純文学の書評

【太宰治】『桜桃』のあらすじ・内容解説・感想|読書感想文のヒント付き

『桜桃』の読み方は、「おうとう」です。わずか10ページの短編小説で、主人公は太宰作品にお馴染みのクズ人間です。

今回は、太宰治『桜桃』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『桜桃』の作品概要

著者太宰治(だざい おさむ)
発表年1948年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ親子の関係

『桜桃』は、1948年に雑誌『世界』で発表された太宰治の短編小説です。「子供より親が大事と思いたい」という一文が印象的な小説です。

太宰は、1948年6月13日に愛人と自殺し、遺体は太宰の誕生日である6月19日に発見されました。

太宰が死の直前に書いた作品が『桜桃』であったため、6月19日は「桜桃忌」と名付けられました。桜桃忌には、太宰の墓所がある三鷹市禅林寺に多くの人が訪れます。名前にちなんで、太宰の墓には大量のさくらんぼが供えられるそうです。

Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:太宰治について

  • 無頼(ぶらい)派作家
  • 自殺を3度失敗
  • 青森の大地主の家に生まれた
  • マルキシズムの運動に参加するも挫折した

太宰治は、坂口安吾(さかぐち あんご)、伊藤整(いとう せい)と同じ「無頼派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。

実家がお金持ちだった太宰は、成長するにつれて地主の家の子であることに後ろめたさを感じるようになります。そして社会主義の運動をするも挫折し、その心の弱さから自殺未遂を繰り返しました。

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『桜桃』のあらすじ

主人公の「私」は、子育てや家事に一切関与しない人物で、すべて妻が引き受けていました。あるとき、妻の不満が爆発し、2人は口論になってしまいます。

妻が外出するため、私は家で子供の面倒を見なくてはなりませんでしたが、私は妻と子供を残して外に飛び出してしまいます。

登場人物紹介

主人公。小説家で、極端な小心者。執筆ペースが遅いうえに、家事を一切手伝わない。

無口で内向的な性格。夫婦揃ってお互いが傷付くのを恐れているため、子どもの世話を手伝わない夫に対しての不満を表面に出さないようにしている。

『桜桃』の内容

この先、太宰治『桜桃』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

親失格、亭主失格、人間失格

涙の谷

主人公の「」はと幼い3人の子供と暮らしています。2人は、下男下女(げなんげじょ。住み込みで家事の手伝いをする人)のように子供を支えることに大忙しです。

そのため、「子供を大切にしたい」と考えてみても、私は親の方が子供より弱い立場にいると感じてしまいます。

 

私は、家庭ではいつも冗談を言って、場を取り持っています。どれだけ心が苦しくても、体が辛くても、楽しい雰囲気を作ることに尽力します。

しかし、一人になった途端、急に不安になって自殺のことを考えるほど憂鬱な気分になってしまいます。これは、生真面目な性格により、気まずい場の空気に耐えられないからです。

一方で、夫婦は互いに相手に対して不満があることを知ってます。知っていながら、重い空気にならないように、表面上は上手くいっているかのように取り繕っているのです。

私は家事も子守に無頓着で、布団すら自分で上げません。子供と関わるのは冗談を言うときだけで、役に立つことは何もできないので、全て妻に任せっぱなしです。一方で仕事(執筆活動)はほとんど進まず、家庭の外に「女友達」を作る始末です。

 

加えて、彼らは子供に関して問題を抱えています。それは、4歳の長男がまだ言葉を理解でせず、ハイハイしかしないことです。夫婦は、「この子が障害を持っているのではないか」という問題から目を背けて話題にするのを避けています。

こうした不安や、小説を書く時の苦痛から逃れるために、私はやけ酒をします。さらに小心者の私は、押しに弱いので言い負かされることが多いです。そして襲ってくる不快感が、やけ酒を助長します。

表面化した仲違い

ある日、お互いに触れてこなかった家庭の亀裂が表面に現れそうになりました。私は、子供の世話という負担を減らすために、誰かを雇うことを提案しました。これに対して、妻は「来てくれる人がいない」と言います。

それを聞いた夫はつい、「それは妻が人を使うのが下手だからだ」というようなことを言ってしまいました。そして気まずい雰囲気に耐えられなくなった私は、「今夜中に書き上げないといけない原稿がある」と、部屋に逃げようとします。

 

しかしその夜、妻は重病の妹の見舞いに行く予定でした。そうなると、私が子供の面倒を見なければなりませんが、育児参加していない私に子守などできません。

仕事部屋に入った主人公は、家族の生活費となる原稿料が入っている封筒を手に取り、外に出ました。家庭内のややこしい問題から逃げ、子守の責任を放棄したのです。

桜桃

逃げた私は、馴染みの酒場に向かいました。酒場には「女友達」がいます。私が夫婦喧嘩で逃げてきたと経緯を説明すると、彼女は桜桃を出してくれました。

「普段は子供たちに贅沢なものなど食べさせないので、もしかしたら彼らは桜桃を見たことすらないかもしれない」と私は思いました。持って帰ればさぞ喜ぶはずです

しかし、私は1人で黙々と食べ始めました。不味そうに食べては、種を吐き出すことの繰り返しです。弱い自分を正当化するかのように、「子供より親が大事」と心の中で呟きました。

『桜桃』の解説

「私」は太宰

『桜桃』を執筆した当時、太宰には7歳の長女、4歳の長男、1歳の次女の3人の子供がいました。次女が後年、長男にはダウン症による知的・行動障害があったことを明かしていて、作中の長男の様子は、長男の様子を元にしたものだと言われています。

ダウン症の原因が判明し、WHOがダウン症を正式名称として設定したのは、『桜桃』が発表された時よりも後の出来事です。そのため、長男に適切な診断とアドバイスができる医師はいませんでした。

太宰は、息子が原因不明の未知の病気にかかっているかもしれないということに、不安と恐怖を感じていました。

彼は『桜桃』を発表した次の月に、愛人と入水自殺します。結核を患ったことや、長男の障害の重さにショックを受けたことが原因になったのではないかと言われています。太宰の実人生の強い影響を受けた作品だと言えます。

桜桃

しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。

最後の一文です。「食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き」と繰り返し言われています。この描写から、桜桃は親と子供の象徴なのではないかと思いました。

種を包む実が親で、包まれる種が子供です。子供は種からできる、という風に考えてもいいと思います。その種=子供をぺっぺと吐き出す様子は、子供に対して良い感情を持っていないことを表しています。

子供を表面上は可愛がってはいるけど、一定の距離を保っているという「私」の生き方にのっとった行動だと言えます。

『桜桃』の感想

新しい考え方の持ち主

太宰の小説を読むと、「他の小説家とは一味違うな」と感じることが度々あります。今回の場合は、男性の育児参加についてです。

この小説が書かれたのは1948年で、まだ「男が働き、女が家庭を守る」という男女分業の考え方が主流だった時代です。そんな中で、家庭での仕事に参加していないことを悪く思う男性はどれくらいいたでしょうか?

そんなことは当たり前で、妻が掃除をし、給仕をし、家族のために尽くすように働くのは当然だと思っていた人がほとんどだったのではないかと私は思います。

 

一方で、「私」は家庭での役割を果たしていないことに引け目を感じています。

そもそも作家活動もまともにできていないので、当時の男性としての最低限の責任すら果たせていない状態ですが、むしろそのことがネックとなって「金も稼げないのに家庭のこともできない=罪意識」という思考になっているのかもしれません。

他の同時代の作家の作品を読んでも、妻が働く様子を観察するだけ・眺めるだけの描写が見受けられ、そこに対して何か言及するような動きはあまりありません。

後述する「子供より親が大事」という主張もユニークですが、常識を問うような視点を持っているという意味で、先進的な考えが展示されている小説だと思いました。

相変わらずのクズっぷり

酒や薬物に身を投じて、ひと時の快楽や現実逃避と引き換えに心身を崩壊させ、その依存から抜けられない悪循環に陥っていき、借金に首が回らなくなる、というのが太宰の描く男性の典型パターンです。

本作の主人公は、気が小さくて他人に何も言えない節があるので、心情を表に出さないように押し殺しています。そして発散の仕方が分からず、酒や女という身を亡ぼすものにはまっていくのです。これらの描写は、『人間失格』にも当てはまります。

今回はそこまでではありませんが、それでもわずか10ページで主人公の無能さが前面に出ています。根源は、太宰が「陽キャを装ったド陰キャ」だったところにありますが、それにしても本当に太宰の描く男性は打たれ弱いなと思います。

親のあり方

「子供より親が大事、と思いたい」という一文にはいろいろな意見があると思います。「その通り」と思う人もいるし、「そんなの親じゃない!」「子供は宝じゃないか!」と思う人もいると思います。

「私」は、一般的に言われる「子供が大事」とは真逆の考えを持っています。彼の心の弱さから来るものなのでしょうが、私は斬新で面白いと思いました。

 

世の中の親は、親としての顔だけでなく、1人の女として、1人の男としての顔も持っていいのではないかと思うからです。キャリアをあきらめたり、余暇を犠牲にしてまで子供に尽くすことに疑問を感じてしまいます。

自分を殺して子供を優先すると、子供に「厄介者」というレッテルを張ってしまう危険性があると思うからです。子供を大切にするためにも、まずは親の自分を大切にする方が重要なのではないかと思います。

社会に蔓延している(と思われる)「献身的な親が良い」という考えは捨てた方がいいのではないでしょうか。『桜桃』の主人公のような育児不参加では問題ですが、自分のことも労わりながら、無理のない子育てする親になりたいと思えた小説でした。

『桜桃』の読書感想文のヒント

  • 「性別役割分業」と結びつけて考える
  • 主人公の立場に立って、その不安の内容を考察する
  • 主人公の親としての在り方に対して、自分の意見を述べる

作品を読んだうえで、5W1Hを基本に自分のなりに問いを立て、それに対して自身の考えを述べるというのが、1番字数を稼げるやり方ではないかと思います。感想文のヒントは、上に挙げた通りです。

ネットから拾った感想文は、多少変えたとしてもバレるので、拙くても自力で書いたものを提出するのが良いと思います。

最後に

今回は、太宰治『桜桃』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

「わずか10ページ、されど10ページ」という印象を持ったほど、考えることが多い作品でした。私は「子供より親が大事」にある程度賛同してこの記事を書きました。親のエゴと受け取るか、親の自由と読むのか、意見が分かれる小説だと思います。

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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