純文学の書評

【堀辰雄】『菜穂子』のあらすじ・内容解説・感想

『菜穂子(なおこ)』は、ジブリ映画「風立ちぬ」のヒロインの名前として有名になりました。映画の中で、菜穂子は芯の強い女性として描かれていますが、小説の菜穂子も確固たる自己を持っている人物です。

今回は、堀辰雄『菜穂子』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『菜穂子』の作品概要

著者堀辰雄(ほり たつお)
発表年1934年~1941年
発表形態雑誌掲載
ジャンル長編小説
テーマ生と死

『菜穂子』は、1934年に文芸雑誌『文藝春秋』(10月号)、1941年に雑誌『中央公論』(3月号)、1941年に文芸雑誌『文學界』(9月号)で発表された堀辰雄の長編小説です。

主人公の母親との確執(かくしつ)や愛のない結婚、主人公が死と向き合う様子が描かれています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:堀辰雄について

  • 「生死」をテーマにした作品が多い
  • 芥川龍之介に師事する
  • 古典や王朝女流文学に目を向ける
  • 48歳のときに結核で亡くなる

堀辰雄は、20歳前後のときに関東大震災で母親を亡くしたことによる心労で、結核にかかってしまいました。その影響で、「生と死」がテーマとなっている作品が多いという特徴があります。

室生犀星(むろう さいせい)から芥川龍之介を紹介され、堀は芥川のことを父親のように慕いました。その後、古典や王朝女流文学を作品に興味の幅を広げ、平安朝が舞台の『曠野(あらの)』や、日記体が採用されている『菜穂子』を執筆しました。

晩年は結核の症状が悪化し、戦後は作品の発表がほぼできないまま、闘病生活の末に亡くなりました。

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『菜穂子』のあらすじ

夫を亡くした三村夫人は、娘の菜穂子と避暑地に行くようになりました。そこで、三村夫人は森という作家と出会います。三村夫人と菜穂子、森は親交を深めますが、森が三村夫人に恋愛詩を送るようになると、菜穂子と三村夫人の関係はぎくしゃくしていきます。

この確執は解消されることなく、やがて菜穂子は三村夫人に相談をしないまま、勝手に結婚して家を出て行ってしまいました。

東京の建築事務所で働いている明は、子供の頃に避暑地で仲良くしていた菜穂子とすれ違います。明は、「菜穂子は幸せそうじゃなかった」と感じるのでした。一方で菜穂子は、息苦しい結婚生活を送っています。

そんなとき、菜穂子は血を吐いてしまい、サナトリウム(高原療養所)に入ることになりました。そこで菜穂子は、「なぜこんな結婚をしたのか」「他の生き方はなかったのか」とこれまでの人生を振り返るのでした。

登場人物紹介

菜穂子(なおこ)

主人公。少女時代、毎年母と別荘のあるO村で過ごしていた。母親から逃れるために愛のない結婚をする。

三村(みむら)夫人

菜穂子の母で未亡人。森に恋愛詩を送られて困惑する。O村の別荘で狭心症の発作で亡くなった。

森(もり)

有名な作家。O村の隣村のK村のMホテルによく滞在していた。三村夫人より5、6歳年下。三村夫人に恋愛詩を送った後、北京で突然病死する。

圭介(けいすけ)

菜穂子の夫。丸の内にある商社に勤務している。大森の古い屋敷で、母と菜穂子と暮らしている。

明(あきら)

菜穂子の幼馴染。銀座の建築事務所で設計の仕事をしている。菜穂子が結婚してからも、菜穂子のことを忘れられないでいる。

『菜穂子』の内容

この先、堀辰雄『菜穂子』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

母親からの逃避

楡(にれ)の家

『菜穂子』は、「楡の家」「菜穂子」という風に2つに分かれています。「楡の家」は、三村夫人が菜穂子に読ませるために書いた手記と、それを受けた菜穂子の追記で構成されます。

三村夫人は、菜穂子との間の気づまりな重苦しい空気の正体を、手記で振り返りました。そしてとの出会いや、語られなかった2人の間柄を語ります。

そして森が突然北京で亡くなったときに、胸が苦しくなったことを明かします。これは狭心症の最初の発作でした。さらに、菜穂子が三村夫人に反発するように結婚したことにも言及して、手記は終わります。

菜穂子は結婚してから数か月後に、この母の手記を読みました。読み終えた後、母と自分に一種の似たようなものを感じると同時に、それに対する嫌悪を感じます。そして、菜穂子は母の手記を楡の木の下に埋めました。

菜穂子の入院


あるとき、は銀座で夫と歩く幼馴染の菜穂子を偶然見かけます。しかし、その様子は全く幸福そうには見えませんでした。

明の叔母の別荘と菜穂子の家の別荘は隣同士で、2人はかつて友達でした。しかし、快活で明るかった菜穂子は、母親の森との恋愛の影響で心を閉ざすようになり、いつしか明とも疎遠になったのです。

一方で菜穂子は、嫁いだ先の姑との暮らしの雰囲気に合わずに疲れ果てていました。そんなある日、菜穂子は血を吐いてしまい、八ヶ岳山麓(やつがたけさんろく)の結核療養所に入院することになりました。

明は菜穂子を見かけてからと言うもの、仕事に身が入りません。心配した所長から休みをもらい、明はO村を訪れます。そこである娘と出会い、彼女との交流を通して、過去のことや菜穂子のことを思い浮かべました。

2種類の孤独

菜穂子は、姑や夫の中にいるときに感じる精神的な孤独とは違い、療養所の世間から隔絶された孤独な生活に居心地の良さを感じます。

そんな時、今まで一度も見舞いに来なかった夫・圭介が見舞いに来ました。これまで菜穂子に無頓着だった圭介ですが、見舞いをきっかけに自分の生活を顧みるようになります。

明の心情

12月に、療養所の菜穂子の元に当てもなく旅をする明がやって来ました。幼馴染との対面でしたが、菜穂子は表面的でそっけない対応をしました。菜穂子は、明が帰ってから自分の態度を後悔し、今の孤独な自分のみじめさを思います。

O村から帰る途中で、明は具合が悪くなり、いったんO村へ引き返しました。震えながら、菜穂子と自転車を走らせて野原や森で遊んだことや、亡くなった母のことを思い出します。横たわりながら明はうっすら自分の死を予感しました。

 

雪が激しく降る日、菜穂子は衝動的に療養所を抜け出しました。そして列車に乗って新宿駅に向かいます。菜穂子は電話をして、夫と待ち合わせました。菜穂子は、自分の行動に一生を賭けたつもりでした。

しかし圭介は、菜穂子が新宿に来た理由を追求しようとしません。菜穂子は明のことをふと思い浮かべて涙ぐみます。

「こっそり2人だけで暮らそう」と圭介が言ってくれるという淡い期待を抱きながら、菜穂子は「明日1人で療養所へ帰る」と言いました。ところが圭介は、菜穂子を一晩過ごすためのホテルに連れて行ったあと、事務的に家に帰って行きました。

ホテルの玄関で外をむなしく見つめる菜穂子の後ろで、電灯がつきました。そして、空腹を感じた菜穂子は、部屋へは行かずに食堂の方へ歩き出しました。

『菜穂子』の解説

日記体であることの意味

本作は、菜穂子の母の日記→それに対する菜穂子の追記→それぞれの登場人物の立場からの一人称で物語が進んでいきます。

前半、母と菜穂子がそれぞれの立場から回想する部分で日記体が採用されたのは、日記のある特性によります。それは、地の文よりも日記の方が、人物が感じた感覚により近いものを正確に抽出できるというものです。

日記はどんどん書きつづってていくものなので、研究論文やビジネス文書のような精巧性は求められません。結論が一つではなくても、発言に矛盾点が生じても、内容が整理されていなくても文章として成り立ちます。

思ったことを推敲せずに生のまま表現することにより、人物の本当に思っていることや、無意識がにじみ出やすくなるのです。そこを読み取ることが、作品理解に繋がります。

 

菜穂子と母のわだかまりの原因は、簡単に言うと「母が男性に心を動かされることに意識を持っていかれて、菜穂子のことを理解できなかったこと」と「菜穂子の身勝手な結婚」です。

ですがこのように書いてしまっては身も蓋もありません。これは確執のきっかけに過ぎず、その後のすれ違いや考え方の違いを含めて、2人の関係を理解しなければならないからです。

それを読み取るため、整理されない日記体が役に立ちます。アナログな日記は、関係の微妙なニュアンスを伝えてくれます。

ジブリ映画『風立ちぬ』との関係

ジブリ映画の『風立ちぬ』は、堀辰雄の『風立ちぬ』と、同じく堀辰雄の『菜穂子』が混ざったような作品です。映画に登場するヒロイン・菜穂子は、小説『風立ちぬ』に登場する「節子」という女性と、『菜穂子』の主人公「菜穂子」の特徴を兼ね備えています。

映画は『風立ちぬ』というタイトルなのに、なぜ『菜穂子』の要素が入っているのでしょうか?私は、節子と菜穂子の性格が関係していると思いました。

 

小説『風立ちぬ』の節子は、作中であまり言葉を発さず、成り行きに身を任せる性格で自分から何か行動することはありません。そのため、ヒロインであるにも関わらずかなり影が薄い人物です。

一方で菜穂子は、男性を黙らせるような強さを持っていたり、結核患者であるのに療養所を抜け出すなど、活発で自分の力で運命を切り拓こうとする人物です。

映画化するにあたって、菜穂子の行動力がヒロインにふさわしいということで、『菜穂子』のヒロイン・菜穂子の要素が映画には入っているのではないかと思いました。

『菜穂子』の感想

乗り越える対象としての母

この小説には、2人の人物の母との関係が描かれています。一つは、菜穂子とその母親で、もう一つは菜穂子の夫の圭介とその母親の関係です。

森にばかり気を取られて、全く自分を理解してくれない、もしくは間違って理解している母親に、菜穂子は反抗的な気持ちを抱きます。その気持ちは次第に膨れ上がり、ついには母の了承を得ない結婚をしてしまいました。

 

母との付き合い方にやきもきするのは、女性だけではありません。菜穂子の夫の圭介は、女手一つで育ててくれた母と同じ家で暮らしています。

そして母の意向に背くことなく、従順に従います(菜穂子は、そんな圭介を下に見ています。一方で圭介は、菜穂子を嫌う母の行動がエスカレートするにつれて、次第に母への不信感を募らせるようになりました)。

そして、ささやかな抵抗として病床の菜穂子を見舞ったり、家に帰るのを引き延ばしたりしましたが、結局帰ったのは母親のいる家でした。いくつになっても、母から逃れられないのです。

 

母から逃げるように成長した菜穂子と、母に寄り添って生きてきた圭介。母親との接し方は真逆ですが、母親に対して何かしらの問題を抱えていることは共通しています。

母親とのちょうど良い距離感を見つけるのは、非常に難しいことだと思います。友人なら、気が合わなければ関係を断ち切ることができますが、肉親だとなかなかそうもいきません。

この「母親との適切な関係」をクリアできれば、自信をもって生きていけるのではないかと思います。

最後に

今回は、堀辰雄『菜穂子』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

娘や息子の立場からしてみれば、母親の愛を独占したいと思うのは当然の心理です。菜穂子の場合はそれを全く部外者の男性に奪われているので、そのショックは想像を絶するものだと予想できます。

しかし一方で、三村夫人の立場に立って考える必要があると思います。母親は、親である前に1人の女性です。「親は子供を優先して自己犠牲に徹する」という役割を押し付けてはいけないと思います。

理想の関係を築き上げるために、母親との関係で悩んでいる人や、かつて悩んでいたことがある人にぜひ読んでほしい小説です。

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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