純文学の文豪図鑑

五千円札の人「樋口一葉」ってどんな人?意外なエピソードやお札になった理由も解説

「5千円札の人」として誰もが知る樋口一葉ですが、彼女の人生について知っている人はどれくらいいるでしょうか?実は、借金返済のために一生を費やした苦労人だったのです。

今回は、樋口一葉の意外なエピソードやお札になった理由を解説します。

プロフィール

勉強熱心な少女時代

樋口一葉(本名:樋口奈津)は、1872年に麹町山下町(現在の千代田区)に三男三女の次女として生まれました。下級官吏の父は勤めの傍ら、金融や土地売買に関係していたので、一葉は中流階級(中の上くらい)の暮らしをしていました。

小学校に入学後、数回の転校をしたのち、12歳の時に小学校を首席卒業しました。しかし成績優秀だったにも関わらず、「女に学問は不要」と考える母の意見で家事見習いのために進級せずに退学しました。

一方で父は、向学心のある一葉に和歌を習わせました。そして14歳の時、「萩の舎(はぎのや)」という塾に弟子入りをします。この時、3つ年上の令嬢・田辺花圃(三宅雪嶺の妻)と知り合い、親交を深めます。

豊かな生活からの転落

しかしそんな時、一葉の父は事業で失敗をして、借金を残したまま病死してしまいました。他の兄弟は家を出ていたので、一葉は17歳にして家を継ぐことになりました。当時一葉と婚約していた男性は、負債が多いのを知って、一方的に婚約を解消してしまいます。

一葉はそのことにショックを受け、以後小説のほとんどが失恋というテーマを持つようになりました。そして本郷区(現在の文京区)に移り住んで、母と妹と3人暮らしを始めます。

一葉は針仕事や洗濯で生計を支えますが、それだけでは足りず、借金を繰り返す厳しい生活をしていました。

小説家・一葉

そんな時、萩の舎で知り合った田辺花圃が、女流作家として有名になりました。それに刺激された一葉は、朝日新聞小説記者の半井桃水(なからい とうすい)に師事し、小説を書き始めます。

そして処女作『闇桜』を発表しますが、2人の交際がスキャンダルとして萩の舎で広まってしまい、一時は桃水から離れました。

それに際して田辺花圃に世話になり、その後一葉はこれまでとはスタイルの異なる小説『うもれ木』を発表します。これが一葉の出世作になりました。そのお礼に桃水のところに行くなどして、晩年まで2人の付き合いは続いたと言われています。

吉原での生活

一葉は『うもれ木』の数か月後には『暁月夜』、その1か月後には『雪の日』を執筆し、ものすごいスピードで作品を発表します。

一方で、生活を少しでも楽にしようと、吉原遊郭(政府公認の遊女屋)のある下谷区龍泉寺町(現在の台東区)に移り住み、子供相手の駄菓子やおもちゃを売る店を開きます。しかし、1年足らずで経営に失敗してしまいました。

一葉は吉原周辺での特殊な経験をもとに、『たけくらべ』を執筆しました。この非日常的な空間で必死に生きた一葉にしか書けない、重さや遊郭の様子が描かれています。

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奇蹟の14か月

一葉は本郷区(現在の文京区)の銘酒町に移り、わずか1年2か月の間に『大つごもり』『ゆく雲』『たけくらべ』『十三夜』『分かれ道』『うすむらさき』の前半、『われから』を発表しました。

幸田露伴(こうだろはん)や森鷗外は、同人誌(作品を発表する場を求める人たちが集まり、自費で出版する雑誌)で『たけくらべ』を絶賛します。そして『うすむらさき』が未完のまま、24歳で亡くなりました。

代表作

『にごりえ』・『たけくらべ』

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ページ数 287ページ
出版年 1949年
出版社 新潮社

エピソード

お札になった理由

一葉の肖像は、2004年の変更の際、津田梅子・与謝野晶子の候補者の中から選ばれました。女性としては、1881年に採用された神功皇后以来、123年ぶりで2人目の採用という快挙です。

財務省によると、女性の社会進出への配慮で、知名度の高い女性の文化人を選ぶ際に、一葉が候補に挙がったのだと言います。

さらに、お札の肖像に選ばれるには様々な条件があります。1つは教科書に載っている等で、一般に広く知られていること、もう1つは偽造防止のために精密な写真が手に入ることです。

これらの条件を満たした一葉が、5千円札の肖像に選ばれました。2024年には5千円の肖像は津田梅子に変更されますが、その次は与謝野晶子かもしれませんね。

男性を魅了した美しさ

女流作家・樋口一葉の誕生は、男性社会の文壇(作家・批評家のグループ)で話題になりました。特に、一葉が非常に美しかったことが男性たちの興味を引いたと言われています。

25歳という若さで亡くなったことも、「可憐で健気な悲劇の美女」というイメージと結びついたのだと思われます。

 

そのようなわけで、一葉の死後は「一葉のことをもっと知りたい」と思う知識人が増えました。そんな時に見つかったのが、一葉の日記です。

「一葉が普段考えていたことが小説にも反映されているかもしれない」=「日記は作品を分析するうえで重要な資料だ」という発想から、以後小説家の全集には巻末に日記が付けられるようになりました。

全集の様式を変えてしまうというのは、ものすごい影響力です。確かに、一葉は眉がきりっとしていたり、鼻筋が通っていたりして「綺麗なお姉さん」の雰囲気を醸し出しています。

最後に

今回は、樋口一葉の人物像にフォーカスを当てました。

幼い頃に裕福な暮らしをしていた分、転落してからの人生は彼女にとって厳しいものだったのではないかと思います。

士族の出身という誇りを常に持っていたので、苦しい生活をしつつも「自分は周囲の貧しい人たちとは違う」という気持ちを持っていたかもしれません。

そんな中でも、女性でありながら学ぶ姿勢を失わずに文学と向き合って、数少ない女流作家として生き続けた一葉は、同じ女性として憧れる存在です。

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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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