純文学の書評

【綿矢りさ】『インストール』のあらすじ・内容解説・感想

『インストール』は、弱冠17歳で第38回文藝賞を受賞した、綿矢りさのデビュー作です。

今回は、綿矢りさ『インストール』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『インストール』の作品概要

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著者綿矢りさ(わたや りさ)
発表年2001年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ生まれ変わる

『インストール』は、2001年に文芸雑誌『文藝』(冬号)で発表された綿矢りさの短編小説です。学校生活や受験勉強からドロップアウトした女子高生が、小学生とパソコンを使って怪しい仕事をする中で、現実の世界を見つめ直す様子が描かれています。

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『インストール』は、2004年に上戸彩さん主演で映画化されました。子役時代の神木隆之介さんが演じるかずよしにも注目です。原作に少し脚色が加えられた作品です。

著者:綿矢りさについて

  • 1984年京都府生まれ
  • 『インストール』で文藝賞を受賞
  • 『蹴りたい背中』で芥川賞受賞
  • 早稲田大学教育学部国語国文科卒業

綿矢りさは、1984年に生まれた京都府出身の小説家です。高校2年生のときに執筆した『インストール』で、第38回文藝賞を受賞し、2003年には『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞しました。

19歳での芥川賞受賞は、いまだに破られていない最年少記録です。早稲田大学を卒業後、専業作家として精力的に活動しています。

『インストール』のあらすじ

学校になじめず登校拒否児になった朝子は、部屋の物をすべて捨てました。それを見た小学生のかずよしは、ゴミの山にあった壊れたコンピューターに目を付け、持ち帰ります。

後日かずよしの家を訪れた朝子は、かずよしがコンピューターを使えるようにしたことを知りました。かずよしは、朝子にコンピューターを使った風俗チャットの仕事を依頼し、朝子はチャットレディとして働き始めます。

登場人物紹介

朝子(あさこ)

母親と暮らしている高校3年生。登校拒否児になったとき、かずよしからチャットの仕事の依頼を受ける。

光一(こういち)

朝子の友人。朝子のことを叱ったり、登校拒否を支援したりと朝子を気にかけている。

かずよし

12歳の小学生。故障したと思われたコンピューターを使える状態にし、朝子にチャットの仕事を持ち掛ける。

『インストール』の内容

この先、綿矢りさ『インストール』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

嘘の世界と本当の世界

壊れたコンピューター

周囲と同じように生きることに疑問を感じていた朝子は、友人の光一に「休みたいだけ休んだら」と言われて、学校に通わなくなります。部屋の中で廃人になってしまう恐怖を感じた朝子は、部屋の物をすべて捨ててしまいました。

家具も小物もゴミ捨て場に運びましたが、祖父からもらったコンピューターを捨てるのにはためらいがありました。しかし、コンピューターは故障していたため、朝子はそれもゴミ捨て場に運びます。

すると、ゴミ捨て場にやって来たかずよしという小学生が、「このコンピューターを買ってもいいですか?」と朝子に声を掛けました。朝子はコンピューターが壊れていることを伝えたうえで、かずよしにコンピューターを譲りました。

怪しい仕事

後日かずよしの家に行った朝子は、コンピューターが直っていることに驚きます。かずよしは、コンピューターをインストールし直したのでした。そして、かずよしは朝子が学校に行っていないことを知ると、風俗チャットの仕事を紹介します。

かずよしは、「かなこ」という名前で「雅(みやび)」という26歳の風俗嬢とメールのやりとりをしており、雅になりすまして客とチャットをしていたのでした。

高時給に惹かれた朝子は、かずよしが学校に行っているあいだにチャットをすることを引き受けます。

終焉(しゅうえん)

翌日、朝子はかずよしの家の押し入れに入り、慣れないコンピューターの操作に苦戦しながらも、チャットの仕事を始めました。

「会話は1行程度のものを交互にかわす」「良い文よりもテンポが大切」というかずよしのアドバイスを実践し、朝子のチャットでの活動は軌道に乗り始めます。

しかし、家とかずよしの家の往復をする生活を1ヶ月続けたのち、朝子が学校に行っていないことが母親に知られてしまいました。さらに、朝子がかずよしの家に出入りしていることも、かずよしの母親に知られてしまいます。

かずよしの母親は、「かずよしがあなたといる時楽しいのならそれで良いんです」と言って立ち去りました。

生まれ変わる

そのままかずよしの家に入ると、ほどなくかずよしが学校から帰ってきました。そして、雅から給料として受け取った30万円を朝子に見せます。それで仕事が終わったことを知った朝子は、かずよしに「努力しなさいよ。私も学校行くから」と言いました。

『インストール』の解説

朝子が学校に行く理由

「私、毎日みんなと同じ、こんな生活続けてていいのかなあ。みんなと同じ教室で同じ授業受けて、毎日」

現実に不満を感じている朝子は、ネットという嘘の世界の住人になります。「嘘」と言ったのは、ネット上では誰でも何にでもなれるからです。現に、17歳の女子高生の朝子と、12歳の男子小学生のかずよしは、ネット上では26歳の子持ち風俗嬢・雅です。

雅のもとに来る客は、皆「いつもは忙しいビジネスマン」で、その正体は分かりません。本当のことは何もわからなくて、不確実なのがネットの世界です。

 

朝子がこのような世界に興味を持ったのは、ネット周辺の世界で現実世界の常識は通用しないからだと思います。

例えば、本来小学生と高校生には、体格や知識などで大きな差があります。しかし、コンピューターの使い方を教えているかずよしと、教えを受けている朝子の間には小学生と高校生という壁はなく、立場は逆転しています。

このように、ネット周辺の世界には上下関係や力関係を崩す力があると言えます。社会的な立場の差がフラットになることと、コンピューターをインストール(リセット)することはかけられているのかもしれないと思いました。

 

そんな朝子をネットの世界から引き出したのは、生身の人間(母親・かずよしの母親)でした。そして、朝子は「私は人間に会いたいと感じている」と思います。

朝子は、さっきまで楽しく会話をしていたのに、相手が「落ちる」と言えば即座に会話が遮断されたり、嘘で塗り固められていたりするネットの世界に「むなしさ」を感じました。

だから、朝子は嘘の世界ではなく、現実の世界で生きることを決め、再び学校に行くことを決意したのだと思いました。

「むなしさ」の正体

かずよしが、小学生なのに大人の世界を知りすぎていることに、少し違和感を覚えました。また、12歳にしてコンピューターに精通しているというのも不思議です。そこで、それらが示していることについて考えてみました。

両者に共通するのは、「型がある」ということだと思います。かずよしは、雅になりすましてチャットをする上で、「文は短い方がいい」「テンポよくメッセージを送り合った方が会話がスムーズにできる」と学びました。

 

「コケティッシュチャット館(朝子らが利用するチャットサービスの名称)」では、そういう文章が「受ける」ということです。

長文のチャットを1つ、2時間に1回返すような風俗嬢は、客から受け入れられません。逆に、型通りに形式的なチャットをすれば、頭を使わなくても売れっ子になれてしまいます。

また、コンピューターはマニュアルや仕組みを覚えれば、使いこなせます。かずよしが小学生にしてチャットの仕事をしていたり、コンピューターに詳しいという設定は、「型さえ覚えれば誰にでもできる」ということを暗示しているのではないかと思いました。

 

朝子やかずよし、チャットの相手は、「むなしい」という言葉をよく使います。朝子やかずよしは、「型さえ覚えれば誰にでもできる(自分の代わりはいくらでもいる)」ということに気づき、むなしさを感じていたのではないでしょうか。

相手のことを何も知らなくても、覚えた型に沿って機械のように言葉を放出するだけの会話(作業)に空虚さを感じたのかもしれません。また、朝子・かずよし・客は、ネット上のきわめて希薄な関係にももの悲しさを感じています。

「むなしいわけじゃないけど、毎日沢山の人達と流れるようにチャットして、どんどん無感覚になってきて、それで突然こういうふうに流れを止める人に会うと、ああ、僕って人間を相手にしてたって気づいてしまいますよね。それに戸惑ってしまうんですよね。」

このかずよしの言葉は、上で述べたことをまとめていると思いました。また、「中身のないネット世界を切り裂く現実世界」という構図が、顕著に表れている部分です。

『インストール』もう一つの物語

『インストール』の表の物語は、現実の世界からネットの世界に飛び込んだ女子高生が、ネット世界の空虚さと比較したときの現実世界の濃密さを感じ、再び現実世界に戻っていくというものです。

一方で、裏の物語として「母親との歩み寄り」があると思いました。朝子は、両親の離婚ののちに母親と2人で暮らしていますが、母親は朝子に無頓着で、朝子の登校拒否にも気づいていません。

「そうじゃないでしょ、すっからかんになった娘の部屋を見て、ここで寝るのが良いわって、それは違うでしょ。もっと、」
心配してよ、という言葉を言いかけて飲み込んだ。(中略)なぜだか怒りが湧いてきて私は母を挑発した。

この文から、朝子が母親に対して敵対心を持っている事が分かります。小説の中では触れられていませんが、朝子と母親の間には、心理的な壁があることが読み取れます。

 

しかし、ネットの世界の住人になりつつあり、テンプレのメッセージを送って機械のようにになっていた朝子の心を、母親はかき乱しました。そして、言葉を自力で紡いで母親と会話した朝子は、現実の世界に戻っていきます。

2人の間の壁が取り払われたわけではなさそうですが、母親はめったに見せない涙を朝子の前で見せましたし、しかもそれは朝子のために流した涙でした。正面からぶつかったこの母娘は、今後和解に向けて動き出すのではないかと思いました。

 

またかずよしとその母親の間にも、心理的な距離があります。かずよしの母親は、かずよしの父親が再婚してやってきた血のつながらない母親だからです。

かずよしは母親を「かよりさん」と呼んでいて、母親はかずよしを「かずよしくん」と呼んでおり、呼び方からもその隔(へだ)たりを知ることができます。また、かずよしはかよりさんの小さなクセを受け入れられないと告白しています。

 

しかし、朝子がかよりさんとかずよしの家の前で鉢合わせた時、かよりさんは「かずよしがあなたといる時楽しいのならそれで良いんです」と言いました。血がつながっていないにもかかわらず、非常に母親らしい発言だと感じました。

このように朝子との対話を通して、かよりさんなりの愛がかずよしに注がれていることが示されています。この時点で、かよりさんの愛情は一方通行という印象です。

作中では、かずよしの弟や妹の存在がほのめかされています。かずよしにとって腹違いの兄弟になりますが、彼らが生まれたらかずよしの心にも変化が現れるかもしれないと思いました。

黒田翔大「綿矢りさ『インストール』論 : 朝子とチャット」(『名古屋大学人文科学研究』2018年3月)

『インストール』の感想

純文学初心者におすすめ

芥川賞受賞作ということで、身構えてしまう人も多いかもしれませんが、引用した文章を読めばわかる通り難しい言葉はあまり使われていません。

チャットという話題が身近で、さらに文章のテンポが良くてさくさく読める作品なので、純文学初心者におすすめしたいです。

また、朝子が登校拒否児になる→チャットを始める→軌道に乗る→破綻する→現実の世界に戻るという風に起承転結がはっきりしているので、飽きずに読むことができると思います。

最後に

今回は、綿矢りさ『インストール』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

綿矢りさの代表作なので、ぜひ読んでみて下さい!

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ABOUT ME
yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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