純文学の書評

【川上未映子】『あなたたちの恋愛は瀕死』のあらすじ・内容解説・感想

『あなたたちの恋愛は瀕死』は、1人の女の新宿徘徊を描き、既存の価値を疑うことをテーマとした作品です。

今回は、『あなたたちの恋愛は瀕死』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『あなたたちの恋愛は瀕死』の作品概要

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著者川上未映子(かわかみ みえこ)
発表年2008年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ価値

『あなたたちの恋愛は瀕死』は、2008年に文芸雑誌『文學界』(3月号)で発表された川上未映子の短編小説です。暇を持て余す女が、物の価値や女の価値、人間の価値を考える物語です。『乳と卵』という作品の単行本に収録されています。

著者:川上未映子について

  • 1976年大阪府生まれ
  • 『わたくし率イン歯ー、または世界』でデビュー
  • 『乳と卵』で芥川賞受賞
  • メディアを問わず活動中

川上未映子は、1976年生まれ大阪府出身の詩人・小説家です。2007年に『わたくし率イン歯ー、または世界』でデビューし、2008年には『乳と卵』で芥川賞を受賞しました。その後も『ヘヴン』『あこがれ』などの作品を発表し、数々の文学賞を獲得しました。

かつては歌手として活動していたこともあり、ラジオやテレビ、映画など幅広く活動しています。英訳されている作品もあり、海外からの注目も集めている作家です。

川上未映子 公式サイト

『あなたたちの恋愛は瀕死』のあらすじ

冬の夕方、新宿にいる女は4時間後の待ち合わせまでの時間をつぶしています。ティッシュ配りの男にティッシュをもらった女は、なんとなく男の様子を目で追いました。そして、女は男に声をかけるところを想像するのでした。

登場人物紹介

着飾ることが好きな女。ティッシュ配りの男に目を付ける。

新宿でティッシュ配りをしている。不当に扱われ、いらだちを抑えながら仕事をしている。

『あなたたちの恋愛は瀕死』の内容

この先、川上未映子『あなたたちの恋愛は瀕死』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

価値は後づけ

若い女

冬の夕方。は、新宿にある百貨店の化粧品売り場にいました。女は、きらきら光るライト照らされた鏡の中の自分を見て、まつげの反りをチェックします。

百貨店から出た女は、大きな看板に目を取られたときに、前からやって来た若い女にぶつかられました。若い女は、大きな目や白い頬を持っており、短いスカートを履いていました。

若い女は謝らず、鼻をすんと鳴らして去って行ってしまいます。女は、その若い女に何も言えませんでした。

ティッシュ配りの男

横断歩道を渡って紀伊国屋と靴屋の角にさしかかったとき、女はティッシュ配りをしているにティッシュを渡されます。女は男の目をのぞきこんで「ありがとう」と言いながら受け取りました。男は、無理やり目薬をさされたような嫌悪感を覚えました。

女は、紀伊国屋の前で男のことをながめます。ふと、女は行きずりの恋愛をする想像をしました。女は、男に「へーい」と声をかけることを考えながら紀伊国屋に入ります。

紀伊国屋の安っぽい蛍光灯の下では、店内の人が急速に年老いていくように思え、女は身体をふるわせました。出口に向かった女は、天井の隅に付けられた鏡の中の自分を見て、「とんでもないわ」と思いました。

絶望

女は出口のところで、コンパクトをのぞきこんで粉をはたきます。そして、まだティッシュ配りをしている男に近づき、「へーい」と声をかけました。ふいに肩を叩かれた男は、灰色の女の顔におどろいて反射的に女を殴り倒していました。

男は初めて振るった暴力に興奮し、さらに殴り続けたいという衝動を抑えるのに必死です。女は頭を打ち、動けないでいました。ハンドバッグが大きく開いたため、中の化粧品が散らばっています。

コンパクトは遠くに飛ばされ、粉は割れてしまいました。さらに遠くに飛ばされた鏡も、通行人に踏まれています。打ちつけられた女の頬には、どんなに小さな光も届かないのでした。

『あなたたちの恋愛は瀕死』の解説

光と鏡

この作品のキーワードは、「光」と「鏡」だと思いました。光と鏡は連動しており、プラスなものとしても登場するし、マイナスなものとしても登場します。簡単に言うと、「女を美しく見せる光・鏡」と「女を醜く見せる光・鏡」があります。

百貨店では、「貴金属を照らす用のきらきらしいライト」に照らされた「女の顔はどの鏡で見るよりもロマンティックな具合に見え」ましたし、薄水色の光のなかで「浮かびあがる女の鼻は少しチャーミング」に見えました。

逆に、女を醜く映したのは紀伊国屋の鏡です。女には、安っぽい蛍光灯の光に照らされた人が急速に老いていくように感じられました。

同時に、女は天井の鏡に映った自分を見てその醜さに幻滅します。百貨店と紀伊国屋の光と鏡にはへだたりがあることが分かりますが、両者にはどのような違いがあるのでしょうか?

 

私は、百貨店と紀伊国屋の光と鏡の役割が違うため、女の顔の見え方が変わったのだと思いました。

百貨店の鏡の役割は、顧客に「この化粧品を使って美しくなった」と思わせることです。百貨店の使命は、顧客にいい思いをしてもらって商品を買ってもらうことだからです。

百貨店の場合、「美しい」を確認するためのツールが鏡で、「美しい」を演出するために使われるのがきらきらした光です。

百貨店の鏡は、光を使って人が美しく見えるように加工されています。百貨店の中で女の顔が美しく見えたのは、このように百貨店の戦略によって鏡の中身が補正されていたからです。

 

一方で、紀伊国屋の鏡の役割は監視することです。また、安っぽい蛍光灯が使われているのは、店内が明るければいいからです。本や人の顔を光によって美しく見せる意味がないため、紀伊国屋の光はきらきらする必要がありません。

そのため、女の顔は補正されることなく、天井の鏡に映ってしまったのでした。

紀伊国屋の光と鏡は、無機質で機能的です。自分を美しく見せることに、全力で協力してくれる百貨店の光や鏡と比べたとき、紀伊国屋の光と鏡は冷たくていじわるです。

だからこそ、紀伊国屋に入った女は「こんなところにいては。息ができない」という風に居心地の悪さを感じたのだと思いました。

価値の流動性

私は、『あなたたちの恋愛は瀕死』の主題は「価値の流動性」だと思います。この小説には、「物の価値」「女の価値」「人間の価値」という3つの価値の話が盛り込まれています。

まず、「物の価値」についてです。女は新製品が出たら必ず買うほど化粧が大好きです。

しかし、販売員からクリームを見せられたときには「どこにでもある匂いだし、初めてかぐような匂いにも思えるし、すごくよさそうだし、たいしたことのないような」と矛盾したことを言っています。

女は、そのクリームに本当に価値があるのかないのか分かっていないのです。

 

次に、「女の価値」です。百貨店から出たごきげんの女は、前からやって来た若い女にぶつかられて手をつきました。そのとき、女は「とっさに目をそらし」ました。若い女が、短いスカートを履いていて、張りのみなぎる生脚の持ち主だったからです。

どんなに化粧をしても隠せないのは老いです。若い女は、その若さを惜しげもなく出していました。自信に満ちあふれていた女の価値が、若さを前にして大暴落した瞬間です。

若い女が上から見下ろしていて、女が汚いアスファルトに手をついているという構図からも、このシーンでの勝者が若い女で、敗者が女ということが分かります。

 

最後に、「人間の価値」です。ティッシュ配りの男は、「渡したティッシュをえらそうに叩き落すこいつらだって、僕がおまえらの客になることだってあるんじゃないのか」と言っていました。

ここでは、下に見られているティッシュ配りの男と、えらそうに叩き落す人の立場が逆転する可能性が示されています。

また、男は女を殴ったとき、「灰色に浮かび上がるぞっとするような女の顔」を見ていました。しかし、女は男に話しかける前にお粉をはたいていたので、顔は白いはずです。

女は「魔法のお粉」をつけて自分の顔を白くし、価値をアップさせたと思っていたのに、男にとってそれは何の意味もありませんでした。

 

アンダーラインを引いたところに共通しているのは、価値の揺らぎ・逆転が描かれているということです。このことから、「価値は定まったものではない」というメッセージが読み取れると思います。

『あなたたちの恋愛は瀕死』の感想

魔法のかかった場所

解説の「光と鏡」では、光と鏡の役割から顔の見え方について説明しました。もっと感覚的なことを言うと、私は百貨店の魔法が顔の見え方を変えているんだと思います。

百貨店の1階は、煌々(こうこう)としたライトで照らされていて、さらに真っ白でつるつるの床やテーブルがその光を照り返していて、遠くから見ると本当に光を放っているように見えます。

いろんなメーカーの化粧品や香水の匂いが混ざり、免税店みたいになっているのも相まって、百貨店の1階はどこか非日常で魔法がかかっているように思える場所です。

 

そんな場所では、冷静に鏡を見ることなんかできません。百貨店のような不思議な空間で、自分がいつもより良く見えるのは当たり前なことなので、女はきっとそういう百貨店の魔法にかかっていたんだと思います。

百貨店から出れば魔法は解けてしまうので、現実から逃げる女の気持ちは分からなくもないなと思いました。

まるとしかく

作品の中で、女に快感を与えるものには「丸」の記号が与えられていて、逆に不快にさせるものには「四角」の記号が与えられていることに気づきました。

例えば、冒頭には「楕円形の鏡のなかの女の顔はどの鏡で見るよりもロマンティックな具合に見える」「手をおいたカウンターのなかからも薄水色の光がまあるく膨らんでいて」「そのなかで浮かびあがる女の鼻は少しチャーミング」に見えたとあります。

また、女は男に声をかける前にコンパクトをのぞきこみました。普通、コンパクトは丸いので女が使っていたものも丸いとすると、「丸」は女を綺麗に見せるもの(=女を気持ちよくさせるもの)の記号として登場しています。

一方、紀伊国屋に入った女は、「どこまでも平坦で、まるみはないし」と四角い本がずらりと並んでいる様子に悪態をつきます。さらに、男は最終的に女に危害を加えました。その男が配っていたのは、「四角い」ティッシュです。

 

これが何を示すのかは、この作品を読んだだけでは分かりませんでした。もしかしたら、これらの記号は他の川上作品の中に登場するかもしれないので、今後検討したいと思いました。

絶望的なラスト

この小説は、かなり絶望的な終わり方をしています。女はくすぶっている男のサンドバッグにされてしまいましたし、魔法のコンパクトは割れ、鏡は踏まれ、光は頬に少しも届かないと語られていました。

割れたコンパクトが骨に見えたり、頬に血がにじんでいるという描写があったりするので、たぶん女はこの段階で死んでいると思います。ただ、死にっぱなしではない気がするのも確かです。

 

その根拠は、『あなたたちの恋愛は瀕死』が収録されている場所にあります。この作品は、『乳と卵』という単行本に収録されています。表題になっている『乳と卵』は、母と娘が衝突して和解に向かうきざしが見えたところで、物語が締められています。

『乳と卵』では、「母娘の関係はいったん崩れて、それを修復するために再出発する」という希望が感じられます。『あなたたちの恋愛は瀕死』の女は、化粧品も鏡も心も体も壊されました。これは、リセットを表していると考えられないでしょうか。

もちろん、書かれた時期が近かったから、たまたまこの組み合わせで収録されたのだと思います。しかし、1日でプライドをあそこまでずたずたにされた人が、また同じような生き方をするとは思えません。

とどこおっていた生き方をいったんすべて壊して、また新しくスタートするニュアンスが、あの絶望的なラストにはあるんだと私は思います。

最後に

今回は、川上未映子『あなたたちの恋愛は瀕死』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

男と女の内面が交互に語られる、変わった語りが面白いです。ぜひ読んでみて下さい!

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ABOUT ME
yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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