純文学の書評

【江戸川乱歩】『人間椅子』のあらすじ・内容解説・感想|朗読音声付き

椅子の中に入り、そこに座る女の温もりを愉しむ男の体験談が語られる『人間椅子』。映画化やドラマ化もされた、人気のある作品です。

今回は、江戸川乱歩『人間椅子』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『人間椅子』の作品概要

著者江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)
発表年1925年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマホラー

『人間椅子』は、1925年に文芸雑誌『苦楽』で発表された江戸川乱歩の短編小説です。男が椅子の中で生活し、一方的にコミュニケーションを取る様子が不気味な小説です。

1970年から数回に分けてドラマ化、1997年と2007年には映画化されています。また、2度に渡って漫画化もされています。

著者:江戸川乱歩について

  • 推理小説を得意とした作家
  • 実際に、探偵をしていたことがある
  • 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した

江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表し、デビューしました。その後、乱歩は西洋の推理小説とは違うスタイルを確立します。「新青年」からは、夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。

『人間椅子』は、萩原朔太郎から「これ位に面白く読んだものはなかった」と絶賛された作品です。また、「人間が椅子の中に入る」というアイデアは、同時代の作家に大きな衝撃を与えました。

『人間椅子』のあらすじ


女流作家の佳子のもとには、毎朝ファンレターが届きます。

ある日、書斎の椅子に座った佳子は、原稿用紙に書かれた手紙を読み始めました。そこには、椅子の中に入りこみ、そこで生活した男の告白が書かれていました。佳子は、じわじわ忍び寄る恐怖に支配されていきます。

登場人物紹介

佳子(よしこ)

女性作家。毎朝ファンレターを読んでから仕事に取りかかることを日課としている。

椅子職人。佳子に宛てた手紙で、自身の体験を語る。

『人間椅子』の内容

この先、江戸川乱歩『人間椅子』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

大どんでん返し!

椅子職人

女性作家の佳子は、毎朝届くファンレターに目を通してから自身の仕事に取りかかります。一通り読み終わり、最後の原稿らしい封書を手に取りました(作家に才能を認めてもらおうとする作家の卵が、尊敬する作家に執筆した作品を送ることがあったため)。

しかし、タイトルはなく、いきなり「奥様、」という呼びかけで始まっています。「やはり手紙なのか」と思い、佳子は読み進めました。

 

手紙の差出人は、上等な椅子を作る職人でした。「」と名乗るその男は、醜い顔をしている事にコンプレックスを抱いている人物です。

ですが、私は出来上がった椅子に座り、そこに座るであろう高貴な人のことを想像し、さも自分が貴公子になったかのような妄想に耽(ふけ)ることを楽しみとしていました。

あるとき、私は外国人が経営するホテルから椅子を作るよう注文されます。自らの腕を見込まれた私は喜び、夢中で椅子の製作に取りかかります。出来上がった椅子に座った私は、またしても素晴らしい妄想をします。

そして、いつしか「この椅子を手放したくない」と思うようになりました。ついに、私はホテルに納品する大型のアームチェアを改造し、その中に入ってホテルに向かいました。

椅子の中の恋

当初の私の目的は、盗みを働くことでした。私が入った椅子はホテルのラウンジに置かれ、私は夜ごとに椅子から抜け出して泥棒をした後、椅子の中に戻るのです。私は、盗みをするときのスリルや楽しさの虜になりました。

しかし、私は、もっと夢中になる楽しみを発見してしまいます。それは、椅子に座る人の身体の感触を堪能することでした。私は、薄いなめし皮1枚をへだてて、腰を下ろした人の体温や匂いを感じることができるのです。

椅子はホテルのラウンジにあるため、1日の間に多くの人が椅子に腰かけますが、私はある1人の少女のことが忘れられなくなってしまいます。その外国人の少女は、豊満でしなやかな身体を椅子に預けました。

私は、盗みができたらすぐに逃げる予定でしたが、その快楽を味わうために長居しました。

衝撃の事実

ところが、転機は突然やって来ます。ホテルの経営者が外国人から日本人に変わり、椅子が売られることになったのです。そして、今度は日本人の家に買い取られることを望んで、椅子に入ったまま道具屋の店頭に並びます。

2~3日した後、椅子はある役人の家に買い取られました。そして、その椅子は家の主人ではなく、若くて美しい夫人がよく腰掛けるものでした。夫人は、就寝と食事の時間をのぞいて作品の執筆をしていたので、私はその夫人と1ヶ月間同じ時を過ごします。

そのうち、私はその夫人と対面し、言葉を交わしたいと思うようになりました。私は、「奥様、私の恋の相手はあなたなのです」と告げ、昨晩この手紙を書くために椅子から抜け出したのだと言いました。

フィクション

手紙を読んだ佳子は、恐怖のあまり椅子の置いてある書斎から逃げ出します。そのとき、女中(雑用をする女性)が、佳子のもとに手紙を持ってきました。それは、あの手紙と同じ筆跡で、佳子は開封することをためらいます。

おそるおそる手紙を読んだ佳子は、もう一度驚きました。そこには、「私は、日ごろから先生の作品を読んでいる者です。別の封書で送ったのは、私の創作です。表題は、「人間椅子」としたいと考えています」とありました。

『人間椅子』の解説

コンプレックスを隠す椅子

「私」は、自分の容姿に自信がなく、また家具屋の息子という社会的に低い地位を恥じています。

そんな私は、顔を見られずに済む椅子の中にいることを心地よく感じるようになりました。さらに、私は椅子の中に入ることで、普段お目にかかることのできない西洋人と接近することができます。

これらのことから、椅子は私の劣等感を解消する役割を果たしていると言えます。椅子の中にいる私は、人間ではなく椅子です。人間でないということは、人間の時に感じていた劣等感を覚えないということです。

そのため、私は椅子になった途端、大胆なことを考えるようになると推測することができます(椅子越しに西洋人の少女を抱きしめたり、椅子に座った要人を後ろから刺し殺す妄想は、コンプレックスまみれの弱気な椅子職人の私にはできなかったはずです)。

共犯

作中に直接登場することがなく極めて影の薄い存在なのは、佳子の夫です。しかし、彼は間接的に作品に書き込まれています。

例えば、ホテルは外国の大使や要人がやって来る場所です。夫の仕事は「外務省書記官」なので、この「外交」というモチーフは夫の仕事を連想させます。また、「私」は椅子が夫によって選ばれたことをわざわざ提示しています。

さらに疑問なのは、多忙な外交官である夫が、家具屋に赴いて新品ではなく中古の家具を買ったことです。ここから、私と夫の間に関係があるのではないかという仮説が立てられます。

つまり、変態的な嗜好を持つ男が隠れていることを知って、夫は椅子を買った可能性があるということです。

 

夫は、自分の所有物である佳子が、自身が仕事をしている間に別の男のものになっていることを楽しみ、私は、他人の所有物である佳子を、昼の間だけ自分のものにするという快感を味わっていたのかもしれません。

宮本和歌子「江戸川乱歩「人間椅子」論 –エログロという評価と心理的盲点–」(京都大学國文學論叢 2016年3月)

石川巧「江戸川乱歩「人間椅子」はどのように書かれているか」(立教大学日本文学 2020年1月)

『人間椅子』の感想

男の2回目の手紙はホント?ウソ?

それ以来、約一ヶ月の間、私は絶えず、夫人と共に居りました。夫人の食事と、就寝の時間を除いては、夫人のしなやかな身体は、いつも私の上に在りました。それというのが、夫人は、その間、書斎につめきって、ある著作に没頭していられたからでございます。

この文章を読んだとき、ぶわっと鳥肌が立ちました。今まで他人事だと思っていたことが、急に身近に迫ってくる恐怖や、得体のしれない不安を感じました。

さらに、「これは創作」と明かされた時の衝撃のすさまじかったです。乱歩の作品は、最後の最後まで読者を裏切る仕掛けがなされている作品が多いので、本当に面白いなと思いました。

 

同時に、最後の手紙の真偽も気になるところだと思いました。なぜなら、本当に椅子として佳子の家にいないと分からないこと(佳子の主人がY市の家具店で椅子を買ったこと、椅子が書斎に置かれたこと、佳子が食事と睡眠以外の時間を執筆に当てていることなど)が「私」の創作には書かれていたからです。

つまり、私の2回目の手紙の内容はウソなのではないか?ということです。私には本当に椅子の中に入るという趣味があって、佳子に恋をしてしまい、彼女の気を引くために小説を書いた可能性もあるのではないかと思いました。

 

一方で、仮に私の2回目の手紙が本当だったとしたら、手紙の差出人は誰なのかという疑問が湧いてきます。さきほども述べたように、この創作には佳子の家のことをよく知らないと書けないことが書いてあります。

差出人の候補の1人目は、佳子の夫です。夫は役人ですが、役人なら教養もありますし、このような文章を書くことも可能です。閨秀作家(けいしゅうさっか。女流作家のこと)としての佳子の地位に嫉妬したと考えることができるからです。

2人目は女中です。女中が手紙を持って来るタイミングが絶妙で、非常に怪しいからです。また、手紙の差出人も女中も、佳子のことを一貫して「奥様」と呼ぶからです。証拠が出せないので、すべて推測になりますが、いろいろ考察ができる興味深い小説です。

 

余談ですが、江戸川乱歩の『黒蜥蜴(くろとかげ)』という作品に、人間椅子のトリックが使われています。黒蜥蜴は本当に素敵な女性で、乱歩の作品では一二を争うくらい好きな作品なので、ぜひ読んでみて下さい!

江戸川乱歩『黒蜥蜴』

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著者江戸川乱歩
発表年1934年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ探偵小説

美しいものが好きな美人盗賊・黒蜥蜴と、名探偵・明智小五郎の対決が描かれます。三島由紀夫によって舞台化された作品です。

【江戸川乱歩】『黒蜥蜴』あらすじ・内容解説・感想子供のころに『黒蜥蜴(くろとかげ)』を愛読した三島由紀夫は、それをもとに戯曲を書きました。そして、それは現代に至るまで演じ続けられている...

『人間椅子』の朗読音声

『人間椅子』の朗読は、YouTubeで聴くことができます。

最後に

今回は、江戸川乱歩『人間椅子』のあらすじと内容解説、感想をご紹介しました。

青空文庫にもあるので、ぜひ読んでみて下さい!

青空文庫 江戸川乱歩『人間椅子』

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

ABOUT ME
yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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