純文学の書評

【山田詠美】『眠りの材料』のあらすじと内容解説・感想

亡くなった少女との思い出を話すことで、当時の記憶を思い起こす『眠りの材料』。

今回は、山田詠美『眠りの材料』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『眠りの材料』の作品概要

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著者山田詠美(やまだ えいみ)
発表年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ「語る」こと

『眠りの材料』は、1997年8月に幻冬舎から出版された短編集『4U』に収録されている山田詠美の短編小説です。主人公の15年前の同僚が同居していた風変わりな少女が亡くなったという話を聞き、15年前の記憶に思いを馳せる様子が描かれています。

著者:山田詠美について

  • 1959年東京生まれ
  • 『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞受賞
  • 『ジェシーの背骨』が芥川賞候補になる
  • 数々の作家に影響を与えている

山田詠美は、1959年生まれ東京都出身の小説家です。『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で第97回直木賞受賞しました。また『ジェシーの背骨』は、受賞こそ逃したものの第95回芥川賞候補になりました。

多くの作家に影響を与えており、『コンビニ人間』『しろいろの街の、その骨の体温の』で知られる村田沙耶香は、「人生で一番読み返した本は、山田詠美『風葬の教室』」と語っています。

『眠りの材料』のあらすじ

登場人物紹介

めぐみ

小説家。大学を中退し働き始めたクラブで大橋賢一と親しくなる。12年前から小説家として生計を立てている。かつての仲間からは「グミ」と呼ばれていた。

大橋賢一

15年前、めぐみと同じバーでバーテンをしていた。「隣に女の子がいたら声をかける」というモットーを掲げている。仲間からの愛称は「ケン」。

川村史子

15歳で家出してハンバーガーショップにいたところ、賢一に声をかけられ賢一の家に居候することとなる。賢一からは「ふう子」と呼ばれていた。

『眠りの材料』の内容

この先、山田詠美『眠りの材料』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

語るのに必ずしも言葉が必要とは限らない

白紙の遺書

小説家のめぐみのもとに、ある時15年ぶりに仲間からケンと呼ばれていた大橋賢一から電話がありました。

賢一とめぐみは、かつて赤坂のクラブでそれぞれバーテンとウェイトレスとして働いており、同い年だった2人は親しい仲でした。

15年前に賢一と一緒に暮らしていた川村史子が亡くなり、何通か遺された遺書のうち一通がめぐみと賢一宛だったとめぐみは告げられます。賢一に「会わないか?」と言われためぐみは、15年ぶりに賢一と会うことにしました。

 

赤坂のカフェで再会した2人は、史子について話し始める時を引き延ばすように当たり障りのない会話をしますが、痺れを切らしためぐみが「遺書、開けてみた?」と口火を切りましす。

「なんて書いてあったの?」「何も」「どういうこと?」「あいつ、おれたちに、真っ白な遺書を残したんだ」。めぐみは、賢一に「これを読めるものにしよう」と声をかけました。

突拍子もない出会い

賢一と史子の出会いは、夕方の赤坂見附駅前のハンバーガーショップでした。出勤前に店に立ち寄った賢一は史子を一目見て「自分の知らない種類の女だ」と感じましたが、かける言葉が見当たらず出勤時間も近づいたため店を後にします。

同じ日の退勤後にまだ空いていたハンバーガーショップを覗くと、夕方と同じ場所に彼女が座っていました。賢一が声をかけると彼女はすがるような目つきで見上げながら懇願し、賢一は15歳の家出少女を自身のアパートに連れて行くことになったのでした。

学校で学べないこと

賢一は、このことをめぐみにだけ打ち明けました。そして史子と暮らし始めて2ヶ月が過ぎようとしていた頃、賢一は史子の病的な行動に頭を悩ませ、仕事終わりのめぐみを家に呼びました。

家にこもってばかりでいて賢一が仕事に行くことを嫌がる史子に、賢一が外に出て気分を変えることを勧めたところ、史子は髪の毛をめちゃくちゃに刈ってしまったと賢一は話します。

賢一の部屋はひどい有様で、物が散乱して雑誌はちぎられている状態でした。めぐみを見た史子は「どうして、その女の人が家に来るの?」と問いますが、めぐみは史子とあっという間に打ち解けてしまいました。

「おまえみたいに、あの子をなだめる言葉をいっぱい知ってればなあ。学校で真剣に勉強すりゃ良かったのかね」と言う賢一に、めぐみは「学校で教えない言葉を捜すべきだと思う」と強く言いました。

死因が分からなくても

後日、賢一が借り着の征服でカウンターに立ったことがありました。賢一が仕事に出られないように、史子が制服に尿をかけてしまったのです。その日、家に置いてきた史子の様子が気になった賢一は早退しました。

やがて、賢一は史子を警察に届けることになります。史子が手首を深く切ってしまい、保険証を持たない史子は賢一の手に負えなくなってしまったからです。

その後、手首の傷は大したことなく賢一は史子にすぐに面会することができましたが、史子は「なかったことにする。ケンちゃんと会ったこと。なかったことに出来ると思う」と言ったのでした。

 

めぐみと賢一が店の外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていました。結局史子の死因については何も分かりませんでしたが、めぐみはめぐみと賢一が同じ沈黙を共有していることを、史子がどこかで見ながら笑っているのではないかと思いました。

『眠りの材料』の解説

語らずに語る

そんなの解らない。解らないから書いているんじゃないか。解っていたら、私だって、白いままの原稿用紙をそのまま読ませて、男を泣かせていた筈だ。

この引用は、本作の一番最後のめぐみの語りです。めぐみと賢一は史子が残した白紙の遺書に何が書いてあるか読み解こうとしましたが、結局分からず終いでした。

本作では、言語化に必死なめぐみと賢一、白紙の(言語化されていない)遺書を遺す史子の対比を見ることができます。

例えば「めぐみは、自分の男を形容するのに百個ぐらいの言葉を使う」と賢一に語られており、さらに賢一は史子を初めて見た時のことを説明しようとするも、「彼には語彙がなかった」と言葉で表現することに重きを置いていることが読み取れます。

ここでは、めぐみと史子の違いについて考えます。

使えない知識

15年前、赤坂のクラブで働いていためぐみは、「私の頭の中には、使えない知識が少しばかり溜まっているだけで、それらは体や心に還元されない限り、脳みそにこびりついたただの異物のままなのだと思わざるを得なかった」と語り、自身の知識をうまく使えずに持て余していました。

また、賢一の語りには「(筆者注:めぐみの)頭の中には、いつも小難しい理論が詰まっているようだったが、賢いようには、まるで見えなかった」とあり、側から見てもめぐみが知識を自分のものにしているとは言いがたい様子です。

賢一は15年前のめぐみを振り返り、「色々なこと、知ってたじゃないか」と言いましたが、当時のめぐみは先に述べた通り使えない知識があるだけで身になっていない、本質を理解していない状態でした。

そしてそれは、15年前のめぐみが人や物事に真面目に向き合っていなかったこととつながります。

書けなかっためぐみ、何を書いているか解らないめぐみ

赤坂のバーで働いていた時、めぐみは「既に、小説を書いてみよう」と思っていました。

しかし「恋愛に入れるメスの種類についてなど考えることもできなかった」と語っており、言葉を持っていてもそれを使って考えを表現する術を知らなかっためぐみの姿が浮かび上がります。

さらにめぐみは、書くことに興味はあってもなぜ書けなかったのか、賢一と会話したときに気づきます。

私が、何故、一字も、一行も書くことが出来ずに、赤坂のクラブで酒を運んでいるのかが、瞬時に、解明出来たような気がしたのだ。ユーモアと本人が思い込んでいたものが、すべてごまかしのように感じられた。賢一の言うように、私は、男のための百の形容詞を持っていたが、たったひとつの主語すら手に入れることも出来ていなかった。それは、二人称単数、あなた、という主語だ。

 

めぐみは、賢一に「彼女の深刻と不真面目のタイミングは、他人とずれていて」と語られるように真剣な場面で拍子抜けするような発言をしたりします。

例えば、史子が自分で髪の毛を刈ってしまったことを賢一が深刻に話しているとき、めぐみ「え?まさか出家するとか?」とおどけて見せたシーンがありました。これが「ユーモアと本人が思い込んでいたもの」です。

この性質に表れるように「二人称単数、あなた、という主語」を持たないめぐみは、語彙や知識があるにも関わらず、相手(あなた)と真面目に向き合わず、上辺だけで踏み込まないが故に本質を理解できないのでした。

それに気づいためぐみは、理解するために書きはじめます。そして冒頭の引用の通り、めぐみは書くことで何を書いているか模索しているのです。

言語化を超越するもの

「あ、グミ、ところで、どんな小説を書いてるの?」
そんなの解らない。解らないから書いているんじゃないか。解っていたら、私だって、白いままの原稿用紙をそのまま読ませて、男を泣かせていた筈だ。

何を書いているか分からないから、書くことで模索するめぐみと、書くことが明確であるためあえて書かない史子。

「15年前から変わらず、めぐみは意味のない言葉をいとおしむことを知らない」という語りがありますが、一方史子は白紙(意味がない)で語ることを知っています。

中身があることや意味があること、言語化に価値を見出すか否かが、めぐみと史子の性質の違いであると考えます。

『眠りの材料』の感想

使える知識、使えない知識

「おまえみたいに、あの子をなだめる言葉をいっぱい知ってればなあ。でも、どうすりゃ良かったんだろ。学校で真剣に勉強すりゃ良かったのかね」
めぐみは、賢一の腕をいきなりつかんだ。その手には、力が込められていて、彼は慌てた。
「学校で教えない言葉を捜すべきだと思う。うん、絶対にそうだよ」

これは、史子に翻弄される賢一と、あっさり史子と打ち解けためぐみの会話です。めぐみは、賢一が慌てるほどの力で彼の腕をつかみ「学校で教えない言葉を捜すべきだと思う」と強調しました。

大学を中退しためぐみは、「私の頭の中には、使えない知識が少しばかり溜まっているだけで、それらは体や心に還元されない限り、脳みそにこびり付いたただの異物のままなのだと思わざるを得なかった」と知識を持て余す自身を評しています。

 

自身の糧にならない、頭の中に存在している知識は無駄であると語っていますが、これをテーマとした作品に山田詠美『ぼくは勉強ができない』があります。

学歴を偏重する風潮に真っ向から反発する高校生が主人公で、学校の勉強が苦手でも、人間として頭が良く魅力的であることの価値が強調されている作品です。

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最後に

今回は、山田詠美『眠りの材料』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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