プロレタリア文学の中で、「感動系」に位置づけられる作品です。一方で、そのグロテスクな描写から、怪奇小説や猟奇小説として読まれることもあります。
今回は、葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『セメント樽の中の手紙』の作品概要
著者 | 葉山嘉樹(はやま よしき) |
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発表年 | 1926年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | プロレタリア文学 |
労働者の主人公が、樽の中から見つけた他の労働者の悲痛な叫びを目の当たりにする作品です。葉山の評価を決定的なものにした小説で、プロレタリア文学の名作です。
著者:葉山嘉樹について
- プロレタリア文学(労働者の厳しい現実を描いた文学)作家
- 早稲田大学中退
- 1923年、「名古屋共産党事件」を起こして投獄される
大学まで進学しており、お金はある家柄ではありましたが、大学は学費未納で除籍となりました。その後、労働者として職を転々とし、そこで直面した困難を小説として書きました。
獄中も熱心に執筆活動に励み、出獄後に『淫売婦』『セメント樽の中の手紙』『海に生くる人々』を発表しました。葉山の作品は、芸術的な完成度が高く(大学を出ており、教養があったため)、のびのびとした人間の感情が描かれると評価されています。
プロレタリア文学については、以下の記事をご参照ください!
『セメント樽の中の手紙』のあらすじ
セメントあけをしている与三は、安い賃金で朝から晩まで働かされている労働者です。1日1円90銭の給料で妻と6人の子供を養っているため、生活は非常に厳しいです。
そんな時、与三はセメント樽の中から手紙を見つけます。それは、労働者の恋人を失った女性が書いたものでした。
登場人物紹介
松戸与三(まつど よぞう)
セメントあけ(セメントを樽からミキサーに移す作業)をする労働者。樽の中から手紙を見つける。
女工(じょこう)
Nセメント会社でセメント袋を縫う女性。身の上に起こったことを手紙に書き、樽の中に入れる。
『セメント樽の中の手紙』の内容
この先、葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
労働者の結託
木箱
与三は、鼻の穴に詰まったセメントを取り出す余裕もなく、ひたすら機械のように働いています。昼休みと3時休みをはさんで、11時間働いてヘトヘトになった与三は、樽の中に木箱が入っているのを見つけます。
箱は軽いので、お金が入っているわけではなさそうです。与三は、木箱を持ち帰ることにしました。
帰り道、与三は家にいるたくさんの子供のことや、めちゃくちゃに子供を産む妻のことを考えて暗い気持ちになります。そして、1日1円90銭の日給の中から、家族の食事代や衣服代を引いたとき、酒代に当てるお金が残っていないことを嘆きました。
与三は、ふと木箱のことを思い出して、中を見てみます。そこには、ボロ切れに包んだ手紙が入っていました。
手紙
手紙には、「私は、セメント袋を縫う女工です。私の恋人は、クラッシャーに石を入れる仕事をしていました。そして、10月7日の朝、恋人はクラッシャーに巻き込まれ、石と混ざって赤く細い石になり、焼かれて立派なセメントになりました。
私は次の日、この手紙を書いて樽の中に入れました。あなたが労働者だったら、セメントになった恋人がどこに使われたか教えてください」と書いてありました。
そのとき、与三は子供たちの騒ぎで我に返ります。そして、手紙の最後に書いてある住所と名前を見ながら、酒をあおって「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」と怒鳴りました。
奥さんは、「暴れられてたまるもんですか、子供たちをどうします」と言いました。与三は、そのお腹にいる7人目の子供を見ました。
『セメント樽の中の手紙』の解説
女工の手紙はウソ?
本作には、さまざまな穴があります。袋を縫っている女工は、実際に恋人が機械に巻き込まれるところを見ていません。しかし、その時の状況を細かく手紙に書いています。また、そこには女工の想像を書くことも可能で、もっと言えばウソも書けてしまいます。
さらに考えると、そもそも手紙を書いたのが「Nセメント工場で、セメント袋を縫っている女工」という証拠がどこにもない事が分かります。
このように、手紙の記述を裏付けるものはほとんどありません。では、なぜ私たちは無条件に手紙の内容を信じてしまったのでしょうか?
それは、人は口頭での伝達よりも、手紙での伝達の方が信ぴょう性が高いと判断するからです。そう言える理由は2つあります。
1つ目は、手紙では発信する側と受信する側が、話しながらすり合わせをすることができないことです。そのため、発信者は受信者につっこまれないよう、精度の高い文章を作る必要があります。
2つ目は、手紙は受信者に発信者に対して、親近感を湧かせる性質を持っているからです。基本的に、手紙は誰でも読めるオープンなものではないため、恋文の「2人だけの秘密」みたいな感覚を受信者に抱かせることができます。
女工の手紙の内容には、実際にそのような事件が起きた証拠はありません。しかし、これらの理由から、私たちは疑うことなく女工の言うことを信じてしまいます。本作は、こうした手紙の持つ特徴に支えられた作品なのです。
加藤 邦彦「届けられた手紙、送られる返信 : 葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」論」(梅光学院大学論集 2012年1月)
『セメント樽の中の手紙』の感想
労働者のリアル
資本主義の発展により、労働者が使い捨ての道具のように使われている状況が、眼前に浮かんでくる小説です。
女工は、「私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の塀になったりするのを見るに忍びません」と言いました。
「劇場」や「邸宅」はお金持ちのことを指しています。労働者は、いつまでも資本家に搾取され、踏みつぶされる存在であることを表しているように感じました。
また、木箱を持った与三は、「軽いから、お金は入っていない」と判断しました。私は、「なぜ紙幣が入っていることを想定しなかったのか?」と疑問に思いました。
そして、おそらく安月給で働く当時の労働者は、紙幣を手にすることができなかったことに気が付きました。労働者にとってのお金は、硬貨なのです。こういうところからも、労働者がいかに過酷な生活をしていたかが読み取れます。
ちなみに、本作は葉山がセメント工場で目撃した事故が元になっていますが、フィクションです(人肉が混ざったセメントを使うことができるのか?という疑問も、フィクションであることを裏付けています)。
最後に
今回は、葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』のあらすじ・内容解説・感想をご紹介しました。
プロレタリア文学の代表作なので、ぜひ読んでみて下さい!青空文庫にもあります。
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