純文学の書評

【江戸川乱歩】『黒蜥蜴』あらすじ・内容解説・感想

子供のころに『黒蜥蜴(くろとかげ)』を愛読した三島由紀夫は、それをもとに戯曲を書きました。そして、それは現代に至るまで演じ続けられている名作です。

今回は、江戸川乱歩『黒蜥蜴』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『黒蜥蜴』の作品概要

著者江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)
発表年1934年
発表形態雑誌掲載
ジャンル中編小説
テーマ探偵小説

『黒蜥蜴』は、1934年に雑誌『日の出』(1月号~12月号)で連載された江戸川乱歩の中編小説です。

美人盗賊・黒蜥蜴と、乱歩作品おなじみの明智小五郎の対決が描かれています。三島由紀夫の戯曲(脚本)を元に、2回映画化されています。ドラマは、原作に脚色が加えられたものが多いです。

著者:江戸川乱歩について

  • 推理小説を得意とした作家
  • 実際に、探偵をしていたことがある
  • 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した

江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表し、デビューしました。

その後、乱歩は西洋の推理小説とは違うスタイルを確立します。「新青年」からは、夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。

『黒蜥蜴』のあらすじ

東京のあるクラブで、黒蜥蜴と呼ばれる美女が踊っています。彼女の正体は、美しいものに目がない盗賊でした。

あるとき黒蜥蜴は大阪の令嬢に目を付け、令嬢の誘拐を計画します。しかし、そんな黒蜥蜴を邪魔するのは、私立探偵の明智小五郎です。黒蜥蜴と明智は、壮絶な攻防戦を繰り広げます。

登場人物紹介

黒蜥蜴(くろとかげ)

圧倒的な美貌を持つ女盗賊。宝石を収集する盗賊団をまとめている。大胆不敵で手段を選ばず、一度狙ったものは手に入れるまで追い続ける。

明智小五郎(あけち こごろう)

数々の難事件を解決してきた私立探偵。本作では、岩瀬の依頼を受けて身辺警護をしている。

雨宮潤一(あめみや じゅんいち)

恋人と恋敵を殺害した青年。「山川健作」になりすまし、黒蜥蜴の部下として動いている。

岩瀬早苗(いわせ さなえ)

大阪で宝石商をしている岩瀬庄兵衛の令嬢。その美しさゆえに、黒蜥蜴のターゲットとなる。

『黒蜥蜴』の内容

この先、江戸川乱歩『黒蜥蜴』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

エログロ探偵小説

謎の美女

クリスマスイブの午前1時ごろ、東京のあるクラブでは一糸まとわぬ美女が踊っています。彼女を取り囲む男たちは、その華やかさと美しさに酔いしれます。

彼女の左腕には蜥蜴の黒い刺青があり、腕の動きに合わせて這っているようです。そのため、彼女は「黒蜥蜴」と呼ばれていました。

踊りが終わると、黒蜥蜴は一人の青年のもとに向かいます。潤ちゃんと呼ばれたその青年は、黒蜥蜴にあるお願いがあってやって来たのでした。

 

雨宮潤一というその青年は、恋人と恋敵を殺してしまったため、逃げるための費用を黒蜥蜴に工面(くめん)してもらおうと考えていました。

それを聞いた黒蜥蜴は、「もっとうまい方法があるといいんだけれど」と言い、「あんたという人間を殺してしまえばいいのよ」と不敵な笑みを浮かべました。

死体泥棒

黒蜥蜴は、雨宮をある大学に連れて行きます。そこには、強烈な消毒液の匂いが立ち込めています。黒蜥蜴は、「あんた何を見ても、声を立てたりしちゃいけませんよ」と念を押しました。

真っ暗な部屋を、黒蜥蜴の持つ懐中電灯が照らします。そして、なにやら人間の足らしきものが照らし出されました。雨宮は「この部屋で誰かが寝ているのだ」と思いました。

しかし、がっくりと落ちたあごや、開いた口、見開いた眼球を見て、すぐに死体だと気づきます。「ここは、解剖実験用の死体置き場なのよ」と黒蜥蜴は平然として言いました。そして黒蜥蜴は、「山川健作博士」の死体を雨宮の身代わりにするべく、死体を盗みました。

少女誘拐

その日の明け方、緑川夫人はKホテルに向かいます。そして、連れの山川健作と部屋に入ります。

2人きりになると、緑川夫人は「潤ちゃん、あんたは死んでしまったのよ。あんたという新しい人間は、あたしが生んであげたんだから、どんな命令にも背けないのよ」と言いました。

そして、黒蜥蜴は緑川という名前でホテルを借りている事や、美しいものが大好きだということ、そして美しい大阪の宝石商・岩瀬商会の娘である岩瀬早苗を誘拐しようとしていることを明かしました。

岩瀬はKホテルに滞在していて、岩瀬には私立探偵の明智小五郎が護衛としてついているのだと言います。それも黒蜥蜴の計算通りで、黒蜥蜴が正々堂々と戦うため、「早苗を誘拐する」という手紙を岩瀬宛に送っていたのでした。

 

次の日、山川(雨宮)宛に大きなトランクが届きました。中には、布に包まれた石が詰まっていました。黒蜥蜴は、石を窓の外へ放り出して、布をベッドの間にしまいます。黒蜥蜴は、早苗をトランクに入れて誘拐しようというのです。

そして、黒蜥蜴は緑川夫人として難なく岩瀬に接近し、岩瀬が明智との会話に夢中になっている間に、早苗を部屋に連れ込みます。5分ほどして部屋から出てきたのは、早苗でした。

しかし、胸は少し張り、背も心なしか早苗より高く見えます。それは、早苗に変装した黒蜥蜴だったのです。

 

早苗に変装した黒蜥蜴は、岩瀬に睡眠薬を盛って眠らせ、再び緑川夫人に戻ります。その間に、雨宮はトランクに詰められた早苗を運びました。

しかし、明智によってトリックを暴かれ、明智の部下の青年が早苗を連れて帰ってきました。黒蜥蜴は、明智からピストルを奪い、逃亡します。

犯人を逃がしてしまった明智は、必ず黒蜥蜴を捕まえてみせると意気込むのでした。

海路での逃亡

早苗の誘拐を諦めない黒蜥蜴は、部下を送って今度は早苗を大阪の邸宅にいた早苗を捕えます。黒蜥蜴は、人間椅子(椅子の中に人間を隠し、持ち去るというトリック。乱歩の作品に同タイトルのものがある)を使って、早苗を連れ去りました。

そして黒蜥蜴は、「早苗の命が惜しければ、エジプトの星(岩瀬家の至宝のダイヤモンド)を通天閣の展望台に持参せよ」と連絡します。岩瀬からエジプトの星を奪った黒蜥蜴は、長椅子とともに船に乗り込み、私設美術館のある東京へ向かいます。

 

黒蜥蜴は、人間椅子から出た早苗と話をします。しかし、初めはあれほど取り乱していた早苗が、落ち着きを払っているのを不審に思った黒蜥蜴は、明智がこの船に乗っていることを見抜きます。

そして、人間椅子の中に明智が隠れていることに気づいた黒蜥蜴は、椅子を海に投げ入れました。最後の頼みの綱を失った早苗は、しくしくと泣き始めます。

黒蜥蜴は早苗をいさめますが、黒蜥蜴自身も、ライバルを失ったからか、もっと別の理由があるからか、不思議な悲しみを感じて泣き出してしまうのでした。

美術館の不思議

黒蜥蜴の美術館は、東京湾の埋め立て地にある廃倉庫の地下にありました。そこには、宝石や美術品が数多く並んでいます。さらに、人間のはく製や美青年を監禁する檻、溺れる人間を観察するために大水槽などを、黒蜥蜴は自慢げに早苗に見せます。

そんな時、美術館の中ではおかしなことが起こります。数々のはく製が、飾られていた宝石を身に着けていたり、早苗の服を身に着けているのです。そんなとき、職工服を着た雨宮が「明智名探偵の勝利――岩瀬早苗嬢無事に帰る」というタイトルの新聞記事を見せました。

記事には、「昨日21日に早苗が帰った」とありましたが、そのとき早苗は黒蜥蜴と一緒に船に乗っていました。混乱した黒蜥蜴は、早苗と同じ檻にいる全裸の美青年のもとに行きます。

 

しかし、青年の顔を見た黒蜥蜴は度肝を抜かれます。なんと、それは雨宮だったのです。そして全裸の雨宮は、昨日の夜に火夫の松公(まつこう)に襲われ、松公が自分に変装したのだと黒蜥蜴に訴えました。

松公は、「君はもう、僕が誰だか知っているでしょう」と堂々とした口調で言います。黒蜥蜴はその声に聞き覚えがあり、「あなたは明智さんでしょう」と青ざめて言うのでした。

種明かし

実は、明智は火夫の松公を捕えて長椅子に閉じ込め、身代わりにしていました。さらに、黒蜥蜴が早苗だと信じていた娘は明智の「親友」で、全くの別人でした。

種明かしをする明智に、黒蜥蜴の部下が襲い掛かります。そのとき、ショーウィンドウではく製のように固まっていた人間が動き出し、ガラスを割って出てきました。彼らは、明智が呼んだ警官だったのです。

黒蜥蜴は、素早い身のこなしで部屋に逃げ、中から鍵を閉めました。そして、惨めに捕まるのだけはよそうと、自ら命を絶とうとします。それに気づいた明智は、黒蜥蜴の部屋に行きました。黒蜥蜴は、「明智さん1人なら」と明智を部屋に入れます。

 

黒蜥蜴は、自分に毒を盛って倒れていました。明智が黒蜥蜴を抱きかかえると、「あなたに負けましたわ。なにもかも」と涙を流します。そして、「たった一つのお願い聞いて下さいません?あなたの唇を……」と言いました。

明智は、冷たくなった黒蜥蜴の額にキスをしました。腕の蜥蜴が、かすかに動いたように見えました。

『黒蜥蜴』の解説

派手な黒蜥蜴

『黒蜥蜴』は、視覚的な派手さが特徴的な作品です。黒蜥蜴の登場シーンでは、まず紙吹雪が舞うにぎやかなクラブの様子が描かれます。そこに、真っ黒なイブニングに身を包み、帽子や手袋、靴に至るまですべて黒で統一された黒蜥蜴がやって来ます。

さらに、黒蜥蜴は豪華な宝石類以外を脱ぎ捨て、真っ白な肌を見せつけながら踊り始めます。この黒から白への転換は、非常に官能的です。

それ以外にも、黒蜥蜴は男装をしたり少女になったり、華やかな装いで読者を魅了します。乱歩がこのように視覚に訴える手法をとったのは、世の中の動きについていけなくなったことが関係しています。

 

乱歩は、大正時代に和風デカダンス(非道徳、非社会的であること)あふれる作品で人気を博しました。ところが昭和に入って世の中がどんどん西洋化してくると、和風デカダンスは受け入れられなくなります。

海外へ行ったことがなく、洋式のライフスタイルに馴染みのなかった乱歩は、舞台衣装的な豪華さで、読者の心を掴んだのでした。

堀江 珠喜「黒蜥蜴」(繊維製品消費科学 2000年 5月25日)

『黒蜥蜴』の感想

黒蜥蜴の魅力

『黒蜥蜴』は、乱歩の作品の中で、唯一女性の盗賊が出てくる小説です。高貴な夫人のような優雅さとしとやかさを兼ね備えた黒蜥蜴が、男性を差し置いて大胆に動くところに心を掴まれます。たまに「僕」と自称するところも、宝塚っぽいところがあって好きです。

この小説の面白いところは、黒蜥蜴が人間味に溢れているところです。ライバルである明智にいつの間にか恋をしていたり、無意識に恋をしていた相手を海に沈めた時に思わず泣いてしまったり、犯罪者ではありながらも人間の心を忘れていないところが魅力的でした。

また、このように大衆向けに書かれた乱歩の作品は、推理小説であるのに非常に分かりやすいです。推理小説となると、どうしても登場人物が多くなったり、利害が入り組んで複雑になりがちですが、乱歩の小説はすっきりしていて読みやすいです。

ちょっと状況がこみ入ったときは、必ず語り手が解説してくれて分かりやすいので、普通の推理小説に苦手意識を持っている人にぜひおすすめしたいです!

 

以下にご紹介するのは、角川文庫から出ている『黒蜥蜴と怪人二十面相』です。乱歩作品の中でも、特に人気のある『黒蜥蜴』と『怪人二十面相』が収録されているので、1冊持っておいて損はないと思います。

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『黒蜥蜴』の英語版

『黒蜥蜴』と『陰獣』が収録された英語版です。英語で読むと、また違った感想が得られると思います。Kindle United会員は無料で読めます。

最後に

今回は、江戸川乱歩『黒蜥蜴』のあらすじと感想をご紹介しました。

乱歩が「トリッキイでアクロバティックな冒険物語」と言っているように、何度も仕掛けられる黒蜥蜴の巧妙なワナと、それを見破る明智のやり取りがたまらなく面白い小説です。ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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