純文学の書評

【吉本ばなな】『うたかた』のあらすじと内容解説・感想

「実は異母兄弟かもしれない」という疑いがありながらも、果てなく恋に落ちる男女が描かれる『うたかた』。

今回は、吉本ばなな『うたかた』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『うたかた』の作品概要

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著者吉本ばなな(よしもと ばなな)
発表年1991年
発表形態雑誌掲載
ジャンル中編小説
テーマ恋愛

『うたかた』は、1991年11月に福武文庫として刊行された吉本ばななの中編小説です。めかけの子として育った少女が、血がつながっている可能性のある青年と恋に落ちる様子が描かれています。

著者:吉本ばななについて

  • 日本大学 芸術学部 文芸学科卒業
  • 『キッチン』で商業誌デビューを果たす
  • 「死」をテーマとしている
  • 父は批評家・詩人の吉本隆明(よしもと たかあき)

吉本ばななは、日本大学 芸術学部 文芸学科を卒業しており、卒業制作の『ムーンライト・シャドウ』で日大芸術学部長賞を受賞しました。『キッチン』が『海燕(かいえん)』という雑誌に掲載され、吉本ばななは商業誌デビューを果たしました。

吉本ばななが在学中、ゼミを担当していた曾根博義さんは「吉本ばななの小説は、あらゆる点でこれまでの小説の文章の常識を超えている」と評価しています。

作中では「死」が描かれることが多いですが、単に孤独や絶望を描くのではなく、人物がそれを乗り越えようとするエネルギーを持っているところが特徴です。父は批評家で詩人の吉本隆明で、姉は漫画家のハルノ宵子です。

『うたかた』のあらすじ

鳥海人魚はめかけの子供です。父親である人物は人魚とその母を囲っていますが、同居はしていません。

19歳になった人魚は、人魚の父の家で暮らしている嵐という青年と出会います。人魚は父に電話をし、嵐が父の子でないことを知って安堵(あんど)しました。

それから人魚の父と母はネパールへ行ってしまい、その間に人魚と嵐は仲を深めます。

ところがそんなとき、人魚の母が体調をくずしてしまいます。代わりに嵐がネパールへ行くことになってしまい、残された人魚は複雑な気持ちになってしまうのでした。

登場人物紹介

鳥海人魚(とりうみにんぎょ)

19歳の女子大生。母親と2人でマンションで暮らしている。

人魚の母親

人魚の父親のめかけのような存在。人魚の父親のネパール行きについて行く。

高田嵐(たかだ あらし)

21歳。母親の真砂子に捨てられ、人魚の父親に引き取られた。実の父親が人魚の父であるかは不明。

人魚の父親

人魚とその母を経済面で面倒を見ている。定職についておらず未婚。嵐を引き取ったが、嵐の父親であるかは不明。

真砂子(まさこ)

嵐の母親。嵐を人魚の父の家に捨てて逃げた。

『うたかた』の内容

この先、吉本ばなな『うたかた』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

止められない恋心

捨て子の嵐

鳥海人魚は、「地上の万物から愛されるように」という思いから、その名を付けられました。

人魚は、人魚の父親である人を嫌っています。人魚の母は父の恋人で、父はとなり町の廃屋のような家に住んでいます。

当時小学生になったばかりの人魚は、その廃屋にという2歳年上の少年が住んでいることを母から明かされます。嵐の母は真砂子と言い、嵐を廃屋に捨てて逃げたのです。

人魚の母は、「もしもその子が真砂子ちゃんの子だったら、悲しいなって、今、思ったのよ。まあお父さんは否定してるんだけれど、だったらどうしてお父さんの家の庭に捨てちゃうのよねぇ」と言いました。

偶然の出会い

人魚が19歳になったとき、突然ネパールに行くことになった父に母がついて行くことになりました。

1人になってしまった人魚は、あるとき町で嵐と出会います。一緒に帰りながら2人は言葉を交わし、嵐は「もしかしたら、本当の兄妹かもしれないからな」と言いました。人魚の胸には、嵐の印象が深く刻み込まれました。

 

あるとき、人魚は父親に「嵐は本当はお父さんの子なの?」とたずねます。父は、それを否定します。人魚は、自分と嵐は家族のようでも兄妹ではない、という事実を知るのでした。

それから、人魚は嵐の家に行ったり、2人でお茶をしたりと嵐との仲を深めます。2人は「お互いに好感以上のもの」を感じていますが、その理由を人魚は「多分、親が同じだからだ」と思うのでした。

別れ

別れは突然やってきます。ネパールで体調を崩した人魚の母の代わりに、嵐がネパールに行くことになったのです。

帰国した人魚の母は、精気をまったく失った状態で、自殺を図りそうになるほど精神的に弱っていました。慌てた人魚は、とっさに北海道に住んでいる祖母を呼び寄せます。それから、人魚の母は生きる気力を取り戻して行くのでした。

4人家族

春を感じさせる暖かい日、人魚はネパールから帰国した父と町で会いました。父は、「来月にはおまえの大好きな嵐が帰ってくるってさ」と告げました。

人魚は胸に沸き起こる喜びを噛みしめ、去って行く父の姿を切ない気持ちで見送るのでした。

『うたかた』の解説

父親の存在

人魚の父は、親の財産を食いつぶし、女性にだらしなく、定職についていない自由奔放な人物です。しかし、人魚やその母、嵐は父に翻弄されながらも父を認めています。

久しぶりに嵐が住む父親の家を訪れた人魚は、「私は今までのように、父を単なる邪魔者としては見なくなっていることを知った」と語っています。さらに母が体調を崩しているときは、父の存在の大きさを実感しています。

今まで、こんなふうに不安になったことはなかったのに、と思って初めて本当に父の存在感を知った。私が大丈夫だったのは母がしっかりしていたからにすぎない。そして母は、父に支えられていたのだ。こんなにも、私たちは家族だった。父は必要な人だった。

またネパールから帰った父は、母の大好物のいちごがたくさん入った袋を持っており、人魚は「父の言葉やなりよりもたくさんのことを語っているような気がした」という感想を抱いています。

 

一緒に暮らしていなくても、法の上では家族でなかったとしても、人魚にとって父は父であることに変わりはないのです。

吉本ばななの作品には、このような従来の形にとらわれない家族像が描かれることが多々あります。『キッチン』や『満月』がそれにあたるので、合わせて読んでみて下さい!

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大人になる

「だからこれは、母の小旅行によって突然長い眠りから覚めてしまったような私の、ちょっとした物語である。」

冒頭で、人魚はこのように語ります。『うたかた』は、このように人魚が一皮むける様子が描かれている物語でもあります。

 

複雑な家庭環境で育った人魚は、「自分は歳よりも大人びている」と自負しています。しかし、初めて父親とまともな会話をした人魚は緊張してしまい、自分がまだまだ子供であることを実感するのでした。

父と初めてまともに会話した恐怖と、妙な喜びの気持ち。息が詰まるほどの緊張。
ああ、私はまだ子供なんだ。

また、以下は人魚の母親が包丁で腕を切ろうとしたところに、人魚が遭遇した場面です。

「お母さん。」私はまったく幼児だった。涙があとからあとからあふれ、うまく口がきけなかった。

 

母のネパール行きや嵐との出会い、父との会話、母の自殺未遂……さまざまなことを経験した人魚は、嵐の「俺たち、もう子供じゃないんだから」という言葉を否定せず、素直に「うん、私もそう思った」と言えるようになりました。

そしてただうとうと夢の中で眠っていればよかった嵐と出会う前の日々にたまらない郷愁を感じた。あの頃の私は本当になにもしなくていい、なんにも傷つかない幸せな子供だったのだ。

母の小旅行や嵐との出会いの前後で、人魚を取り巻く環境はまったく違うものに変化しました。人魚は、それまでの生活を「ただうとうと夢の中で眠っていればよかった日々」と表現し、今までの自分がぬるま湯につかっていたことを実感しています。

一連の出来事は、人魚が大人になるために必要不可欠な要素だったのでした。

『うたかた』の感想

恋に翻弄される母親

人魚の母は、いつまでも人魚の父に恋をし続ける人物です。また、「うそのような本当のようなことを真顔でうっとりと言うような」不思議な女性でもあります。人魚は、そんな少女のような少し変わった母を認め、大切に思っています。

 

そんな母を認める寛大な人魚と対照的なのは、堀辰雄『菜穂子』の登場人物・菜穂子です。人魚の母と菜穂子の母は似ているところがあります。しかし、その娘である菜穂子の対応は人魚とは一線を画すものです。

菜穂子の母親は、夫を亡くした後に森という男からアプローチされます。森に気を取られていた母は、菜穂子をよそに森のことで手いっぱいになってしまいます。

そうして、森の恋心に振り回されている母親を幼い頃に見た菜穂子は、母と距離を置くようになります。同時に菜穂子は母を反面教師とし、自分は愛のない結婚をしようとするのでした。

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菜穂子の母と同じく、人魚の母は父にいつまでも恋をしており、人魚はそれに振り回されてきました。しかし、人魚は母のことを認めています。人魚と菜穂子の境遇は似ていますが、人魚の方が大人な対応をしていると感じました。

不確定さを解消する

人魚と嵐は、「実は兄妹かもしれないし、そうじゃないかもしれない」という疑惑をはらんだ関係です。作中では両方の可能性が示されており、人魚と読者を惑わせます。

もしもその子が真砂子ちゃんの子だったら、悲しいなって、今、思ったのよ。まあお父さんは否定してるんだけれど、だったらどうしてお父さんの家の庭に捨てちゃうのよねぇ

人魚の母親は、嵐の母親が父の家に嵐を捨てたことに触れ、人魚の父が嵐の父だと疑っています。しかし、人魚の父はそれを否定します。

俺は、あいつの母親の真砂子とはやってない。いっぺんもだ。手を握ったことすら、ない。(中略)俺の所に捨てたのは俺に金があったことと、おまえの母親にあてつけたんだろう。

「本人が言うんだからそうなんだろう」とも思いますが、注意したいのは父親が冗談ばかり言う性格であることです。ウソつきの父の言うことを100%信用することはできないため、この発言はあまりあてになりません。

 

矛盾する発言のせいで、読者はますます混乱します。しかし、人魚は人魚なりにこのあいまいさを克服しました。

結局、人魚は「元から家族は4人なんだ」と思い、しかし嵐と「兄妹としてではな」いキスを交わし、肉親とも恋人ともつかないような関係を築きます。人魚と嵐の関係は、このように言語化できないものとして消化されました。

同じく不思議な距離感の男女を描いた作品に、同作者の『キッチン』『満月』があります。この作品の男女は、関係を無理やり型に押し込めようとする周囲の人をよそに、自分たちらしい関係を作り上げる過程が描かれています。

異母兄弟というテーマ

『うたかた』を読んでいて思い浮かべたのは、恩田陸『夜のピクニック』です。『うたかた』と同じく、異母兄弟が登場するからです。『夜のピクニック』は、異母兄弟の男女が歩行祭という学校行事を通じて心をかよわせる物語です。

『夜のピクニック』では、お互いが確実に異母兄弟だと認識している状態から交流がスタートします。そのため、人魚と嵐のような肉親とも恋人ともつかないような甘い関係ではありません。

居心地の悪い気まずさ、相手を変に意識してしまう感じがリアルに描かれており、また違った異母兄弟像を提示する小説です。

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最後に

今回は、吉本ばなな『うたかた』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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