『女生徒』は、川端康成に絶賛された太宰治の代表作です。この作品は、太宰のもとに送られてきた1冊の日記が題材となっています。
今回は、太宰治『女生徒』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『女生徒』の作品概要
著者 | 太宰治(だざい おさむ) |
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発表年 | 1939年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 多感な少女 |
14歳の女生徒の、起床から就寝までが日記のようにつづられている作品です。思春期の不安定な心情を描き出しているところが評価されました。
角川文庫の『女生徒』です。真っ青な表紙が目を引く美しい文庫です。太宰は女性を主人公に据えることが得意な作家で、『きりぎりす』『おさん』など、女性が告白する形式をとる小説が計14篇が収録されています。
新潮文庫の『女生徒』です。代表作の『走れメロス』に加え、『駈込み訴え』などが収録されています。『帰去来』『故郷』など、比較的マイナーな作品も入っているのが特徴です。
著者:太宰治について
- 自殺を3度失敗
- 青森の大地主の家に生まれた
- マルキシズムの運動に参加するも挫折した
坂口安吾、伊藤整と同じ「無頼(ぶらい)派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。太宰については、以下の記事をご参照ください。
『女生徒』のあらすじ
14歳の主人公は、母親と2人で暮らしています。うきうきした気分かと思いきや、急に意地悪な気持ちになったりします。
母親のことを気に食わなく思っ高と思いきや、急に愛おしくなってきます。主人公は学校に行って授業を受け、帰宅途中の妊婦に嫌悪感を抱きました。そして、世の中や幸福について考えを巡らせます。
登場人物紹介
私
14歳の少女。とりとめのないことを考えたりして、日々を過ごす。
『女生徒』の内容
この先、太宰治『女生徒』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
揺れるアイデンティティ
起床
目覚めて学校へ行く支度をしている主人公の私は、5月が始まるので浮き浮きした気分です。そして飼い犬のジャピィとカアとたわむれます。主人公は、毛並みのきれいなジャピィだけを可愛がり、汚れているカアを無視します。
主人公は、カアが泣きそうな顔をしているのを知っていますが、わざとそうして意地悪するのです。
登校
駅まで歩いていると、主人公は4〜5人の下品な肉体労働者と並んで歩くことになりました。彼らは、彼女に向かって嫌な言葉を投げかけます。
彼女は頭にくると同時に泣きそうになり、その泣きそうになるのを恥ずかしく思いました。そして、そんなささいなことで動じなくなるような強い女性になりたいと思うのでした。
電車に乗って雑誌を読んでいるとき、自分がいかに雑誌に書いてあることの影響を受けているかを実感します。そして、雑誌の受け売りを実践しているだけの生活を振り返って、自分のオリジナリティとは何なのかと考えます。
雑誌の「若い女の欠点」というところに、「(若い女は)独創性にとぼしい。模倣だけだ」と書いてあるのを見ました。主人公はそれに対して、自分の個性をこっそり大切にしているけど、それをはっきり表に出すのが怖いのだと思います。
帰宅
そして主人公は、授業を終えて帰りのバスに乗ります。そこで、主人公は襟の汚れた着物を着た女性を見かけました。その人はもじゃもじゃの赤い髪をまとめ、赤黒い顔をしています。
主人公は、その人が自身の大きいお腹を見つめてにやにやしているのを目の当たりにし、めんどりのようだと思います。そして「こんな女になるなら、少女のまま死にたい」と考えるのでした。
家に戻ると、今井田(いまいだ)さん夫婦と7歳の息子が客として来ていました。主人公の母親は、よそ行きの顔で必死に笑ってもてなしています。
主人公は、その下品な夫婦が嫌いなので、そんな彼らに愛想を振りまく母親を見るのをとてもつらいと感じました。
就寝
母親が眠った後、主人公は物思いにふけります。 明日も同じ日が来るけど、幸福は一生来ない。それでも、「幸福はきっと来る。明日は来る」と信じて眠るのが良いのだと。そして彼女は、どんより重たい鉛のような力に引きずられるように眠るのでした。
『女生徒』の解説
個性と没個性
太宰は、自分を大きく見せることとか、ニセモノとかインチキとかをとにかく嫌う人です。だからこそ、見栄を張ったり本心を隠して自分を取り繕うことにただならぬ違和感を覚えています。
例えば、相手のグチに付き合ったり、無理に笑ったり、興味のないテレビを見て話を合わせたりすることに疑問を持っているのです。
しかし、当たり障りのないことを言ってうまく周りに溶け込めない人は、次第に孤立していきますよね。
実際に、主人公も「世間のつきあいは、つきあい、自分は自分と、はっきり区別しておいて行くほうがいいのか、または、人に悪く言われても、いつでも自分を失わず、韜晦(とうかい。隠すこと)しないで行くほうがいいのか」と思い悩んでいます。
個性を全開に出したら周りと折り合いがつけられない。かといって個性を抑えすぎると自分がつらい。太宰も主人公も、個性をどれだけ表現するかについてものすごく考えています。
だからこそ、没個性だと言われる現代の若者に全力でおすすめしたいです。個性について、主人公と一緒に悩みまくればいいと思います。
ちなみに、太宰は自分を殺して相手に合わせることを死ぬほど嫌います。これを理解しておくと、他の太宰作品への理解度がぐっと増します!
『女生徒』の感想
女生徒・太宰
日記がもとになっているということで、「すごく、しょげちゃった」「身悶(みもだ)えしちゃう」「もう、みんな、きゃあ、きゃあ」というように、完全な話し言葉で書かれているのが特徴的だと思いました。
「本当に30歳の男性が書いたの?」と疑いたくなるほど、太宰は少女になりきって書いています。
また日記は、その日にあったことや感じたことを整理せずに思いつくままに記録するものです。
そのため、風呂敷の話から植木屋の話になったり、雑誌の話から自分の生き方の話になったり、主人公の意識が連想ゲームのようにつながってどんどん派生していくのがとても面白いと感じました。
アイデンティティ喪失
主人公は、雑誌から仕入れた情報を次々と実生活に取り込んで、また別の雑誌を読んでそこに書いてあることを実践してみて、結局本当の自分が分からなくなってしまうような人物です。
この感覚、理解できる人は多いのではないでしょうか?思春期は「自分が何者であるか」について意識する時期でありますが、主人公もまた、本当の自分を探しています。
『女生徒』の名言
「純粋の美しさは、いつも無意味で、無道徳だ」
私は、美しいと感じるのに理屈は必要ないと考えているので、この言葉はものすごく刺さりました。黄金比がなぜ美しいのかについて、理論的に説明する人はきっと嫌われます。美しいものは美しいので、そこに理論を持ち込むのはナンセンスということです。
『女生徒』の研究論文
『女生徒』の研究論文は、以下のリンクから確認できます。表示されている論文の情報を開いた後、「機関リポジトリ」「DOI」「J-STAGE」と書かれているボタンをクリックすると論文にアクセスできます。
『女生徒』のモデル
『女生徒』は、太宰のもとに送られてきた1冊の日記がもとになっています。送り主は、当時19歳だった有明淑(ありあけしず)という太宰ファンの女性です。
太宰は約3か月分くらい日記の内容を、カットしたりそれに新しく話を加えたりして、ただの日記から文学作品に仕立て上げました。
また日記を書いた有明淑は、世の中を批判しまくる強い女性です。この女性像は、当時の女性の理想とされた「大人しくて従順であること」とはかけ離れています。
有明淑のこの性格は、太宰に大きな影響を与えました。そして太宰は、『ヴィヨンの妻』のさっちゃんや『斜陽』のかず子のような、従来の理想の女性像からは外れた自立した女性を描くようになります。
最後に
今回は、太宰治『女生徒』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
私は太宰が書く男性はあまり好きではないですが、太宰の書く女性は好きです。特に『女生徒』は、太宰の作品の中で1番好きです。日記なので、主人公の思っていることがひたすらつづられていて、主人公の人物像がよく想像でき、親近感が湧くからです。
ものすごく長い文と短い文が入り混じっていたり、書き言葉ではない言葉で書かれていたりするのが新鮮で面白いからというのもあります。
時系列がかちっと決まっていて、きちんとした日本語で書かれている小説も魅力的ですが、たまには『女生徒』のように整理されていない作品を読んでみるのも良いと思います!
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