純文学の書評

【吉本ばなな】『サンクチュアリ』のあらすじと内容解説・感想

死によって引き寄せられた男女の交流が描かれる『サンクチュアリ』。

今回は、吉本ばなな『サンクチュアリ』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『サンクチュアリ』の作品概要

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新潮社
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著者吉本ばなな(よしもと ばなな)
発表年1988年
発表形態雑誌掲載
ジャンル中編小説
テーマ身近な人の死の克服

『サンクチュアリ』は、1991年11月に福武文庫として刊行された吉本ばななの中編小説です。家族や恋人を亡くした男女が不思議な縁で出会い、死の悲しみを乗り越える様子が描かれています。

著者:吉本ばななについて

  • 日本大学 芸術学部 文芸学科卒業
  • 『キッチン』で商業誌デビューを果たす
  • 「死」をテーマとしている
  • 父は批評家・詩人の吉本隆明(よしもと たかあき)

吉本ばななは、日本大学 芸術学部 文芸学科を卒業しており、卒業制作の『ムーンライト・シャドウ』で日大芸術学部長賞を受賞しました。

吉本ばななが在学中、ゼミを担当していた曾根博義さんは「吉本ばななの小説は、あらゆる点でこれまでの小説の文章の常識を超えている」と評価しています。

作中では「死」が描かれることが多いですが、単に孤独や絶望を描くのではなく、人物がそれを乗り越えようとするエネルギーを持っているところが特徴です。父は批評家で詩人の吉本隆明で、姉は漫画家のハルノ宵子です。

『サンクチュアリ』のあらすじ

恋人の死のショックに打ちひしがれていた智明は、あるとき夜の海で号泣する女性を見かけます。馨というその女性は、智明と同じく悲しい雰囲気をまとっていました。

もう二度と会うことはないと思いながら別れたものの、2人はたまたま町中で再会を果たします。それから、智明と馨は似た過去を持つ者同士仲を深め、お互いに悲しい過去と向き合うのでした。

登場人物紹介

時田智明(ときた ともあき)

大学2年生。恋人を亡くし、その悲しみのただ中にいる。

浜野馨(はまの かおる)

26歳。8年交際した同級生と結婚したが、結婚2年目で夫を交通事故で亡くした。

大友友子(おおとも ゆうこ)

智明の高校時代の同級生。在学中にすでに大友と交際していた。学校ではマドンナ的存在だった。結婚生活が上手くいかず、自殺する。

大友(おおとも)

友子の夫。40代前半のサラリーマン。

『サンクチュアリ』の内容

この先、吉本ばなな『サンクチュアリ』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

それぞれの再生

夢の中のような夜

春先、ひどく疲れていた智明は、とあるホテルに泊まりこんでいました。

智明は、海辺で泣きじゃくる女性を見かけます。智明は声をかけ、2人はお茶を飲みながら親しげに話します。浜野馨というその女性は、何かに打ちひしがれたような雰囲気をまとっていました。

同郷であることを確認した2人は、もう会うことはないだろうと思いながら別れました。

再会

それからホテルを出て日常に戻った智明は、友子という女の子のことを思い出します。友子は智明の高校時代の同級生で、1年前に再会したのでした。

友子は高校生のころから付き合っていた年上の男性と結婚しました。友子と再会した智明は、その雰囲気から「結婚がうまくいってないんだろうか」と思いました。

その後、智明はたまたま馨と出会います。馨は智明を自宅に呼び、梅ジュースをごちそうしながら夫を事故で亡くしたことを告白しました。智明も、恋人が自殺で亡くなった話をしました。

智明と馨はまた会うことを約束して、その日は別れました。

恋人の死

智明は、大雪の晩に友子がやって来たことを思い出します。そのとき智明は、「夫がまた外泊しているんだ」と思いました。

智明は、友子にコーヒーを飲ませたり、友子と話をしたりしましたが、友子は翌日自殺してしまいました。

動き始める

ある日、馨とスポーツ写真の展示会に行った智明は、帰りに馨の実家を訪れます。そこにはベビーベッドやおもちゃが置いてあり、智明は違和感を覚えました。馨は、亡くした自身の子供のものだと明かしました。

「よく、がんばったね」と言った智明は、ふいに涙を流します。それを見た馨は、町中で号泣しました。馨と別れた智明は、なにかが確実に変わり始めたと感じるのでした。

夜の散歩

それから、智明は友子の夫である大友と偶然出会い、酒を飲みかわします。帰宅した智明は、急激な睡魔におそわれました。

ひと眠りして起きると、夜の10時になっていました。2つの夜を行き来したような不思議な感覚に浸っていた智明は、馨に誘われて散歩に出かけます。

バスにもタクシーのも乗らず、2人はひたすらに歩きました。智明と馨は、これまでのことやこれからのことを話し続けました。

『サンクチュアリ』の解説

日常と非日常

『サンクチュアリ』は、日常と非日常の行き来で成り立っている小説です。ここで言う日常とは、智明にとっては恋人を亡くしたつらい現実で、馨にとっては夫と子供を亡くしたつらい現実のことです。

一方で非日常は、馨が大号泣した夜の浜辺や、なぜか智明が馨の実家でゼリーと梅ジュースをごちそうになっている場面、智明が大友とビールを飲みかわす場面、智明と馨の夜の散歩が挙げられます。

理由は、これらのシーンでは「夢」「ふわふわ」「ぼんやり」などの、あいまいさや現実からは離れた印象を持つ言葉が使われているからです。また、初対面の人物同士があたかも旧来の知り合いだったかのように親しくしているという点で、非日常的だからです。

「サンクチュアリ」はどこか

ここで、タイトルの「サンクチュアリ」について考えます。「サンクチュアリ」には、聖域や安全な地域という意味があり、「敵が入って来れない守られた場所」というニュアンスがあります。

本作での「サンクチュアリ」はどこかと考えたとき、私は智明と馨がはじめて出会った海辺ではないかと思いました。大事な人を亡くしたつらい現実に打ちのめされた2人は、そこで彼らだけが抱いている気持ちを共有したからです。

智明と馨は、誰にも理解されないであろう悲しみを分かち合い、特別な空間で特別な関係を築きました。

こうしたことが起こった海辺はあまりにも非日常的な空間であったため、2人には海辺が心象風景として胸に刻まれ、そこがサンクチュアリになったのではないかと思いました。

 

しかし友子は、智明の強さについて以下のように語っています。

きっと、智明くんの中には、誰も知らない、誰も犯すことのできない、とても清らかな場所があるんだわ。

「誰も知らない、誰も犯すことのできない、とても清らかな場所」というのは、智明のサンクチュアリを指すのではないかと思いました。友子によると、それは智明の中にあるのだと言います。

智明が海辺に行ったのは友子が亡くなった後なので、友子の発言を参考にするのであれば、サンクチュアリが海辺というのは成り立たなくなります。

本作ではどんな場所が「サンクチュアリ」なのか。まだ考察の余地はありそうです。

吉本作品における飲み物

吉本ばななの作品には、人物同士がお茶するシーンが多く見られるのが特徴です。『ムーンライト・シャドウ』では、特に「熱いお茶」が登場する理由について考察しました。

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『サンクチュアリ』にもお茶や飲み物は登場しますが、そのレパートリーが豊富なのが特徴だと思いました。馨は号泣したあとに智明と熱い紅茶を飲みましたし、智明はすすり泣く友子にコーヒーを差し出しました。そして、馨は梅ジュースを智明にごちそうします。

これらの場面の飲み物は、「気持ちを落ち着かせる」という役割を果たしています。

 

ところが、『サンクチュアリ』にはそれに当てはまらない飲み物が登場します。それは、智明が大友と飲みかわしたビールです。

ビールはアルコールという時点で他の飲み物とは区別されますが、それ以上に智明の反応が他のシーンとは異なります。大友と飲んだ後の智明は「たまらなく眠くな」り、同時にその原因を「友子の夫に会ったからに決まっていた」としています。

ビールを飲むことが、気疲れとして機能しているのです。吉本作品の飲み物には、このような例外があることを知りました。

『サンクチュアリ』の感想

夜の力

『サンクチュアリ』で印象的なのは、夜の場面です。智明と馨は夜の浜辺で出会いましたし、智明が大友と会って疲弊(ひへい)していた夜、2人は散歩に出かけます。これらの場面に共通しているのは、それぞれが素の状態であるということです。

馨は智明と初めて会ったとき、智明が「それはそれは、ものすごい泣き方だった」と言う感想を抱くほど激しく泣いていました。また夜の散歩のとき、馨はものすごく饒舌(じょうぜつ)になりますし、智明もそれを心地よく感じています。

 

これは、夜には独特の力が働いているからだと思います。夜になると普段できないことができたり、言えないことが言えたりするのは、そういう夜の力によるものなのです。

その意味で、夜は非日常を生む時間です。海辺で出会った智明と馨が、初対面にもかかわらず親しげに話しているのも、普通に考えれば違和感がある場面です。しかし、夜の力がこの違和感を消しています。以下に引用するのは、智明と初めて会ったときの馨の言葉です。

頭がぼんやりしてしまって、初めて会った人と思えないの。なんだか、あなた、私の夢の中に出てきている人みたい。変ね、なにか、夢の中で話をしているみたい。

夢の中に出てくる人は、初対面のはずなのにやけに親しげだったりすることがあります。馨は、まさにそのことを言っていたのではないかと思います。

智明と話したことは紛れもない現実ですが、どこかふわふわしていて現実味を帯びていない状態なのが見て取れます。

 

吉本ばななの作品には、他にも夜の力が働いているものがあります。

たとえば『TUGUMI』では、つぐみやまりあは少し気を大きくして夜の散歩を楽しみます。『満月』では、みかげは深夜にもかかわらずタクシーに乗って、大切な人にカツ丼を届けに行きます。

こういうことは、昼間(シラフ)の状態ではできないと思います。深夜テンションというか、夜が少しだけ非日常な雰囲気をまとっているからこそ、普段より少しだけおしゃべりになったり、大胆になったりするんだと思いました。

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男性目線

『サンクチュアリ』を読んで気になったのは、主に智明(男性)の視点から物語が語られている点です。本作は3人称小説であるため、視点人物を1人に決める必要はありません。しかし、『サンクチュアリ』では大部分が智明の目を通して語られます。

ところどころで異なる人物の視点で語られることがありますが、基本的には智明の側から語られるのが興味深かったです。

なぜなら、「吉本ばななの作品は女性を視点人物としたものが多い」という印象をこれまで持っていたからです。

吉本ばななの作品に登場する男性は少しキザなところがあります。女性視点と男性視点でどう変わるのかと思いながら読み進めましたが、視点が男性に変わっても、そのキザさはあまり変わらないなと感じました。

最後に

今回は、吉本ばなな『サンクチュアリ』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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