純文学の書評

【樋口一葉】『軒もる月』のあらすじ・内容解説・感想

「軒(のき)もる月」というのは聞きなれない単語ですが、「軒からもれる月明かり」という意味で、和歌によく詠み込まれたものです。

今回は、樋口一葉『軒もる月』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『軒もる月』の作品概要

著者樋口一葉(ひぐち いちよう)
発表年1895年
発表形態新聞掲載
ジャンル短編小説
テーマ決意

『軒もる月』は、1895年に毎日新聞で連載された樋口一葉の短編小説です。家庭を持っているにもかかわらず、別の男性からアプローチされている主人公の心の揺れが描かれています。

一葉が、少女時代に身に付けた和歌の素養が生かされている作品です。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:樋口一葉について

  • 職業女流作家
  • 17歳で家を継ぎ、借金まみれの生活を送った
  • 「奇蹟の14か月」に名作を発表
  • 25歳で死去

樋口一葉は、近代以降初めて作家を仕事にした女性です。美貌と文才を兼ね備えていたので、男社会の文壇(文学関係者のコミュニティ)ではマドンナ的存在でした。

父の死によって17歳で家を継ぐことになり、父が残した多額の借金を背負いました。「奇蹟の14か月」という死ぬ間際の期間に、『大つごもり』『たけくらべ』『十三夜』などの歴史に残る名作を発表したのち、肺結核によって25歳で亡くなりました。

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『軒もる月』のあらすじ

月の出ている夜、職人の妻である袖は夫の帰りを待っていました。その間に、袖はそれまで読まずにためていた、ある男性からの手紙を開封します。

そこには、袖への熱い思いがしたためられていました。袖は、職人との子供の寝顔を見ながら手紙を読み進めます。

登場人物紹介

袖(そで)

職人の男と結婚し、1人の子供をもうけた主人公。かつて使用人として働いていた家の主人から、猛アプローチされている。

『軒もる月』の内容

この先、樋口一葉『軒もる月』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

今の亭主か、言い寄る金持ちか

夫の帰りを待つ妻

は、帰りの遅い職人の夫のことを「霜の降っている道は、どれだけ冷たいだろう」「金槌を振り上げる手は、きっと痛いだろう」と心配しています。

いつも食事をする夜9時になっても、夫は帰って来ません。子供のために遅くまで働いているのでした。障子をあけて外を見た袖は、軒にのぼっている月を眺めます。そして、袖は桜町家で使用人として働いていた時のことを思い出しました。

手紙の行方

袖は、桜町家の主人に愛されていました。しかし、桜町家での勤めを終えて家に戻ると、袖には工場通いの職人との縁談が待ち受けていました。

貧乏な家の出身だった袖は、桜町家での生活の中で、上層階級の人たちの優雅な暮らしを知ってしまいました。さらに、袖はその家の主人から可愛がられているので、その妻になれば上流階級の仲間入りを果たせます。

袖は、裕福な暮らしに憧れる一方で、両親が決めた相手との結婚を断ることはできないと思い悩みます。そして結局、その職人と結婚しました。しかし、結婚してからも桜町の主人からは手紙が届きます。

袖は夫への罪悪感から、まだ1通も開封していませんでした。そして、夫の帰りが遅い今夜、すべての手紙を読もうと考えています。

 

袖は、夫との間に生まれた子供を抱きながら、1通、また1通と手紙を開封します。そこには、袖への熱い思いがつづられていました。横には、子供の可愛い寝顔があります。今、夫が帰ってきたら急いで手紙を隠せるだろうかと袖は考えます。

手紙を読み終えた袖は、しばらくぼんやりと天井を見上げます。そして、目の前に散乱した手紙をまとめ、「殿、今こそお別れいたします」とほほえみながら、手を震わすことなく手紙を切り裂きます。

そして、炭火の中へ投げ込みました。煙は空にたな引いて消えていきます。袖は、執着が消えた嬉しさを噛みしめます。外を見ると、月の光がもれている軒で、風の音がしました。

『軒もる月』の解説

月の役割

本作で、月の存在はそこまで強調されません。しかし、タイトルになっているだけあって、その役割はとても大きいです。月は、袖の気持ちを動かすものとして機能しています。

まず、月は袖の夫の帰り道を照らすものです。そして、そんな月を家の中から見上げる袖は、夫のことを心配する献身的な妻です。

そうして、月を見ながら夫の身を案じていた袖は、月に誘われるように知らず知らずのうちに桜町の主人のことを考え出すのでした。月は、この無意識とも取れるような、袖の気持ちの動きをスムーズに行わせる役割を果たしているのです。

『軒もる月』と和歌

『軒もる月』は、和歌と密接にかかわっています。なぜ和歌なのかと言うと、一葉は幼い頃から和歌を学んでいたので、それを積極的に作品に取り入れた作家だからです。

「月」と主人公である「袖」に関してですが、両者は「袖に月が宿る」という風に和歌に詠まれることが多いです。「袖に月が宿る」とは、「袖で拭いた涙に月が映る」ということです。

そしてこの涙は、「物思いの涙」を表します。つまり、「袖」が「月」を眺めるとき、「物思い」の方向に考えが引っ張られるという連想ゲームが、和歌を通して行われているのです。

さきほど述べた、袖が桜町の主人に思いを寄せる描写は、こうした和歌から連想されるイメージで支えられています。

笠間はるな「月が照らす「妙変」-樋口一葉「軒もる月」論」(日本文芸論叢 2013年3月)

『軒もる月』の感想

袖にとっての桜町の主人

読み終えた後、「もったいない!」と思ってしまいました。確かに、子供を作ってしまった時点で手遅れな感じはしますが、それでも私なら玉の輿(こし)に乗る方を選ぶと思いました。

しかし、当時の時代背景を考えると袖の気持ちが分かる気がします。女性は、実家にいるときは両親、結婚したら夫に従うのが当たり前でした。身勝手な行動は厳禁だったので、子供を作っておいて他の男性と関係を持つなんてことはご法度(はっと)です。

当時、不倫は立派な犯罪でした。桜町の主人を選ぶとしたら、袖は罪に問われることに加えて、夫と離婚することになります。離婚は良くないものとされていたので、そんな勝手な理由で離婚したら、袖は社会的に殺されます。

さらに、顔に泥を塗られた桜町の主人の正妻から、仕返しをされることも考えられます。すべてを投げ打って桜町の主人のもとに行ったとしても、主人が100%袖のことを守ってくれる保障もありません。

 

そのため、袖はもともと桜町の主人を選ぶことを視野に入れてなかったのではないかと思いました。実際、手紙が煙になったのを見て「嬉しい」という感情を抱いていますし、袖にとって桜町の主人は胸に残るしこりだったのかもしれません。

最後に

今回は、樋口一葉『軒もる月』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

「どっちにしよう?」と悩む女性の苦悩が、上品に描き出されています。こんな内容でも風流な仕上がりにしてしまうのは、和歌の素養がある一葉ならではだと思います。ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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