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【江戸川乱歩】『二癈人』のあらすじ・内容解説・感想

「廃人」とは、病気や障害などが理由で人間として普通に生活ができない人のことを言います。『二癈人(にはいじん)』には、病気のせいで人間生活を営むことができなくなった廃人と、戦争によってケガを負った廃人が登場します。

今回は、江戸川乱歩『二癈人』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『二癈人』の作品概要

著者 江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)
発表年 1924年
発表形態 雑誌掲載
ジャンル 短編小説
テーマ 真の廃人

『二癈人』は、1924年に雑誌『新青年』で発表された江戸川乱歩の短編小説です。温泉で出会った2人の男の昔話を軸に、過去の意外な事実が発覚するまでが描かれています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:江戸川乱歩について

  • 推理小説を得意とした作家
  • 実際に、探偵をしていたことがある
  • 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した

江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表し、デビューしました。

その後、乱歩は西洋の推理小説とは違うスタイルを確立します。「新青年」からは、夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。

『二癈人』のあらすじ

温泉で出会った井原氏と斎藤氏は意気投合し、お互いの昔話を始めます。井原氏は過去に犯した罪を告白しますが、そこで思いもよらない事実が判明するのでした。

登場人物紹介

井原(いはら)氏

夢遊病によって人生を狂わせた過去を、斎藤氏に語る。

斎藤(さいとう)氏

戦争で顔や体に傷を負っているため、温泉で傷を癒している。

『二癈人』の内容

この先、江戸川乱歩『二癈人』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

明かされる真実

昔話

井原氏は、温泉で古傷を癒しに来た斎藤氏と湯上りに話をしました。斎藤氏は戦争で顔や体に傷を負っており、戦地での話を井原氏に聞かせました。

その話を聞いた井原氏は、「この男は戦争で人生を台無しにした廃人だが、彼には名誉がある。自分も廃人だが、自分には誇れるものが何もない」と昔のことを思い出してひやりとするのでした。

そして、井原氏は斎藤氏の顔をふとどこかで見たことがあるように感じました。「ひょっとしたら、斎藤氏と自分は物心がつかない子供のころの遊び友達だったのではないか」と思い、斎藤氏に親近感を抱きます。

そして、井原氏は斎藤氏に自身の過去を語って聞かせました。

井原氏と夢遊病

井原氏は、大学生のころに夢遊病に悩まされていました。井原氏は夢遊病の自覚はありませんでした。しかし下宿の友人に聞くと、井原氏は寝ている間に友人を起こして突然議論を始めたり、本を読んだりしていたのだと言います。

そして、井原氏は小学生のころに寝ぼける習慣があったことを思い出しました。寝ていても寝言をはっきり言うなどの奇妙な症状があったのです。井原氏は、その症状が再発したのだと思いました。

 

それから1ヶ月くらい経ったある朝、井原氏の枕元には見知らぬ懐中時計が置いてありました。どうやら、寝ている間に同じ下宿の会社員の懐中時計を盗んでしまったようです。

井原氏は病院に通って治療をしましたが、症状はどんどん悪くなる一方です。そして、井原氏はだんだん「自分が眠っている間に犯罪を起こすのではないか」という恐怖を覚えるようになりました。

 

ある朝に目を覚ました井原氏は、下宿に泥棒が入ったことを知り、さらに老人が殺されたと聞きました。

井原氏は青ざめて自分の部屋の押し入れを見ると、そこには老人の財産が入った風呂敷き包みがありました。井原氏は、寝ている間に下宿の老主人を殺害してしまったのです。

父が弁護士を雇ってくれたり、井原氏の夢遊病の症状を最初に発見した木村という男が運動をしてくれたおかげで、井原氏には無罪判決が言い渡されました。しかし、人殺しをした井原氏は故郷に戻り、それから病人のように暮らしてきたのだと言います。

真犯人

井原氏の話を聞いた斎藤氏は、夢遊病の症状や事件について詳しく質問しました。そして、斎藤氏は井原氏に夢遊病の自覚がないことを不思議に思います。

さらに、井原氏が夢遊病だとする根拠は、突き詰めると井原氏の友人であった木村の証言に行きつくと斎藤氏は言いました。斎藤氏は、木村が井原氏を夢遊病者に仕立てあげ、老人殺害の罪を着せたのではないかと推理しました。

やがて、斎藤氏はおそるおそる挨拶をして帰っていきました。井原氏は、斎藤氏は木村だったのではないかと悟ります。そして井原氏は、木村の鮮やかな手口を称賛せずにはいられないのでした。

『二癈人』の解説

正真正銘の廃人

『二癈人』の見どころは、「井原氏に自身が夢遊病患者だと思いこませた」というトリックではありません。「井原氏が何者かにはめられていたのではないか」というのは、井原氏の告白を読んでいる途中で薄々気づけるからです。

また、斎藤氏が木村だったのではないかというのも、井原氏が斎藤氏に対して既視感を抱いていたことが伏線になっているため、勘がするどい読者はすぐに見破ってしまうと思います。

そのため『二癈人』の面白いところは、井原氏が本物の廃人に成り下がる過程が描かれていることだと思います。自分の人生を狂わせた人物を前にして、井原氏は怒るでもなく、悲しむでもなく、その賢さを賛美しました。

ここで、井原氏は正真正銘の廃人になってしまいました。井原氏は自分を超える存在を確認して、怒りよりも畏怖(いふ)の念を抱いたのです。井原氏は、自分の身に降りかかる災厄を抵抗せずに受け入れる、完全に受動的な存在になりました。

 

一連の夢遊病の事件は20年も前の出来事で、その当時の苦しみを忘れてしまったというのもあるかもしれません。しかしこの井原氏のあきらめの姿勢には、谷崎潤一郎『痴人の愛』に登場する河合譲治(かわい じょうじ)に通じる部分があると感じました。

譲治は、ナオミという悪女が自身を精神的にも経済的にも苦しめることを承知しながら、彼女の下僕のような存在でいることを受け入れた男です。譲治は、そのような自分を完全に受動的な存在として「痴人」と表現しています。

谷崎潤一郎と江戸川乱歩は、同じ耽美派の作家です。乱歩が耽美派に属する理由は、こうした自己を越えるものへの拝跪(はいき)の姿勢を描くことに由来するのだと思いました。

『二癈人』の感想

肩の力が抜ける小説

トリックが暴かれる面白さよりも、徐々に真実に近づいていく恐怖や、どうしようもないやるせなさ、虚無感が特徴的な作品だと感じました。

読者は井原氏と同じように真相を知りませんが、井原氏の話を聞いていくうちに不可解な点が気になるようになり、だんだんと目の前の斎藤氏を疑うようになり、物語には不穏な空気が漂い始めます。そうした気味の悪さも見どころです。

 

私は、斎藤氏はどんな意図があって、わざわざ真実を井原氏に伝えたのか気になりました。私が思うに、斎藤氏は井原氏に仲間意識を芽生えさせています。なぜかというと、斎藤氏は戦争によって井原氏と同じ廃人になったからです。

斎藤氏は、「これで、私も若い時分には、それ相当の野心を持っていたんですがね」と語っています。

「野心」というのは、斎藤氏が復讐心に燃えて老人を殺したことを指しているのだと思います。野心を持っていた斎藤氏は、井原氏を踏み台にして自身が望む未来を手に入れることをいとわなかったということです。

 

しかし、その野心も戦争によって打ち砕かれてしまいました。顔にも体にも痛々しい傷を負って醜い姿になった斎藤氏は、井原氏と同じ廃人に成り下がってしまいました。

そこで、斎藤氏は井原氏に仲間意識を感じ、同時に「罪を告白しよう」という気持ちになったのだと思います。

もちろん、「もう時効だろう」という気持ちも少なからずあったと思います。罪の告白をしてから、斎藤氏が「おそるおそる」挨拶をして「逃げるように」帰って行ったのを見るに、彼には罪悪感があるのが見てとれます。

今後、斎藤氏は井原氏へ行ったことの罪深さに苦しめられるのかなと思いました。後味が悪い物語ですが、最後の「木村の機智を賛美せずにはいられない」という一文のおかげで、ひどく滑稽な仕上がりになっている面白い小説です。

最後に

今回は、江戸川乱歩『二癈人』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

青空文庫でも読めるので、ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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