『踊る一寸法師』は、猟奇的な見世物小屋が舞台となっている物語です。
今回は、江戸川乱歩『踊る一寸法師』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『踊る一寸法師』の作品概要
著者 | 江戸川乱歩(えどがわらんぽ) |
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発表年 | 1926年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 復讐 |
『踊る一寸法師』は、1926年1月に雑誌『新青年』で発表された江戸川乱歩の短編小説です。小人症の男が、見世物小屋の人たちに復讐する様子が描かれています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。
エドガー・アラン・ポーの『Hop Frog』(翻訳版では『ちんば蛙』)から着想が得られているので、比較しながら読んでみると良いでしょう。
著者:江戸川乱歩について
- 探偵小説を得意とした作家
- 実際に、探偵をしていたことがある
- 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した
江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表してデビューしました。
デビュー当時は西洋の推理小説を参考にしながらも、その後はそれらとは異なる独自のスタイルを確立します。雑誌「新青年」からは、江戸川乱歩他に夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。
『踊る一寸法師』のあらすじ
11~12歳の子供のような体つきをしている緑さんは、見世物小屋の人たちからいじめられています。
小屋の人たちは、下戸(げこ)の緑さんに無理やり酒を飲ませたり、ボールのようにして遊んだりとやりたい放題です。しかし、緑さんは決して怒らず笑顔を絶やしません。
そんなとき、緑さんは手品を披露することになりました。お花が入った箱に、緑さんは日本刀を刺していきます。箱の中からはお花の悲鳴が聞こえますが、見物人は「あざやかあざやか」と言って喜びます。
次第にお花の声が聞こえなくなり、緑さんがお花の生首を取り出したところで、見物人は凍りつきました。緑さんの手品はまだ続きます。
登場人物紹介
わたし
物語の語り手。小屋の中で緑さんと小屋の人たちを観察する。
緑(ろく)さん
11~12歳の身体に、30歳の顔がついたような人物。酒が飲めない。
猿股(さるまた)の男
猿股(ズボン型の下着)をはいた男。緑さんへのいじめに積極的に参加する。
お花(はな)
美人玉乗り。緑さんの手品の助手になる。
『踊る一寸法師』の内容
この先、江戸川乱歩『踊る一寸法師』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
狂気、奇怪、グロテスク
遊び道具
終幕後の小屋の中で宴会が行われています。猿股の男が、「こっちに来て一緒に飲め」と緑さんを誘います。緑さんは、ニヤニヤ笑いながら「おら、酒はだめなんだよ」と答えました。
すると、猿股の男は柱につかまる緑さんを無理やり引きはがそうと、必死に緑さんの腕を引っ張りました。語り手の「わたし」は、その執拗(しつよう)な様子に不気味な前兆を感じました。
猿股の男は緑さんを捕まえると、彼を酒樽の中に入れてしまいました。小屋の人たちは、その様子をゲラゲラ笑いながら見物します。大量の酒を飲まされた緑さんは、死体のようにぐったりと横たわりました。
そんなとき、1人の青年が「鞠(まり)投げをしよう」と言います。そして緑さんの眉間を平手でつき、反対側にいた別の青年が緑さんの額をつき、鞠のようにして遊び始めました。
緑さんの手品
そのうち、猿股の男が「隠し芸をしよう」と言い出します。緑さんは手品を披露することになり、その相方を美人玉乗りのお花がすることになりました。
準備された箱にお花が入ると、緑さんは箱に日本刀を刺していきます。箱の中からは、「こん畜生、こいつはほんとうにわたしを殺す気だよ。アレー、助けてえ」というお花の悲鳴が聞こえてきます。見物人は手を叩いて喜びました。
「よくもよくもこのおれをばかにしたな。片輪ものの一念がわかったか」と言いながら、緑さんは刀を刺し続けます。最後の1本が刺されたとき、うめき声は聞こえなくなりました。
妙に黙りこんだ見物人の前で、緑さんは人間の首を切るような、ゴリゴリという音を響かせます。そして、テーブルの上にお花の青ざめた生首が置かれました。緑さんは、声を出さずに顔いっぱいの笑顔を浮かべています。
すると、生首が「ホホホホホ」とお花の声で笑いだしました。緑さんはお花の首を袖で隠して、そのまま黒幕の向こうへ消えて行きました。
見物人は、緑さんの見事な手品を称賛し、「胴上げだ」と言って緑さんを探します。しかし、緑さんとお花はどこにもいませんでした。
月と影
それから、わたしは小屋の中に薄い煙が立ち込めているのに気づきます。テントのすそが燃えていたのでした。
火はすでに小屋の四方を取り巻いており、わたしは危機一髪逃げ出しました。火の中からは、酔った小屋の人達が狂ったように笑う声が聞こえてきました。
小屋近くの丘の上では、子供のような人影が踊っています。その影はスイカに似た丸い何かを持っており、影はその丸い何かに喰いつきました。
月の光が、踊り狂う影を真っ黒に浮き上がらせました。影の唇やスイカのようなものからは、濃厚な黒い液体が垂れていました。
『踊る一寸法師』の解説
非日常の空間を作り出す装置
『踊る一寸法師』は、「一寸法師」「不具者」「白痴(はくち)」などのさまざまな蔑称で呼ばれた男が、おもちゃのように扱われたあとに、凄惨(せいさん)な復讐をするという物語です。
乱歩作品はよく「荒唐無稽」と評されますが、『踊る一寸法師』も普通ではありえない世界が描かれています。しかし、受け入れられないわけでは決してありません。
では、なぜ読者はこのようなおかしな世界を違和感なく受容できるのでしょうか。私は、「酒」「障がい者」「見世物小屋」という3つの装置が、『踊る一寸法師』の世界の非日常性を支えているのではないかと思いました。
酒
『踊る一寸法師』に酒は欠かせない存在です。この物語の下敷きになったエドガー・アラン・ポーの『ちんば蛙』にも酒が登場するからというだけではなく、酒に「酔う」という行為が重要だからです。
小屋の中は、おそらく語り手の「わたし」を除けば全員が酔っているという異常な空間です。酔うとシラフではしないような行動や言動をするので、「酔っている状態=現実から離れた状態」と言えると思います。
そのため、「酒で酔う」というモチーフは、非現実的な空間を創り上げることに貢献しているのではないかと思いました。
また余談ですが、緑さんが「酒が飲めない」と言っていたのは、もしかしたら酒に酔うことで理性がきかなくなり、凶暴な本性が暴走することを恐れていたからかもしれないと思いました。酔ってるからこそ、緑さんは本性を表してしまったのです。
障がい者
乱歩はたびたび障がい者を作品に登場させますが、それは奇怪さを作品にプラスするためと考えられるでしょう。「11~12歳の身体に30歳の顔がついている」という緑さんの見た目は、一般的ではない光景です。
乱歩は、緑さんの謎めいた姿かたちを細かく描写することで、「ここは普通ではない空間だ」と読者に感じさせようとしたのではないかと思いました。
見世物小屋
かつて、障がい者が自活するには見世物小屋に雇われるしかありませんでした。その珍しい身体を見世物にすることで、金銭を得ていたのです。緑さんも、おそらくそういう類の人だったと推測できます。
見世物小屋には、そうした障がいを持つ人や、超人的な身体能力を持つ曲芸師などが在籍しており、そこは世間一般とは違った空気に包まれています。
作中に登場する小屋はいわば「なんでもあり」の空間なので、『踊る一寸法師』の突拍子もない一連の出来事が違和感なく受け入れられたのではないかと思いました。
『踊る一寸法師』の感想
虚と実のアラベスク
ただ悪趣味なだけでなく、手品や腹話術などのトリックがしっかり描きこまれていて面白かったです。
煌々(こうこう)とした小屋の明かりの中で開催された華やかな宴会で、残酷な殺人が行われていて、夢を見ているような感覚になりました。
読んでいる自分もその場にいるかのような臨場感があり、さらに小屋の人たちはみんな酔っているので、それにつられて「何が本当で何が嘘か」を判断する力が鈍ったように感じました。
また、最後に影がスイカのようなものに食らいつくシーンが不気味でした。「お花が殺された」ということは本文ではぼかされているけれど、ここでしっかりと分かるようになっています。
このシーンを直接「わたし」が見たものとして描くのではなく、真っ黒な影として間接的に見たという風に描かれていました。その方が印象に残りますし、想像力がかき立てられると思いました。
緑さんの目的
世界観に関して、意図的に狂気を創り出している感が否めない気がしました。特に、最後に小屋が燃えるシーンで、緑さんではなく小屋の人たちが笑っているのが少し不自然だと感じてしまいました。
緑さんの狂気が伝染してしまった結果だと解釈していますが、「酔いがさめて逃げ惑う」というラストでも良かったのではないかと思いました。
ただ、これは緑さんの「自分をバカにした小屋の人たちをキチガイにする」という復讐とも考えられます。小屋の人たちの狂気がいつまで続くか分かりませんが、ずっと狂ったままの場合、精神異常者として扱われるでしょう。
精神異常者は、最近になるまで非人道的な待遇を受けていました。緑さんは、彼らを精神異常者にし、精神病院という劣悪な環境で生活させることで、「おれの気持ちがわかったか」と言いたかったのかもしれません。
最後に
今回は、江戸川乱歩『踊る一寸法師』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
短い作品なので、ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。