純文学の書評

【山田詠美】『蝶々の纏足』のあらすじと内容解説・感想

ドロドロとした2人の少女の関係が描かれる『蝶々の纏足(てんそく)』。

今回は、山田詠美『蝶々の纏足』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『蝶々の纏足』の作品概要

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著者山田詠美(やまだ えいみ)
発表年1986年
発表形態雑誌掲載
ジャンル中編小説
テーマ少女

『蝶々の纏足』は、1986年に文芸雑誌『文藝』(特別号)で発表された山田詠美の中編小説です。2人の少女の、依存とも取れる複雑な関係が描かれています。

著者:山田詠美について

  • 1959年東京生まれ
  • 『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞受賞
  • 『ジェシーの背骨』が芥川賞候補になる
  • 数々の作家に影響を与えている

山田詠美は、1959年生まれ東京都出身の小説家です。『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で第97回直木賞受賞しました。また『ジェシーの背骨』は、受賞こそ逃したものの第95回芥川賞候補になりました。

多くの作家に影響を与えており、『コンビニ人間』『しろいろの街の、その骨の体温の』で知られる村田沙耶香は、「人生で一番読み返した本は、山田詠美『風葬の教室』」と語っています。

『蝶々の纏足』のあらすじ

幼い頃から「仲の良い」瞳美とえり子は、常に一緒に行動しています。瞳美がえり子を避けても、えり子は瞳美を目ざとく見つけて自分のそばを離れさせないのでした。

高校生になっても、2人の関係は変わりません。ところが、瞳美に彼氏ができたことをきっかけに、瞳美には少しずつ変化が起こっていきます。

登場人物紹介

瞳美(ひとみ)

16歳の高校生。同じクラスの麦生と付き合っている。えり子の呪縛から逃れられないでいる。

えり子

瞳美の「親友」。幼少期から、瞳美と行動を共にしている。

麦生(むぎお)

瞳美と同じクラスで、瞳美の彼氏。他のクラスメイトとは違い、大人びている。

『蝶々の纏足』の内容

この先、山田詠美『蝶々の纏足』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

依存する少女

呪縛

瞳美は、5歳のときにえり子の家の隣に引っ越したことをきっかけに、えり子と出会いました。えり子は、年老いた両親と古い家で暮らしています。瞳美は、その家の中でえり子だけが色を持っているように感じました。

それまで、瞳美はえり子に好意を抱いていましたが、小学校に上がるころから徐々に醒めた目で見るようになりました。えり子は、自分の引き立て役に瞳美を選び、ひとときも瞳美を自分のそばから離そうとはしなかったのです。

焦燥

そして高校生になって麦生を付き合い始めた瞳美は、えり子よりも早く男を知りました。瞳美は、自分がえり子より先に「進んだ」勝利感と、そのときばかりはえり子を心の中から追い出せることを知った喜びを噛みしめます。

しかし、えり子は自分より瞳美が進んでいることを許せません。えり子は、彼氏の存在などを含めて瞳美を問いただしました。

解かれる足

そしてついに、瞳美はえり子を呼び出します。そして、瞳美は「もう……逃がしてくれる?私のこと自由にしてくれる?」と言いました。えり子は黙ってうなずきました。

 

その後、瞳美とえり子は一言も言葉を交わすことなく高校を卒業します。瞳美は地方の大学へ進学し、えり子は見合い結婚をしました。

瞳美と麦生は、麦生の浮気が原因で別れることになりました。瞳美は、愛した男の体を飽きてしまった自分を情けなく思い、涙を流します。

それから、瞳美は幼少期のえり子との出来事を思い出し、苦い感情で胸をいっぱいにするのでした。

『蝶々の纏足』の解説

「纏足」という言葉

タイトルの「纏足」に注目しました。ちなみに纏足とは、以下の通りです。

纏足とは

女児の足首から先を布できつくしばって足の成長を阻害(そがい)し、足を小さく変形させる中華民族特有の風習。女性の性的魅力を高めることが目的。纏足をされた女性は、生涯に渡って歩行困難を強いられる。

このように、纏足は自由を奪うことを意味します。この小説では、纏足は「自由にひらひら舞うことができるはずの蝶々を、拘束して羽ばたけなくする行為=えり子による瞳美の支配」を示しています。

しかし、「自由を奪う」というニュアンスを伝えるのであれば、纏足ではなく「足かせ」などでも良いのではないでしょうか?以下では、タイトルに「纏足」が用いられた理由について考察します。

纏足の不可逆性

タイトルに足かせではなく纏足を用いたのは、纏足という言葉のインパクトを重視してのことだと思いますが、理由はもちろんそれだけではないでしょう。なぜなら、纏足と足かせには決定的な違いがあるからです。

両者の違いは、不可逆性(元と全く同じ状態に戻すことができないこと)です。

足かせを外すことができれば、足かせをされていた方は元通り自由に動き回れるようになります。

対して纏足は、足の形そのものを変えてしまうものです。纏足をしなくなったところで、以前のように自由に動き回ることはできません。実際、纏足をした女性は一生歩行困難な状態となります。

 

このことは、えり子の呪縛から表面的に解放されたものの、その影響を受けずに生きることはできないということを示唆してるのではないでしょうか?

麦生という男を知った瞳美は、えり子を自分の中から追い出すことを覚え、実際に自分の思いを告げてえり子と決別しました。

しかし、えり子と過ごした11年間の憎しみは消えることなく、瞳美はえり子と出会う前の自分に戻ることができない……というニュアンスが「纏足」には含まれているのではないかということです。

 

私は自分を幼い頃に戻してしまいたい衝動に駆られた。(中略)そうすれば、私は知らないですんだのだ。花を追う蝶々のようにただひらひらと舞っているだけですんだのだ。けれど、私はもう戻れない。私は花の蜜を吸えない蝶々になってしまったのだ。

引用したのは、瞳美がえり子に思いを伝えたときの瞳美の語りです。この部分からも、瞳美の不可逆性が読み取れます。

えり子の本音

えり子は瞳美を利用しながらも、どこかでは瞳美のことが好きだったのではないかと考察します。もちろんえり子が瞳美に依存していたというのも考えられますが、それだけではないと思うのです。

もし瞳美への好意がなければ、5歳のときから16歳までぴったりくっついていることは極めて苦痛だったはずです。しかし、そんな描写は少なくとも作中にはありませんでした。

えり子が瞳美に好意を抱いていた証拠に、瞳美がえり子からの決別を伝えたとき、えり子は涙を流しました。

そのとき、瞳美は「初めて彼女の本当の涙を見たような気がした」と語っています。そしてそれを受けて、瞳美も少しだけ感傷的な気持ちになるのでした。

 

また、瞳美は誰にも麦生との関係を公言していなかったにも関わらず、えり子だけがなぜか2人の関係を知っていました。

そのことについて「私と麦生のこと、誰に聞いたの?」と瞳美が問うと、えり子は少し照れながら「見てたのよ、私が。瞳美ちゃんの視線の行方を追いかけていたら、それはいつも麦生くんの体の上で止まってた」と答えたのでした。

この、「少し照れながら」というのがポイントだと思います。えり子は、誰も気づかなかった瞳美の目線の先にあるものに気づいた。そのくらいまで瞳美のことを見ていた(気にしていた)ことへの恥らいだと、私は解釈しました。

 

さらに、瞳美と出会ったときのえり子の状況を確認します。

瞳美と出会ったとき、えり子の年の離れた兄弟はすでに家を出ており、えり子は幼稚園にも通っていませんでした。えり子は年老いた両親に囲われて、色彩のない家から出られなかったのです。

そんなとき、同い年の女の子である瞳美が隣に引っ越してきました。家から出られず孤独に暮らすえり子は、瞳美との出会いを単純に喜び、瞳美のことを好きになったのではないかと思います。

 

しかし、えり子は瞳美への好意をいびつな形で放出させます。以下に、それが表れている瞳美とえり子の会話を引用します。

「私は、あんたの側でいつも泣きたい気持だったわ。あんたは知らなかったでしょう。泣きたくて、叫びたくて、苦しんで転げ回っていたのを」
「知ってたわ。とても、いじらしいと思ってた

2つ目のえり子の発言の「いじらしい」とは、「弱い者などの振る舞いが、けなげでかわいそうな様子」という意味です。つまり、えり子の支配に苦しむ瞳美を、えり子は同情の目で見つめていたのです。

ここでは、えり子が完全に瞳美より上の立場で、瞳美を虐(しいた)げいていることをえり子自身が意識していることが読み取れます。えり子は、苦しみあえぐ瞳美をずっと見ていたのでした。

 

えり子のこの感覚は、纏足のそれと響いています。

纏足が中華民族の間で広まった理由は、小さな足が男性にとっての性的欲望の対象だったからです。纏足をした女性は、体に対して極端に足が小さいため歩行がままなりません。

そして歩けないということは、夫から逃げ出すことも、十分に働くこともできないということです。つまり纏足をした女性は経済的に自立できず、日常生活を送る上でも誰かの力を借りなければなりません。

こうした纏足女性は、男性の支配欲や庇護(ひご)欲をかき立てます。

 

これと同じことが、えり子にも言えるのではないかと思うのです。えり子は、自身が瞳美より上位に立っていると思っています。

えり子は「瞳美ちゃんが寂しがってると思ってまた来ちゃったわ」と言って休み時間に瞳美の教室を訪れたり、瞳美に対して「あなたは私に選ばれたたった一人の人」と言ったりしますが、これは自身が瞳美に「施してやっている」という意識から来るものです。

ここに、「上位のえり子が下位の瞳美を支配する・かわいがる」という構図が見えてきます。このことも含めて、タイトルには「纏足」という言葉が選ばれたのではないかと解釈しました。

『蝶々の纏足』の感想

粘着・依存

「私たち友達だよね」「親友だよ」……子供のころに女の子同士でこう言い合った記憶がある人もいるのではないでしょうか?私もその中の1人です。

今思うと、「仲良しの子を確保しておきたい」「2人の仲を確かめ合って安心したい」という心理があったのではないかと思います。

しかし、瞳美とえり子の関係はそんなに生ぬるいものではありませんでした。「私たちって離れられないんだから」「私から離れちゃだめじゃないの」というえり子の恐ろしい言葉が示しているように、2人の関係はもはや依存とも呼べるものだったのです。

ここまで来ると、こうした人間関係はしがらみとなって立ち現れます。こんな関係を10年続けたのち、これを断ち切る決断をした瞳美の心労は、相当のものだったのではないかと思いました。

女の嫌なところを凝縮した女

えり子ほど、悪い意味で女の子らしい女の子を見たのは久しぶりです。

まずはそのあざとさ。華やかで可愛らしいえり子は、自分が人の目にもそう映っていることを十分に理解しています。その上で、不自然でない程度に相手に媚びを売り、しかもそれを無意識的に行っていると周りに信じ込ませる計算高さを備えています。

また、えり子の支配から逃れたいと望む瞳美に対して、「あなたは私に選ばれたたった一人の人」と堂々と言ってのける絶対的な自信も見逃せません。

えり子が、自分の親友としての地位を手に入れられて、瞳美がさぞ喜んでいるだろうと当たり前のように思っている驕慢(きょうまん)さを持っているというのが、憎らしいところです。

そして、自分の引き立て役として瞳美を選ぶという残酷さを持ち合わせています。

 

このように列挙すると、えり子はいかにもいやな女の子ですが、グサリと来る人もいると思います。というのも、女であればどこかにこういう気持ちがあることを自覚しているのではないかと思うからです(男性にもこういう感覚があるのかは分かりません)。

マウントを取ったり、他人の心配をするふりして自分が有利になるように根を回したりと、えり子の打算的なところがいかにも女らしいと感じました。

30年以上前の作品ですが、今も昔も女のこういう怖さは変わらないなと思いました。

自分は特別

『蝶々の纏足』を読んでいると、えり子のナルシストさに目が行きがちですが、瞳美もなかなかです。

まず、冒頭の「十六にして、私、人生を知り尽くした」という一文。性愛と酒と煙草を知ったくらいで「人生を知り尽くした」と言い切るのが、瞳美の視野の狭さを露呈(ろてい)しています。

さらにこの発言からは、「自分は同年代の子よりも頭1つ抜けている」という自負を読み取れます。そして、自分が選んだ男(麦生)だけが大人びていると思っているのも、そうした気持ちの表れです。

 

確かに、瞳美の精神年齢はクラスメイトに比べて高そうです。こうした「明らかに自分とは格が違う」という前提があるからこそ、瞳美は絶対的な自信を持てるのだと思いました。

だから、瞳美の語り口ははっきりしていて、読んでいて清々しさを感じるのです。

最後に

今回は、山田詠美『蝶々の纏足』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人1年生。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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