純文学の書評

【内田百閒】『冥途』のあらすじと内容解説・感想

死の世界と現実の交わりが描かれる『冥途』。

今回は、内田百閒『冥途』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『冥途』の作品概要

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著者内田百閒(うちだ ひゃっけん)
発表年1922年
発表形態単行本
ジャンル短編小説
テーマ夢幻

『冥途』は、1922年2月に処女短編集『冥途』に収録された内田百閒の短編小説です。土手の下の一膳めし屋を舞台に、生者と死者の交流が描かれています。

著者:内田百閒について

  • 1889年岡山県生まれ
  • 夏目漱石の弟子
  • 法政大学教授
  • 代表作は『阿房列車』

内田百閒は、1889年生まれ岡山県出身の小説家です。夏目漱石の弟子で、川上弘美に影響を与えた幻想的な世界観が特徴。

31歳のときに法政大学の教授に就任しました。大阪旅行を題材にしたエッセイ『阿房列車』は、代表作となりました。

『冥途』のあらすじ

私は、土手の下の一膳めし屋にいます。私は漠然とした原因の分からない悲しみに暮れています。隣には4~5人の団体客が座っています。

そんなとき、1匹の蜂が障子の紙を上っていくのが見えました。隣の団体の1人がそれを見て「それは、それは、大きな蜂だった」と言います。そして、私の悲しみの正体が明らかになるのでした。

登場人物紹介

土手の下にある一膳めし屋にいる。

「私」の父。「私」と同じ一膳めし屋にいる。

『冥途』の内容

この先、内田百閒『冥途』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

あの世との交流

一膳めし屋にて

高く大きな土手の下にある一膳めし屋の椅子に、は腰かけていました。私の隣には、4~5人の団体がいます。私は彼らのことを目ではとらえていながらも、彼らの様子をはっきり認識できません。

お父様

そんなとき、私は飛べなくなった蜂が障子のところにいるのに気づきます。ふと、隣の団体の1人が「それは、それは、大きな蜂だった。熊ん蜂というのだろう。」と言いました。

そのとき、私は見覚えのあるようななつかしさを感じて、「お父様」と泣きながら叫びました。しかし、その声は届きません。団体は「私」を置いてめし屋を出て行き、いつの間にか土手の上を歩いています。

私は、彼らの影を見ながら涙を流しました。

『冥途』の解説

境界としての土手

『冥途』には、現実の世界を生きる「私」と、死者の世界にいる私の父親が登場します。2人は同じような空間にいますが、「私」の声が父に届かないことからも分かるように、2人は交じり合いません。

「私」とその父を隔てているのは、土手です。「土手」という単語は頻出していて存在感があり、同時に土手の下にいる「私」と土手の上にいる父を分けています。

 

吉本ばなな『ムーンライト・シャドウ』の解説でも触れましたが、川は境界・とくに「生と死を分かつもの」という文化的な機能を持っています。土手は川と関連した場所であるため、やはり土手も川と同じような役割を果たすのではないかと解釈しました。

中野氏(※参考)は、「私」が物語の最後に「土手を後にして、暗い畑の道へ帰って来た」ことを、「『私』が父親のいる冥界ではなく、生の世界である「畑の道」の方向へ向かっ」たと述べています。

中野 登志美「江國香織「草之丞の話」における教材性の検討:―椎名誠「ふろ場の散髪」・内田百閒「冥途」との比較を通して―」(『日本教科教育学会誌』36(4) 2014年)

『冥途』の感想

ぼんやりとはっきり

『冥途』では「私」の悲しみの正体が明らかになりますが、その前後で「私」の感覚が大きく変わるのが特徴です。

冒頭では、「ぼんやり」「なぜか」「はっきりしない」などのあやふやで不明瞭な単語が続きます。

しかし、一ぜんめし屋の障子の紙を登っている熊ん蜂を見た「私」は、それまで静かにしていたにもかかわらず、意識がはっきりしてきたり、声を挙げたり、泣いたりします。その態度の急変具合が、読んでいて非常に面白かったです。

「うるんだ」

『冥途』を読んでいて、特に心が動いた一文をご紹介します。

カンテラの光りが土手の黒い腹にうるんだ様な暈を浮かしている。

「暈(かさ)」とは、太陽や月の周りに現れる光の輪のことです。通常太陽や月に使う「暈」をカンテラ(ランタンのような携帯用のランプのこと)に使っている点がユニークだと感じました。

また、天体に使うのと同じ表現をカンテラに用いることで、カンテラが単なるランプではなく、幻想性を帯びたように感じました。

暈を「うるんだ様な」と形容するのも素敵だと思います。ぼんやりとしていながらも、しっとりとした光が土手を照らしている様子が想像できます。

 

もう四五人の姿がうるんだ様に溶け合っていて、どれが父だか、解らなかった。

人の姿を「うるんだ様に」と表現されていたことに驚きました。「人影が溶け合う」というのはよく耳にしますが、それが「うるんだ様に」と形容されるだけで、一気にぼや~っとした感じが増しました。

明瞭でないことを、「ぼんやり」以外で表現できるのだと感動しました。

最後に

今回は、内田百閒『冥途』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

著作権が切れていないためまだ青空文庫にはありませんが、文庫化されているので手軽に読むことができます。ぜひ手に取ってみて下さい!

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人1年生。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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