「大つごもり」とは、大みそかのことです。貧乏少女が大みそかを過ごす様子が描かれます。
今回は、樋口一葉『大つごもり』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『大つごもり』の作品概要
著者 | 樋口一葉(ひぐち いちよう) |
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発表年 | 1894年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 貧乏人の暮らし |
『大つごもり』は、1894年に文芸雑誌『文学界』(第24号)で発表された樋口一葉の短編小説です。貧しい少女が経験した、大みそかの奇跡が描かれています。極貧生活を送っていた一葉の経験が元になっています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。
著者:樋口一葉について
- 職業女流作家
- 17歳で家を継ぎ、借金まみれの生活を送った
- 「奇蹟の14か月」に名作を発表
- 25歳で死去
樋口一葉は、近代以降初めて作家を仕事にした女性です。美貌と文才を兼ね備えていたので、男社会の文壇(文学関係者のコミュニティ)ではマドンナ的存在でした。
父の死によって17歳で家を継ぐことになり、父が残した多額の借金を背負いました。「奇蹟の14か月」という死ぬ間際の期間に、『大つごもり』『たけくらべ』『十三夜』などの歴史に残る名作を発表したのち、肺結核によって25歳で亡くなりました。
『大つごもり』のあらすじ
お峯は、山村家で働く18歳の少女です。山村家はお金持ちでしたが、ケチな家でした。同時に、山村家の奥さんは人使いが荒い人物で、お峯もぞんざいに扱われています。そんなとき、お峯は自分を育ててくれた叔父が倒れたことを知ります。
叔父のもとに行くと、お峯はお金を貸してほしいと頼まれてしまいます。あてはありませんでしたが、お峯はつい承諾してしまいます。お峯が山村家の奥さんに借金を頼むと、奥さんは許可してくれました。
しかし、いざ借りようとした時に奥さんはそれを断ってしまいました。そうしているうちにおじさんの子供がお金を借りに来てしまい、お峯は仕方なく山村家のお金を盗んでしまうのでした。
登場人物紹介
お峯(おみね)
山村家というお金持ちの家で、使用人として働く17歳の少女。
安兵衛(やすべえ)
お峯の叔父。幼い頃に両親を失ったお峯を育てた。
石之助(いしのすけ)
山村家の息子。山村の前妻の息子であるため、相続が認められないと知り、非行少年になる
『大つごもり』の内容
この先、樋口一葉『大つごもり』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
年越しマジック
2円の約束
お峯は、山村家で使用人として働く18歳の少女です。山村家は町内一の資産家でしたが、同時にケチなことで有名でした。
お峯は、子供の頃に両親を亡くしていました。そして叔父の安兵衛に引き取られて育てられたという過去を持っています。秋になり、安兵衛が病気で倒れたため、お峯はなんとか休みをもらって12月の15日に叔父の家に向かいました。
安兵衛の家は八百屋ですが、安兵衛が倒れてしまったため家は落ちぶれていました。安兵衛の妻と8歳になる息子は、しじみを売ってなんとか生計を立てています。
お峯は、安兵衛から「借金の利子や、年越しのために2円(4万円くらい)貸してほしい」と頼まれました。お峯は渋りましたが、安兵衛の息子がぼろぼろの着物を着ているのを見て「正月には用意する」と約束します。
誰のしわざ?
お峯は、安兵衛に頼まれた2円を貸してくれるよう、山村家の妻に相談して許可を得ました。そして大みそかの日、いざお金を借りるときになって、奥さんは「金は貸さない」とお峯に言って出かけてしまいました。
そんなとき、山村の前妻の息子である不良少年・石之助が、年越しのお金をもらうために山村家に戻ってきました。
お峯が途方に暮れていると、安兵衛の息子がお金を借りに来てしまいます。お峯は仕方なく、20円が入っているかけ硯という箱から2円を盗り、安兵衛の息子に渡してしまいました。
一方で石之助は、山村に散々小言を言われながらも、50円を手に入れて家を出ていきます。この夜、家中のお金をまとめて決算する大勘定が行われました。山村の妻から「かけ硯を持って来なさい」と言われたお峯は、観念してお金を盗んだ事を話そうとします。
しかし、18円入っているはずのかけ硯の中には、何も入っていません。引き出しからは「引き出しの分も拝借致し候 石之助」という紙が1枚出てきました。
語り手は、「家に帰ってきたついでに石之助が盗んだのか?」「お峯の盗みを知った石之助が、罪をかぶってやったのか?」と言いました。
『大つごもり』の解説
不平等な社会へ
『大つごもり』では、裕福な山村家と貧乏な叔父一家が対照的に描かれています。そこから、『大つごもり』には「貧富の差に対する抗議」がメッセージとして読み取れると言えます。
さらに、「盗みを肯定するニュアンスも含まれているのではないか?」という意見もあります。「こんなにひどい社会なのだから、盗みをしたってしょうがない。そうしないと生きていけないのだから」ということです。
裕福な山村家にとって、2円はかけ硯に入れておくだけの紙切れです。一方で叔父一家にとっての2円は、今後もお金を借り入れるため、また正月にお雑煮を食べるためにどうしても必要なものです。
同じ2円でも、重みが全く違うことが物語を通してひしひしと伝わります。一葉がこうした格差を描いたのは、自身が比較的裕福だった生活から転落し、極貧生活を送っていたからです。裕福な暮らしと貧乏な暮らしの両方を知っている、一葉だからこそ書けた作品です。
幸か不幸か
『大つごもり』には、山村家とお峯の叔父である安兵衛一家が描かれます。先ほど、経済的な面で対比がなされていると言いましたが、実は成功か失敗かという観点でも比較することができます。
山村家は、町内一の資産家と言うことで、一見は成功者のように見えます。しかし、ふたを開けてみると、血のつながらない石之助をないがしろにする母親がいたり、それを受けて石之助が非行に走ってしまったり、ゆがんだ家族関係が浮かび上がります。
一方で、安兵衛一家は限りなく貧乏です。しかし、病気で倒れた安兵衛の代わりに妻が内職をしたり、息子がしじみを売ったりと、皆で協力してけなげに生きているのが伝わってきます。これを見ると、安兵衛一家は一概に失敗とは言えない気もしてきます。
このことから、お金が全てではないというか、お金があるからと言って必ずしも幸せというわけではないことが分かります。しかし、どちらを幸せか否か判断するのは、何に価値を置くかで変わると思います。
お金が大切だと思う人は、山村家の生活を幸せだと捉えるでしょうし、お金がなくても愛があれば幸せだと思う人は、安兵衛一家の方が良いと思うでしょう。どちらが成功でどちらが失敗かは、人によって判断が異なるので決められません。
一葉の『十三夜(じゅうさんや)』という作品に、「村田の二階も原田の奥も憂きはお互ひの世におもふ事多し」という言葉があります。村田の二階に住んでいる男は、その日暮らしの貧乏人で、原田の妻は裕福な家の婦人です。
つまり、「貧乏人もお金持ちも、この世に生きづらさを感じるのには変わらない」と言うことです。『大つごもり』で描かれた、山村家と安兵衛一家の「憂さ」は、『十三夜』にしっかりと受け継がれています。
一葉は、「幸の中にも不幸はあるし、不幸の中にも幸がある」ということを伝えたかったのではないでしょうか。
なぜ石之助は罪をかぶったのか?
小説の最後で、石之助がお峯の罪をかぶったことがほのめかされていますが、その動機は何だったのでしょうか?「情が厚いから」というので片付けてしまうのは、ちょっと単純すぎる気がします。
論文を読んでいると、面白いものを見つけました。それは、「石之助が自分の存在意義を見出そうとしていた」というものです。
石之助は、山村家の中で異質な存在です。母親からは、血がつながってないため可愛がってもらえず、それを受けて非行少年になった石之助を、父親は良しとしません。石之助は、家に居場所がなく、自分の存在意義を探している状態です。
そのため、「家のお金を貧乏人に与えることで、自分の存在価値を見出そうとした」というのが、動機の一つとして挙げられます。同時に、たっぷりあるお金を使わずにひたすら貯めるケチな両親への反抗であるとも読めます。
屋木瑞穂「樋口一葉「大つごもり」論 : 松原岩五郎の小説・下層社会ルポルタージュとの関連に注目して」(語文 2017年2月)
『大つごもり』の感想
年末の描かれ方の違い
大みそかの夜は、昔から奇跡が良く起こります。大みそかは、年と年をまたぐ神聖な日だからです。
私はそれを「年越しマジック」と呼んでいるのですが、『傘じぞう』はその分かりやすい例だと思います。欧米だと、『クリスマスキャロル』のように奇跡は12月25日に起こります。
欧米と日本では、クリスマスと年末の過ごし方が真逆なので(日本では、一般的にクリスマスは恋人と過ごし、年末は家族と過ごします。欧米はその逆)、もしかしたらそれが関係してるのかと思いました。
また、石之助のモデルは、一葉の兄だと言われています。一葉の兄は、父親から勘当されるほど浪費癖がある人物でした。実生活でも貧困に苦しんでいた一葉は、「お兄さんが助けてくれたらいいのに」という思いを込めて、『大つごもり』を執筆したのかもしれません。
『大つごもり』の現代語訳
『大つごもり』の現代語訳は、Kindleで読むことができます。『大つごもり』の他に、姉弟のように仲が良い男女の様子が描かれる『わかれ道』の現代語訳が収録されています。
最後に
今回は、樋口一葉『大つごもり』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
年末に起こる小さな奇跡に、心がほっこり温まる物語です。大みそかの日に(古文が苦手な人はその前日から)、ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。