幇間(ほうかん)とは、宴席などで主や客の機嫌をとったり、芸を見せたりして場を盛り上げる職業のことを言います。『幇間』は、そんな職業いじられ役の男が主人公のお話です。
今回は、谷崎潤一郎『幇間』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『幇間』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1911年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | マゾヒズム |
「太鼓持ち」が立派な職業だった時代を舞台に、人から笑われたりバカにされることに喜びを感じる男の様子が描かれます。侮蔑を快感と捉える構造は、『幇間』の直前に発表した『少年』と共通しています。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『幇間』のあらすじ
幇間の三平は、誰からも愛される幇間です。三平は、人から笑われることが楽しくてしょうがなく、進んで笑われに行きます。
そんな三平は、芸者の梅吉に思いを寄せていました。梅吉は、三平の気持ちを知りつつも三平をうまくかわします。
登場人物紹介
三平(さんぺい)
元投資家の男。幇間に憧れ、数年間にある幇間に弟子入りした。
榊原(さかきばら)
三平の友人。証券で有名になった成金。
梅吉
榊原がかかえる芸者。男を男と思わない勝気な性格。
『幇間』の内容
この先、谷崎潤一郎『幇間』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
バカにされたいドMの話
幇間・三平
明治40年4月のある朝。墨田川には、見事な花見船が通ります。それは、榊原という成金が主催する宴会で、幇間や芸者、客が大勢乗っていました。
船の上では、三味線の音に合わせて1人の男が滑稽な踊りを披露しています。その男は三平という幇間でした。もともとは相場師(投資家)でしたが、ずっと幇間をしてみたく、4~5年前にある太鼓持ちに弟子入りしたのです。
榊原とはもともと友人で、飲み会には無くてはならない存在でした。三平は、ひたすら相手を褒めたり、人に笑われたり、馬鹿にされるのが愉快でたまりません。
愛嬌があり、腹黒さを感じさせないでひたすら人を楽しい気分にさせる三平は、多くの人から好かれていました。
催眠術
ある時、榊原は5~6人の芸者をつかまえて「催眠術の稽古」をし始めました。しかし、実際に催眠術にかかったのは1人だけです。
そのとき、三平はいかにも催眠術をかけてほしそうに「旦那、私ゃあ催眠術が大嫌いなんだから、もうお止しなさい」と言いました。
三平の真意を読み取った榊原は、三平に催眠術をかけます。すると、三平はあっという間にかかってしまい、榊原は面白がって様々な暗示をします。しまいには、尻を突き出して「このじゃ香は良い匂いがするだろう」といっておならを噴きかけます。
三平は、「結構な香でげすな」と榊原に言います。そして、榊原が耳元で手をたたくと、催眠術は解けるのでした。それを見た芸者の梅吉は、「三平さんなら、あたしにだってかけられるわ。そら、もうかかった!」と言います。
すると、三平はぐったりとして催眠術にかかったようにしました。梅吉は、自分を観音様だと言って拝ませたり、大地震が来たと言って怖がらせたりしました。そのうち、三平は梅吉ににらまれるだけで催眠術にかかるようになりました。
バカにされたい
その後、「三平は梅吉のことが好きなのでは?」というウワサが立ちます。事実、三平は梅吉に言い寄りますが、梅吉は当然相手にしません。梅吉は、榊原に三平をどうにかしてほしいと頼みます。
榊原は、三平をからかってやろうと思いました。そして、梅吉に「2人で会っているときに催眠術をかけてしまえば良い」と言いました。
ある夜、梅吉は三平を呼び寄せます。三平は喜んで向かい、2人っきりの時を過ごします。そのとき、梅吉は「そら!かかっちまった。そうら」と言いました。
もちろん、それまで催眠術にかかったというのは演技です。三平は、ここできちんと気持ちを伝えるつもりでしたが、梅吉の凛とした目でにらまれた三平は、梅吉にバカにされたいという気持ちになって、またしてもかかったフリをしてしまいます。
そのとき、2人の様子を見ていた榊原と数人の芸者が部屋に入って来ました。三平は驚きましたが、いまさら平常には戻れないので、催眠術にかかったふりをします。三平は、皆が見ている中で裸にさせられたり、散々遊ばれました。
そして梅吉たちは、三平に何かあったと勘違いさせるように、枕や布団をわざとぐちゃぐちゃにして去って行くのでした。
後日
翌朝、梅吉に起こされた三平は「梅ちゃんにこんなに可愛がって貰えりゃあ、後世よしに違いありやせん」と言って帰っていきました。
数日後、三平は榊原に「あの夜どうなったのか?」と聞かれます。三平は、話を合わせて「なあにぶつかって見りゃあまるでたわいはありませんや。女はやっぱり女でげす」と言いました。
「お前もなかなか色男だな」と榊原が冷やかすと、三平は「えへへへへ」とProfessionalな笑い方をしました。
『幇間』の解説
「愚」という美徳
谷崎は「愚」を大切にし、描き続けた作家です。「愚」とは、西洋化によってもたらされた効率第一主義のことです。効率を重視し、無駄を省くようになった社会を、谷崎は批判しています。
そうした人たちからは、効率的でないこと(例えば、遠回りしてみたり、アナログな手法を使うこと)は無駄なこと・愚かなことと捉えられます。しかし、谷崎はそれを肯定し、世の中が「愚」を忘れても、自分だけは小説に書こうと決めたのです。
そのため、谷崎の小説には「愚」(例えば、女性に振り回される男性など)が描かれます。『幇間』も、男性としての威厳を失い、人にけなされることに快感を覚える三平の愚かな姿が印象的です。
千葉 正昭「谷崎潤一郎『幇間』の実験」(白山国文 1997年)
『幇間』の感想
ウケかモテか
最後のシーンは少し複雑です。梅吉は、催眠術中に梅吉と何かあったと三平に思わせるように、事後の雰囲気を醸し出します。
三平は催眠術にかかったふりをしているので、もちろん何もなかったことは知っているのですが、だまされるのが好きなので、話を合わせます。榊原にその夜のことを聞かれても、同様に何かあったように話すのです。
「Professional」とは、最後の最後まで三平がプロの幇間であることを表しています。三平は正真正銘の道化師なのです。
一方で、だからこそ自分の恋愛を成就させることはできません。三平は、梅吉にとって「面白い人」であるため仲良くします。
しかし、男性としては見ていないので、いざと言う時に引かれてしまいます。三平が三平らしくいる限り、三平はただの「人気者」でしかないのです。
自虐でウケを狙うか、可愛く相槌を打つ・もしくはクールにすましてモテを狙うか。現代にも通ずる、酒の場での由々しき立ちふるまい問題が、『幇間』では提示されているように思いました。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『幇間』のあらすじと感想をご紹介しました。
今はない太鼓持ちという職業があったときのお話で、下町情緒あふれる舞台が素敵な小説なので、ぜひ読んでみて下さい!
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