硫酸をかけられたことにより、石榴がはぜたように無残に傷ついた死体が登場する『石榴』。
今回は、江戸川乱歩『石榴』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『石榴』の作品概要
著者 | 江戸川乱歩(えどがわ らんぽ) |
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発表年 | 1934年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 探偵小説 |
『石榴』は、1934年に文芸雑誌『中央公論』(9月号)で発表された江戸川乱歩の短編小説です。
著者:江戸川乱歩について
- 推理小説を得意とした作家
- 実際に、探偵をしていたことがある
- 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した
江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表し、デビューしました。
その後、乱歩は西洋の推理小説とは違うスタイルを確立します。「新青年」からは、夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。
『石榴』のあらすじ
登場人物紹介
私
49歳の警察官。もとより探偵小説の愛読者で、地方警察の平刑事や警視庁捜査課を経て半生を探偵事業に捧げてきた。探偵小説好きの万右衛門と付き合いがあり、その妻の絹代とも懇意にしていた。
猪股(いのまた)氏
「私」が旅館で出会った44歳の紳士。探偵小説愛読者。綺麗にはげた頭、二重瞼の大きな目、すらっと高いギリシャ鼻の持ち主。
谷村万右衛門(たにむら まんえもん)
33~34歳の老舗饅頭屋の主人。商売敵の琴野家とはケタ違いに仲が悪い。
谷村絹代(たにむら きぬよ)
谷村の若く美しい妻。
琴野宗一(ことの そういち)
老舗饅頭屋の主人。谷村家と元祖争いをしていたが、絹代を万右衛門に取られたことをきっかけに琴野家は没落した。
『石榴』の内容
この先、江戸川乱歩『石榴』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
サード伯爵の自白
避暑地での出会い
ある年の夏、私は信濃の山奥にある温泉に一人で避暑に出かけていました。そこで猪股氏という本格的な探偵小説を読む紳士と出会います。最近奥さんを失ったという猪股氏は、ひどく悲しそうな様子でした。
会話に花を咲かせるうちに、私は過去に扱った硫酸殺人事件を思い出しました。旅館の部屋では雰囲気が出ないため、猪股氏は旅館を出て滝道に行こうと提案します。そして、深い谷を見下ろす場所で事件の詳細を話すことになりました。
犯人特定
10年前、名古屋の郊外で石榴がはぜたように顔がただれた男の死体が発見されました。くすんだ柄のひどく着古した着物を着ており、豊かな身分とは思われない装いです。警察医の調べによると、硫酸を飲まされたことによるものということが分かりました。
当時私は名古屋で駆けだしの刑事をしていましたが、誰が何のために犯した犯罪か見当もつきません。しかし数日後、老舗饅頭屋の主人の妻である絹代からの情報により、被害者が琴野宗一であることを突き止めます。
絹代によると、東京に出掛けたはずの主人・万右衛門が行方不明だというのです。そして着物の柄が、谷村家の宿敵である琴野宗一が着ていたものと一致することに気づきました。
事件以降、万右衛門の行方が知れないことやその後の捜査により、万右衛門の有罪は動かしがたいものとなりました。
大逆転
夫の行方が知れない絹代は田舎に帰ることになり、私はその荷造りを手伝うことになりました。
そのとき、万右衛門の日記にインクによって指紋が残されていることに気づきます。私はぎょっとして他に万右衛門が使っていたものはないかと絹代に尋ねると、絹代は煙草入れを持ってきました。
煙草入れを見ると日記の指紋と一致しており、それは硫酸殺人事件に残された被害者の指紋と一致していたのでした。
私が上官にこのことを報告したことにより、既に万右衛門の有罪が確定していたのが全く逆転しました。そして事件後10年近く経ってもいまだに琴野は見つかっていないのです。
自白
猪股氏は話を聞き終えると、「犯人の自白はなくあなたの推理があっただけなのですね」と皮肉に取れるようなことを言いました。
「あなたのお話を伺っていますと、私の推理が間違っていた、犯人の方が一段奥を考えていというように聞こえますが」と私が言うと、猪股氏は谷村家で見つかった指紋は琴野のものであった可能性を指摘します。
琴野は時々万右衛門の家を訪れていたため、万右衛門が琴野に指紋を残させることは容易だったと猪股氏は推測しました。そして、犯人は万右衛門であると自信満々に言うのです。
そして猪股氏は昔話を始めました。そして話を聞いているうちに、私はまったく初対面のはずの猪股氏と過去の記憶が一致するような感覚に襲われます。
すると猪股氏は入れ歯を外し「眉毛を濃くし、鼻を低くし、ひげを無くし、頭に五分刈りの髪を植え付けてごらんなさい」と言いました。「分かりました。あなたは谷村万右衛門さんですね」
猪股氏という紳士に化けた万右衛門は、事件の後とある明子という人妻と上海に渡って整形を繰り返し、片方の目玉を摘出して色眼鏡をかけるようになりました。
万右衛門は明子を深く愛していましたが、彼女が1か月前に急性肺炎で亡くなってしまったため後を追って死ぬつもりでした。
しかし、誤った推理をして得意になっている私に真実を話したい願望があったのだと万右衛門は言いました。すると、万右衛門は「これでお分れだ‥‥」と言って遥か目下の青白い淵に飛び込んだのでした。
『石榴』の解説
この先、江戸川乱歩『二癈人』のネタバレを含んでいるためご注意ください。
類似作品
本作は、江戸川乱歩『二癈人』と共通点のある作品です。いずれも温泉を舞台としており、ラストの展開まで非常によく似た構成です。
多少の違いはあるものの、①ある事件の犯人と事件の関係者が邂逅、②犯人の見た目は当時から変化している、③犯人による事件の解説 というのが大まかな筋です。
『二廃人』 | 『石榴』 | |
犯人の見た目 | 戦争により「無慚に傷つい」ている | 整形のため原形をとどめていない |
語る目的 | 不明 | 主人公に勝利したかったため |
明かされた後の反応 | 屈服 | 特になし |
『二廃人』で犯人が被害者に事件の詳細を語る目的は明らかにされていませんが、犯人は「恐る恐る挨拶をすると、逃げる様に帰って行った」という描写があります。
ここからは気まずそうな雰囲気が読み取れますし、さらに犯人は自身が犯人であると断定しているわけではないため、犯人と被害者は偶然再会したと考えられます。
一方『石榴』において主人公と谷村の邂逅が偶然か否かについて本文で触れられていませんが、私は谷村が仕組んだものではないかと考えます。
万右衛門は1か月前に明子を亡くしたことで死を覚悟しましたが、主人公に真実を話したいという気持ちが後追いをとどまらせました。
万右衛門は主人公が無意識に硫酸殺人事件を語るよう仕向けており、さらに自殺を実行しやすくするために話の場を人気のない深い谷が見下ろせる場所に設定するなど、綿密に計画が立てられている様子が読み取れるからです。
『石榴』の感想
他作品との関連
探偵である主人公の推測がラスト数ページでひっくり返され、江戸川乱歩『二銭銅貨』を読んだときの裏切りのように妙な清々しさを感じました。
また解説で触れたように『二廃人』と構成をリンクする部分があり、『D坂の殺人事件』同様犯人にサド気質が見て取れ、さらに万右衛門が琴野を装って実の妻である絹代と不義の契りを交わすというところに、『人間椅子』を連想させる変身願望が描かれています。
このように、『石榴』は江戸川乱歩のほかの作品と共鳴している部分があると感じました。
最後に
今回は、江戸川乱歩『石榴』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!