純文学の書評

【芥川龍之介】『白』のあらすじと内容解説・感想|感想文のヒントつき

1匹の犬が、友人が殺されるところを目にする場面から始まる童話『白』。

今回は、芥川龍之介『白』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『白』の作品概要

著者芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)
発表年1923年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマアイデンティティ

『白』は、1923年8月に雑誌『女性改造』で発表された芥川龍之介の短編小説です。友人を見殺しにしてしまった犬が、自身の臆病さに苦しむ様子が描かれています。

Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:芥川龍之介について

  • 夏目漱石に『鼻』を評価され、学生にして文壇デビュー
  • 堀辰雄と出会い、弟子として可愛がった
  • 35歳で自殺
  • 菊池寛は、芥川の死後「芥川賞」を設立

芥川龍之介は、東大在学中に夏目漱石に『鼻』を絶賛され、華々しくデビューしました。芥川は作家の室生犀星(むろう さいせい)から堀辰雄を紹介され、堀の面倒を見ます。堀は、芥川を実父のように慕いました。

しかし晩年は精神を病み、睡眠薬等の薬物を乱用して35歳で自殺してしまいます。

芥川とは学生時代からの友人で、文藝春秋社を設立した菊池寛は、芥川の死後「芥川龍之介賞」を設立しました。芥川の死は、上からの啓蒙をコンセプトとする近代文学の終焉(しゅうえん)と語られることが多いです。

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『白』のあらすじ

主人公である犬の白は、友達の黒が「犬殺し」に殺される場面に遭遇してしまいます。白は黒を助けたいと思いましたが、恐怖で逃げ出してしまいました。その後家に戻った白は、真っ白だった身体が真っ黒になっていることに気づきます。

飼い主のお嬢さんと坊っちゃんは、白を見て「こんな黒い犬は知らない」と白を追い出してしまいます。そして白はあてもなく東京の街を放浪し、黒を見殺しにした臆病な自分と戦うのでした。

登場人物紹介

黒が犬殺しに殺されるところを目撃してしまった白い犬。黒を助けずに逃げてしまった経験に苦しめられる。

白の家の隣で飼われている黒い犬。犬殺しに殺された。

ナポレオン

白が街で出会った茶色い子犬。カフェで飼われている。

お嬢さん・坊っちゃん

白の飼い主。

『白』の内容

この先、芥川龍之介『白』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

アイデンティティ迷子

白、黒犬になる

主人公である犬のは、友達のが「犬殺し」に殺される場面に遭遇してしまいます。白は黒を助けたいと思いましたが、恐怖で逃げ出してしまいました。

その後、白は家に戻って飼い主のお嬢さん坊っちゃんのもとに帰りました。しかし、2人は「どこの犬だろう?」と首をかしげます。それもそのはず、真っ白だった白の身体は、真っ黒になっていたのです。

ショックのあまり吠えに吠える白を見て狂犬病を疑った2人は、白を追い出してしまいました。

放浪

白はガラスのショーウィンドウや鏡を避けるようにして、東京中を歩き回ります。そんなとき、小学生にいじめられている茶色の子犬を見かけます。白は、子供に吠えて子犬を助け出しました。

ナポレオンというその犬は、カフェで飼われている犬でした。引き留めるナポレオンをよそに、白はカフェを後にしました。

その後、白は自らを危険にさらして何度も人命救助を行います。新聞では白の勇気ある行動がたたえられ、白は「義犬」「たくましい黒犬」 などと呼ばれました。

元通り

ある秋の夜、白はとうとう主人の家に帰って来ました。疲れ果てた白は、月に語りかけます。

「わたしは黒君を見殺しにしたせいで、身体が真っ黒になりました。わたしはその臆病と戦うために、あらゆる危険と戦って来ました。しかし、しまいにはこの黒いわたしを殺すために戦うようになりました。もう苦しいので自殺をしようと思います」

さらに白は、「最後に自身を可愛がってくれたお嬢さんと坊っちゃんに会わせてほしい」と言いました。

 

翌朝、白はお嬢さんと坊っちゃんの声で目覚めます。坊っちゃんは、「白が帰って来ましたよ!」と叫びました。白は、お嬢さんの瞳の中に小さな白い犬がいるのを見ました。

『白』の解説

結末の解釈

『白』は童話として読まれているものです。そのため『白』は、白が黒を見殺しにした罪を許されて、白色の体に戻るハッピーエンドの物語として解釈されてきました。

その読み方に疑問を投げたのは、以下の「参考」にある論文です。この論文では、『白』という作品は悲劇的であるとしています。

その手掛かりとして、白が他人からの評価を内面化(あたかも自身から発せられた価値観と思うこと)していることを指摘しています。

周りの評価と自意識とのズレ

白は、身体が黒くなったのは黒を見殺しにした罪だと考えています。そして白が危険を冒して戦うのは、「自身が臆病者である」ということを象徴する黒い身体を殺すためでした。

しかしそんな白の思いとは裏腹に、世間は白を「たくましい黒犬」「勇敢な黒犬」と賞賛します。世間が英雄として評価する白のイメージと、白が臆病者として評価する白のイメージには、大きな差があるのです。

 

そして白は、自分に対する他者からの視線を拒否せずに受け入れる性質を持っています。

たとえば白の一人称。白は、飼い主たちと月に対しては「わたし」という一人称を使います。ナポレオンに対して最初は「俺」 、そのあとにナポレオンが白を「おじさん」 と呼んだことを受けて、「おじさん」という一人称を用います。

このことから、白は相手によって一人称を使い分けて、自分の役割や立場を変えていることが分かります。他人から見た自分に順応していく白は、言い換えれば自己主張をしていないのです。

 

自己像とかけ離れた自分のイメージを否定しない状態で、アイデンティティを獲得することは不可能です。

そこで、「白は体こそ白色に戻ったものの、過去の白というアイデンティティを永久に失ってしまったという点で、本作は悲劇的である」と論文ではまとめられています。

森 琢磨・大野 建・大戸 萌々・横山 史夏・栁 未紗「芥川龍之介「白」論 : 都市と分身」(「言文」(65)2018年3月)

犬殺し

そもそも、犬殺しとは何なのかと疑問に思った人もいるのではないでしょうか。

犬殺しが「印半纏(しるしばんてん。職人の仕事着・制服)」 を着ていたことから、組織的な犬の駆除であったことが分かります。犬殺しは、狂犬病対策の一環で行われたものだったのです。

『白』が執筆された大正末期には「狂犬病予防週間」が積極的に設けられ、数々の野良犬が殺されました。犬殺しは、狂犬病を恐れた人間による野良犬の撲滅行為だったのでした。

①森 琢磨・大野 建・大戸 萌々・横山 史夏・栁 未紗「芥川龍之介「白」論 : 都市と分身」(「言文」(65)2018年3月)
②西村 真由美「芥川龍之介『白』論 : 不条理な変身をめぐって(出原隆俊教授退休記念 日本文学特輯)」(「語文」2017年2月)

『白』の感想

忠犬

『白』は、有島武郎『溺れかけた兄妹』に通ずるものがある童話だと感じました。『溺れかけた兄妹』の感想でも書きましたが、なぜ見殺しにすることにそこまで罪の意識を感じてしまうのかがやはり疑問でした。

しかも、今回の場合はただの友人です。肉親ならまだしも、友人を見殺しにしたことがきっかけで、人命救助と言う名の自傷行為をするまで追い詰められてしまうものなのか…白の心理をつかみかねます。

 

また、命をかえりみずに人命救助を行っていたときは身体が黒いままで、庭に帰ってから身体が白くなる、というのが少し不自然だと感じました。

まさかの夢オチかと一瞬思ってしまいましたが、もしかしたらここには忠誠心が隠れているのでは?と思いました。

白は、月に自殺する旨を伝えたとき、「ただ一目会いたいのは可愛がって下すった御主人です。坊ちゃんのバットに打ち殺されてしまうかも知れません。しかしそれでも本望です」と言っています。

殺されてもいいから、最後にご主人に会いたいと願う姿はなんとも健気です。こうした忠誠心がトリガーとなって、白の身体が元通りになったと考えられるのではないかと思いました。

『白』の感想文のヒント

  • 白は、なぜ黒い犬になってしまったのか
  • 白が黒を見殺しにした行為をどうとらえるか
  • 芥川の他の童話作品(『蜘蛛の糸』『杜子春』『アグニの神』等)との比較

作品を読んだうえで、5W1Hを基本に自分のなりに問いを立て、それに対して自身の考えを述べるというのが、オーソドックスなやり方ではないかと思います。

感想文のヒントは、上に挙げた通りです。

『白』の朗読音声

『白』の朗読音声は、YouTubeで聞くことができます。

最後に

今回は、芥川龍之介『白』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

青空文庫にもあるので、ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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