純文学の書評

【川上弘美】『グッピー』のあらすじと内容解説・感想

失恋した女性の心の回復が描かれる『グッピー』。

今回は、川上弘美『グッピー』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『グッピー』の作品概要

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著者川上弘美(かわかみ ひろみ)
発表年2005年
発表形態雑誌掲載
ジャンル掌編小説
テーマ切り替え

『グッピー』は、2005年に文芸雑誌『本』(7月号)で発表された川上弘美の掌編小説です。1人のOLが「くされ縁」の相手を吹っ切るまでの過程が描かれています。『ハヅキさんのこと』という掌編小説集に収録されています。

著者:川上弘美について

  • 1958年東京生まれ
  • お茶の水女子大学理学部生物学科卒業
  • 『蛇を踏む』で芥川賞受賞
  • 紫綬褒章受章

川上弘美は、1958年生まれ東京都出身の小説家です。お茶の水女子大学理学部生物学科を卒業後、高校の教員を経て小説家となりました。

1996年に『蛇を踏む』で第115回芥川賞を受賞し、その後も中年女性と初老の男性の恋を描いた『センセイの鞄』がベストセラーとなり、数々の文学賞を獲得しました。2019年には、その功績がたたえられて紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章しました。

『グッピー』のあらすじ

登場人物紹介

絵美(えみ)

社会人。大学生のときから「くされ縁」の圭祐と交際しているが、圭祐に搾取されていることを自覚し始める。

圭祐(けいすけ)

同い年の絵美と関係を続けている。浮気性で、絵美のほかにも「手を出す」相手がいる。

『グッピー』の内容

この先、川上弘美『グッピー』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

私の立ち直り方

搾取されてる?

社会人の絵美には、大学時代からなんとなく関係を続けている圭祐という彼氏がいます。圭祐は浮気性でデートの際の会計もほとんど絵美に任せています。絵美はこの状況を客観視し、「貢いでるかもしれない」と思うようになります。

そして圭祐との別れを決意した絵美は、圭祐への連絡をやめたのでした。

もともと圭祐から連絡が来ることはなかったため、関係はあっけなく終わってしまいます。連絡を取らなくなってから最初の2週間は、仕事に支障が出るほど落ち込みました。その後気分の浮き沈みを繰り返し、絵美はようやく圭祐への未練を断ち切ります。

むだなもの

それまで圭祐に使っていたお金がそのまま残ったため、絵美は「何か、むだなものを、買おう」と出かけました。しかしどれも有用なものばかりで、圭祐だけが有用じゃないものだったのかも、と思います。

そんなとき、絵美は立ち寄ったカフェで水槽の熱帯魚をながめます。きれいさに涙するとともに、これこそ役に立たないものだと思のでした。

夢中になる

絵美は近所の熱帯魚屋で3匹のグッピーを買った日、圭祐から電話がかかってきます。「元気?」「元気だよ」「どうしたの?」「どうもしないよ」という会話をしただけで、圭祐は電話を切ってしまいました。

絵美は「もうむだなものでもなくなっちゃったんだ、圭祐は」と思いましたが、もう涙は出ませんでした。

『グッピー』の解説

泣ける、泣けない

圭祐と別れる決意をした絵美は、悲しみのあまりよく泣きますが、泣けない場面が2回あります。別れを決意して1ヶ月半目と、完全に吹っ切れた2か月目ですが、これらの違いを考えます。

決意して1ヶ月半目

最後の二週間は、反動がきた。悲しくて悲しくて、しょうがなかった。(中略)そのうちに泣くタネがなくなってきたので、「絶対泣ける」といううたい文句のついている本を三冊くらい買って読んでみたけれど、これは、泣けなかった。(中略)みんなわたしよりも幸せそうだったから。

絵美は音楽やテレビをタネにし、悲しい気持ちを泣くという行為で表出しています。

本を読んでみて「これは、泣けなかった」とありますが、これは本というタネが良くなく一時的に泣けなかっただけで、根本的に涙が枯れたわけではありません。現に、そのあと絵美は本を庭で焼きますが、それを見て「ちょっと泣」いているのです。

吹っ切れた2か月目

もうむだなものでもんなくなっちゃったんだ、圭祐は。ただの、関係ないものになっちゃったんだ。そう思って、くくくと泣いてみようとしたけれど、うまく泣けなかった。

「わたしはようやく、圭祐のことをふっきった」という語りから始まる2か月目。当初圭祐に対して「貢いでいる」という事実を認めたがらなかった絵美が、通帳の残高を確認して「こんなに、貢いでたんだ、圭祐に」と圭祐から搾取されていたことを実感します。

また、圭祐と会う前にお金をおろしたときに大股で歩いていたことを思い出しても「感慨はあんまりわかない」と語っています。1ヶ月半目までの絵美だったら、思い出した時点で号泣していたでしょう。冒頭の言葉通り、圭祐に対する未練がないことが示されています。

そして絵美は、実用的ではないものの心を豊かにしてくれる存在であった圭祐が、ついにそのむだなものでもなくなったと理解して泣こうとしますが、ついに泣けませんでした。

その後も泣くことはなく、絵美はグッピーに名前を付けてやろうと思うのです。グッピーという圭祐の他に夢中になるものを見つけた絵美は、「圭祐のことをふっきった」という言葉通り圭祐への未練を拭い去ったのでした。

『グッピー』の感想

ぎゃふんと言わせる

川上弘美『溺レる』の記事で、「『大人しくて従順に見える女性が、実は軸をしっかり持っている』というのは、川上作品の1つの型なのかもしれません」と考察しました。今回、それに加えて「最終的に作中の男性を凌駕する」構図が見えました。

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『グッピー』の場合

川上作品に登場する女性は、捉えどころがなくふわふわしています。それは語りに表れていて、例えば絵美の場合

  • 「少しだけ胸がどきどきした」
  • 「もしかして、圭祐に貢いでいるんじゃないのかな」
  • 「圭祐は、浮気なたち、というのだろうか、」

こうした冒頭の語りだけでも、絵美のどこか自信なさげな様子が伝わって来ます。その後の語りを見てみても、強く言われたら納得していなくても「そうかな」と言ってしまう押しに弱い部分がかいま見えるのです。

あまり自己主張をしないため、圭祐からは「チョロいやつ」と認識されていることがうかがえます。

 

そして絵美は、グッピーを買った日にかかってきた圭祐からの電話にそっけなく対応しました。

普段は絵美から連絡することが多く、圭祐はその連絡に1週間返信しないこともザラでしたが、絵美が2か月も連絡しなかったためしびれを切らして自分から連絡したのでしょう。

そんな連絡への返答が思いがけず冷たいものであったため、圭祐は少なからずショックを受けたのではないでしょうか。

『風花』の場合

風花』の語り手のゆりは、非正規の社員としてのんびり働きながら、日々を何となく過ごしている女性です。キャリアにこだわるわけでもなく、目標に向かって頑張るわけでもなく、周りに流されながらのらりくらりと生きています。

そんな性格のため、夫の不倫を知ってもなすすべなく夫の沈黙を黙認しているような状態を続けています。ところが徐々に強さを表に出すようになったのゆりは、最終的にすがり付く夫を引きはがして別れる選択をするのです。

これまでのゆりを見くびっていた夫は、のゆりのそんな言動にさぞ驚いたと思います。

『溺レる』の場合

溺レる』のコマキは、モウリさんと逃避行している女性です。コマキは「逃げてみますか」とモウリさんに誘われたから逃げ始めたと語っていて、意思がなく受動的な人物という印象を受けます。

モウリさんの「コマキさん、あなた何も覚えていないんでしょう、世の中のこと、何も身についてないんでしょう」という発言も印象的です。

しかし、後半に近づくにつれてそのイメージは変わっていきます。「ぼくと一緒に来たことを後悔してますか」とたずねるモウリさんに対して、コマキは意外にもはっきり「してないよ」と言いました。

 

さらに、前半でコマキをリードしていたモウリさんは、実は繊細な一面を持っていたことが、徐々に明らかになります。

モウリさんは、コマキに自分についてきたことを後悔しているかを聞いたり、逃げる前に置いてきたもののことを思ったり、もう元の場所には帰れない不安を打ち明けたりしており、弱い部分を見せています。

一方でコマキは、「君は帰るの」というモウリさんの発言に対して「帰らない」と言い切ったり、小学生のように泣くモウリさんに涙を流さないで身を寄せたりと、芯のある女性として描かれています。

 

このように、川上作品には「始めは気の弱い女性が、最終的に男性を狼狽させる、もしくは男性を超越する存在になる」という流れがあります。こうした構図への準備として、語り手の女性たちは弱さの中に強さをしっかり持っているのです。

最後に

今回は、川上弘美『グッピー』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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