純文学の書評

【村上龍】『空港にて』のあらすじと内容解説・感想

閉塞感を漂わせる主人公が、他者を観察しながらある人物を待つ『空港にて』。

今回は、村上龍『空港にて』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『空港にて』の作品概要

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著者村上龍(むらかみ りゅう)
発表年2003年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ希望

『空港にて』は、2003年に文芸雑誌『オール讀物』(1月号)で発表された村上龍の短編小説です。

『空港にて』のあらすじ

登場人物紹介

わたし

2年前に離婚し、4歳の息子がいる32歳。ユイという仮名で風俗店で働いており、4か月前に客として店にやって来たサイトウと出会う。人には言ったことのない願望がある。

サイトウ

主人公より6歳年下の男。コンサルティング会社に勤務しており、4カ月前に主人公が在籍する風俗店を利用してから頻繁に主人公に会うようになる。

『空港にて』の内容

この先、村上龍『空港にて』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

希望に満ちた旅立ち

人を待つ

わたしは、空港の全日空のチェックインカウンター前でサイトウを待っています。11時25分発の熊本行きの飛行機はもう開始されているようです。わたしは、熊本行きの飛行機の搭乗がいつ締め切られるまであと何分あるかと思いました。

チェックインカウンターの前の椅子に座っているわたしの前に、夫婦と思われる初老の男女がやって来ます。田舎に戻るというような身なりで、男の方が1つだけ空いている席に座りました。

やがて男は女を入れ替わりで席に座らせ、自分は煙草を吸いに行きます。女は布製のハンドバッグからセロハンに包まれたお菓子を取り出し、ゆっくりとそれを食べ始めました。

わたしとサイトウ

2年前に夫と離婚したわたしは、生活のためにスナックで働き始めました。しかし、アルコールに強くなく、知らない人と話すことが苦手なわたしはすぐに体調を崩して辞めてしまいます。

そんなとき、スナックで知り合った不動産鑑定士からある風俗店を紹介されました。面接を受けて採用されたわたしは「ユイ」という仮名で登録され、最初の客がつきました。

 

そしてコンサルティング会社に勤める6歳年下のサイトウが客としてやって来て、最初にわたしと遊んだ時に「ユイさんだっけ、きれいな顔してますね」と言いました。

それからサイトウはユイの店に通いつめ、わたしはサイトウと5~6回あったのちに食事に誘われます。「おれがユイさんのことを好きなのがわかるかな」とサイトウは言いました。

知り合って3ヶ月経った頃、わたしはサイトウと恵比寿の和食屋に行って自身のことを話します。サイトウは黙ってうなずきながら話を聞き、別れる時にわたしの頬を優しく撫でながらキスしました。

旅立ち

そして5日前、わたしは変わった映画のポスターを見て地雷で足を失った人に義足を作ってあげることができたらいいと思ったことをふと告げました。

「それだったら義足を作る仕事をすればいいじゃないか」「仕事ってそんなの無理よ」「どうして無理なんだよ?」サイトウがそう問い、わたしは自分が高卒で、33歳になろうとしているバツイチで、子供がいて、風俗で働いていることを再認識して悲しくなりました。

そして後日、サイトウは義肢装具士になるための養成学校の資料を探してわたしに見せます。そのうちの1つは熊本にあり、サイトウは熊本に行って学校とその周りを見てみようと提案しました。

 

喫煙所にいた初老の夫婦の男の方が戻ってきて、女は無表情のまま席を立って椅子を譲ります。わたしの右隣に座っていた新婚旅行後と思われる男女のうち、女の方が携帯をポケットにしまいながらちらりとわたしの背後を見ました。

わたしの頬に革の感触があり、「外は寒いよ」と革の手袋をしたサイトウが言いました。

『空港にて』の解説

「時間を凝縮した手法」

『空港にて』は、過去回想と現在をひんぱんに行ったり来たりする方法で描かれています。主人公の身の上話が数行続いた後、脈絡もなく現在空港にいる主人公が見ている情景描写がまた数行続き、再び過去の語りに戻る…ということが繰り返されています。

そして本作は、11:25発の熊本行の飛行機への搭乗開始から搭乗締め切りまでの物語です。時間にしてたった数十分間にも関わらず時間の流れが遅く感じられるのは、主人公の焦りに誘発される克明な情景描写にあるのではないかと考えます。

 

主人公の語りからは「もしかしたらサイトウが来ないのではないか」という焦りが伝わります。

サイトウに電話してみたが留守電になっていたのですぐに切った。

全日空645便、午前十一時二十五分発の熊本行きはもう搭乗が開始されているようだ。(中略)わたしは時計を見た。熊本行きの搭乗手続きが締め切られるまで、あと何分あるだろうか。

わたしはサイトウの携帯にすでに四回電話した。さっきサイトウに電話してからまだ二分も経っていなかった。来ないのだろうか。

全日空645便熊本行きはまもなく搭乗手続きを締め切らせていただきます。チケットをお持ちで、まだ搭乗手続きをお済ませでないお客様は十五番カウンターで、お急ぎ、ご搭乗手続きをお済ませください。そういうアナウンスが聞こえてきた。

サイトウは2日前に電話で待ち合わせした場所を指定したにも関わらず、飛行機への搭乗開始十区を過ぎても現れず、電話にも出ないのです。

そのため主人公は、アパートに行って子供に会いたいというサイトウの提案を拒んだことや映画のポスターの話をしたことを後悔し、焦りによって不安を感じています。

何かを待ってる時は同じ時間でもいつもより長く感じるものですが、さらに主人公はサイトウが来ないかもしれないという不安を抱いている状態であるため、余計にそう感じるでしょう。

だからこそいろいろな物が目に入り、周囲の人に対して強い観察力が働いたのではないかと考えます。

 

また、主人公はサイトウを待っている間に近くに座る人を観察しているのですが、彼らは誰もが一度は出会ったことがあるようなごく普通の人々です。

名前をうろ覚えの女優が表紙を飾っている週刊誌を広げるスーツの男、初老の夫がタバコが吸いに行っている間に、食べたお菓子のセロファンを手持ち無沙汰に小さく丁寧に折りたたむ無表情の女、旅行の感想をメールで友人に送っていると思われる20代の新婚カップルなど。

そして、主人公は彼らの装いや振る舞いからステータスや状況を推測したり、彼らの様子を詳細に観察したりするのです。

 

作者はあとがきで「『時間を凝縮した手法』で書こうと思った」と語っていますが、上で挙げたような主人公の焦りからくる克明な情景描写と主人公の焦りが「時間を凝縮した手法」の中身なのではないかと考えます。

『空港にて』の感想

新しい扉を開く

主人公は風俗で働いていることに後ろめたさを感じており、それは語りの端々からにじみ出ています。

週刊誌の男と視線が合ってしまった。男はわたしの目から肩に、そしてからだに沿って下りて行って足先までを短い時間で眺めてから週刊誌に視線を戻した。(中略)男は席を立つ前にまたわたしを見た。わたしにはその種の女の目印のようなものが何か付いているのかも知れないと思った。

わたしは自分の手元を見た。左の手首にはカルティエの腕時計がある。風俗で働き始めてから、唯一自分のために買ったものだった。他人はこの腕時計を見て、この女は風俗で働いているとわかるのだろうか。

わたしのような風俗の女にどうしてそんなに優しくしてくれるの。

 

そして、自分に自信がないために挑戦することを恐れている女性です。同時にそういう自己を悲観視しています。

無理だと思う理由は、わたしが高卒で、すでに33歳になろうとしていて、離婚歴があって、しかも4歳の子供がいて、風俗で働いている、そういうことだ。(中略)わたしは悲しくなってサイトウの腕の中に潜り込み、彼の手を握って自分の頬に当てた

 

主人公とサイトウはお互いの本名すら知らず、風俗嬢と客という普通ではない出会い方をしていますが、諦めモードの主人公が物語の後半にサイトウによって一歩踏み出し、明るい方へ導かれる様子には心を動かされました。

また、サイトウがなかなか現れず主人公の焦りが募っていく中で、他人の目線を追ってサイトウに気づくという演出によって来訪の喜びがより大きく感じられました。

最後に

今回は、村上龍『空港にて』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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