『You can keep it.』は、すぐに人に物をあげるという、変わった癖がある大学生が主人公の作品です。
今回は、綿矢りさ『You can keep it.』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『You can keep it.』の作品概要
著者 | 綿矢りさ(わたや りさ) |
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発表年 | 2001年 |
発表形態 | 書き下ろし |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 孤独 |
『You can keep it.』は、2001年に綿矢りさによって書き下ろされた短編小説です。物をあげることで人と繋がろうとする大学生が、初めてそうした考えなしに付き合いたいという人に出会う様子が描かれています。
『インストール』という文庫に収録されています。
著者:綿矢りさについて
- 1984年京都府生まれ
- 『インストール』で文藝賞を受賞
- 『蹴りたい背中』で芥川賞受賞
- 早稲田大学教育学部国語国文科卒業
綿矢りさは、1984年に生まれた京都府出身の小説家です。高校2年生のときに執筆した『インストール』で、第38回文藝賞を受賞し、2003年には『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞しました。
19歳での芥川賞受賞は、いまだに破られていない最年少記録です。早稲田大学を卒業後、専業作家として精力的に活動しています。
『You can keep it.』のあらすじ
大学1年生の城島は、友人に物をあげる癖があります。これは、城島なりの処世術です。友人は物を求めて城島のもとにやって来ます。
城島はそれで良いと思っていましたが、意中の相手・綾香には、初めて「高価なものではなくちょっとした物を手渡したい」と思ったのでした。そこで、城島は海外に行ったことがないにもかかわらず、「インド土産」と嘘をついてインドの絵葉書を綾香に渡したのでした。
登場人物紹介
城島(じょうしま)
大学1年生。他人に物をあげる癖がある。
保志(ほし)
城島の友人。何かにつけて城島から物をもらっている。
三芳(みよし)
城島の友人。城島と綾香の間を取り持つ。
綾香(あやか)
三芳のクラスメイト。芯が通っている健康的な少女。
『You can keep it.』の内容
この先、綿矢りさ『You can keep it.』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
意図とプレゼント
あげること、すぐ去ること
大学1年の保志と三芳は、それぞれ城島からもらった腕時計と香水について、「おもしろいよな。褒めただけでくれるなんて。こんな事して、あいつに何の得があるんだ?」と話しています。
城島は、大学入学後に開かれた高校の同窓会で、「物を撒くと人の心には芽が出るんだ――喜びと警戒で頭を重くした双葉がね、それでその双葉の鉢を抱えて人は俺としゃべるわけだけど、両手のふさがった奴なんかに俺が負けるわけないのさ」と豪語するのでした。
小学生のころ、城島はクラスの笑いの対象になっていたオーストラリアからの転校生に話しかけたことがありました。城島が転校生の持っていた鉛筆を褒めると、転校生は「You can keep it.」と言って鉛筆を城島に渡しました。
他の子も鉛筆をもらうと、悪意に満ちていた空気が和みました。そして、鉛筆を挙げた転校生が優位に立っていることに気づいたのです。まもなく転校生はまた転校してしまいました。そこで、城島は「あげること」と「すぐ去ること」を学びました。
簡素なプレゼント
入学してしばらくたったころ、城島は大学の食堂で保志に話しかけられ、着ていたレモン色の麻のシャツを褒められます。保志が「俺も欲しいな、そういうの」と言うと、城島はその場でシャツを脱いで保志にあげてしまいました。
食堂を出て大学内を歩いていた城島は、気になっていた綾香という女の子に遭遇します。しばらく話した後、城島は綾香に何かプレゼントしたいと思いました。
値段が張るものでなく、命の短いものを手渡したいと考え、アジアン雑貨店でインドの絵葉書を買いました。
嘘
城島は、外国には一度も行ったことがありませんでしたが、「インド行ってきたから、そのお土産」と言って絵葉書を手渡しました。すると、インドに強い思い入れのある綾香は喜び、城島に感想を求めます。
しかし、綾香は城島が返答に困っているのに気づき、「これ、返す」と言って絵葉書を返してしまいました。
それを見ていた三芳は、城島に「保志と私と一緒にどこかに行こうよ」と言い、インドに行くことになりました。綾香にも声をかけたあと、城島に指で丸を作って見せます。城島は、インドで綾香に「どうして嘘をつくの?」問い詰められる予感がしました。
『You can keep it.』の解説
3人称への挑戦
城島は(中略)さっとボタンを外しシャツを脱いで保志に渡した。保志はありがとうを言う前に城島の意外なくらい貧弱な上半身に目を奪われた。
この文の「奪われた」という部分は、本来は「保志はありがとうを言う前に城島の意外なくらい貧弱な上半身を見つめた」となるはずです。
「目を奪われた」というのは主観的(1人称的)な表現で、『You can keep it.』が採用している3人称(客観的)とは合わないからです。
本作は、綿矢りさが初めて3人称で書いた小説です。そのことと、3人称小説なのに1人称的な表現が登場することは、何か関係があるような気がします。
綿矢りさは、常識にとらわれない斬新な3人称小説の描き方を、本作で実践したのではないでしょうか。
『You can keep it.』以降、綿矢りさが3人称小説を立て続けに書くことを考えると、本作は綿矢作品のなかで重要な立ち位置にあるということができそうです。
『You can keep it.』の感想
利己的で人間的
城島は、一見気前の良い人に見えて、実はいじめられることを恐れている人物です。
「物を撒くと人の心には芽が出るんだーー喜びと警戒で頭を重くした双葉がね、それでその双葉の鉢を抱えて人は俺としゃべるわけだけど、両手のふさがった奴なんかに俺が負けるわけないのさ」
この発言に表れているように、城島はいじめられたくない反面、他人よりも優位に立っていたいという願望の持ち主です。この部分が、利己的で汚くて非常に人間的だと思いました。
『You can keep it.』を読んでいて真っ先に思い浮かんだのは、太宰治の小説です。太宰の作品には、心理戦や駆け引き、一筋縄ではいかない煩雑な人間関係が描かれている作品があり、実際に太宰はそうしたものに心を悩ませた人物です。
このような小説は、あまりにもリアルで読んでると息苦しくなってくることがあります。しかし、その見たくない人間の嫌な部分をあえて見つめて赤裸々に描写するという点で、太宰作品と本作には共通点があると思いました。
最後に
今回は、綿矢りさ『You can keep it.』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
短編で読みやすく、インドに行きたくなる作品です。人間関係の構築について共感できる部分も多い作品なので、ぜひ読んでみて下さい!