純文学の書評

【谷崎潤一郎】『鍵』のあらすじと内容解説・感想

年の差夫婦がお互いの日記を盗み読みしながら、姦通を刺激剤として性生活におぼれる様子が描かれる『鍵』。

今回は、谷崎潤一郎『鍵』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『鍵』の作品概要

著者谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう)
発表年1956年
発表形態雑誌掲載
ジャンル中編小説
テーマ老人の性

『鍵』は、1956年3ヶ月の休載を経て計9回雑誌『中央公論』(1月号、5月号~12月号)で発表された谷崎潤一郎の中編小説です。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

また、本作を原作として1959年に映画化されました。2022年には舞台を現代に移して映画化されています。

【谷崎潤一郎】『鍵』のあらすじと内容解説・感想

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著者:谷崎潤一郎について

  • 耽美派作家
  • 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
  • 大の美食家
  • 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔

反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。

しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。

死んでも踏まれ続けたい。谷崎潤一郎の略歴・作風をご紹介80年の生涯で40回も引っ越しをしたり、奥さんを友達に譲ったり、度が過ぎる美食家だったりと、やることが規格外の谷崎潤一郎。 今回は...

『鍵』のあらすじ

登場人物紹介

56歳の大学教授。精力の衰えに悩む。

郁子(いくこ)

主人公の45歳の妻。京都の旧家の生まれ。美貌と夫を辟易させる精力の持ち主。

木村(きむら)

大学教授。敏子の結婚相手として「僕」の家に出入りするが、郁子と懇意になる。

敏子(としこ)

「僕」と郁子の娘。郁子に似てあまり心の内を語らない人物。

『鍵』の内容

この先、谷崎潤一郎『鍵』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

相性の悪い夫婦

大学教授をしているは、妻との性生活にある不満を抱えています。それは行為中の妻・郁子の態度が事務的あることです。

僕は一般的なものからアブノーマルなものまでさまざまな愛撫を求めますが、郁子は型にはまらない行為を好みません。また、僕の体力が絶倫の妻に追いつかないという悩みもあります。

こうした経緯があり、僕は妻に盗み読みされることを想定して郁子との性生活に関する日記を書くことにしました。

木村の登場

僕は郁子と性生活の刺激剤として、同じく大学教授の木村と郁子を接触させます。木村と郁子が親しくすることによる嫉妬を利用し、僕は夜の郁子と対峙しようとしたのです。

やがて僕の要求はエスカレートし、木村と郁子の関係がギリギリ一線を超えないところまで進展することを望むようになりました。

夫の不調

性生活のために精力剤を飲んでいた僕は、やがて不調を訴えるようになります。動脈硬化によるめまいや平衡感覚の欠如、高血圧を医師に指摘され、ついには性行を控えるようにと言われてしまいました。

しかし、僕は医者の忠告を聞かずに精をつけるために脂っぽいものを摂り酒もたしなみます。そしてこのような不摂生な生活を続けた結果、僕は郁子との行為中に意識を失ってしまいました。

毒婦・郁子

その後も僕の昏睡状態は続き、数回の発作を起こしたのちに亡くなってしまいます。郁子は僕の死後自身の日記を書くことを中断してしまっていましたが、区切をつけるためにまた書き始めました。

その日記において、郁子は僕の日記を盗み読みしていたことを明かします。また、自身の日記を僕が読んでいることも知っていました。

そして、自分の愛が木村の上にあって夫の上には無かったこと、僕に死の覚悟をさせるために郁子自身が病魔に侵されているととれるウソのエピソードを日記に書いていたことなどを記します。

木村は今後、建前上は郁子の娘の敏子と形式的な婚姻関係を結び、郁子と3人で1つの家に住むことを計画しています。敏子は、美しい母のために犠牲になるのでした。

『鍵』の解説

挿絵が与える影響

『鍵』には、小説の連載に合わせて版画家・棟方志功(むなかた しこう)の挿絵(版画)が挿入されました。

高井氏(参考)は、従来の研究ではこの挿絵を含めた読みが行われていないことに着目し、『鍵』という文学作品を挿絵を含むものとして見なしたときに認められる挿絵の効果や新しい読みの可能性について述べています。

一般的な挿絵と『鍵』における棟方の挿絵の違いについて、一般的な挿絵は話の内容を具体的な視覚イメージとして表すのに対して、『鍵』の挿絵は読者に「話の内容をきちんと説明する絵」ではなく、かつ小説の内容を反映するわけではなくそれ自体として自立する挿絵という特徴があるとされています。

郁子の裸は「中宮寺ノ本尊」に例えられ、胸部や臀部は発達しすぎていない様子が読み取れますが、挿絵を見ると郁子の肉体は豊かに描かれています。

これについて高井氏は、棟方がブレスト・フエテイシズム(乳房崇拝)であったことが関係していると指摘しています。文章のみを信じれば郁子の肉体は「中宮寺ノ本尊」のようにひかえめですが、挿絵によってグラマラスなイメージに変わらざるを得ないのです。

 

作中人物たちは、何の意味もなさそうな事物や行為に対して何らかの意味を読み取ろうとする傾向があり、推測が多いという点で確かな事実にたどり着けない小説です。

一見意味のなさそうな言動にも様々な意図があることが示されることでいかようにも読むことができ、結果何が正しいのかが分からなくなるのです。

言いかえると、『鍵』で信じられる確かなことはないということです。その上で、3/18の夫の日記には敏子の下宿の風呂場で泥酔した郁子を迎えに行ったときのことが記されています。夫は車の前の座席に木村とともに家に向かう途中、郁子に接吻をするのでした。

そしてこのことは郁子に日記には書かれず、夫の日記にのみ書かれているにもかかわらず、挿絵には車中で接吻する夫と抱かれる郁子の様子が描かれています。

 

『鍵』は確かなことが言えず疑惑しかないテキストですが、夫の日記に記された挿絵があることはそのイメージを読者に突きつけることになります。それは読者の読みに影響するのではないかと高井氏は指摘しています。

上記の主張を経て、「多くの挿絵が内容を説明する役割から抜け出さないのに対し、『鍵』の挿絵は作品と固く結びついて両立できる。むしろ挿絵による作品への侵犯が起こっているとすら言えるだろう。」としています。

高井 祐紀「描かれること -谷崎潤一郎『鍵』と棟方志功-」(『近代文学研究と資料. 第二次 8』2014年3月)

『鍵』の感想

悪魔的女性への拝跪

男が女に彼女の本性を自覚させ、その秘められた才能を開花させたうえでその女性にひざまずくという構図が、谷崎潤一郎『刺青』や『痴人の愛』に共通すると感じました。

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『刺青』に登場する娘や『痴人の愛』のナオミ同様、郁子も当初はひかえめで封建的で陰性な女性として描かれていました。

しかし彼女たちと郁子が少し違うのは、郁子は布団の上ではあくなき欲求を夫にぶつけ、夫を圧倒していたことです。ところが木村の登場によって夫が郁子をほしいままにするようになりました。

そして閨事において主導権を握った夫は、郁子を蛍光灯の光の中にさらして、普段見せてもらえない部位まで細かに観察し、さまざまに体勢を変えさせて写真に写すのです。

 

ところが4/13の夫の日記に「僕ハ予期以上ニ積極的デアル彼女ヲ見出シテ驚クホカハナカッタ。僕ハ完全ニ受ケ身ニ立タサレタ。」とあるように、木村に仕込まれた郁子は徐々に積極的になります。

そして郁子が再び夫を凌駕することで、夫は2回の発作を起こしたのちに死に至るのです。

 

本作において郁子の肥やしになったのは夫ですが、郁子という圧倒的な美に虐げられ、今後の郁子と木村の関係のためにポーズとして木村と結婚する敏子もまた、郁子に身を捧げた人物と言えます。

『鍵』の朗読音声

『鍵』の朗読音声をYouTubeで聴くことができます。

最後に

今回は、谷崎潤一郎『鍵』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

青空文庫にも掲載されているのでぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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