純文学の書評

【小川洋子】『博士の愛した数式』のあらすじ・内容解説・感想

『博士の愛した数式』は、第1回本屋大賞を受賞して映画化もされた作品です。英語版が出版され、海外でも愛されている作品です。

今回は、『博士の愛した数式』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『博士の愛した数式』の作品概要

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新潮社
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著者小川洋子(おがわ ようこ)
発表年2003年
発表形態雑誌掲載
ジャンル中編小説
テーマ慈愛

『博士の愛した数式』は、2003年に文芸雑誌『新潮社』(7月号)で発表された小川洋子の中編小説です。

数学と野球を通して繋がるシングルマザーの「私」とその息子の「ルート」、記憶が80分しか持続しない元数学教師「博士」の暖かな日常が描かれています。

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『博士の愛した数式』は、2006年に映画化されました。小説では家政婦の「私」の目線から語られていますが、映画では中学校の数学教師になった29歳のルートが語り手です。

小説ではあまり語られない博士と未亡人の関係も描かれていて、小説とは違った角度で楽しめる作品です。

著者:小川洋子について

  • 1962年岡山県生まれ
  • 早稲田大学文学部文芸科卒業
  • 『揚羽蝶が壊れる時』でデビュー
  • 『妊娠カレンダー』で芥川賞受賞

小川洋子は、1962年に生まれた岡山県出身の小説家です。早稲田大学文学部文芸科卒業後、1988年に『揚羽蝶(あげはちょう)が壊れる時』で海燕(かいえん)新人文学賞を受賞しました。

1991年には『妊娠カレンダー』で第104回芥川賞を受賞し、一躍有名作家となりました。同時代作家の吉本ばななと並んで評価されることが多い作家です。

『博士の愛した数式』のあらすじ

「私」が家政婦として派遣されたのは、記憶が80分しか持たない数論専門の元大学教師の家でした。変わり者の博士に戸惑いながらも、私と博士は距離を縮めていきます。

そして、博士に言われるままに私は10歳の息子を博士の家に連れて行きます。すると、博士は息子のことを「ルート」と名付け、孫のように可愛がりました。数学や野球の話題を軸に3人は仲を深めますが、幸せな日々は長くは続かないのでした。

登場人物紹介

家政婦として博士の家で働くことになった、30歳手前のシングルマザー。変わり者の博士少しずつ中を深めていく。

博士

交通事故で、記憶を80分しか維持できなくなった64歳の元大学教師。定職についておらず、数学雑誌の問題を解いて懸賞金を得ている。ルートを可愛がる。

ルート

「私」の10歳の息子。頭のてっぺんが平らであることから、博士に「ルート」と名付けられた。素直で賢い子供。

未亡人

博士の兄の妻。母屋に住んでおり、離れに住んでいる博士に関わろうとしない。

『博士の愛した数式』の内容

この先、小川洋子『博士の愛した数式』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

悲しくも暖かい物語

元数学教師の家

シングルマザーで家政婦の「」は、あるとき組合から元大学教師の老人の家に派遣されます。

依頼主は上品な老婦人(未亡人)で、亡き夫の弟の世話をしてほしいとのことでした。交通事故で記憶が80分しか持たないその老人を、私は「博士」と呼ぶようになりました。

博士は変わり者で、「僕の記憶は80分しか持たない」というメモを筆頭に、背広の至るところにメモを張り付けています。また、考え事をしているときに話しかけると機嫌を損ねてたり、食事も子供のように食べ散らかしたりします。

しかし、私は博士の行動パターンを理解し受け止めることで、徐々に博士と打ち解けていきます。特に、私は博士が教えてくれる数学の世界に魅力を感じるようになっていきました。

私とルートと博士

ある日、博士は私に10歳の息子がいることを知ります。そして、「子供を1人にしてはいけない」と言い、博士は息子家に通わせるように言いました。息子を初めて見た博士は、息子の平らな頭を見て「√(ルート)」と名付けました。

ルートは算数の宿題を博士とやったり、阪神の話をしたりして、博士にすぐに懐きました。ルートと博士は友人のような関係になり、そこに私も加わって平和な日々を過ごしました。

オイラーの公式

あるとき私とルートは、野球の試合を見たことがないと言う博士を、阪神の試合に連れて行きました。試合を楽しんだ博士でしたが、博士はそれをきっかけに熱を出してしまいます。私は、仕方なく泊まり込んで看病をしました。

後日、私は組合長から呼び出され、博士の家の担当を外されてしまいました。私が博士の家に泊まったことを知った未亡人の意向でした。

仕方なく、私は新しい派遣先で仕事をしていましたが、あるとき組合から連絡が入ります。ルートが放課後に博士に家に遊びに行ってしまい、そのことで未亡人が怒ったのでした。

未亡人は、「何か意図がおありなのですか?」「お金ですか?」と激しく私を問い詰めます。それを聞いていた博士は、オイラーの公式を書いたメモをテーブルの上に置きました。それを見た未亡人は、徐々に落ち着きを取り戻していきました。

別れ

ほどなくして、私は組合から博士の家に戻るよう言われ、博士の家の家政婦に復帰しました。博士が多額の懸賞金を手に入れたことや、ルートが11歳の誕生日を迎えたことを3人で祝いましたが、別れは突然やって来ます。

博士の障害が進行し、博士は施設に入ることになったのです。その後、私とルートは博士が亡くなるまで定期的に博士に会いに行きました。

ルートは中学生になり、高校生になり、大学に入って膝をケガするまで二塁手として活躍しました。私が「ルートは中学校の採用試験に合格したんです。来年の春から、数学の先生です」と報告すると、博士は身を乗り出してルートを抱きしめました。

『博士の愛した数式』の解説

博士の愛した数式は?

eπi + 1 = 0

この数式は「オイラーの公式」というものです。「私」と未亡人が口論になったとき、博士が書きました。これを見た未亡人は冷静になり、私のクビを撤回します。

激昂していた未亡人を一瞬で落ち着かせる効力を持っているこの公式は、博士と未亡人にとって重要な意味のあるものであると言えます。よって、このオイラーの公式が「博士が愛した数式」なのだと思います。

語られない物語

博士の早世した兄の妻が未亡人なので、博士と未亡人は義弟と義姉の関係です。博士の兄が亡くなる前から2人には関係があり、兄が亡くなってからも2人は結婚することなく過ごしていました。

しかし、穏やかな日々は長続きせず博士と未亡人は交通事故に遭ってしまい、そこから生活は一変してしまいました。

未亡人はケガを負ってしまい、記憶障害をわずらってしまった博士の生活の手助けをしてもらうべく、未亡人は家政婦を雇い「私」は博士の家に派遣されたのでした。

 

未亡人は博士のことを「義弟」と呼び、冷たくしているように見えます。しかし、私が「未亡人は博士の生活に介入している自分に嫉妬しているのでは?」と感じているように、未亡人はしっかり博士のことを想っています。

同時に、80分しか記憶が持たない博士も未亡人のことは覚えています。このように、私とルートと博士の物語の裏には、語られないけれど壮大な博士と未亡人の愛の物語が隠されています。

佐々木亜紀子「シングルマザー物語としての『博士の愛した数式』:家政婦という装い(岩下紀之教授退職記念)」(『愛知淑徳大学国語国文』2018年3月)

『博士の愛した数式』の感想

数学が嫌いな人に読んでほしい!

「双子素数」「整係数三次形式」「代数的整数論」など、本作には数学を専門に勉強していない人にはなじみのない単語が登場します。

しかし、博士は「私」やルートにも分かるようにかみ砕いて説明してくれるので、読みにくさを感じることはありませんでした。

私は数学があまり好きではありませんでしたが、中学生の時に本作を読んで「数学って面白いかも」と数学に興味を持ちました。

220:1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110=284
220=142+71+4+2+1:284
「正解だ。見てご覧、この素晴らしい一続きの数字の連なりを。220の約数の和は284。284の約数の和は220友愛数だ。滅多に存在しない組み合わせだよ。フェルマーだってデカルトだって、一組ずつしか見つけられなかった。神の計らいを受けた絆で結ばれた数字なんだ。美しいと思わないかい?君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事なチェーンでつながり合っているなんて」

これは、博士が「異なる2つの自然数の組で、自分自身を除いた約数の和が、互いに等しくなる数」である友愛数の説明をしている場面です。

友愛数の概要を説明されただけでは、「ふーん、そうなんだ」と思うだけです。しかし、博士にこのように説明されると、確かに220と284は奇跡的な組み合わせに感じられますし、神が生み出した聖なるものをのぞき見したような気分になります。

博士に数学の世界を見せてもらうことで、ただの数字の羅列が一寸も狂わない秩序正しいもので、ミステリアスな美しいものに見えてくるのです。

 

ギリシアの哲学者たちは、数字に美を見出していますが(黄金比、ピタゴラスの定理など)、私は「数字に美しさなんかあるものか」と思っていて、それを全く理解できませんでした。しかし博士の説明を聞いて、その規律の正しさに心を打たれました。

今まで閉じていた扉が開かれるような感覚に陥ったので、ぜひ数学が苦手な人に読んでほしいです。数字に対する意識が変わります。

いろいろな愛

『博士の愛した数式』は、愛であふれている小説だと感じました。性愛ではなく、慈愛に満ちています。まずは、「私」の博士への愛です。雷雨の中キャンプに行ったルートを心配する私は、「彼(博士)の背広の袖口を握りしめた」とあります。

一方で、博士は食事の支度をする私を見つめて、「君が料理を作っている姿が好きなんだ」と言いました。

30代と60代という設定を除けば、年頃の男女の睦(むつ)みが描かれているように受け取れます。私はそこに、信頼や感謝の愛が描かれているように感じました。

 

また、博士はルートを私以上に心配し、可愛がっています。まるで孫を思う祖父のようです。

博士は記憶が80分しか続かないため、とっくに引退した江夏豊(えなつ ゆたか)という野球選手がいまだに現役で活躍していると思っています。

江夏が引退したことを知って博士が傷つかないように、ルートは江夏がまだ活躍している体で話を合わせます。そうしたところに、ルートの博士への愛を感じます。

 

さらに、私は父親がいないルートを大切にしています。ルートも、幼少期から「ママは美人だから大丈夫だよ」と私を励ましていることが示されていて、母親である私のことを支えてきたことが読み取れます。

また、直接書かれてはいませんが、未亡人の博士への愛もくみ取れます。博士が施設に入所することを心配した私に対して、未亡人は「私がおります。義弟は、あなたを覚えることは一生できません。けれど私のことは、一生忘れません」と言いました。

ここに、何となく「私」をけん制する雰囲気が感じられます。思い返せば、事故のせいで職を失ってしまった博士を、影ながら支え続けたのは未亡人です。博士も、かつて恋愛関係だった未亡人のことは忘れないので、2人の愛の深さは相当なものです。

 

本作の言葉を借りるならば、愛が「レースの編み目」のように張り巡らされているのが『博士の愛した数式』なのだと思いました。

最後に

今回は、小川洋子『博士の愛した数式』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

初めて『博士の愛した数式』を読んだのは、中学生の時でした。朝読書の10分間にコツコツ読んでいたので、読み切るのに1か月ほどかかったと記憶していますが、久しぶりに読み返したら3時間足らずで読めてしまいました。

「私」と博士とルートの日常を、1行も落とさずに見守りたいと思ったからです。読者をそういう気持ちにさせる力が、この小説にはあると思います。読み終えた後に胸がじんわりと暖かくなる小説なので、ぜひ読んでみて下さい!

ABOUT ME
yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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