純文学の書評

【三島由紀夫】『金閣寺』のあらすじ・内容解説・感想|名言付き

『金閣寺』は、1950年に実際に起きた金閣寺放火事件が題材となっている作品です。犯人の人物像や動機に対して、三島が自身の見解を絡めて書きました。

今回は、三島由紀夫『金閣寺』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『金閣寺』の作品概要

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新潮社
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著者三島由紀夫(みしま ゆきお)
発表年1956年
発表形態雑誌掲載
ジャンル長編小説
テーマ美への嫉妬

『金閣寺』は、1956年に文芸雑誌『新潮』(1月号~10月号)で連載された三島由紀夫の長編小説です。金閣寺の美に嫉妬した僧が、金閣寺に放火する経緯が描かれます。

1950年に実際に起きた金閣寺放火事件が元になっています。新潮社から単行本が出版され、発行部数15万部のベストセラーとなりました。1958年から3回に渡って映画化されています。

著者:三島由紀夫について

  • 小説家、政治活動家
  • ノーベル文学賞候補になった
  • 代表作は『仮面の告白』
  • 割腹(かっぷく)自殺した

三島由紀夫は、東大法学部を卒業後に財務省に入省したエリートでしたが、のちに小説家に転向します。ノーベル文学賞候補になったこともあり、海外でも広く認められた作家です。同性愛をテーマにした『仮面の告白』で一躍有名になりました。

皇国主義者の三島は、民兵組織「楯の会」を結成し、自衛隊の駐屯地で演説をした後に割腹自殺をしました。

『金閣寺』のあらすじ


主人公の吃音(きつおん。どもること)を持つ溝口は、幼い頃からいじめられていて消極的な性格に育ちます。父親から金閣寺の魅力を伝えられていた主人公は、実際に金閣寺を見た時に金閣寺が想像よりも美しくないことに落胆します。

しかし、同時に戦争で焼かれる金閣寺を想像し、その運命と自身の間に共通点を見出します。その後、孤独にさいなまれた僧はある決意をするのでした。

冒頭文紹介

『金閣寺』は、以下の一文からはじまります。

幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。

主人公の溝口が、金閣寺の美に支配されることとなった父の言葉です。

登場人物紹介

私(溝口)

主人公。生まれつき吃音を持っている。消極的な性格で、社会になじめていない。

有為子(ういこ)

裕福な家の美しい娘。溝口に女性への苦手意識を芽生えさせた。

鶴川(つるかわ)

溝口と同じく、金閣寺で修業をする青年。吃音を持つ溝口と仲良くしてくれる唯一の存在。

柏木(かしわぎ)

溝口の大学の友人。内反足(足が異常に曲がる障害)の持ち主だが、それを利用して多くの女性をもてあそんでいる。

『金閣寺』の内容

この先、三島由紀夫『金閣寺』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

金閣寺に嫉妬した僧の物語

美しくない金閣寺


溝口は、日本海側の田舎の貧しい寺に生まれました。そして、幼い頃から僧侶である父に「金閣ほど美しいものはこの世にない」と繰り返し聞かされます。

溝口は、まだ見ぬ金閣寺への期待を膨らませながら成長しました。溝口は体が弱いのに加えて、生まれつき吃音を持っていたため、周りの人からいじめられるような子供でした。

そのため、人と仲良くなれない極端な引っ込み思案になってしまいます。さらに、近所に住む有為子に「どもりのくせに」とののしられたことをきっかけに、女性に対して接しにくさを感じるようになります。

 

中学生になった溝口は、病弱の父にすすめられて、父の知人が住職をしている金閣寺で世話になることになります。溝口は金閣寺との対面を心待ちにしますが、実際に見た金閣寺は思ったより美しくなく、溝口はショックを受けます。

しかし、当時は戦時中であったため「金閣寺も自分も、共に空襲で焼け死ぬかもしれない」という考えに至り、滅びゆく美しさを金閣寺に対して感じるのでした。

また、溝口はそこで同じく金閣寺で修業する鶴川と出会います。彼は、溝口の吃音をばかにしない唯一の友達でした。

戦争も終わりかけたある日、溝口と鶴川は茶室に男女がいるのを見かけます。女は男に促されるまま、乳房から出る乳を彼のお茶に注ぎます。溝口の中で、その女と有為子が重なりました。

金閣寺の像


そして溝口は大学に入学し、そこで内反足の障害を持つ柏木という人物と出会います。溝口は吃音という障害を持っているため、柏木に親近感を覚えました。

しかし柏木は、障害を利用して女性を食い物にするような人物でした。溝口は、そんな柏木の生き方に疑問を持ちます。

そんな時、たった1人の親友だった鶴川が自殺してしまい、溝口はまた孤独な生活を送ることになります。

そして、溝口は柏木に1人の女を紹介されました。彼女は、茶室で見たあの女でした。2人は一緒に一晩を明かしますが、彼女の前に金閣寺の像が現れ、溝口は女に手を出すことができませんでした。

そしていつしか、溝口は金閣寺に憎しみを抱くようになります。その後、溝口は美しい女を目にすると金閣寺の面影を思い起こすことが増えました。

保護者との関係の悪化


ある日、溝口は自分の面倒を見てくれている金閣寺の僧が、芸者を連れて歩いているのを見かけます。尾行されたと勘違いした僧は、溝口を叱りました。

誤解が解けないまま月日が過ぎ、溝口は気が重くなって学校を休みがちになります。溝口が金閣寺で修行をしたり、大学に行けたのは老師のおかげだったため、彼に嫌われることは溝口の将来が危うくなることを意味しています。

そしてついに、溝口は僧から「お前を金閣寺の後継者にするつもりはない」と言われてしまいました。

 

溝口は家出して、遠くから金閣寺を眺めて「金閣寺を焼かねばならない」と思います。様子のおかしい溝口を心配した柏木は、鶴川が亡くなる前に柏木に送った手紙を見せます。

溝口は、仲良くしてくれていたはずの鶴川が自分には手紙をくれず、柏木にだけ送っていたことにショックを受けました。

そして溝口は、燃え盛る金閣寺を想像してその美しさに圧倒されます。そのあと、火をつけた溝口は山に登って火の粉の舞う夜空を眺めます。溝口は、タバコを吸いながら「生きよう」と思うのでした。

『金閣寺』の解説

なぜ『金閣寺』は手記なのか

『金閣寺』は、語り手による「語り」ではなく、手記という「書く」行為でつづられています。では、なぜ『金閣寺』では手記が採用されたのでしょうか?

吃音

溝口は、生まれつき吃音の症状を持っています。このことは、溝口が上手くコミュニケーションを取れないことを意味しています。溝口は円滑に話すことができませんが、書くことでなら自分の思いをスムーズに表現することができます。

そのため、溝口は「語り」という音声ではなく、「書く」ことを通じた文字で物語ることを選んだと言えます。

自分を見つめ直す

この手記は、日記と同じような感覚でしたためられています。そして日記には、「本来の自分を表出される」「自分と向き合う」「自己発見」というような効果があります。

 

日記は、基本的に人には見せないものです。読み手の存在を意識しないで書き連ねるため、日記にはその人らしさが色濃く出る傾向があります。

日記に、その日起こった出来事を時系列順に書くだけの人はあまりいないでしょう。どちらかというと、ある出来事に対して思うことや、自分の意見・考えることを書くことが多いのではないかと思います。

また、読み手を想定しているわけではない(読むのは自分だけ)なので、構成・時系列・分量などを無視し、筆の進むままにつづっていきます。つまり、余計な編集を経ていない、頭の中の生の言葉がそのまま表出されるというのが、日記特性です。

 

このようなプロセスを踏むと、自分でも知らなかった自分の姿を発見したり、新しい自分の顔を見つけられたりします。溝口は、手記に金閣寺を燃やすに至るまでをしたためることで、自分自身と向き合いたかったのかもしれません。

『金閣寺』では、金閣寺を燃やすまでの長い長い過程がつづられていて、肝心の金閣寺を燃やすところはさらっと書かれています。このことからも、溝口が金閣寺を燃やしたことではなく、燃やすに至った過程を重視していることが読み取れます。

アプレゲール犯罪

金閣寺放火事件は、1950年に当時21歳の大学生だった僧が起こした事件です。この火事で金閣寺は全焼し、再建されたのが今の金閣寺です。

犯人は、当初は金閣寺と心中するつもりでしたが、怖くなって山に逃げ、短刀で胸を刺して自殺を図るも死に切れず、逮捕されたのちに出所して肺炎で亡くなりました。

そして犯人は、動機として「美に対する嫉妬、社会への報復」を挙げています。ここまで見ると、三島がいかに事件を忠実に小説内で再現しているかが分かります。

唯一事実から分からないのは、放火に至るまでの犯人の心の動きです。「美への嫉妬、社会への報復→放火」という一見つながりにくい事柄を、三島が想像力をふくらませてさまざまなエピソードを盛り込み、自然に書き上げているのがさすがだと思いました。

 

事件が起きた1950年は、終戦から5年経ったとはいえ、まだまだ混乱が続いている時期でした。日本は負けたわけですし、アメリカの指導下に入ることになったので、当然これまでの価値観は破壊されてしまいます。

そんな混乱期には、道徳観や倫理観を欠いた若者による犯罪が起こり、それらは「アプレゲール犯罪」と呼ばれました。

金閣寺放火事件もそれに分類されます。「焼ける金閣寺が綺麗」という、常人には考えられない道理から外れた感覚の持ち主が犯人だからです。

 

社会的にはアウトですが、こうした犯罪には真新しさがあったり、常識では考えられないことが起こるので、こうした犯罪は面白い物語の恰好のネタだと思います。

三島は、他にもアプレゲール犯罪を題材にした作品(『青の時代』など)を書いているので、ぜひ読んでみてください。

『金閣寺』の感想

犯罪者側の気持ち

哲学的で、想像力をフルに働かせないとなかなか理解するのが難しい小説だと思いました。吃音というハンディキャップを背負っていて、それがきっかけで引っ込み思案な性格である主人公は、社会に対して不満を持っています。

そんな主人公になりきって読むと、「女性の美と金閣寺の美が重なり、自分は持つことのできないその絶対的な美に嫉妬する」という感覚がわかると思います。

いかに主人公に寄り添って読み進められるかが、「金閣寺」を読み解くカギになると思いました。

『金閣寺』の名言

主人公が「美」に対してコンプレックスを持っていることが表れている一文です。

『金閣寺』の朗読音声

『金閣寺』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。

最後に

今回は、三島由紀夫『金閣寺』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

この小説は事実に沿って描かれていますが、決定的に違う部分があります。それは、放火した後の犯人の行動です。

実際の犯人は、放火した後に短刀と睡眠薬を使って自殺を図ります。しかし、『金閣寺』の主人公はそれらを投げ捨ててタバコを吸い、「生きよう」と思うのです。この対照的な行動には意味があると思うので、今後検討しようと思います。

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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