死んだ肉体を離れた魂が、月に向かうという神秘的な風景が描かれる『Kの昇天』。
今回は、梶井基次郎『Kの昇天』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『Kの昇天』の作品概要
著者 | 梶井基次郎(かじい もとじろう) |
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発表年 | 1926年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 死 |
『Kの昇天』は、1926年に文芸雑誌『青空』(第2巻第10号)で発表された梶井基次郎の短編小説です。1人の溺死をについて、主観的な考察がなされる様子が描かれています。
Kindle版は無料¥0で読むことができます。
著者:梶井基次郎について
- 1901年(明治34年)~1932年(昭和7年)
- 感覚的なものと、知的なものが融合した描写が特徴
- 孤独、寂寥(せきばく)、心のさまよいがテーマ
- 31歳の若さで肺結核で亡くなった
作家として活動していたのは7年ほどであるため、生前はあまり注目されませんでした。死後に評価が高まり、感性に満ちあふれた詩的な側面のある作品は、「真似できない独特のもの」として評価されています。
『Kの昇天』のあらすじ
「私」は「あなた」という人からの手紙によって、Kの死を知りました。「私」とKは療養地のN海岸で出会い、1ヶ月ほど行動を共にした仲でした。
Kの訃報を聞いた「私」は、「K君はとうとう月世界へ行った」と思います。そして、その理由を「あなた」に語りかけます。
登場人物紹介
私
語り手。療養地で出会ったKの死について、独自の考えを展開する。
K
N海岸で療養中に「私」と知り合う。海で溺死した。
あなた
「私」に手紙をよこした人物。Kの死因について知りたがっている。
『Kの昇天』の内容
この先、梶井基次郎『Kの昇天』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
不思議な死の物語
Kの死
「私」は、Kの溺死の死因について悩んでいる「あなた」という人物から手紙を受け取ります。そこには、「私」が療養地で知り合ったKの死が記されていました。それを知った「私」は驚きます。
しかし同時に、「私」は「K君はとうとう月世界へ行った」と思うのでした。
「私」とKの出会い
「私」は、ある満月の夜にN海岸の砂浜で海をながめていました。ふと目をやると、砂浜にはもう1人の人物の姿が見えます。その人物は、「私」に背を向けて前に進んだり、後ろに退いたり、立ち止まったりと奇妙な動きを繰り返します。
「私」がその人物に声をかけると、彼は自分の影を見ていたと言います。その人物こそがKだったのです。
Kは、「影をじっと見つめていると、段々と自分の姿が見えてくる、そして次第に、影の自分は人格を持ちはじめ、それにつれて本当の自分の意識はだんだん遠のいて、魂が月へ向かってスウスウッと昇っていく」と言いました。
この出会いをきっかけに、2人は毎日会って一緒に散歩したりするようになりました。その間に、「私」は体調を回復させてもとの場所に帰ることを決めます。一方で、Kの病気は悪くなるばかりでした。
不幸な満月の夜
こういう経緯があり、「私」は影がK君を奪ったと直感します。また、Kの遺体が浜辺に打ち上げられる前日は満月でした。そして、「私」は「K君は月へ登ってしまったのだ」と思います。
「私」は、「Kの肉体は影を追って海に入り、Kの魂は月へ登ったのだ」と推測するのでした。
『Kの昇天』の解説
「あなた」の正体
「あなた」は、間接的に物語に登場するものの正体が明かされない人物です。以下では、「あなた」について述べた論をご紹介します。
親友・恋人説
大塚常樹氏は、以下の理由から「あなた」がKの親友もしくは恋人である可能性を指摘しています。
- Kと「あなた」は、「私」がKと知り合う前から懇意であった
- 「あなた」という呼びかけ
②は、「あなた」という呼び方から、Kの親や先生など目上の人物である可能性が除外されることを示しています。
「あなた」がKの死に関心を持っている人物ということも根拠となり、「あなた」の正体が親友・恋人説が提言されています。
探偵説
島村輝氏は、「あなた」の「私」やりとりについて触れています。
「あなた」は、Kという1人の人間の溺死の原因について知るために、N海岸で偶然Kと知り合った「私」に手紙を送っています。
「あなた」と「私」に面識はないため、「あなた」はわざわざ「私」の名前や住所を調べたことになります。Kの死因を徹底的に調べる必要があるのはどんな人かと考えたときに、可能性として挙げられるのが「探偵」ということです。
架空の人物説
水島佑氏は、「あなた」と「私」の関係性に着目しています。「私」は、「あなた」に向けた返事の中で「ご存じでしょうが……」「……でしたね」などと親しげな口調で話しています。
しかしよく考えると、「あなた」と「私」は面識のない赤の他人です。一方で、「私」はさも「あなた」のことを良く知っているかのような口ぶりなのです。
ここから、2人は見ず知らずの他人でありながらも、妙に親しいという矛盾した関係であることが分かります。
水島氏は、この二面性は「私」が「あなた」を意図的に作り出したことを暗に示している(=「あなた」が架空の人物であることを示している)と考察しています。
水島 佑「梶井基次郎「Kの昇天(或はKの溺死)」:「私」の二重性について」(「成城国文学(28)2012年3月)
『Kの昇天』の感想
「私」と梶井
私は、「私」と作者・梶井基次郎には重なる部分があると解釈しました。梶井自身が病弱であったというのもありますが、1番は、「私」がKの魂の昇天をプラスの言葉で語っているからです。
心身二元論
本題に入る前に、作中で描かれる肉体と精神の分離について考えます。以下に引用するのは、「私」がKの死について推測している部分です。
K君の魂は月光の流れに逆らいながら、徐々に月の方へ登ってゆきます。K君の身体はだんだん意識の支配を失い、無意識な歩みは一歩一歩海へ近づいて行くのです。影の方の彼はついに一箇の人格を持ちました。K君の魂はなお高く昇天してゆきます。そしてその形骸は影の彼に導かれつつ、機械人形のように海へ歩み入ったのではないでしょうか。
ここでは、肉体と精神(魂)が分離している様子が描かれています。意識そのものの魂が肉体を離れて、肉体はただの抜けがらになったということです。「機械人形のように」という表現も、肉体に精神が宿っていないことを意味していると思います。
生の否定
続いて、Kの肉体が入水し、魂が昇天するシーンです。
私は、「私」がKの死(魂が昇天)をあまり悲観的にとらえていないように感じました。というのも、「私」がKの魂が月へ登るのを待ち望んでいるかのような口調で話しているからです。
次いで干潮時の高い浪がK君を海中へたおします。もしそのとき形骸に感覚が蘇えってくれば、魂はそれと共に元へ帰ったのであります。
哀れなるかな、イカルスが幾人も来ては落っこちる。
K君はそれを墜落と呼んでいました。(中略)
K君の身体はたおれると共に沖へ運ばれました。感覚はまだ蘇えりません。次の浪が浜辺へ引き摺りあげました。感覚はまだ帰りません。また沖へ引き去られ、また浜辺へ叩きつけられました。しかも魂は月の方へ昇天してゆくのです。
「K君はそれを墜落と呼んでいました」の「それ」とは、魂(意識)が肉体に戻ることです。Kは、月に登りかけた魂が上手く登れず落っこちてしまうことを、「墜落」という言葉で表現したのです。
しかし、「墜落」にはマイナスのイメージが含まれます。たんに落ちたという事実を伝えたいなら、「落下」という言葉を使うべきです。
ところが、Kはあえて「墜落」というネガティブな言葉を使いました。これはすなわち、Kが「魂が肉体に戻ること=意識が戻るということ=生き返ること」を悲観していたことを暗に示していたのではないでしょうか?
また、「私」は「感覚はまだ蘇えりません」「感覚はまだ帰りません」とくりかえし、魂が肉体に戻っていないことを強調しています。
そして「しかも魂は月の方へ昇天してゆくのです」と言い、なお魂が「墜落」せずに月へ向かい続けていることを強く示しています。つまり、「肉体が死んでも魂は生き続ける」ということです。
ここから、「私」がKと同じく肉体と魂の分離(そのさきには死がある)を肯定していると読むことはできないでしょうか。
死への肯定
ここで、ではなぜ「私」はKの死を前向きにとらえるのかという疑問がわいてきます。これは冒頭で述べた「私」と梶井が重なるという解釈につながります。私は、ここに「死を肯定することで死の恐怖から逃れる」力が働いているのではないかと思うのです。
以下に引用するのは、物語の最後の部分です。
ついに肉体は無感覚で終わりました。干潮は十一時五十六分と記載されています。その時刻の激浪に形骸の翻弄を委ねたまま、K君の魂は月へ月へ、飛翔し去ったのであります。
「ついに肉体は無感覚で終わりました」という一文が引っかかりました。ここは、「肉体と精神が分離し、魂の月への昇天が成功した」ということを指しています。しかし、単純に「肉体は痛みを感じなかった(苦しまないで死んだ)」とも読めます。
また、Kは魂の昇天という名の死を遂げたにもかかわらず、「飛翔去った」といかにも素敵なことのように描かれているのも興味深いです。
このように、Kの死に関して「痛い」「つらい」「怖い」「悲しい」などのマイナスなイメージが丁寧に取り払われていることが分かります。
ここに、死をあえてプラスの言葉で描くことによって、死の恐怖を紛らわせる作者の様子が浮かび上がってくるような気がします。
『Kの昇天』の論文
『Kの昇天』の研究論文は、以下のリンクから確認できます。
表示されている論文の情報を開いた後、「機関リポジトリ」「DOI」「J-STAGE」と書かれているボタンをクリックすると論文にアクセスできます。
水島 佑「梶井基次郎「Kの昇天(或はKの溺死)」:「私」の二重性について」
最後に
今回は、梶井基次郎『Kの昇天』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。