『春琴抄(しゅんきんしょう)』は、マゾヒスト谷崎の持ち味である「徹底的な献身」が全面に出ている作品です。
今回は、谷崎潤一郎『春琴抄』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『春琴抄』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1933年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 中編小説 |
テーマ | マゾヒズム |
盲目の三味線奏者・春琴と、春琴に仕える佐助の様子が描かれます。1935年から6回に渡って映画化され、ドラマ・舞台・オペラ・アニメなど、形態を変えて親しまれました。
谷崎文学の傑作が収録されている書籍『春琴抄・吉野葛』は、ぜひ手に入れておきたい1冊です。
笹倉綾人氏によって漫画化もされています。春琴は原作よりもツンツンしていて、また違った魅力があります。作画がとても美しいです。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『春琴抄』のあらすじ
江戸時代末期。天性の舞の才能を持つ鵙屋(もずや)琴は失明してしまい、やむなく三味線を弾くようになります。そんな琴の世話をする佐助は、ことに弟子入りをして三味線を学びます。
佐助は、弟子として奉公人としても、献身的に琴を支えます。そんな佐助は、琴のために命を燃やす日々が待ち受けていました。
登場人物紹介
琴(こと)
主人公。9歳のころに失明してしまう。春琴(しゅんきん)という芸名の三味線奏者。
佐助(さすけ)
13歳の時に、春琴の家で働き始めた少年。春琴より4歳年上で、春琴の身の回りの世話なら何でもする。
『春琴抄』の内容
この先、谷崎潤一郎『春琴抄』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
盲目主人に仕える使用人の甘美な地獄
盲目の三味線奏者
大阪にある薬屋の次女である琴は、5〜6歳の頃から琴や三味線を習っていました。しかし、9歳の時に病気で失明してしまいます。愛想の良かった琴は、それをきっかけに意地悪で笑わない女の子になってしまいました。
そして琴は、三味線奏者として「春琴」と名乗るようになります。春琴の身の回りの世話をしていたのは、佐助という少年です。わがままなお嬢様気質の春琴は、佐助を振り回します。
春琴と利太郎
また、佐助は三味線を学び始め、その師匠に春琴がつくことになります。春琴は、佐助が泣き出すような厳しい稽古をしました。
やがて、春琴の妊娠が発覚します。 ところが春琴と佐助はお互いに関係を否定し、結婚もしませんでした。 春琴が生んだ佐助そっくりの子供は、里子に出されました。
春琴は20歳になったころ、春琴の師匠は亡くなりました。これを機に、春琴は家を出て三味線奏者として独立します。佐助もそれに付いて行き、入浴の手伝いやトイレでの世話などをして、かいがいしく仕えます。
そんなとき、利太郎(りたろう)という金持ちの息子が春琴に弟子入りします。彼は、美しい春琴目当てだったため、彼女を口説こうとしますが、春琴は軽くあしらいます。
さらに春琴は、態度の悪い利太郎をぶち、ケガをさせてしまいました。利太郎は、「覚えてなはれ」と言って立ち去ります。
腹いせ
その1か月半後、春琴は家に忍び込んだ何者かに熱湯をかけられ、大火傷を負ってしまいました。春琴はただれた自分の顔を見せまいと、佐助を自分に近づけようとしません。
そこで、春琴を思う佐助は両眼を針で突き、失明した上で春琴に仕えるようになります。そして、佐助は春琴から「琴台(きんだい)」という名前を与えられ、春琴の弟子の世話を引き受けました。
春琴と佐助の主従関係はその後も変わらず、春琴は58歳で亡くなり、佐助は21年後に83歳で亡くなりました。
『春琴抄』の解説
春琴自殺説・佐助殺害説
賊はあらかじめ台所に忍び込んで火を起し湯を沸かした後、その鉄瓶を提げて伏戸に闖入し鉄瓶の口を春琴の頭の上に傾けて真正面に熱湯を注ぎかけたのである
これは、春琴にやけどを負わせた犯人のことを語っている場面です。ここには、不自然な点があります。まず、熱湯を武器にするというのが非効率的ですし、すぐそばに佐助がいるのに台所でのんきに水を沸騰させているのも危険です。
また、いくら春琴が盲目だからと言って、音に敏感な春琴が侵入者に気づかないのは不自然です。このことから、「春琴は他殺ではなく自殺したのではないか」「春琴を殺したのは佐助なのではないか」という説が出てきます。
しかし、佐助には動機がありませんし、無条件に春琴に仕えていた身なので、佐助の人物像のことを考えると「佐助殺害説」は無理があるような感じがあります。老いに恐怖を感じた美しい春琴が自殺しようとしたとも考えられますが、それも強い証拠にはなりません。
春琴自殺説と佐助殺人説は、少し無理がある説かもしれませんが、『春琴抄』はこのように色々な考察ができる興味深い作品です。
藤村 猛「谷崎潤一郎「春琴抄」論–その光と影のダイナミズム」(『近代文学試論』1996年12月)
『春琴抄』の感想
春琴と佐助が結婚しなかったのは、主人と使用人という上下関係を崩したくなかったからだと思いました。また本作は、改行や句読点、カギカッコがほぼ使われない不思議な文体で書かれています。
音曲の道に精魂を打ち込んだとはいうものの生計の心配をする身分ではないから最初はそれを職業にしようというほどの考はなかったであろう後に彼女が琴曲の師匠として(中略)
これは、谷崎が実験的に用いた文体で、このような文章で最後まで書かれています。一般的に、文章を区切らないで書くと、話が逸れたり主語と述語が合わなくなったりと読みにくい文章になります。
しかし、谷崎は長い文章を書くのがとても上手い作家なので、このような文でも読みにくさを感じません。それは、彼が『源氏物語』の現代語訳を生涯をかけてやっていたことが要因だと思いました。
『春琴抄』の英語版
中国の出版社から出ているものですが、英訳なので問題ないと思います。kindleのみで購入可能です。
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『春琴抄』の全集
『春琴抄』は、全集の17巻に収録されています。17巻には、『春琴抄』の他に中期の作品(『蘆刈(あしかり)』『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』など)が入っています。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『春琴抄』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
主人のために自分の目をつぶすという、常人には理解できない行為が繰り広げられる作品ですが、異世界をのぞいているようでとても面白いです。
ただ、句読点や改行がない文章が10行くらい続くような部分もあるので、まとまった文章を読み慣れている人におすすめです!青空文庫にもあります。
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