純文学の書評

【夢野久作】『きのこ会議』のあらすじ・内容解説・感想

『きのこ会議』は、きのこたちが集まって真面目に話し合いをするという、絶妙なシュールさが癖になる作品です。

今回は、『きのこ会議』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『きのこ会議』の作品概要

著者夢野久作(ゆめの きゅうさく)
発表年1922年
発表形態新聞掲載
ジャンル短編小説
テーマ勧善懲悪、因果応報

『きのこ会議』は、1922年に「九州日報」(12月4日)で発表された夢野久作の短編小説です。「九州日報」は、福岡県を中心に販売されていた地方紙で、福岡県出身の久作はたびたび九州日報で小説を発表しました。

『きのこ会議』もそうですが、九州日報に掲載される久作の作品は、擬人化したものやユーモアに富んだものが多いです(『キューピー』『キャラメルと飴玉』など)。

『きのこ会議』には、無毒のきのこと毒きのこの論争が描かれています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:夢野久作について

  • 日本の探偵小説三大奇書『ドグラ・マグラ』の著者
  • 書簡体小説を書いたり、独白体を用いることが多い
  • 小説家、詩人、禅僧、陸軍の軍人、郵便局長という経歴を持つ

夢野久作は、奇抜・幻惑という言葉がぴったりな人物で、他の作家とは一線を画しています。三大奇書に分類され、「読むと精神に異常をきたす」という衝撃的な広告文がつけられた『ドグラマグラ』を書きました。

久作の作品では、書簡体(手紙の連なりで展開していく手法)や、独白体(主人公が1人でつぶやくように語る手法)がよく用いられています。また、久作は様々な職業を経験した特異な作家です。

『きのこ会議』のあらすじ

ある夜、きのこたちは集まって会議を始めました。初茸(はつたけ)の司会進行で、会議は進んでいきます。椎茸が子孫の繁栄を喜ぶ一方で、松茸は「人間に採られてしまって子孫を増やせません」と涙ながらに話します。

その様子を見て、毒きのこたちは笑いました。そして、「世の中の役に立つからいけないんだ。毒があれば採られることはない」と主張します。そこで無毒のきのこたちは、毒があることが良いのか悪いのかを実験してみることにしました。

登場人物紹介

椎茸

人間が、積極的に椎茸の畑を作ってくれることを喜ぶ。

松茸

人間に狩られるせいで、子孫を増やせないことを嘆く。

蝿取り茸

無毒のきのこを嘲笑し、自分が人間の毒であることを誇っている。

人間の家族

父・母・姉・坊で構成される家族。きのこ狩りにやって来る。

『きのこ会議』の内容

この先、夢野久作『きのこ会議』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

良いことをしていれば、いつか必ず報われる

毒きのこの主張

ある夜、初茸や椎茸松茸、木くらげ、白茸などのきのこが集まって、談話会を開きました。

松茸は、「私共のつとめは、子孫を増やすことと人間に食べられることです。しかし、人間はまだ傘の開いていない松茸を取って行ってしまいます。このままだと、私たちは子孫を残すことができません」と涙ながらに言い、その場にいたきのこたちは皆同情しました。

すると、後ろから笑い声が聞こえます。蝿取り茸、紅茸、馬糞茸などの毒きのこたちです。蝿取り茸は、「世間の毒になれば、人間に採られることなく繁栄できる」と主張します。

それを聞いた無毒のきのこたちは、毒があることが良いのか悪いのかを実験してみることにしました。

征伐

翌日、どこかの人間の家族がきのこ狩りにやって来ました。お父さんは、「ここに毒茸が固まって生えているぞ。取って食べたら死んでしまうぞ」と言いました。無毒のきのこたちは、「毒きのこはえらい」と思いました。

しかし、お姉さんは帰り際に「まあ、毒茸はみんな憎らしい恰好をしている事ねえ」
と言いました。坊っちゃんは「ウン、僕が征伐してやろう」と言って、毒きのこをすべて踏みつぶしてしまいました。

『きのこ会議』の解説

正直者はバカを見る?

会議では、無毒のきのこは人間に採られてしまうために繁殖できないことを嘆いていました。それを聞いた毒きのこは、「世間の役に立っているから(毒がないから)いけないんだ」と笑います。

しかし、毒きのこたちは食べられることは免れても、結局子供に踏みつぶされてしまいました。これは、「悪は必ず成敗される」ということを示しているのではないかと思いました。

片っ端から毒茸共は大きいのも小さいのも根本まで木っ葉微塵に踏み潰されてしまいました。

この文は、子供が毒きのこをつぶしている場面です。「片っ端から」「大きいのも小さいのも」「根本まで」「木っ葉微塵に」という描写から、毒きのこを根絶やしにしている様子が分かります。

こうしたところからも、「毒きのこ=悪」はいつか必ず罰を受けると読み取れます。逆に、世の中に貢献していれば(無毒でいれば)、いつかは報われるというメッセージが込められているように感じました。

『きのこ会議』の感想

絶妙なタイトル

『きのこ会議』は、三大奇書『ドグラマグラ』の作者が書いたとは思えないほど、ユーモラスな作品です。難解な夢野作品との差が大きすぎて、久作の頭の中はどうなっていたんだろうと本当に不思議に思います。

特に、私は『きのこ会議』というタイトルが好きです。このタイトルに触れるにあたって、山村暮鳥(やまむら ぼちょう)の「囈語(げいご)」という詩を引用します。

竊盜金魚
強盜喇叭
恐喝胡弓
賭博ねこ
詐欺更紗
涜職天鵞絨
姦淫林檎
傷害雲雀
殺人ちゆりつぷ
墮胎陰影
騷擾ゆき
放火まるめろ
誘拐かすてえら。

これは、「全く関係のない言葉を組み合わせたらどうなるんだろう」という実験で作られた詩です。

「強盗と喇叭(らっぱ)」「殺人とチューリップ」など、普通の文章では一緒に使われることのない単語が1つの言葉として存在していて、そこに笑いが生じます。

『きのこ会議』も、それに当てはまると感じました。「きのこ」と「会議」は、決して組み合わさらない単語であり、それが掛け合わさっているところに面白さを感じるからです。

 

タイトルの『きのこ会議』の「きのこ」に入る言葉は、無毒のものと有毒のものが戦うという構図が作れれば何でもありです。

その中できのこを選択したのが秀逸だと思います。椎茸や松茸が人間のように改まって話をしていたり、蝿取り茸が幅を利かせていたりと、思わずくすっと笑ってしまうシュールさが癖になります。

最後に

今回は、夢野久作『きのこ会議』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

何も考えたくないときや、頭を空っぽにしたいときにおすすめです。ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

ABOUT ME
yuka
yuka
本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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