純文学の書評

【川上未映子】『ヘヴン』のあらすじ・内容解説・感想

『ヘヴン』は、川上未映子が初めて書いた長編小説です。いじめをテーマに、善悪の根源を問うています。

今回は、川上未映子『ヘヴン』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『ヘヴン』の作品概要

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講談社
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著者川上未映子(かわかみ みえこ)
発表年2009年
発表形態雑誌掲載
ジャンル長編小説
テーマ善悪

『ヘヴン』は、2009年に文芸雑誌『群像』(8月号)で発表された川上未映子の長編小説です。クラスでいじめられている男女の交流を軸に、善悪の判断の難しさが描かれています。

著者:川上未映子について

  • 1976年大阪府生まれ
  • 『わたくし率イン歯ー、または世界』でデビュー
  • 『乳と卵』で芥川賞受賞
  • メディアを問わず活動中

川上未映子は、1976年生まれ大阪府出身の詩人・小説家です。2007年に『わたくし率イン歯ー、または世界』でデビューし、2008年には『乳と卵』で芥川賞を受賞しました。その後も『ヘヴン』『あこがれ』などの作品を発表し、数々の文学賞を獲得しました。

かつては歌手として活動していたこともあり、ラジオやテレビ、映画など幅広く活動しています。英訳されている作品もあり、海外からの注目も集めている作家です。

川上未映子 公式サイト

『ヘヴン』のあらすじ

クラスメイトから陰湿ないじめを受けている僕は、ある日、筆箱の中に手紙が入っていることに気づきます。その後、手紙は定期的に届くようになりました。

手紙を書いていたのは、同じクラスのコジマという少女でした。コジマは、僕と同じくクラスメイトからいじめられています。

僕とコジマは手紙を通して少しずつ距離を縮めていきました。そして、「なぜ自分たちがひどい目に遭うのか」ということを考えます。

登場人物紹介

斜視の目を持つ14歳の中学生。二ノ宮を中心としたクラスメイトからいじめられている。

コジマ

「僕」と同じクラスの女子。クラスの女子にいじめられている。僕に手紙を送るようになる。

二ノ宮(にのみや)

「僕」と同じクラスの男子。僕をいじめるグループの主格。

百瀬(ももせ)

「僕」と同じクラスの男子。二ノ宮と行動を共にし、いじめにも加担しているが、いつも遠巻きに見ていて何事にも無関心。

『ヘヴン』の内容

この先、川上未映子『ヘヴン』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

万人に共通する善悪はない

文通

主人公のは、クラスメイトからいじめを受けています。4月のある日、僕は筆箱の中に「わたしたちは仲間です」と書かれた手紙が入っているのを見つけました。

それから短い手紙が届くようになり、僕は5月に入ってすぐ「会いたいです」と書かれた手紙を受け取りました。

指定された場所に行ってみると、そこには同じクラスのコジマという少女がいました。コジマは、不潔なことを理由にクラスの女子からいじめられています。コジマは、「友達になってほしいの」と僕に言いました。

その後、僕とコジマは手紙を通してたわいのない話をします。夏休みが近づいたあるとき、コジマは「君をヘヴンに連れて行きたい」と言いました。

必然

夏休みの初日、僕はコジマに連れられて「ヘヴン」に向かいます。向かった先は美術館でした。「ヘヴンっていうのはこの美術館のことなんだね」と僕が言うと、コジマは「ヘヴンは絵のことなの」と言いました。

ヘヴンを見る前に、僕とコジマは外で休憩をします。しかしベンチに座ったコジマは、「色々なことがあるの」と言って泣き出してしまいました。結局、その日は美術館に戻りませんでした。

 

それから1か月後、僕はコジマと会いました。そこで、コジマは自身の家庭の話を始めます。コジマの父親は、工場の経営に失敗して多額の借金を背負っていました。そのため、当時のコジマは貧しい暮らしをしていました。

しかし、両親の離婚・母親の再婚を機に状況は変わりました。母親はお金持ちの男性と結婚し、今は比較的裕福な生活をしています。しかし、コジマは母親の相手のことを好きになれません。

そこで、コジマは貧乏な父親を忘れないように、わざと汚れたくつを履いて垢だらけの服を着るようになったのでした。それが原因でコジマはいじめを受けています。

しかし、コジマは「このいじめにはちゃんとした意味があるのよ。これを耐えた先にはね、きっといつかこれを耐えなきゃたどり着けなかったような場所やできごとが待ってるのよ」と言いました。加えて、コジマは「君の目がとてもすき」と僕に告げました。

偶然

夏休み明けに学校に行った僕は、二ノたちにリンチされてしまいました。血だらけになっていたところにコジマがやってきて、後始末を手伝ってくれます。コジマは、「わたしたちがやられてもやりかえさないのは、受け入れているから」と僕に言いました。

そして、「クラスメイトは君の斜視や、君がいじめを受け入れて何をされても学校に来ることを怖がっている」と付け加えます。コジマは、また「君の目がすき」と言いました。

 

秋が深まったころ、リンチで受けたケガのために病院へ行った僕は、たまたま百瀬と会います。僕は、百瀬に「話がある」と言いました。僕は、「どうして君たちは、あんな無意味なこと(僕にたいするいじめのこと)ができるのか」と百瀬に問います。

百瀬は、「無意味だからやる」と答えました。また、僕が斜視であることと僕がいじめられていることは関係がなく、「たまたまそこに君がいて、たまたま僕たちのムードみたいなのがあって、たまたまそれが一致しただけ」と言いました。

弱い強さ

病院に戻った僕は、医師に斜視のことを聞かれました。僕は、小さいころに手術したけれど元に戻ってしまったと伝えます。僕は、もう斜視は一生治らないのだと思っていました。

しかし、医師は斜視の手術は医師になりたての人が行う簡単なもので、1万5千円でできると僕に言います。

後日、コジマと会った僕は、コジマに斜視の手術のことを話しました。それを聞いたコジマは取り乱し、「君は、そうしたいなら、目を治して、あの連中に従えばいいと思う」と言って去って行きました。

 

その後、僕はなんどもコジマに手紙を送り、ようやく会えることになりました。しかし、そこには二ノ宮やコジマをいじめている女子もやってきます。二ノ宮たちは、僕にコジマの服を脱がせるよう指示しました。

百瀬の「なぜ反発しないんだ?」という言葉を思い出した僕は、石を持って二ノ宮に殴りかかろうとします。そのとき、コジマは自分で服を脱いで二ノ宮に向かって手を伸ばし、高らかに笑いました。

「こんなことに本当に意味があるの?」と僕がコジマに問いかけると、僕の頭の中でコジマは「もちろんだよ。わたしたちは従ってるんじゃないの。受け入れてるんだよ」と言いました。

世界が変わる

それから2日後、僕の家にはクラスメイトの親や教師がやってきました。僕は、母親と向かい合って話をします。そこで、僕は母親に斜視の手術の話をしました。

よく晴れた日の午後、僕は斜視の手術をしに病院に行きました。次の日、病院から帰る途中の並木道で立ち止まります。そこは、いつも学校に行くときに使っている道です。

その真ん中で眼帯を外した僕は、金色に輝く木々の美しさに圧倒されました。そして、僕は並木道の果てに白く光る向こう側を見たのでした。

『ヘヴン』の解説

斜視と『ヘヴン』

『ヘヴン』は9つの章で構成されていますが、最後の9章だけは他のシーンとは明らかに雰囲気が違います。

1~8章では陰湿ないじめの描写が続いていましたが、9章ではいじめのことが学校に知られて、母親は僕と向き合い、僕は斜視の手術を受けました。

そして、僕は新しい目を手に入れた美しい風景を見ました。この9章の異質さに注目して、斜視の『ヘヴン』での役割を考えます。

 

私は、この作品で斜視(視界)と僕の世界がリンクしていると思いました。斜視の僕は、奥行きが分からず、ものとの距離の取り方が下手です。つまり、僕が見ている世界は「平面」「2次元」なのです。

一方で、術後の僕は一枚の葉を手に取って、「今まで知らなかった重さがあり、冷たさがあった」と言っています。僕のそれまでの「平面」「2次元」の世界には、質量も温度もなかったからです。

そして、僕は並木道の果てに「世界の向こう側」を見ています。言い換えると、いままでぺらぺらの1枚の紙だと思っていた世界に、思いがけず奥行きがあることを知り、今まで見ていた世界のもっと奥にも世界が広がっていることを知ったということです。

ここで、僕は世界が「立体」「3次元」であることを知りました。ここから分かるのは、斜視の僕の視野は物理的にも精神的にも狭く、逆にそれがなくなってからは一気に視野が広がったということです。

 

斜視時代の僕の視野の狭さは、例えば手術のことを医者から教えてもらうシーンに表れています。僕は、幼いころに斜視の手術を受けていましたが、またもとに戻ってしまったので、「斜視は死ぬまで治らない」と思いこんでいました。

費用に関しても、「手術だからきっと高いんだろう」と実際のことを調べないまま、イメージで自分とは縁のないものと決めつけていました。

しかし、すこし視野を広げて手術のことを聞いてみると、高額だと思っていた斜視の手術費はたった1万5千円でした。しかも今は局部麻酔での手術も可能で、全く難しい手術ではないのだと医師は言いました。

このように、斜視はこの物語で「物理的に視野を狭くするもの」、それとリンクさせて「精神的な視野も狭くするもの」として機能しています。

善悪の判断

『ヘヴン』では、コジマと百瀬の思想が対立しており、僕はそのはざまで揺れています。コジマは「すべてのものには意味がある」という考えのもと、「わたしたちがいじめられているのにも意味がある。この経験が今後なにかにつながる」としています。

こうしたコジマの思想は、コジマがものごとに自分の言葉で名前をつけて、徹底的に意味を付与しようとしているところからうかがえます。

例えば、コジマはうれしいときにでるドーパミンを「うれぱみん」、苦しいときに出るドーパミンを「くるぱみん」と呼んでいました。また、美術館の絵を見て「タイトルがつまらないからわたしが名付けなおした」とも言っています。

 

それに対して百瀬は、「あらゆるものに意味はなく、だから意味は後からつけられる」とコジマとは真逆の考えの持ち主です。

「君の苛めに関することだけじゃなくて、たまたまじゃないことなんてこの世界にあるか?ないと思うよ?もちろんあとから理由はいくらでも見つけることはできるし、説明することだってできる。でもことのはじまりはなんだって、いつだって、たまたまでしかないよ(略)」

百瀬に言わせれば、「僕やコジマがいじめられているのは偶然が重なったからで、2人がいじめの対象になっていることに理由はない」ということです。

 

2人の考えを比較すると、コジマが弱者サイドに立っていて、百瀬が強者サイドに立っていることが分かります。

「人からされて嫌なことをするな」というのは弱者にやさしい世界のおきてです。一方で、強者側に立っている百瀬は、「人からされて嫌なことをされないようにすればいい(自分の身は自分で守れ)」ということを主張します。

弱者になりたくなかったら、強者の座を維持する努力をすればいいし、弱者になったら、強者の座を死ぬ気で取り返しに行けばいいということです。

 

2人の思想は、どちらも間違っていません。弱者の味方をする世界ではコジマの思想が採用され、強者の味方をする世界では百瀬の思想が支持されます。いま私たちが生きている世界は弱者にやさしいので、コジマのような考え方が一般的です。

この決して融合しない思想の対立から分かるのは、「誰かから見た善は、誰かから見た悪」ということだと思います。両者は存在するフィールドが違うため、どちらが正しくてどちらが間違っているかは判断できません。

「誰もが納得できる善悪の判断をするのは不可能。なぜなら、誰かの善は誰かの悪だから」というのが、『ヘヴン』から読み取れるメッセージだと思います。

『ヘヴン』の感想

これから

最後のシーンに登場する並木道は、僕が学校に行くときに通る道です。この「通いなれたいつもの風景が激変する」という性質と、僕とコジマが見るはずだった「ヘヴン」という絵には共通点があると思いました。

ヘヴンの絵について、コジマは「2人の恋人がつらいことを乗り越えて、なんでもないように見える部屋にたどり着いた。その平凡な部屋がヘヴン」と言っています。

つまり、絵を見ている人からは何のへんてつもない部屋が、恋人達にはヘヴンに感じられるということです。これは、見る視点によって見える世界が違うということを言っているのではないでしょうか。

 

僕が何度も通った並木道は、新しい目を通して見ると全く違うものに見えました。斜視の目を通して見た並木道につながっていた学校は、僕にとってヘル(地獄)でした。

しかし、新しい目で見た並木道の向こう側には未知の世界が広がっています。明るさが際立っているラストだったので、僕はこれから新しい世界でヘヴン(天国)を探すのではないかと思いました。

世界は無限

「なあ、世界はさ、なんて言うかな、ひとつじゃないんだよ」という言葉は、百瀬が僕に言った言葉です。

「相手の立場になって考えろ」「人にされて嫌なことはするな」という価値観を押しつける僕に、「みんなが同じように理解できる1つの世界はない」と伝えるために百瀬はこれを言いました。

僕の主張は、弱者にやさしい世界を作るために文科省がカリキュラムを組み、先生によって生徒に刷りこまれたものです。学校で教わったことが全てだと思いがちですが、それはたくさんある考え方の1つに過ぎません。

百瀬は、僕のような考え方があるのは認めるけれど、それを押し付けてほしくなかったのだと思います。

 

持つ者と持たざる者、選ばれた人とそうでない人、強者と弱者……こうした立場の違いで、見える世界は変わってきます。さらに、そこに性別や国籍、年齢や職業が絡んでくると、人それぞれに世界が展開されていきます。

百瀬の話を聞いて、まとまって見えていた世界が、実はいろいろな形・いろいろな色の世界の集合体だったことに気づきました。

百瀬の思想は、すべて自己責任に集約されているため、すこし冷たい印象を受けます。しかし、非常に合理的な考えだと思いました。

最後に

今回は、川上未映子『ヘヴン』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

初めて読んだとき、コジマと百瀬の思想のハイレベルさに驚いて、彼らが中学生だという設定には無理があると正直思ってしまいました。

しかし、コジマが僕に「すべてのことには意味がある」と力説する場面と、僕と百瀬が言い合う場面は、何度も読み返したくなる熱さと魅力があります。ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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