕たちは駄目な人間なんだろうか?いつか駄目じゃなくなるんだろうか?人間善たちとして駄目じゃなくなったとしたら、それまでの人間が駄目だったということになるんだろうか?でも駄目じゃない、完全な人間ってなんだろう?」

僕の先輩である荷室仁は、僕にこのようなメッセージを送っています。彼も「完全な人間ってなんだろう?」と疑問に感じていますが、完全な人間は存在しないのだと思います。完全な人間は、「デジタル化した人間」だからです。

「デジタル化した人間」とは、つまりコンピュータのことです。人間が人間性を失ってコンピュータになるということは、そもそも人間という存在が不要だと言っているのと同じだと思います。

 

人間は間違えますが、間違えるということは枠から外れることであり、枠から外れるということは偶然が生まれるということです。この偶然こそ、人間とコンピュータを分かつものだと思います。

科学者や芸術家は、入浴中や散歩中にふとアイデアをひらめくのだと言います。人間から人間性がなくなることは、そうした偶然も生まれなくなるということです。

荷室仁(ニムロッド)は、人間がそのような人間らしさをなくすことに危機感を持っていたのではないでしょうか。

だからこそ、荷室仁の小説に出てくるニムロッドは、欠陥だらけで非常に人間的な「駄目な飛行機」を収集し、「駄目じゃない」ことを過剰に追い求める現代社会を遠回しに批判したのではないのかと思いました。

『ニムロッド』の感想

価値

仮想通貨は、誰かから必要とされなければその価値を保つことはできません。人からの注目度によって価値が規定されるため、その価値は高騰もするし暴落もします。人が欲しがって初めて価値がつくため、仮想通貨それ自体に価値はありません。

これを、人間にあてはめて考えました。人間は皆生まれたときはガラスのビンのような状態で、それ自体には大した価値はない。しかし、教育を受けて金や地位、名声などを手に入れて、ガラスのビンである自分の中に収納していく。

それが棚に置かれたとき、中身が豪華なものからどんどん売れていく。一方でビンが空っぽだったり、大したものが入っていない場合は売れ残ってしまい、安売りされたり倉庫に戻されたり、最悪の場合捨てられたりする……ということを想像しました。

 

芥川龍之介『杜子春』を読んだときに、お金がある時期だけ主人公に人が群がるのを見て悲しさを感じました。『ニムロッド』を読んで、価値があんがい表面的なものでしか規定されていないのだと思い、『杜子春』のときと同じような虚無感を覚えました。

また、限られているから欲しくなり(仮想通貨の埋蔵量は無限ではない)、誰かが欲しがるから欲しくなるという人間の欲望の原理をかいま見て、「こんなもんか」と思いました。

最後に

今回は、上田岳弘『ニムロッド』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

SFっぽさが魅力でデジタル化が行き過ぎた世界を描いている小説です。私たちの生活と重なる部分があり、非常に面白いです。ぜひ読んでみて下さい!

ABOUT ME
yuka
yuka
本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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