純文学の書評

【谷崎潤一郎】『痴人の愛』のあらすじ・内容解説・感想|朗読音声付き

1人のサラリーマンが、カフェで拾ったナオミという女の子に破滅させられる『痴人(ちじん)の愛』。ナオミのような小悪魔的な悪女のことを指す「ナオミズム」という言葉が生まれたほど、当時の社会に大きな影響を与えました。

今回は、谷崎潤一郎『痴人の愛』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『痴人の愛』の作品概要

著者谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう)
発表年1924~1925年
発表形態新聞・雑誌掲載
ジャンル長編小説
テーマ白・女性崇拝

『痴人の愛』は、1924年に「大阪毎日新聞」(3月20日~6月14日)に連載され、一時中断してから雑誌『女性』(1924年11月号~1925年7月号)に連載された谷崎潤一郎の長編小説です。

1人のサラリーマンが15歳の少女を自分好みに育てていくうちに、少女に憑りつかれて破滅するまでが描かれます。1949年から3回に渡って映画化されています。

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上でご紹介しているのは漫画版です。当時の社会状況が分かる注が付けられていて、分かりやすいです。

著者:谷崎潤一郎について

  • 耽美派作家
  • 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
  • 大の美食家
  • 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔

反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。

しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。

死んでも踏まれ続けたい。谷崎潤一郎の略歴・作風をご紹介80年の生涯で40回も引っ越しをしたり、奥さんを友達に譲ったり、度が過ぎる美食家だったりと、やることが規格外の谷崎潤一郎。 今回は...

『痴人の愛』のあらすじ

 真面目なサラリーマン・譲治は、ある日カフェでナオミという少女と出会います。譲治は、大人しいナオミを自分好みに育てて妻にしようと考えます。そして同棲を始めます。

初めこそ、2人は仲睦まじく暮らしていましたが、譲治が英語を教えるようになると、徐々に関係は変化していきます。そして、大人しかったナオミの魔性が目覚め始めるのです。

登場人物紹介

譲治(じょうじ)

主人公の真面目なサラリーマン。カフェで働いていたナオミを自分の手で素敵な女性に育てたいと思い、彼女と暮らし始める。

ナオミ

カフェの従業員。譲治の金銭的なバックアップを受け、譲治と暮らすことになる。始めは大人しくしていたが、徐々に本性を表す。

浜田(はまだ)

ナオミの友人で、慶応大学の学生。ナオミとは音楽教室で出会う。

熊谷(くまがや)

ナオミの友人で、慶応大学の学生。ふしだらなナオミを食い物にしている。あだ名はまアちゃん。

『痴人の愛』の内容

この先、谷崎潤一郎『痴人の愛』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

倫理観ゼロ女と、その下僕になる男の話

美少女・ナオミ

譲治は、28歳の真面目な独身サラリーマンです。これまで女性と付き合ったこともなく、結婚をする気もありません。それは、「まだ世間を知らない娘を引き取って、良い女に育て上げた上で結婚する」という理想を持っていたからでした。

ある日、譲治は浅草のカフェ(今で言うキャバクラ)でナオミという15歳の少女に出会います。彼女は西洋人のような顔立ちをしている、美しいけれども無口な子でした。

譲治とナオミは何度か映画や食事に行き、徐々に仲を深めました。そして大森(東京都大田区)に洋館を借りて、2人暮らしを始めます。

力関係の変化

譲治は、ナオミに「友達のように暮らそう」と提案しました。始めこそ、思春期の少女とその保護者という関係でしたが、結局ナオミが16歳の時に一線を越えてしまいました。

譲治は、ナオミに英語と音楽を学ばせて、どこへ出ても恥ずかしくない女性に仕立てようとしました。しかし、ナオミは物覚えが悪く飽きっぽいので、なかなか知識が身に付きません。

譲治がそれを厳しく指導すると、ナオミは譲治を強くにらみ、反抗的な態度を取ります。不覚にも、譲治はその鋭い視線を向けられることに快感を覚えてしまうのでした。

ナオミは知的ではありませんが、譲治はナオミの肉体美や、売春婦のような振る舞いの虜 (とりこ)になってしまいました。

浮気

ある日、譲治が家に帰ると、玄関の前でナオミと若い男が立ち話をしていました。譲治はナオミに相手の男のことを聞くと、「ダンスを習ってる、浜田さんというお友達よ」と答えました。

ダンスホールに行くと、ナオミは浜田やまアちゃん(熊谷)という男と親しげに話します。ナオミは、譲治が知らない間に何人もの男と仲良くしていたのでした。

 

そして、譲治とナオミは知り合いのあっせんで、鎌倉の旅館に10日間行くことになりました。譲治は、鎌倉から東京の職場に通います。

あるとき、譲治が仕事から帰ると、ナオミの姿がありません。旅館のおかみに話を聞くと、「熊谷と2人で出かけた」とのことでした。

おかみに行き先をたずねて譲治が海に行くと、熊谷を含めた4~5人の男とたわむれているナオミの姿がいました。譲治が問いただしてもナオミは何も話さないので、譲治は大森の家に戻ることにしました。

しかし、譲治がそこに行ってみると、浜田と居合わせてしまいました。実はナオミは、譲治が仕事に行った後に鎌倉から大森まで移動して浜田と密会し、そのあと鎌倉に戻って熊谷らと遊んでいたのでした。

 

それ以降、譲治は熊谷と会わないことをナオミに約束させましたが、2人はろくに口を利かなくなりました。ナオミは反省するそぶりを見せないことに加え、この期に及んで「あたし、洋服が欲しいんだけれど」とねだります。

そして、ナオミがいまだに熊谷と会っていることを突き止めた譲治は、ついに「出ていけ!」とナオミに言います。気の強いナオミは、「ではご機嫌よう」と言 って去ってしまいました。

奴隷

追い出したものの、譲治はナオミが恋しくて仕方ありません。いてもたってもいられなくなって探してみると、ナオミはダンスホールで知り合った西洋人の男と遊び歩いていました。

あきれた譲治は、ナオミのことを忘れようとしていました。しかしある日、ナオミはふいに譲治の元を訪れます。「荷物を取りに来た」と言いましたが、その後も定期的に譲治の家にやって来ます。

 

日に日に美しくなるナオミは、譲治を誘惑して徐々に手なずけていきます。譲治はいつの間にか怒りの感情を忘れ、ナオミが会いに来てくれることを心待ちにするようになりました。

そして上下関係はみごとにひっくり返り、「これから何でも言うことを聴くか」「うん、聴く」「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」「出す」「あたしに好きなことをさせるか、干渉しないか」「しない」と約束させます。

譲治は会社を辞め、実家の財産を整理して手に入れたお金で、ナオミに贅沢ざんまいの生活をさせてやります。ナオミは常に男友達と一緒にいますが、ナオミに出て行かれた時の恐怖を知っている譲治は何も言えません。

ナオミは今年23歳、譲治は36歳になりますが、譲治はこれからもナオミの奴隷として生きていきます。

『痴人の愛』の解説

なぜ、ナオミは音楽と英語を習ったのか?

譲治は、本(雑誌)を読むのが好きだというナオミに、「女学校に行けばいいのに」と勧めます。そして、「何が学びたいんだ?」と尋ねる譲治に、ナオミは「音楽と英語がいいわ」と答えました。

ナオミはなぜ、幅広く教養を身に付けられる女学校ではなく、音楽と英語のみを学ぼうと思ったのでしょうか?それは、ナオミが西洋の文化を取り入れたハイカラな少女だったからです。

ナオミは、女性の地位が格段に上昇し、一気に西洋化が進んだ大正時代を生きている、生粋の「大正っ子」です。対して、譲治は明治の教育を受け、明治~大正に変わる時期に青春時代を過ごした「明治の人」です。

 

そのため、旧式の教育を重視する譲治はナオミに女学校をすすめ、ナオミはそれに対してより西洋的な英語と音楽を習い、「新しい時代の女」になろうとしたのです。

この譲治とナオミの恐育に関しての認識のズレは、まるで学校教育のように、文法中心で英語を教える譲治と、それに反発するナオミとの対立に影響しています。

ナオミのモデルは?

ナオミのモデルは石川せい子という女性で、譲治のモデルは谷崎自身です。『痴人の愛』執筆時、谷崎は石川千代子という女性と結婚していました。

谷崎は、本当は千代子の妹であるせい子に惹かれていたのですが、千代子と結婚しました。しかし、せい子への思いを抑えきれず、谷崎はせい子と同棲を始めてしまいます。

せい子は、姉の千代子のような旧式の慎ましやかな女性ではなく、非常にオープンで奔放な女性です。さらに、従来の日本人女性のような貧相な体つきではなく、肉付きの良い豊満な肉体の持ち主でした。この様子は、ナオミのイメージとぴったり重なります。

その後、自由なせい子は谷崎を捨て、他の男性のところに行ってしまいます。これも、数多くの男性と関係を持っていたナオミと通じる部分です。

『痴人の愛』の感想

魔性の女

ナオミの聞き分けのよさそうな大人しい様子に、譲治と同様、私もまんまと騙されてしまいました。そんなナオミにどんどんはまっていく譲治は、まさに痴人です。

ナオミは着物を買いあさったり、常に外食をしたり、朝はのんびり起きて夜は遊んで回るという生活をしていますが、ナオミがこんな風になってしまったのは家庭環境が影響しているのではないかと思います。

彼女は下町の酒屋の生まれで、両親からも特に大切に育てられませんでした。だからこそ、譲治の異常な愛や、男友達からの一時的な愛を大量に集めていたのではないかと思います。

ナオミはずる賢くて女豹のような女性ですが、いつの間にかそんなナオミに魅力を感じている自分がいたので、私も痴人になってしまったように感じました。

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最後に

今回は、谷崎潤一郎『痴人の愛』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

着物と洋服、日本人と西洋人など、和洋が入り混じった素敵な小説です。ショッキングな内容ですが、とても面白いのでぜひ読んでみて下さい!青空文庫にもあります。

青空文庫 谷崎潤一郎『痴人の愛』

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ABOUT ME
yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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