『赤い部屋』は、1人の男が猟奇クラブで自身の殺人経験を語る物語です。最後には、乱歩お得意の逆転劇がくり広げられます。
今回は、江戸川乱歩『赤い部屋』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『赤い部屋』の作品概要
著者 | 江戸川乱歩(えどがわ らんぽ) |
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発表年 | 1925年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | プロパビリティの犯罪 |
『赤い部屋』は、1925年に雑誌『新青年』(4月号)で発表された江戸川乱歩の短編小説です。
夢幻的な雰囲気が漂(ただよ)う「赤い部屋」の会で、1人の男が犯した罪の数々を告白する物語です。Tの語りが終わったとき、衝撃の事実が明かされます。Kindle版は無料¥0で読むことができます。
著者:江戸川乱歩について
- 推理小説を得意とした作家
- 実際に、探偵をしていたことがある
- 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した
江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表し、デビューしました。
その後、乱歩は西洋の推理小説とは違うスタイルを確立します。「新青年」からは、夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。
『赤い部屋』のあらすじ
「赤い部屋」の会は、人生に退屈した人間が集まって、奇怪な話を披露したり、悪趣味なイベントを企画したりするクラブです。そんな「赤い部屋」の会に、Tという男が入会しました。Tは、会員を前に自身の完全犯罪をたんたんと語ります。
Tは、それまで自身の手を汚すことなく99人の命を奪ってきました。Tが話し終えたときに、給仕女がやって来ますが、Tはピストルを取り出して給仕女に向けて発砲します。
おもちゃのピストルだと知った女がTに発砲すると、Tは血を流して倒れました。そのピストルには実弾が入っていたのです。「赤い部屋」の会のメンバーは、「Tは自身を100人目の被害者に選んだのだ」と悟りますが、そこにはまだ秘密が隠されていました。
登場人物紹介
私
語り手。「赤い部屋」の会でTの話を聞く。
T
「赤い部屋」の会の新入会員。人生に退屈して「赤い部屋」の会に入会し、他の会員に自身の過去を暴露する。
給仕女(きゅうじおんな)
「赤い部屋」の会の階下にある、レストランの従業員。
『赤い部屋』の内容
この先、江戸川乱歩『赤い部屋』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
殺意のない殺人、見せる殺人
新入会員
緋色(ひいろ。鮮やかな赤のこと)のびろうどに覆われた丸テーブルや、太いロウソクが揺らめくその部屋には、7人の男が集まっていました。
部屋の窓やドアは、天井から床まで垂れる深紅の幕で隠されています。やがて、その夜の話し手である新入会員のTが話を始めました。
人生に飽き、あらゆる刺激に満足できなくなったTは、あるとき殺人という遊びの魅力に夢中になってしまいました。しかし近頃はその殺人にも飽きてしまって、自殺以外の刺激を思いつかなくなってしまいます。
そこで、Tは自身がやってきたことを「赤い部屋」の会員に話しておきたいと思い、「赤い部屋」の会に入会したのでした。
殺人の虜
Tは、3年前の出来事をきっかけに殺人の虜(とりこ)になりました。ある夜に酒を飲んだTは、帰り道でたまたま交通事故に行き合いました。
運転手に近くの病院を聞かれたTは、M医院を教えました。しかしTは翌朝目を覚ましたとき、M医院がやぶ医者だったことを思い出します。
そして、TはM医院に運ばれた被害者が亡くなったことを知りました。Tは、自身の発言がきっかけで人が亡くなったことを悔やみました。ところがTは、この「悪意のない殺人」を利用すれば、法で裁(さば)かれることなく人を殺せることに気づきました。
それから、Tは線路を渡っているおばあさんに声をかけたり、道案内するのをよそおって盲目の知り合いを側溝に落としたり、友人を岩場に飛び込むよう誘導したりして、着実に人の命を奪っていきます。
Tは、100人の命を奪うまではこの遊びをやめないと決めました。そして、3か月ほど前に石を線路に置いて列車の脱線事故を起こします。その事故での犠牲者を含めて、Tは累計99人を殺したことになりました。
にせ物
Tの話が終わったとき、給仕女が飲み物をもって赤い部屋に入ってきました。会員に飲み物を配る給仕女に向かって、Tは「そうら、うつよ」と言い、右ポケットからピストルを出して給仕女を撃ちました。しかし、女は無傷です。
Tは笑いながら「おもちゃだよ」と言いました。Tとは知り合いの女は、「くやしいから、あたしも、うってあげるわ」と言い、Tに発砲しました。鋭い銃声が鳴り響き、Tは血を流して倒れました。
実は、おもちゃと見せかけたピストルには、実弾が入っていたのでした。私は、「Tは100人目の殺人を自分のために残しておいたのだ」と思いました。
会員はしばらく黙っていましたが、撃たれたはずのTが急に「ク、ク、ク……」と笑いだします。すすり泣いていた女も笑い出しました。
Tは、ピストルには赤いインクが入った弾丸がこめられていたのだと説明しました。さらに、「この弾丸がにせ物だったと同じように、私の身の上話もみんな作りごとなんですよ」と言いました。
女は部屋の電気をつけました。そこには「赤い部屋」の非日常的な雰囲気はどこにもなく、緋色の垂れ幕も銀色の燭台(しょくだい)もみすぼらしく見えたのでした。
『赤い部屋』の解説
谷崎潤一郎『途上』の影響
『赤い部屋』は、プロバビリティの犯罪を描いたものです。プロバビリティの犯罪は、直訳すると「可能性の犯罪」となります。
「死亡する可能性を高めて、自身の手を汚すことなく人を殺すこと」です。プロバビリティの犯罪はしばしば推理小説に登場します。
乱歩が『赤い部屋』が書いたのは、谷崎潤一郎『途上』を読んだことが関係しています。『途上』は、近代日本の探偵小説の一例として有名な作品であると同時に、プロパビリティの犯罪を描いた小説でもあります。
『途上』は、主人公が妻の身体を弱らせて免疫を低下させ、チフスに感染させて死に至らせるという物語です。犯人と探偵の会話で成り立っている小説で、犯人が徐々に追い詰められる様子が見事に描かれています。
『途上』はそのような心理戦に重きを置いていて、『赤い部屋』はプロパビリティの犯罪にフォーカスした作品という印象があります。
予想の斜め上をいく乱歩
乱歩の小説に登場するトリックは、常人の想像をはるかに上回ります。例えば乱歩の小説では、犯人は夜ではなく昼に犯行に及ぶことがあります。夜にこそこそすると怪しまれるため、白昼に堂々と行うのです。
また、「隠さなければならないものをあえて隠さない」という仕掛けもよく使われます。『二銭銅貨』では、大金を偽札に見せて店の物置に置くという、大胆なトリックが披露されました。
『赤い部屋』では、「殺意のない殺人」や「見せる殺人」がキーワードになると思いました。Tは、語っている最中に「自分には殺意がない」ということを繰り返しています。Tは、単に退屈しのぎに殺人をしているにすぎず、そこにはなんの動機もありません。
殺意がないことは、警察の捜査線に上がらないことを意味しています。友人を海に飛び込ませて殺したときは、逆に警察からお悔やみの言葉をかけてもらうあり様でした。
また、Tは殺人を犯すときに「人に見せる」ということを意識しているように感じられます。例えば、Tは人の往来がある道で知り合いの盲人を側溝に落としましたし、石を線路に置いた後、わざわざ駅員にそれを知らせに行ったりしました。
Tは、自身の無実を証言してくれる存在として、目撃者を利用しているのです。最後の給仕女がTを撃つ場面では、Tは一部始終をわざわざ会員に見せました。
それは、「給仕女がおもちゃだと信じていたピストルで、誤ってTを殺してしまった」と会員に証言させるためだと考えられます。犯人の弱みになりそうな目撃者を、有利になるように使うという発想には驚きます。
乱歩の小説には、このような奇想天外な仕掛けが盛りだくさんなので、何度読んでも飽きない面白さがあります。
道合 裕基「[論説]村上春樹「七番目の男」における江戸川乱歩「赤い部屋」との間テクスト性」(『社会システム研究』2020年3月)
『赤い部屋』の感想
『赤い部屋』の書き出し
『赤い部屋』は、「異常な興奮を求めて集まった、七人のしかつめらしい男が……(中略)今晩の話し手が、何事か怪異な物語を話し出すのを、今か今かと待ち構えていた」という一文で始まります。
小説に限らず、文章の書き始めは読者の心を引き付けるために重視されますが、小説の場合はそれが顕著(けんちょ)です。この『赤い部屋』の冒頭は、私の中で一二を争うくらい衝撃的で、引き込まれた書き出しです。
「異常な興奮」の正体を考えながら読み進めましたが、最後には読者である私も「異常な興奮」を覚えることができました。作中人物が感じていることを追体験できる、面白い小説です。
裏切りの魅力
『赤い部屋』は、Tと給仕女が仕掛け人で、それまでの迫真の語りも演技も全てがウソというオチがつく物語です。ピストルが偽物だというところまではうなずけましたが、「果たしてTの話まで全部作り話だったとする必要はあったのか?」と思ってしまいました。
そこで、その徹底した虚構性が、「赤い部屋」の会自体のウソ臭さと響き合っているのではないかと考えました。
冒頭でくわしく説明されているように、「赤い部屋」は雰囲気を作りこんだ場所です。深紅の重々しい幕で部屋の四方を囲み、外から明かりが入ってこないようにした空間では、古風な彫刻のある燭台にささったロウソクが揺れています。
私はこの部屋を想像して、人が立ち入らない、幽霊が住みついているような洋館を思い浮かべました。そんな空間で、1人1人が奇妙な体験を語っていく様子はものすごく雰囲気があります。
しかしTによって種明かしされた後、電気が付けられた「赤い部屋」はただの部屋になりました。煌々(こうこう)と光る電灯の下では、深紅の幕も燭台もただの物体です。
摩訶(まか)不思議で幻惑的な雰囲気をまとっていた「赤い部屋」は、何の魅力もなくなってしまいました。
「赤い部屋」の魅力のウソと、Tの話のウソ。「赤い部屋」の会員は、二重にだまされていたことを知ります。
自分たちが浸っていた夢幻の雰囲気がしょせん作り物だと知ったり、Tの語りに翻弄(ほんろう)された会員たちは、この上ない「異常な興奮」を覚えたのではないかと思いました。
最後に
今回は、江戸川乱歩『赤い部屋』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
青空文庫にもあって手軽に手に入るので、ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。