純文学の書評

【太宰治】『俗天使』のあらすじと内容解説・感想

作品の制作過程において『女生徒』との関連が見られる『俗天使』。

今回は、太宰治『俗天使』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『俗天使』の作品概要

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著者太宰治(だざい おさむ)
発表年1940年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ書けないことを書く

『俗天使』は、1940年1月に文芸雑誌『新潮』で発表された太宰治の短編小説です。

著者:太宰治について

  • 無頼(ぶらい)派の作家
  • 青森の大地主の家に生まれた
  • マルキシズムの運動に参加するも挫折
  • 自殺を3度失敗

太宰治は、坂口安吾(さかぐち あんご)、伊藤整(いとう せい)と同じ「無頼派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。

青森の地主の家に生まれましたが、農民から搾取した金で生活をすることに罪悪感を覚えます。そして、大学生の時にマルキシズムの運動に参加するも挫折し、最初の自殺を図りました。この自殺を入れて、太宰は人生で3回自殺を失敗しています。

そして、『グッド・バイ』を書きかけたまま、1948年に愛人と入水自殺をして亡くなりました。

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『俗天使』のあらすじ

登場人物紹介

小説家。明後日までに「新潮」に20枚の短編を送らなければならず、執筆に取りかかる。

『俗天使』の内容

この先、太宰治『俗天使』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

私の貧しいマリヤ

陋巷の聖母

ミケランジェロ「最後の審判」の写真版を見つめながら家で食事をしていたは、食事を進められなくなりました。聖母が御子に寄り添い、御子への心からの信頼にうつむいてひっそりと静まる様子が、私の貧しい食事を中絶させてしまったのです。

明後日までに雑誌『新潮』に短編を送らなければならない私は、写真版をしまって部屋に引き上げ机に向かいました。しかし、聖母子を見てから自信を失った私は、煙草ばかり吸って書けずにいます。

やぶれかぶれで「私にも、陋巷の聖母があった」という言葉が浮かび、荻窪の下宿にいたときによく行った支那そばやの女中が食べかけのそばにこっそり卵を割り入れてくれたことや、盲腸を病んだ際に用いた薬品を医師に知られぬようもう一回分無償で分け与えてくれた看護師のことを書きました。

そこまで書いて、もう書ける思い出がなくなりあとは捏造するより他はないと思った私は、手紙を書くことにしました。

捏造された手紙

おじさん。サビガリさん。きょう夕方、お母さんが『女生徒』を読みたいとおっしゃっていました。私は、つい、「厭よ」って断りました。

きのうはお寺さんと買い物にまいりました。あたしは、お金入れと、それから口紅も買ったんだけれど、こんな話、やっばり、つまらない?どうしたのでしょうね。

私は、このごろ、とても気取って居ります。朝、目がさめて、きょうそこは、しっかりした意志を持ちつづけて悔いなく暮らそうと、誓ってお床から起き出すのですけど、朝御飯まで、とっても、もちません。

朝御飯のおいしそうな食卓を見ると、もうすっかりあの固い誓いが、ふっとんでしまっているのです。そして、ペチャペチャおしゃべりして、げびてまいります。だめだわね。

 

だらだら書いてみたが、せいぜいこんなところが私の貧しいマリヤかも知れない。私は、いま理由もなく不機嫌になるのでした。

『俗天使』の解説

「俗天使」とは

櫻田氏(参考)は、タイトルとなっている「俗天使」が意味することについて論じています。

『女生徒』との関連

論文では、太宰の一読者・有明淑の日記が『女生徒』の素材となったことに触れられ、その有明淑が太宰に送った手紙が『俗天使』に取り入れられていることが示されました。

そして『俗天使』の手紙の「私」は、『女生徒』の語り手とは異なり「つまらない?」「だめだわね」と「をぢさん」の反応を気にするようになってしまったことを指摘しています。

マリヤと手紙の「私」

ミケランジェロ「最期の審判」の写真版を見た本作の語り手は、聖母を「軽々しく、形容してはいけない」としたうえで自身の聖母(「陋巷のマリヤ」)として支那そばやの女中さん、丸顔の看護婦さん、語り手が湯治場を去るときに見送りに来た娘さんを挙げています。

作品の後半には「捏造」とされる手紙が登場し、最後は下記の文言で締めくくられます。

だらだらと書いてみたが、あまり面白くなかったかも知れない。でも、いまのところ、せいぜいこんなところが、私の貧しいマリヤかも知れない。実在かどうかは、言うまでもない。作者は、いま、理由もなく不機嫌である。

櫻田氏は、手紙の中の「私」が「貧しいマリヤ」ではなく「俗天使」ではないかと主張しました。ミケランジェロの聖母とイメージが重ねられた多くを語らない「陋巷のマリヤ」に対し、手紙の「私」は饒舌です。

さらに手紙の「私」は語り手の反応を気にする「御機嫌買い」であり、あれこれ語った上で結局語り手に小説のネタになる話を提供できませんでした。この姿は、書きたくないが書かなければならない語り手と重なります。

 

このことから櫻田氏は、手紙の「私」はかつて『女生徒』成立のヒントを与えたという点で語り手にとって天使であったが、今や語り手と同じ産みの苦しみを味わっている点で同じ(俗)であるため、自らの俗化を通して語り手に俗を告げる天使であるとしています。

櫻田 俊子「太宰治『俗天使』論:『捏造』された手紙の問題」(「日本文学誌要 69」法政大学国文学会 2004年3月)

『俗天使』の感想

少女のエッセンス

後半の手紙の部分に関して、『女生徒』に引き続き女性が乗り移ったような感情表現だと感じましたが、女性読者の手紙がベースにあると知り合点がいきました。特に、買ったお金入れについて語った下記引用部は少女ならではの着眼点だと思いました。

(略)(あたしこれを買う時に、お金入れを顔に近づけてみましたの。そしたら、口金にあたしの顔が小さく丸く映っていて、なかなか可愛く見えました。ですから、これからあたしは、このお金いれを開ける時には、他の人がお金入れを開ける時とは、ちがった心構えをしなければならなくなりました。開ける時には、必ずちらと映してみようと思っています。)

球体に移る、鏡で見るのとは違う丸くゆがんだ自分の姿。そしてそれが可愛く見えたこと。これからお金入れを開ける時には必ず映してみようと思ったこと。

誰にも知られないし言わないマイルールをひそかに、大切に持つ可愛らしい少女の姿が浮かび上がってきました。

宗教画の話、語り手が出会った女性の話、書けないことを書く語り手と、小難しくあまり前向きでない雰囲気の作品という印象でしたが、後半の手紙によってそのイメージが払しょくされました。手紙が挿入されることで、印象が前後半で異なる作品です。

最後に

今回は、太宰治『俗天使』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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