純文学の書評

【太宰治】『斜陽』のあらすじ・内容解説・感想|名言付き

太宰治『斜陽』とは、発売当時、若者を中心に支持されてベストセラーとなった小説です。

それにともなって、没落していく上流階級の人々を指す「斜陽族」という言葉が生まれたり、国語辞典の「斜陽」に「没落」という意味が加えられたりと、社会に大きな影響を与えました。

今回は、太宰治『斜陽』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『斜陽』の作品概要

著者太宰治(だざい おさむ)
発表年1947年
発表形態雑誌掲載
ジャンル中編小説
テーマ滅びの美

初版発行部数は1万部(現在は、初版3000部を発行すれば「売れる作品」という箔が付く)で、版を重ねてベストセラーとなりました。青森県にある太宰治の記念館は、「斜陽館」と名付けられました。

太宰治記念館「斜陽館」太宰ミュージアム

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『斜陽』の元となった、『斜陽日記』という日記です。太宰の愛人の1人であった太田静子という女性が書いたものです。「人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」という一文が引用されていたりと、『斜陽』に大きな影響を与えたものです。

著者:太宰治について

  • 自殺を3度失敗
  • 青森の大地主の家に生まれた
  • マルキシズムの運動に参加するも挫折した

坂口安吾、伊藤整と同じ「無頼(ぶらい)派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。太宰については、以下の記事をご参照ください。

太宰のことがまるわかり!太宰治のプロフィール・作風をご紹介皆さんは、太宰治という作家にどのようなイメージを持つでしょうか?『人間失格』や自殺のインパクトが強いため、なんとなく暗いと考える人が多い...

『斜陽』のあらすじ

貴族の家に生まれ、戦後没落してしまったかず子は、家を売って母と伊豆に移り住みます。しかし、移住してきてから母は体調を崩してしまい、寝ていることが多くなりました。それでも、かず子は母を支えて慣れない畑仕事等に精を出します。

そんなとき、戦争で亡くなったと思われていたかず子の弟・直治が家に帰ってきます。しかし、家にはほとんどおらず、東京で荒れた生活を始めました。かず子は、直治の知り合いの上原という男と出会い、ある決意をします。

登場人物紹介

かず子

29歳の主人公。何不自由なく生活してきたため、世間を知らない。逆境に立ち向かっていく強さのある人物。

かず子と直治の母親。高貴で美しい人物で、かず子と直治からは「本物の貴族」と呼ばれている。

直治(なおはる)

かず子の弟。貴族と平民の間でさまよって自分の居場所を見つけられず、戦後は放蕩(ほうとう。遊ぶこと)の限りを尽くす。

上原(うえはら)

東京の画家で既婚者。毎晩のように飲み歩いて堕落した生活を送る。

『斜陽』の内容

この先、太宰『斜陽』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

四者四様の滅び

戦争の終わりとともに

もともと貴族階級だったかず子は、母親と優雅な暮らしをしていました。しかし戦争が終わって貴族の立場があやうくなり、かず子と母親は伊豆に引っ越しをすることになります。

そんなとき、南国の戦地で行方不明になっていて、もう戻らないかと思われたかず子の弟の直治が、伊豆の家に帰ってきました。しかし現地で麻薬中毒になっていた直治は、家の金を持ち出して東京で遊んでばかりいます。

 

伊豆に引っ越してすぐに、母は体調を崩してしまいました。しかし村の名医のおかげで回復し、大事には至りませんでした。この頃から、かず子は生活のために畑仕事をするようになります。

伊豆での生活は順調に進んでいるように思われましたが、徐々に暗雲が立ち込めます。今までは働かなくても暮らしていけるだけのお金がありましたが、ついに自由に使えるお金が底をついてしまったのです。

 

叔父(母の兄)は、母に「かず子をお嫁に行かせるか、奉公(住み込みで働く人)として働かせなさい」と言いつけます。

それを聞いたかず子は、半狂乱になって駄々をこねます。そんなかず子の様子を見て、母は「働かなくていい。物を売って暮らせばいい。高い野菜だって買えばいい」とかず子を慰めるのでした。

手紙

直治が東京から遊んで帰ってきた後、母の容体が急に悪くなりました。具合が悪い日が多く、ほとんど寝たきりの状態です。

 

そしてかず子は、以前一晩だけ関係を持ってそれから6年間会わずにいた、上原という男のことを考えました。

上原は直治の知り合いで、かず子は借金で首が回らなくなっている直治に言われるがままにお金を用意し、上原経由で直治を援助していたのでした。

そんな中で、かず子は上原に3通の恋文を書きました。しかしどれだけ待っても、返事が返ってくることはありません。直治に上原のことを聞くと、いつもと変わらずに作家活動を続けているようでした。

 

ある日、母が高熱を出したため医者に診てもらうと、結核であることが判明しました。結核は不治の病であったため、かず子は絶望します。今まではお金があれば何でも解決できましたが、今回ばかりはどうしようもありません。

やがて、白魚のようだった母の手が醜くむくみ、食事を受け付けなくなり、母はついに亡くなりました。状況を受け入れたかず子は、いつまでも落ち込んでいられないと自分を奮い立たせます。そして、恋と革命に生きることを決意します。

直治の死

 それからかず子は、伊豆の家を出て東京の上原のもとに向かいました。そして、かず子が手紙のことを聞くと、上原は「僕は、貴族は嫌いなんだ」と言いました。

しかし、かず子の強い思いを感じ取った上原は、「しくじった。惚れちゃった」と笑います。次の日の朝、直治は伊豆の家で自殺しました。

直治は、貴族であることに嫌気がさすも、完全な俗人にもなり切れなかったため、居場所を見つけられなかったのでした。

 

かず子は上原の子を身ごもり、「こいしい人の子を生み、育てることが、私の道徳革命の完成なのでございます」と高らかに言います。かず子は古い道徳と戦い、太陽のように明るく生きていくことを誓うのでした。

『斜陽』の解説

一冊で何度でも美味しい小説

この小説は、基本的にかず子の一人称で描かれています。ですが直治の遺書が途中で挟まれており、直治が母や姉をぞんざいに扱ったのちに破滅していった経緯や、語られなかった秘密が明かされます。

これを知っているのと知っていないのとでは、解釈に差が出てくるので、2回目に読むときは直治目線で読んでみるのが良いと思いました。

太宰の面影

直治と上原には、太宰の分身が反映されているように感じました。特にそれが強く出ているのが、直治です。直治は小説家の真似をして麻薬に手を出したと表現されていますし、その時の心理が遺書の部分に克明に描かれています。

これは、実際に体験した人でなければ味わうことのない苦しみでしょう。『人間失格』の主人公・葉蔵の手記に似たものを、直治の遺書からは感じ取れました。

 

さらに、直治は自分が貴族であることを引け目に感じています。青森の大地主の家出身の太宰は、クラスメイトの家から巻き上げたお金で、自分が裕福な暮らしをしている事に疑問を持った経験があり、これも直治と重なる部分です。

上原の放蕩癖も、太宰と共通しています。このように、太宰は登場人物に自分を重ねて、『斜陽』を執筆したのです。

『斜陽』の感想

家族愛

小説の中でかず子と直治は、元貴族という地位にいながらも、俗っぽい所がある人物として描かれます。しかし、母だけは別格の「本物の貴族」という風に言われていて、とにかく高貴で美しいと繰り返し表現されます。

そんな母に、かず子は尊敬に近い気持ちを抱いています。同時に29歳にもなって母親にべったりくっついて離れようとしなかったり、子供のように駄々をこねたり、異常なほど母親に執着します。

また直治は、遺書で「人間はいつでも死ぬ権利を持っている。しかし母が生きている間は、その権利を使ってはいけない。それは同時に、母を殺すことになるから」と述べています。

言葉通り、直治は長らく自殺願望を持ちながら、母が病気で亡くなるのを待ってから実行しました。

 

このような部分から、かず子と直治の並々ならない母を慕う気持ちが伝わってきます。「女神のように美しくて、包容力のある母親の愛に甘えている子供たち」という構図を読み取りました。

いつまでも親離れしないかず子の言動に、多少驚くことはありますが、それでもお互いに大切に思い合っていて、本当に理想的な親子だと思います。

興味深いのは、これを太宰が描いたということです。彼は10番目に生まれた子供なので、両親からは全く相手にされず、乳母(母替わりの女性)に育ててもらったという過去を持っています。

当時大切に育てられたのは長男で、それ以外の子供はないがしろにされる場合がほとんどでした。両親からの愛を受けていない太宰は、太宰の思う理想の家族を『斜陽』に描いたのかもしれません。

『斜陽』の名言

「生きていること。生きていること。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの 大事業であろうか」

一晩で1万円(1年は楽に暮らせるくらいのお金)を酒のために使った上原を見て、かず子が思った言葉です。

しかし彼女は、そんな上原を非難しません。生きることは闘いで、酒は上原の生きる上での武器だからです。酒におぼれることによって、なんとか上原は生きていられるのです。

『斜陽』の朗読音声

『斜陽』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。

最後に

今回は、太宰治『斜陽』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

かず子は、それまで何不自由なくぬくぬくと育ってきた世間知らずの女性です。「お金がなくても、誰かが何とかしてくれる」「物事がうまく動いてくれる」という風に他力本願な人物です。

 

世の中が変わって今までのような優雅な生活ができなくなった時、かず子たちは田舎への引っ越しを余儀なくされたり、農作業をすることになりました。

このように、ぬるま湯から氷水に落とされた変化こそが、かず子に「生きることは闘いだ」という結論にいたらせたのではないかと思います。

恋と革命に生きることを決意したかず子、病気のためなすがままに亡くなった母親、生きるための闘いに敗れて自殺した直治、酒におぼれる上原。4人分の「滅び」が詰まった『斜陽』を、ぜひ一度読んでみて下さい!青空文庫でも読めます。

青空文庫 太宰治『斜陽』

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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