純文学の書評

【小川洋子】『口笛の上手な白雪姫』のあらすじと内容解説・感想

公衆浴場にいつもいて、多彩な口笛で赤ん坊から愛された小母さんが主人公の『口笛の上手な白雪姫』。

今回は、小川洋子『口笛の上手な白雪姫』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『口笛の上手な白雪姫』の作品概要

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著者小川洋子(おがわ ようこ)
発表年2018年
発表形態単行本
ジャンル短編小説
テーマ無償の愛

『口笛の上手な白雪姫』は、2018年に幻冬舎より単行本が発行された小川洋子の短編小説です。公衆浴場で母親がゆっくり湯につかれるよう、赤ん坊を預かるサービスをする小母さんの様子が描かれています。

著者:小川洋子について

  • 1962年岡山県生まれ
  • 早稲田大学文学部文芸科卒業
  • 『揚羽蝶が壊れる時』でデビュー
  • 『妊娠カレンダー』で芥川賞受賞

小川洋子は、1962年に生まれた岡山県出身の小説家です。早稲田大学文学部文芸科卒業後、1988年に『揚羽蝶(あげはちょう)が壊れる時』で海燕(かいえん)新人文学賞を受賞しました。

1991年には『妊娠カレンダー』で第104回芥川賞を受賞し、一躍有名作家となりました。同時代作家の吉本ばななと並んで評価されることが多い作家です。

『口笛の上手な白雪姫』のあらすじ

いつの間にか公衆浴場に住み着くようになった小母さんは、脱衣所の定位置で客が来るのを待っています。小母さんの客は赤ん坊を連れた母親で、彼女たちが入浴中に赤ん坊の面倒を見るのが小母さんの仕事です。

小母さんは不愛想なうえに見なりに無頓着でしたが、口笛を操り赤ん坊を落ち着かせることができました。そのサービスは簡単に真似できず、わざわざ遠い町からやってくる母親がいるほどです。

そんなとき、6歳の女の子が行方不明になるというニュースが町中に駆けめぐります。女の子は夜になっても見つからず、浴場も営業を中止して捜索に参加することになりましたが、その女の子は思わぬところで発見されるのでした。

登場人物紹介

小母さん

ぶっきらぼうで化粧気が無く、痩せた体に変色して擦り切れた服を合わせている。鉱物のような白い肌の持ち主。おとぎ話に出てくるような可愛らしい小屋に住んでいる。

『口笛の上手な白雪姫』の内容

この先、小川洋子『口笛の上手な白雪姫』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

赤ん坊に身を捧げる小母さんの物語

預かりサービス

小母さんは公衆浴場の裏庭にある小屋に1人で住んでいます。従業員でない彼女がどのようにして住み着くようになったのかは誰も分かりませんが、誰もが彼女の存在を認めているのでした。

小母さんの小屋は、白雪姫が小人と暮らした家のようなアーチの扉、赤レンガの煙突、三角の屋根を備えており、近所に住む女の子は皆憧れを抱いています。

そして公衆浴場が営業している間、小母さんは必ず女湯の脱衣所にいました。定位置は脱衣所に置かれた木製のベビーベッドの脇です。そこは一般の客から死角になる場所でした。

 

小母さんの客は乳飲み子を連れた母親で、母親が入浴している間赤ん坊の世話をするのが小母さんの仕事です。

そのサービスは評判が良く、わざわざ遠い町から客がやってくるほどです。同じサービスを真似する浴場も出てきましたが、小母さんのやり方にはかないませんでした。

仕事の肝になるのは口笛で、口笛を吹けばたいていの子供を落ち着かせることができ、小母さんは月齢の違う大勢の赤ん坊に母親からの要求通りのサービスを提供するのでした。

浴場の壁画

その公衆浴場には森の風景が描かれています。外の景色が窓ガラスに映っていると誤解する客がいるほど完成度が高い絵でした。描かれてから長い月日が経っているにもかかわらず劣化はほぼ見られず、むしろ水蒸気を吸ってより鮮やかさを増しているようです。

浴場の休業日、小母さんはその壁画に向かって口笛の練習をします。小母さんの口笛の音色は森に吸い込まれ、小枝を揺らし、木の実を転がし、鹿の耳をピクリとさせました。

口笛を吹いている間は壁画の隅々を見ることができ、小母さんは森の奥のずっと向こうに滝が隠れていることを知っていました。

少女行方不明事件

夏休みのある日、市民プールで遊んでいた6歳の女の子が行方不明になりました。夜になっても女の子は見つからず、目撃者も手がかりもなくとうとう町内総出で捜索することになり、公衆浴場も営業を打ち切って捜索に参加しました。

すると、女の子は小母さんの小屋から発見されたのです。 女の子は「森に行ってた」と心細さを感じさせない声で言いました。

「鹿のお尻にくっついて、お水が勢いよく落ちているところまで歩いたよ」と話す女の子に、小母さんは「滝に近づくのはおやめなさい。滝壺に落ちて帰ってこられなくなった子が、たくさんいる」と耳打ちしました。

小母さんの願い

その夜、寝付けない小母さんは自分の手を暗がりにかざします。手を握っていた女の子は、母親が現れた途端小母さんの手を振りほどいて母親に駆け寄りました。

小母さんは、自身が仮の居場所に過ぎないことを理解しつつ、それでも赤ん坊を抱いている時には「このまま母親が戻ってこなければいいのに」とひそかに願います。しかしその考えを慌てて否定し、小母さんは罰が当たらないように神様に謝りました。

 

それからも、小母さんは公衆浴場の一部として脱衣所の帝一に居続けます。そして赤ん坊のために身を捧げるのです。

『口笛の上手な白雪姫』の解説

謎多き小母さん

小母さんに関する情報は乏しく、彼女は謎に包まれています。「解説」では、小母さんが醸し出すミステリアスさが何によるものかを考えます。

①あいまいな存在

「従業員でもない彼女がどういういきさつからそこに住み着くようになったのか、きちんと理由を説明できる大人はいなかった」とあるように、小母さんは気づいたときには浴場の裏庭の小屋に住んでいました。

つまり、小母さんの出自はまったく不明です。過去を含む情報が隠されて不確かであるからこそ、小母さんは何にも紐づかない宙に浮いた存在でいることができます。

 

また客から料金を取らずにサービスを提供しているにも関わらず、どのように生活をしているのか不明ですが、これをあえて明かさないことで小母さんのミステリアスさは維持されています。

浴場の経営者が食べ物を支給しているとか、客の母親がお礼を渡しているとか、実生活にクローズアップした描写があると、小母さんというからくりの裏側を見ているような味気なさを覚えるでしょう。

 

さらに小母さんは像を結ばないぼんやりした存在です。下記の描写は、小母さんのあいまいさを目に見える形で示したものと考えます。(下線は筆者追記)

太陽に当たる間も無く、湯気の中にばかり身を置いているせいで、皮膚はふやけ、体の輪郭は水蒸気の揺らめきの中にかすんでいた

元々水蒸気を含んであやふやがった輪郭はいっそうおばろげになってゆく。いつしか赤ん坊の黒目では、腕以外の部分は見えなくなり、おばさんがそこにいる証拠はただ、口笛ばかりとなる。

②人間らしくない

小母さんは公衆浴場に来る赤ん坊を連れた母親を客にする人間として登場しますが、上記①の理由によりどこか現実味のない存在です。

印象的なエピソードは、小母さんが浴場に描かれた壁画の森の奥に滝があることを知っており、その森に迷い込んだ女の子を助けたことです。

さらに小母さんは、寝付けない夜に「滝壺に落ちて帰ってこられなくなった、もしかしたら自分が生むはずだったかもしれない子どもたちを慰めるため、口笛を森に響かせ」ました。

 

いずれも人間離れした所業であり、このように一般的な人間を超える力を持っている点で小母さんは不思議な存在です。

③俗との隔絶

小母さんの生活で特筆すべきことは、他者とのかかわりが絞られていることです。

「小母さんの定位置は、脱衣用ロッカーが並ぶ壁面の角に、三つだけ置かれた木製のベビーベッドの脇」で、そこは「マッサージチェアに座って寛いだり、冷蔵庫から取り出した飲み物を手に扇風機の前で涼む客たちからはらちょうど死角になる」場所です。

小母さんの仕事ぶりや作中の語りで読み取れる彼女のスタンスは「目立たない、邪魔にならない」ということだったため、その考えに即して一般客から死角になる場所を選んでいると考えましたが、それ以外の力が働いているように思います。

 

小母さんはサービスを必要とする母親と目配せで「秘密のやりとり」を行いますが、それは「サービスを必要としない客にとっては全く無関係」であり、母親と小母さんにのみ通じる合図です。

また、小母さんの口笛は音量がごく小さく、「小母さんの口笛を聴けるのはまだはかない鼓膜しか持っていない赤ん坊だけ」です。

さらに女の子が行方不明になった際、客たちは口々にその件についてお喋りをしましたが、その声は「ベビーベッドの隙間にまで届いてこなかった」とあります。

こうした描写から、小母さんが意図的に一般客とのかかわりを絶っているわけではなく、意志と関係なく小母さんの他者とのかかわりが限定されているのではないかと考えられます。

 

小母さんは外見こそ白雪姫に似ていませんが、鉱物のような白い肌を持ち、物語に出て来そうな小屋に住んでいるという点では白雪姫と共通しています。

一般客(世俗的)なものから距離が離れている小母さんと、お伽噺(非現実的な夢物語)の白雪姫のイメージが重ねられてたことは、小母さんが俗なものから遠い存在であることを考慮すると合点がいきます。

 

上記の①~③の理由により、「不思議な小母さん像」が形作られていると考えます。

『口笛の上手な白雪姫』の感想

無償の愛の裏側

小母さんは見返りを求めず赤ん坊の世話に従事し、物語も「ただひたすら赤ん坊のためだけに我が身を捧げている」と締めくくられています。しかし本作を読み終えた時、小母さんが純粋な気持ちで赤ん坊を世話しているとどうしても思えない自分がいました。

ついさっき目の前にあった完全な調和の半分が、今、自分の腕の中にある。その事実を信じられない思いでかみしめる。おののいているのか興奮しているのか自分でもよく分からず、とにかく動揺を隠すように手早く赤ん坊をバスタオルでくるみ、(中略)母親の姿は、水滴だらけの曇ったガラスと湯気に邪魔され、かすんで見えない。

上記はある母親から赤ん坊を預かった場面の引用です。第三者の語りであるにもかかわらず、「おののいている」「興奮」「動揺」と小母さんの気持ちが描写されています。

ミステリアスな小母さんの感情が描かれたのはこの場面が最初であり、しかもかなり高ぶった様子だったため妙に引っかかりました。

また「母親の姿は、水滴だらけの曇ったガラスと湯気に邪魔され、かすんで見えない。」とあります。赤ん坊の世話の描写で終わらずあえて見えなくなった母親を登場させており、少し違和感を覚えたため心に残った場面でした。

 

そして読み進める内に、この違和感の理由が分かりました。

このまま母親が戻ってこなければいいのに。口笛の合間に小母さんは、誰にも気づかれないよう、密かにそう願う。

これが小母さんの願望でした。自分が「仮の場所」であり、赤ん坊は必ず母親のもとに戻ってしまうことを理解しているからこその願いです。

 

小母さんのサービスは評判で、最初は疑心暗鬼な客も「小母さんに赤ん坊を預けた瞬間、不安は消え去った」とあり、小母さんは母親の信頼を勝ち得ています。

浴場で唯一赤ん坊を守る母親は小母さんに絶対的な信頼を置いており、小母さんの腕の中には無抵抗で無力な赤ん坊がいる。このシチュエーションで、小母さんが赤ん坊を抱いてそのままどこかに消えることはたやすいでしょう。

小母さんはこうした願望を否定し神にわびており、私が懸念した行為に至ることは避けられていますが、無償の愛の裏側に隠れた願望を意識せざるを得ませんでした。

最後に

今回は、小川洋子『口笛の上手な白雪姫』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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ABOUT ME
yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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