純文学の書評

【芥川龍之介】『アグニの神』のあらすじと内容解説・感想

誘拐された娘を救い出すというシンプルな筋書きと、「危険な街」である上海を舞台とした異国情緒あふれる世界が広がる『アグニの神』。

今回は、芥川龍之介『アグニの神』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『アグニの神』の作品概要

著者芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)
発表年1921年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ勧善懲悪

『アグニの神』は、1921年に児童雑誌『赤い鳥』(1月号~2月号)で発表された芥川龍之介の短編小説です。大正期の上海を舞台に、怪しげなインド人の占い師と誘拐された少女を中心として物語が展開されます。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

ちなみに、『アグニの神』には元となっている作品が存在します。それは、芥川が1919年に発表した『妖婆』という作品です。『アグニの神』は『妖婆』の童話版という位置づけです。

著者:芥川龍之介について

  • 夏目漱石に『鼻』を評価され、学生にして文壇デビュー
  • 堀辰雄と出会い、弟子として可愛がった
  • 35歳で自殺
  • 菊池寛は、芥川の死後「芥川賞」を設立

芥川龍之介は、東大在学中に夏目漱石に『鼻』を絶賛され、華々しくデビューしました。芥川は作家の室生犀星(むろう さいせい)から堀辰雄を紹介され、堀の面倒を見ます。堀は、芥川を実父のように慕いました。

しかし晩年は精神を病み、睡眠薬等の薬物を乱用して35歳で自殺してしまいます。

芥川とは学生時代からの友人で、文藝春秋社を設立した菊池寛は、芥川の死後「芥川龍之介賞」を設立しました。芥川の死は、上からの啓蒙をコンセプトとする近代文学の終焉(しゅうえん)と語られることが多いです。

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『アグニの神』のあらすじ

中国・上海。インド人占い師の老婆が住むという家の2階から、1人の娘が外を見ています。その姿を見た遠藤は、自身が仕える主人の娘の妙子に違いないと思いました。遠藤は妙子を助けに行きますが、妙子は老婆に捕らわれていました。

遠藤は、その夜に妙子が老婆の家からの脱出を試みていることを知ります。そして、遠藤もその様子を見守ることにするのでした。

登場人物紹介

老婆

インド人の占い師。アグニの神を妙子に乗り移させ、神の発言をもとに占いをしている。地元の人々からは気味悪がられている。

妙子(たえこ)

老婆に誘拐され、アグニの神の憑代(よりしろ。神霊が憑依する対象)にされている日本領事の娘。老婆からは恵蓮(えれん)と呼ばれている。

アグニの神

インドの火の神。妙子に乗り移って予言をする。

遠藤

香港の日本領事に仕える青年。領事の娘で行方不明中の妙子を探している。

『アグニの神』の内容

この先、芥川龍之介『アグニの神』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

勧善懲悪

怪しい老婆

上海のとある家の薄暗い2階で、インド人の占い師の老婆とアメリカ人の商人が話をしています。商人は老婆に占いをしてほしいと交渉し、帰っていきました。

商人が帰った後、老婆は恵蓮という娘を呼んで「今夜アグニの神へお伺いを立てるからそのつもりでいろ」と言いました。老婆の言葉を聞いていた恵蓮は、窓の外を見ていました。

ちょうど同じころ、その家の前を通った日本人の青年は、家の2階を外をながめる娘の姿を認めます。遠藤というその青年は、とっさに彼女の元へ向かいます。遠藤は、その娘が自身が仕える主人の娘の妙子だと確信したのです。

遠藤はピストルを老婆に突きつけて妙子を返すように言いますが、老婆はひるみません。しまいに、老婆は自身の魔力を使って遠藤を追い出してしまいました。

救済

その日の深夜、遠藤は老婆の家の前にいました。すると、2階から紙切れが落ちてきます。そこには、妙子の字で老婆に関することが書かれていました。

「お婆さんは、妙子の身体にアグニの神を乗り移らせて神の予言を聞きます。その間、私は気が遠くなって死んだようになってしまうのです。しかし今夜は、私を解放するようにアグニの神の真似をして老婆に伝えます。これ以外に逃げ出す道はありません」

 

そうしているうちに、老婆は呪文を唱え始めました。遠藤は、部屋のカギ穴からその様子を見ています。「アグニの神、アグニの神、どうか私の申すことを御聞き入れ下さいまし」と老婆が言うと、妙子は荒々しい男の声で話始めました。

「いや、おれはお前の願いなぞは聞かない。お前は憐れな父親の手から、この女の子を盗んで来た。もし命が惜しかったら、明日とも言わず今夜の内に、早速この女の子を返すが好い」

実際にはアグニの神が話していましたが、老婆は妙子が神の声を使って話しているのだと思いました。

 

そして、老婆はナイフを持って妙子に襲いかかります。慌てて部屋のドアをこじ開けた遠藤は、老婆が自身の胸にナイフを突き立てて死んでいるのを見つけます。

「遠藤さんが殺したの?」と聞く妙子に、遠藤は「私が殺したのじゃありません。あの婆さんを殺したのは今夜ここへ来たアグニの神です」と言いました。

『アグニの神』の解説

老婆とアグニの神の力関係

山脇氏(参考)は、「老婆が神に従っているのではなく、神が老婆に従っているのでは?」という問いを立てて論を展開しています。

その切り口として、妙子の「(中略)時々真夜中ニ私ノ体ヘ、『アグニ』トイフ印度ノ神ヲ乗リ移ラセマス。」という発言を挙げています。これは、妙子が遠藤に宛てた紙に書かれていた言葉です。

「乗リ移ラセマス」というところから、「老婆が神の意思に関係なく思い通りに神を操作している」というニュアンスが読み取れるのです。つまり、これは神よりも老婆の方が立場が上である根拠となるのです。

 

しかし、山脇氏は神の老婆に対する「見捨てようと思っている」という言葉に着目しています。「見捨てる」という言葉は、上位の者が下位の者にいうからこそ効力がある言葉で、逆に上位の者が下位の者に「見捨て」られても痛くもかゆくもありません。

そのため、上位が神・下位が老婆という力関係であると推測できます。

山脇 佳奈「芥川龍之介の童話「アグニの神」ー信仰心と国を渡る神」(「清心語文(8)」2006年7月)

大正期の上海

『アグニの神』は、国際色の豊かさが特徴的な作品ですが、これは現実をどれくらい反映させたものなのでしょうか。大正期の上海の状況についてご紹介します。

人種

アヘン戦争終結の3年後の1845年、イギリス人居住区が上海にできました。また、1848年にアメリカが土地を租借(そしゃく。外国の領土の特定地域を一定の期間統治すること)したため、アメリカ人も上海に住み始めます。

さらに、当時の上海に関する資料にはインド人についての記載もあり、上海にアメリカ人とインド人がいる状況は不自然ではないことが分かります。

治安

魔都としての上海の治安の悪さは、広く知れ渡っている事実でした。『アグニの神』は、金欲しさに人を殺し、誘拐がさして特別なことではない上海を舞台にしているのです。

これは、妙子を誘拐して憑代として利用している作中の怪しげな世界観とマッチします。

また当時は、外国人居住区に住むイギリス人や日本人などが正規の警察の補佐を行っていました。そのため、遠藤がピストルを所持しているというのも事実にのっとった描写であることが分かります。

張 宜樺「芥川龍之介「アグニの神」論 : 神を超えた「運命の力」」(「三田國文 (45)」2007年9月)

『アグニの神』の感想

エキゾチック

舞台が支那(しな。中国)、インド人の老婆、アメリカ人商人、日本人の男女と、国際色の強さが印象的な作品だと思いました。この異国情緒があふれる感じが、いつの時代のどこという設定があいまいなカオス作品・谷崎潤一郎『魔術師』をほうふつとさせます。

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また、私は老婆の神に畏敬の念を抱いていると感じさせる言動から、「明らかに神の方が立場が上だろう」と思って読んでいました。しかし、解説でご紹介した山脇氏の論文では、老婆の方が立場が上である可能性が指摘されており、興味深かったです。

老婆は人間の力を超えた魔術を使える人物であり、その力が神をおびやかしているのです。この、神が超人的な能力を持つ人間に束縛される構図から思い出したのは、「守り人」シリーズや『鹿の王』の著者・上橋菜穂子さんの『孤笛のかなた』です。

この物語には、本来神として存在している霊狐(れいこ)が、呪者の使い魔にされているという設定があります。

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最後に

今回は、芥川龍之介『アグニの神』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

青空文庫にもあるので、ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人1年生。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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