純文学の書評

【村田沙耶香】『殺人出産』のあらすじ・内容解説・感想

『殺人出産』は、「10人産むと1人殺せる」というシステムで人口が保たれている、100年後の日本が舞台の物語です。

今回は、村田沙耶香『殺人出産』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『殺人出産』の作品概要

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著者村田沙耶香(むらた さやか)
発表年2014年
発表形態書き下ろし
ジャンル中編小説
テーマ生と死

『殺人出産』は、2014年に発表された村田沙耶香による書き下ろしの中編小説です。「10人産めば、1人殺してもいい」という、「殺人出産制度」が認められた世界に生きながら、それに複雑な思いを抱く主人公の内面が描かれています

講談社文庫の『殺人出産』には、3人で付き合うことが当たり前になる『トリプル』や性別を家庭に持ち込まない『清潔な結婚』、自分の死をコーディネートできる『余命』が収録されています。

著者:村田沙耶香について

  • 日本の小説家、エッセイスト
  • 玉川大学文学部卒業
  • 2003年に『授乳』で群像新人文学賞優秀賞受賞。
  • 人生で一番読み返した本は、山田詠美『風葬の教室』

村田沙耶香は、1979年生まれの小説家、エッセイストです。玉川大学を卒業後、『授乳』でデビューしました。

山田詠美の『風葬の教室』から影響を受けています。ヴォーグな女性を賞する「VOGUE JAPAN Women of the year」に選ばれたこともあります。美しく年を重ねている印象がある女性です。

『殺人出産』のあらすじ

今から100年前、殺人は悪とされていました。しかし、10人産む代わりに合法的に殺人ができる「殺人出産制度」が海外から輸入され、日本でも普及し始めました。

従来の価値観から新しい価値観に移り変わる過渡期を生きる育子は、ある秘密を抱えているため、その価値観を上手く受け入れられずにいました。そんなとき、育子は育子と同じ考えを持つ女性と出会います。

登場人物紹介

育子(いくこ)

営業事務として働く主人公。夏休みのあいだ、姪のミサキを預かる。

環(たまき)

育子の3歳上の姉。とある事情でほぼ病院で暮らしている。

ミサキ

育子の姪。小学5年生で、夏休みのあいだ上京して育子の家に泊まる。

チカちゃん

育子の同期。明るい性格。

早紀子(さきこ)

殺人が容認されている世の中に疑問を抱き、昔の価値観を取り戻そうとしている。

『殺人出産』の内容

この先、村田沙耶香『殺人出産』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

死が生の原動力となる

殺人出産制度

今から100年前、殺人は悪でした。育子が幼稚園児のころにもそうした風潮はありましたが、今はだいぶそうした価値観はなくなっています。

人工授精での妊娠が一般化したり、初潮を迎えた女性は避妊具を取り付けられるようになったりしたため、偶発的な妊娠は起こらなくなり、人口はどんどん減っていきました。

そんなとき、「殺人出産」という制度が海外から輸入されました。これは、10人の子供を産めば1人を殺せるという制度です。この制度を利用して殺人をする人は「産み人」と呼ばれます。

 

女性の産み人は避妊具を外され、男性の産み人は人口子宮を取り付けられて子供を産み続け、10人目を産んだタイミングで殺したい相手(死に人)を選んで「殺人届」を役所に提出します。

死に人は自分が殺されることを電報で知り、その運命から逃れることはできません。届け出が出てから1か月後、死に人は全身麻酔をかけられて産み人に殺されます。

一方、産み人が産んだ子供はセンターに送られます。そうした子供は「センターっ子」と呼ばれ、「子供は欲しいが出産はしたくない」というような里親に引き取られます。

育子の姉

あるとき仕事から帰った育子は、母親から「夏休みの間だけ、姪のミサキの面倒を見てほしい」と連絡を受けます。7月後半にやって来たミサキは好奇心旺盛な少女で、産み人に興味を持っていました。

後日、育子は同僚の早紀子とランチを食べていました。育子は、気の合う早紀子との会話を楽しみます。産み人になるために会社を辞めた人の話をし始めたとき、早紀子は「誰かを殺すって、そんなに強い思いなんですかね」と言いました。

 

そして、早紀子は「身内に『産み人』がいらっしゃるから、きっと『産み人』の感情を良くご存じなんじゃないかと思って」と育子に言います。実は、育子の姉・は17歳のときに産み人になり、今も病院で妊娠と出産を繰り返していたのでした。

早紀子は、反殺人出産の組織の会員でした。育子は、殺人出産制度を疑問視する早紀子と同じ考えでしたが、産み人そのものを否定する早紀子に反感を覚えました。

早紀子は、「殺人出産制度の『犠牲者』である姉と話をさせてほしい」と言いましたが、育子は無視しました。

死に人

ある日ミサキと出かけていた育子は、同僚から「チカちゃんが産み人に殺された」という知らせを受け、チカちゃんの葬式に出席することになりました。

産み人に殺された人は、皆のために犠牲になった素晴らしい人であるとされます。死に人に選出されることは名誉なことであり、死に人を送るために参列者は全員白い服を着るのが習慣になっていました。

決意

その後、育子は早紀子を姉の元に連れて行きました。早紀子は今の世の中を「間違った世界」と言い、「犠牲者」としての姉に今の世界への意見を求めます。

姉は、早紀子のどんな言葉にも動じず、「かわいそうに。この世界の『被害者』はあなたなのね」と言いました。

その後、姉が10人目の子供を産んだという連絡が育子のもとに入りました。「誰を殺すことにしたの?」と育子が聞くと、姉は「この前、育ちゃんが病院に連れてきた人」と言いました。

育子は「この前会ったばかりじゃない」と動揺しますが、幼い頃から殺人衝動のあった姉は、人を殺せるなら誰でも良かったのでした。

 

1か月後、育子は姉の付き添いとして殺人のためにセンターに向かいます。地下にある厳重なドアの向こうのベッドに、麻酔で眠っている早紀子が横たわっています。姉は、カバンから1本ずつナイフを取り出し、銀色のテーブルに並べていきます。

姉は早紀子の横腹にナイフを入れ、誘われた育子も一緒になって早紀子を切り刻みます。ふと、姉が「もう1つ、命があったわ」と言いました。姉の手の中にある血の塊のようなものからは、手足が生えていました。

それを受け取った育子は、「……私、『産み人』になるわ」と姉に言いました。「胎児は殺人に当たらない」と言う姉に向かって、育子は「いえ。そうしたいの。もう決めたの」と言いながら、胎児を乗せた手をそっと握りしめました。

『殺人出産』の解説

生と死

殺人出産制度は、言い換えれば「殺意から命が生まれる」ということです。「あいつを殺したい」という殺意が、10人の子供を産む原動力となっているからです。

これを分かりやすく表しているのは、死刑ならぬ「産刑」です。産刑とは、産み人でないにもかかわらず殺人をした人が、牢獄の中で死ぬまで子供を産み続ける刑罰です。

女性はそれまで付いていた避妊器具を取り外され、男性は人口子宮を取り付けられた上で、刑が執行されます。死を死で償うのではなく、生み出して埋め合わせをするというのが斬新な考え方だと思いました。しかも、産刑の方がずっときつそうです。

 

また、育子の同僚は「死の可能性があるから、生きていることのすばらしさを実感する」と言っていました。自分がいつ死に人になってもおかしくないという恐怖から、人々は委縮して生活しているのかと思いきや、案外そんなこともないようです。

堀辰雄がよくテーマとしていることに、「死が生を輝かせる」というのがありますが、まさにそのことだと思いました。

このことから分かるのは、生と死は真逆のものではなく、響き合ってるということです。『殺人(死)出産(生)』というタイトルにもそれは表れています。殺意が未来の命につながるという一見矛盾した価値観が、違和感なく挿入されている作品です。

価値観の変化

『殺人出産』では、100年後に人間の価値観が変わり、殺人が必ずしも悪ではなくなった世界が描かれています。小説内で、大きな価値観の変化は殺人出産制度の登場ですが、『殺人出産』にはもっと小さいレベルの変化が描かれています。

1つ目は、産み人となった姉への態度の変化です。姉が産み人になったとき、まだ殺人出産制度は一般的ではありませんでした。そのため、産み人になりたての頃の姉は、冷たい言葉を浴びせられることが多々ありました。

しかし、それから数十年経って「産み人は命を産む尊い人」という価値観が根付き、周囲の人の態度は徐々に変わっていきます。手のひらを返して姉に優しくなった医師や看護師に、育子は反感を覚えました。

 

もう1つの変化は、人間が虫を食べるようになったことです。蝉スナックをはじめとして、育子が生きる時代の人は平気で虫を食べています。

 同僚の女性が蝉をつまみながら笑う。隣ではチカちゃんと隣の席だった女の子が蜻蛉の羽を千切りながらアイスカフェモカを飲んでいる。
チカちゃんは死んだ。残された者たちは、笑いながら虫を食べている。
「あれ、育子さん、何も食べてないんじゃないですか?サンドイッチ、ちょっと量が多いんですけど半分入ります?」
後輩の女の子からスズメバチが挟まったサンドイッチを差し出され、「うーん、今日は何だか食欲なくて」と断った。

育子だけはそれについていけていませんが、他の人は当たり前のように虫を食べています。こうした大小の出来事が表しているのは、「当たり前は変わる」ということだと思いました。

この小説は、価値観が変わる過渡期が舞台になっています。完全に新しい価値観を受け入れている人と、受け入れてはいるけど完全に納得はしていない人(育子)、受け入れていない人(早紀子)が入り乱れて、それぞれの主張がぶつかっている状態です。

 

『殺人出産』での勝者は、新しい価値観に染まった人でした(早紀子は殺されたので)。しかし、それが逆になる場合もあるはずです。

これからも価値観はどんどん変わって行って、今の常識が来年通じないということもあり得ると思います(『殺人出産』の中で、100年後は殺人出産制度が野蛮なものとみなされているかもしれません)。

激動の時代を生きる私たちは、何を受容して何を排除するのかを、今よりももっと責任を持って、判断しなければならなくなるのだと思いました。

『殺人出産』の感想

殺人は絶対悪なのか?

「10人産んだら1人殺せる権利を与えられる」という殺人出産制度は、非常に合理的で斬新な制度だと思いました。私は、殺人が禁止される根本な理由はないのではないかと思っているからです。

現在は、法律が殺人を禁止しています。しかし、江戸時代は法律で「武士は人を殺しても良い」と決められていました(斬捨御免)。

「なぜ人を殺してはいけないか」をいう問いを突き詰めると、最終的に倫理や道徳にたどり着くと思います。

しかし、その倫理観も「簡単に殺し合っていたら発展しなくて困る」と感じた人間によって後から作られたもので、殺人が禁止される根拠にはなりません。

 

このように、殺人を絶対悪とする理由が分からないままでいました。ところが「正しい手続きを踏めば、合法的に人を殺せる」という殺人出産システムを知り、すこんと納得したというか、腑(ふ)に落ちた感じがしました。

もちろん、産み人から生まれた子供が増えることで、同じ遺伝子を持った子供が大量に生まれるなどの弊害があるため、殺人出産制度は現実的な制度ではありません。一方で、望まない妊娠で苦しむ女性がいなくなるというメリットもあると思います。

いずれにせよ、現代人の誰も思いつかないような面白い発想だと思いました。

最後に

今回は、村田沙耶香『殺人出産』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

『殺人出産』を読んで、死んだら終わりではなく、自分の死は誰かの生につながっていることが分かりました。同時に、長い時間をかけて生と死のサイクルを繰り返してきた、人類の営みを大枠でとらえられたような気がします。

村田沙耶香の小説には、新しい価値観と出会う楽しさがあるので、ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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