MENU
純文学の書評

【太宰治】『恥』のあらすじと内容解説・感想

ある女性の勘違いが生んだ、読んでいるこちらまで恥ずかしくなるような物語・『恥』。

今回は、太宰治『恥』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『恥』の作品概要

著者太宰治(だざい おさむ)
発表年1942年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ滑稽な恥ずかしさ

『恥』は、1942年に雑誌『婦人画報』(1月号)で発表された太宰治の短編小説です。

自分に自信を持っている女性が、ある作家に手紙を送ったことがきっかけで、辱(はずかし)められる様子が描かれています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:太宰治について

  • 無頼(ぶらい)派の作家
  • 青森の大地主の家に生まれた
  • マルキシズムの運動に参加するも挫折
  • 自殺を3度失敗

太宰治は、坂口安吾(さかぐち あんご)、伊藤整(いとう せい)と同じ「無頼派」に属する作家です。前期・中期・後期で作風が異なり、特に中期の自由で明るい雰囲気は、前期・後期とは一線を画しています。

青森の地主の家に生まれましたが、農民から搾取した金で生活をすることに罪悪感を覚えます。そして、大学生の時にマルキシズムの運動に参加するも挫折し、最初の自殺を図りました。この自殺を入れて、太宰は人生で3回自殺を失敗しています。

そして、『グッド・バイ』を書きかけたまま、1948年に愛人と入水自殺をして亡くなりました。

太宰のことがまるわかり!太宰治のプロフィール・作風をご紹介皆さんは、太宰治という作家にどのようなイメージを持つでしょうか?『人間失格』や自殺のインパクトが強いため、なんとなく暗いと考える人が多い...

『恥』のあらすじ


教授の娘である和子は、小説家の戸田に「もっと勉強した方がいい」という旨の手紙を送りました。それから、戸田は和子をモデルにしたと思われるような小説を発表します。

ところがそれは和子の勘違いで、和子はモデルになっていたわけではありませんでした。しかし、その事実に気づいていない和子は戸田と直接会い、大恥をかくこととなります。

登場人物紹介

和子(かずこ)

23歳。教授の娘。戸田に2通の手紙を送ったことで大恥をかく。和子は菊子に宛てて、そのときの話を手紙に書いている。

菊子(きくこ)さん

和子が恥をかいた話が書かれた手紙の、送り先の女性。

戸田(とだ)

小説家。下品で不潔な小説を書いている。和子から2通の手紙を受ける。

『恥』の内容

この先、太宰治『恥』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

とんだ勘違い

1通目の手紙

和子は、恥をかいた話を手紙に書いて菊子さんに送ろうとしています。和子は戸田という小説家に手紙を送り、実際に会って大恥をかいてしまったのです。

和子は、手紙でまず戸田の知性の欠乏を指摘しました。さらに、戸田が自身の極貧生活やあさましい夫婦喧嘩、下品な病気、醜い顔などを隠さず告白していることを非難します。

和子は、戸田の小説に「頭のてっぺんが禿げてきた」「歯がぼろぼろに欠けてきた」などとあるのを見ると、あまりにひどくて軽蔑したくなることも手紙に書きました。

 

しかし、和子はそんな戸田の小説の底に「一すじの哀愁感のあるもの」を見つけました。そのため、和子は戸田によりよい作品を書いてもらうために、「もっと勉強して思想を深めて下さい」という旨の手紙を書いたのでした。

和子は、この手紙を「お気の毒な人に力をかしてしてあげた」という気持ちで送りました。

2通目の手紙

1か月後、和子はまた戸田に手紙を書きます。なんと、戸田が『文学世界』という雑誌で、あきらかに和子をモデルにした小説を発表していたからです。その小説に登場する人物は、和子という名前の23歳の女性で、教授の娘でした。

この設定は和子の身の上とぴったり重なっていたので、和子は「戸田は手紙の消印などを手掛かりにして、私の名前を突きとめたんだ」と思いました。そして、そのことをまた手紙に書いて戸田に送ります。

勘違い

その後、和子は「私がいま会ってあげなければ、あの人は堕落してしまうかもしれない」と思い、戸田に会いに行くことにしました。

しかし貧乏作家の家に行くのに、新調したピンクのドレスで行ったら、戸田とその家族がかわいそうだと和子は思いました。

そこで、和子はつぎはぎだらけのスカートを履き、両肘が出てしまうほど短く、袖がほころびているジャケットを着ました。そして、和子は前歯の義歯を一本取って、じつに醜い姿で戸田の家に向かいます。

 

ところが、貧乏だと思っていた戸田の家は、庭が綺麗に手入れされて薔薇が咲きそろっている一軒家でした。優しく受け答えする奥さんについて行くと、そこには禿げておらず、歯も欠けておらず、きりっとした顔の男性が机の前に座っていました。

和子がこれまでの手紙のことを話しても、戸田は関心を示しません。そこで和子は、自分がとんでもない勘違いをしていることに気づきます。

しまいに戸田は、「僕は小説には絶対にモデルを使いません。全部フィクションです」と言い、さらに「だいいち、あなたの最初のお手紙なんか」と言って口をつぐみました。

 

和子は、菊子への手紙に「小説家なんて、つまらない。人の屑だわ」と書きました。

『恥』の解説

驕慢(きょうまん)な和子

和子は、太宰を思い起こさせるような自意識過剰でナルシストな人物です。小説を書くことで生計を立てている小説家に対して、「無学だ」「あなたの人格が完成したら会ってあげましょう」と言ってしまうほど、自尊心を肥え太らせています。

和子は「上品で知的で清潔な私が、猥雑で無学で不潔な戸田を導いてやる」というような気持ちで手紙を書いていて、出すぎたことをしているという自覚は全くありません。以下に、和子の驕慢さが特に表れている部分を抜粋します。

  1. 「女は広告の多い本しか読まない」という発言
  2. 戸田の作品に「哀愁感」を見つけたこと
  3. 自分が小説のモデルだと思い込んだこと

①「女は広告の多い本しか読まない」という発言

女は、広告のさかんな本ばかりを読むのです。女には、自分の好みがありません。人が読むから、私も読もうという虚栄みたいなもので読んでいるのです。物知り振っている人を、矢鱈に尊敬いたします。つまらぬ理窟を買いかぶります。

戸田への1通目の手紙で、和子は世の女性を批判しています。「広告のさかんな本」とは、絵や写真が多い本のことです。消費者が読む、学問とはかけ離れた簡単な本ということです。

つまり和子は、「見栄を張るための知識を内容の薄い本から身につけているような、思慮不足の世間の女性と自分は違うんだ」ということを言いたいのです。

②戸田の作品に『哀愁感』を見つけたこと

これは、和子が「自分だけが汚らしい描写の中に哀愁を見出すことができる」と考えていることを表しています。

和子によると、戸田の小説は下品で汚らわしいため、女性の読者はいないそうです。和子は、それでも戸田の小説を読んでいることや、その不潔さの中に「哀愁感」を見出せたことに優越感を覚えていると言えます。

「他の女の人には、(哀愁感が)わかりません」という言葉からも、和子が自身のことを特別な存在だと認識していることが読み取れます。

③自分が小説のモデルだと思い込んだこと

さらに和子のうぬぼれの性格を決定づけているのは、戸田が雑誌に発表した作品の登場人物が、和子をモデルにしたものだと彼女自身が思い込んだ点です。

私はその小説を読んで、てっきり私をモデルにして書いたのだと思い込んでしまったの。なぜだか、二、三行読んだとたんにそう思い込んで、さっと蒼ざめました。だって、その女の子の名前は私と同じ、和子じゃないの。としも同じ、二十三じゃないの。父が大学の先生をしているところまで、そっくりじゃないの。あとは私の身の上と、てんで違うけれど、でも、之は私の手紙からヒントを得て創作したのにちがいないと、なぜだかそう思い込んでしまったのよ。

引用したのは、和子が自分がモデルになったと確証した場面です。読んでみると、名前・年齢・父親の職業以外の設定は「私の身の上と、てんで違う」とのことです。

たしかに早合点してしまいたくなる気も分からなくもないですが、たった2~3行だけでそれを決めつけてしまうのは短絡的です。ここからは、和子が自分中心で物事を考えてしまう、過剰な自意識の持ち主であることが分かります。

 

以上3つの点から、うぬぼれが強い和子像が浮かび上がってきます。

恥の内実

『恥』では、和子が恥ずかしい思いをした出来事が展開されています。ここでは、「何がどのように恥ずかしいのか」という恥の内容を整理します。

  1. 知性への疑い
  2. 完全スルー
  3. みすぼらしい姿を軽蔑される

①知性への疑い

和子は、大学の先生の娘ということもあり、自身の知性に自信を持っています。和子はその自信をもって戸田に教養を身につけることを勧めました。

しかし、和子は戸田の小説と戸田の実人生を勝手に結びつけて解釈してしまいました。この時点で、和子は作品の読みを間違えたことになるので、彼女の知性には疑いの目が向けられます。

自分より知的さに欠けると思っていた戸田の方が、和子よりも一枚上手(うわて)だったのです。「賢い私というイメージ」がくずれたことに対して、和子は恥を感じたのではないでしょうか。

②完全スルー

和子が戸田に会ってからわかるのは、戸田は一切和子のことを意識していないことです。

「あまり私に関心を持っていない様子です」「ちっとも反応がありません」という描写からも、それがうかがえます。きっと戸田は、「変な女が家に来て、騒いで帰って行った」くらいにしか思っていないのではないでしょうか。

和子が勘違いしていたのも恥ずかしいですが、ここまで自分が戸田のことを意識していたのに、戸田には全く相手にされていなかったという恥ずかしさが、ここにはあると思います。

強く相手を意識していたのは自分だけという非対称性が、恥ずかしさを生んでいるのです。

③みすぼらしい姿を軽蔑される

大学教授の娘である和子は、裕福な暮らしをしていることが想像できます。「新調したピンクのドレス」という単語や、貧民を見下す発言からもそれがうかがえます。

ところが、戸田の小説を読んで彼が貧乏人であると信じている和子は、それに合わせてわざとみすぼらしい格好をしました。

しかしいざ戸田の家に行ってみると、そこは小綺麗な一軒家で、書斎には小説の内容とは似ても似つかないきりっとした顔の戸田がいたのでした。

そこで醜い姿をしている和子は辱めを受けてしまいます。彼女のプライドはずたずたで、ここでも恥ずかしさを感じたと考えられます。

小説=作家の実人生?

もしかしたら、和子が当たり前のように戸田の小説と戸田の実人生を重ねていることを、疑問に思った人もいるかもしれません。実は、これには明治以降の日本の小説を支配してきた「自然主義」が関係しています。

自然主義は、「作家の人生=小説」というロジックが成り立つ流派のことです。日本の文壇は、長らくこの考えに支配されていました。つまり、「小説=真実・ノンフィクション」というのが当たり前だった時代があったのです。

この流れの中で、多くの小説家は自身の人生で実際に体験したことを小説で赤裸々に語りました。

 

いまは「小説=作り話・フィクション」という考えが定着しているのでイマイチぴんと来ないかもしれませんが、かつては「小説=真実・ノンフィクション」というのが主流でした。

そういう背景があるので、和子は戸田の小説の猥雑さを感じ取って、「実際の戸田もこういう下劣な人に違いない」というように思ったのだと思います。

『恥』は、自然主義の立場の和子が大恥をかく物語です。そのため『恥』は、もしかしたら自然主義を暗に批判した作品なのかもしれません。

『恥』の感想

『恥』のおかしさ

『恥』は和子の追体験しているようで、読んでいるこちらまで恥ずかしくなってくるような小説です。しかし、一歩引いて客観的に読んでみると、非常に滑稽な物語に思えてきます。以下では、どんなところを面白く感じたかをご紹介します。

  1. ブーメラン
  2. 認識のズレ
  3. 悔しまぎれの批判

①ブーメラン

「何だか、僕の小説が、あなたの身の上に似ていたそうですが、僕は小説には絶対にモデルを使いません。全部フィクションです。だいいち、あなたの最初のお手紙なんか。」ふっと口を噤んで、うつむきました。
「失礼いたしました。」私は歯の欠けた、見すぼらしい乞食娘だ。

戸田が和子に話をしている場面です。ここがとてつもなく残酷で、当事者の和子からしたら穴があったら入りたい心境でしょうが、はたから見るとおかしくてしょうがないです。

 

「だいいち、あなたの最初のお手紙なんか」とありますが、これは和子が最初の手紙で

貴下の小説を読んで、ちょっと貴下をお気の毒とは思っても、頭のてっぺんが禿げて来たとか、歯がぼろぼろに欠けて来たとか書いてあるのを読みますと、やっぱり、余りひどくて、苦笑してしまいます。ごめんなさい。軽蔑したくなるのです。

と言っていることを指しているのだと思います。そして、いま戸田と対面している和子は、義歯を取っているので歯が欠けている状態です。

「余りひどくて、苦笑してしまいます。ごめんなさい。軽蔑したくなるのです」という和子の言葉は、この場面でそのまま和子自身に向けられたのでした。

顔から火が出る程度では収まらないくらい恥ずかしいシチュエーションですが、そのぶん笑えます。

②認識のズレ

戸田と和子は、全く別の世界にいます。戸田は無害の安全地帯(優雅な生活を送れる家)で、堕落した下劣な男のウソの物語を書いています。

どんなに作品を批判されようと、それはもちろん戸田自身のことではないので戸田は被害を受けませんし、彼は作品からかけ離れた場所にいます。

ところが、和子はそのことを理解しないで戸田の家に乱入しました。そこで初めて、和子は戸田と自分が同じ土俵にいないこと、戸田が自分よりはるか上の世界にいることを実感します。

(戸田は、和子を同じ世界の住人だと思っていないため、彼女に関心を示しませんでした)。この認識のズレが笑えるポイントです。

③悔しまぎれの批判

和子は、菊子さんに宛てた手紙の中で、小説家の批判をしています。「小説家なんて、人間の屑よ。いいえ、鬼です」「嘘ばっかり書いている」「あんなの、インチキというんじゃないかしら」と、ひどい言いようです。

しかし、これは和子が逆上して悔しまぎれに言っているだけで、小説家(戸田)に全く非はありません。読者はそれを知っているからこそ、和子が戸田を悪く言うたびに、くすっと笑ってしまいます。

最後に

今回は、太宰治『恥』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

人間のできれば隠したい部分・突かれると痛い部分に、ここまで迫るのはやはり太宰作品の魅力だと思います。ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。

ABOUT ME
yuka
yuka
「純文学を身近なものに」がモットーの社会人1年生。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です